「よお!二人だけか?」





「ああ、お前はどうしたんだよ?さっきの2人組は?」





「運命の女じゃなかったんだよ!」




「要は振られたんだな!?」





「ちげぇーよ、勇気ある撤退だよ!」





そう言いながらマットも空いていたデッキチェアーに

寝転がり顔だけをこちらへと向けている




そんなマットが急に独り言のように話し始めた




美作あきら、美作商事の次期社長で

大河原滋、大河原コーポレーションの一人娘、

三条桜子、三条家ってたしか日本の由緒ある家系だったな・・



そして最後が道明寺司、いわずと知れた道明寺財閥の後継者か・・





それに総二郎と類・・





ケイトの周りにいるやつらってのはすげぇー顔ぶれだな・・・





“お前だって人の事言えねぇーだろ!”



心の中で密かにそう突っ込みを入れておく・・





「滋以外はみんな高校が一緒だったんだよ。」




「ケイトが卒業したのってロンドンのハイスクールだろ?
その前は日本の公立高校に通ってたって言ってたぞ。
お前らも公立の高校に通ってたのか?」





「違うよ、あいつは3年生の時に公立に転校したんだ。
それまでは英徳って私立に通ってた。俺達は英徳で一緒だったんだよ。」







「ふ〜ん、でもあいつん家ってビンボーじゃなかったか?
NYに来た当初はあいつ結構危ねぇとこ住んでたしバイト掛け持ちしてたぞ!?」





「ああ、お袋さんの希望で無理矢理通わされてた。
だからあいつ日本でもバイトばっかしてたけどな。」




「それは今もあんま変わんねぇんじゃねぇーか?
あいつ、今でも仕事大好きだぜ!」




「お前はもう少し真面目に仕事したほうがいいんじゃねぇか?」




「いいんだよ。俺は今ぐらいがちょうどいい。
それにな俺が本気出したら大変な事になるぜ!」





「ほぉ〜一度見せてもらいたいもんだな!?
その大変な事になってるところを!」






「総二郎、お前うるせーよ!
まぁ、今に見てろ!!」





「楽しみにしてるよ。けど、なるべく俺が生きてる内に見せてくれよ。」




「総二郎、お前、最近妙にイヤ味っぽいな?歳か?」






「うるせーよ!お前と変わんねぇーだろ!?」





「なぁ、マット、お前どうして牧野と一緒に仕事してんだ?」






「一緒に仕事がしたいからだよ。」






「・・又、えらく単純な動機だよな?」






「そうか?でもそれ以外何があるんだ?」






「・・・・・」






確かにそうだが・・・



だがマットの答えが恐ろしくシンプルで戸惑ってしまった・・・




俺の戸惑いが分かったのか、マットは“昔話してやるよ”とウインクして見せた






「お前らもジュニアなら分かるだろ?」

「俺は生まれた時から進むべき道が決まっている。
その事に不満があった訳じゃないし、疑問に思ってたわけじゃない。
でもあいつと出会って思ったんだ。同じ人間なのに、あいつは進むべき道って言うのは
ただ自分らしく生きるって事だけで。もがき苦しみながら必死で道を切り開いてるんだって。
俺が進むべき道だと思っていたのはただペリー財閥の為の道で自分らしくなんて関係ないんだってな。」






「ああ・・そうだな・・」






「けどな、イザその事に気が付いても自分らしいってどう言う事なのかよく分かんなくて、
俺は自分自身、どう生きたいのかも分かんなかった。
ただ毎日、大学行ってバカ話して、適当に過ごしてただけの俺にとっては突然降って沸いた大問題だったんだよ。
だけどウダウダ考えるのは性に合わねぇからとにかくあいつの側にいれば何か分かるかもしれないと思った。」





「で、何か分かったのか?」





「いいや、さっぱり。」





「・・ダメじゃねぇか?」





「ああ、だけど一つだけ分かった事があるぜ。」






「何だ?」






「あいつには敵わねぇって事だ。」






「ハハハハッ・・お前もその一人か?」





「ああ、あいつの両親が事故で亡くなって、ライズ家に養子として迎え入れられてから、
あいつを取り巻く環境は一変したけど・・なぁー お前ら想像出来るか?
俺達にとっては当たり前の事があいつにとっては全然当たり前じゃないんだ。
パーティー一つとってみてもそうだろ?」






「そうだな。あいつは特にパーティーは苦手だったからな・・」





「でも、あいつは一生懸命、自分の置かれている状況に適応しようとがんばってた。
あいつ、すげーの!大学の勉強もして、上流階級に適応する為のマナーも習って、
親父さんの会社も手伝って、おまけに進の心配までして・・・
一体、いつ寝てんだってぐらいがんばってたぜ。」





「あいつらしいな・・」






「俺はいつかぶっ倒れるんじゃねぇかって心配してたけど、あいつはいつも笑いながら
“自分の人生なんだからがんばるのは当たり前でしょ、それに今、がんばらないでいつがんばるの”って言ってたな・・」
俺はその時マジでこいつには勝てないと思ったんだ。大金持ちの養女になったら周りに流されてしまう奴
だって多いだろうに、あいつは全く変わらずに家を使って何かをする事なんかしねぇし、俺に対してもそうだ・・・
俺の周りの奴が全部そうだとは言わねぇけど、あいつは俺の家が財閥だからって態度を変えたりしなかった。
それまでの俺はウソつくのだってごまかすのだって何とも思ってなかった、周りもそうだろうって思ってたしな・・
でもケイトにはウソもごまかしも通用しないって思った。あいつは俺の世界を一変してくれたんだ。
俺はあいつと一緒ならどこまでだって行ける気がして・・だからケイトを誘って事業を立ち上げた。
まぁ、実際、俺の予想以上だったけどな。本当にあいつはスゲーのどんどん俺を置いて一人で行っちまいやがる。
そんで、それに気が付いてないところがムカつくんだよなぁ〜!俺はいつでも対等で居たいのに今じゃ付いて行くのに精一杯だ。」





「あいつの経営能力ってそんなにすごいのか?」





「ああ、普段、社外に出るのは俺の名前だけど。
何処で調べたのか、毎月のようにヘッドハンティングが来てるぜ。
それも破格の条件でな。最近ではあいつ一人欲しさに会社ごと引き抜こうとする企業まで出てきやがった!
ふざけんなってんだ!!」






「なぁ〜 マット。俺もお前もこんな所でバカンスなんか楽しんでいる場合じゃねぇんじゃねぇか?
俺は今すぐにでも日本に帰って仕事がしたい気分だぜ。」




「ハハハハッ・・それは言えてるな。
けど、焦ったって失敗するだけだ。俺だって現状に満足してるわけじゃないし、二人共まだまだこれからだしな。
だから俺はその時が来るまでしっかりと力を蓄えておく。」





「ハハハハッ・・お前も変わってるな!?
真面目なのか不真面目なのかよく分からない。」





「俺は俺だ!」



マットはあっさりとそう言い切った




「これはケイトが言った言葉だよ。大学生の時、あの大きな瞳で俺の顔覗きこみながら
“マットはマットでしょ?”ってな。」





「なぁ、マット。お前が探してる“運命の女”ってあいつの事なんじゃねぇのか?」





「・・ある意味そうだな。けどなあいつとはいつの間にか男だとか女だとか通り越しちまってて、
そうだな・・今やあいつは俺の一部だな。総二郎と類があいつの一部であるように、
あいつは俺の一部なんだ。だから俺は探してるんだよ、俺が一部になれる誰かを・・」





「・・一部になれる相手か・・いつか巡りあえるといいな。」





「ああ、だから俺はその為の努力は惜しまない。」





「マット、俺はお前のその労力をもう少し違う所に使えば“運命の女”なんて
向こうからやってくるような気がするけどな?!」






「待ってるのは性に合わねぇんだよ!それに俺はお前や類みたいに一人の女の側で
ずっと見守って行く事なんてごめんなんだよ!!」




「俺があいつを見守ってる・・?
類だったら分かるけど、俺はそんなタイプじゃねぇよ!」
   



「そうか?俺に言わせれば総二郎も類も忍耐強いを通り越して単なるバカだな!
お前ら二人共NYに来るたびにあいつの部屋に泊まってるくせに。
さっさと押し倒しちまえばいいじゃねぇーか?なにの二人共それをしない。
あいつの鈍感ぶりは筋金入りだからぜってぇーお前らの気持ちには気付いてねぇーぞ!!」





「いいんだよ、気付かないほうが。
もし気付かれたらあいつの事だから意識しまくってやりにくいだろ!」




「ふ〜ん、お前はそれでいいのか?
ぼやぼやしてると他の奴に持っていかれるぞ!」




「あいつが選んだ相手なら俺は祝福するよ。」




「総二郎・・お前本気で言ってんのか?」



「ああ、俺はあいつが本気で愛した相手なら喜んで祝福するよ。」





「ふ〜ん、本気で愛した相手ねぇ〜!
後で吠え面かくなよ!!」
   




「マット、お前今日はやけにつっかかるな?何かあんのか?
も、もしかしてあいつ誰か好きな奴でもいるのか?」




「さぁ〜な、あいつの好きな男なんて知らねぇけど、
あいつに惚れてる男なら何人か知ってるぜ。」





そう言うとマットは指を折りながら数えはじめた




「まず総二郎だろ、それに類、そしてエド、最後にあきらだな!」





「おい、俺は違うぞ!!」



声を上げたのはあきらだった






「本当にそうか?自分で気付いてないだけじゃねぇーのか?
お前もケイト並みの鈍感なのか?」






「・・お、俺が牧野並みの鈍感・・?
んなわけねぇーだろ!俺はダチの女に惚れたりしねぇーんだよ!!」





言ってしまってすぐに後悔した・・・


鈍感なのか・・?


と言われて思わず口走ってしまった・・・


総二郎がものすごい顔で睨んでいる・・・


分かってるよ・・


余計な事言ったって・・


俺だって後悔してんだよ・・




「ダチの女ねぇ〜何だそれ?」




・・ったく・・この男・・



肝心な所は聞き逃してくれない・・・




「・・そ、総二郎と類の事だよ!」






「ふ〜ん・・」





マットは俺の言葉に前を向いたまま気のない返事を返しただけだった・・・




「そう言えば、あいつ、昔面白い事言ってたなぁ〜」




ゆっくりと記憶の糸を辿っていたマットがつぶやいた・・




「面白い事?」






「お前ら“完璧な失恋”って意味分かるか?」





「・・完璧な失恋・・」





「ああ、あいつが笑いながら言ってた言葉だよ。
失恋に完璧なんてあんのか?」
   






「・・・・・」




俺達は何も言えなかった・・・

確かに牧野の言う通り・・

司との事は完璧な失恋かもしれない・・・

やっと二人で走り始めたとたんに訪れた突然の別れ・・・





あのまま何も起こらずに司がNYに帰っていれば、

例え別れたとしてもある程度気持ちの整理をつけられただろうに・・・




自分の存在を否定され気持ちを持て余したままで、

それでも自分らしく生きる為に旅立って行った牧野にとって


司への想いを消化するのにこの8年間という時間は長かったのだろうか・・?




それとも短かったのだろうか・・?

何も答えられないでいる俺に代わって総二郎が口を開いた





「つくしは何て言ってたんだ?」





「何も。それだけだよ。
一言“完璧な失恋”って言ったきりだ。あいつ笑ってたけど・・
目は笑ってなかったからな・・それ以上は何も聞いてねぇ。」





「・・そうか・・」




それ以上何も言えなくなってしまった俺達の反応を楽しむかのようにマットは言葉を続けた










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