何故か話を聞く側の俺が緊張してる・・





「お、おう、聞いてやる。」



俺の緊張が伝わったのかケイトが俺の方を見て軽く笑ってやがる


「クスッ・・完璧な失恋って簡単な事だよ。
 相手が私の事、覚えていないっていうだけ・・」



「・・あん・・?」



"覚えていないって言うだけ・・"

あまりにもあっさりと言ったので聞き過ごすところだった・・

この話の一番の核心部分・・

予想外の告白にマヌケな返事しか出来なかった・・・




「・・覚えてないって・・どういう事だよ?」




「覚えてないって言うか・・正確には忘れちゃったって言った方が正しいのかな?
 彼ね記憶喪失になっちゃって、私の事だけ忘れてるの。」





「記憶喪失・・どうして?」




「NYから追い返されたって言ったでしょ?」




「ああ・・・」




「その時、セントラルパークでお父様と初めて会ったの。
 お父様はその当時、相手企業との社長さんとの話し合いが上手く行かなくて、
 契約が暗礁に乗り上げてて凄く悩んでらしたの。私は子供だったし詳しい事は
 分からなかったけど、お父様は私と話しをして私が言った魔法の言葉
 がきっかけになって、結局契約は上手くいったってすっごく喜んくださったのよ。」

「その相手企業の社長さんって言うのが私が付き合ってた彼のお母様だったの。
 彼のお母様にしてみれば不本意だったでしょうけど、契約が上手く行ったのは事実だったから、
 彼が一日だけ日本に帰ってくる事を許してくださった。」


「一日だけって・・何の為に帰ってきたんだ?」



「約束してたから・・一緒にお鍋食べるって。」




「それって別れる為に帰って来るって事か?」







「うん・・けど、あの時はそうするしかないんだって思ってたんだ・・」





「それが、どうして記憶喪失なんてなるんだよ?」





「フフフフッ・・せっかちだね。あんたがフラれるのが分かる。」






「うるせぇーよ!さっさと話し続けろよ。」






「お鍋食べようとした時ね、いきなり部屋に入ってきた人達に拉致されちゃったのよ。」







「・・・ハァ〜〜?・・・」






拉致と言う言葉にびっくりしてケイトの顔を見ると、ケイトはそんな俺を見て笑っている






「犯人誰だと思う?」







「・・んなもん分かるわけ・・って・・あっ!」
「もしかして・・・?」







「その・・もしかしてよ。犯人は滋さん達だったの。部屋に入って来た人達も滋さん家のSPで、
眠らされちゃって気が付いたら船に乗ってたの・・
その船って言うのも滋さん家の豪華客船で乗ってたのは私と彼だけで、
自動操縦になってて誰が何の為に私達を船に乗せたのかも、
船が何処に向ってるのかも分かんないし、おまけに海は荒れてて
船酔いしちゃって苦しいし・・・もう最悪だった。」






"最悪だった"と言うケイトの表情は、
あの頃を思い出しているのだろうか・・俺には楽しそうに見えた・・








「船が着いたのは滋さんの家が開発中だった無人島で
ジャングルの中を歩いてて沼に落ちちゃって死にそうになるし・・
けど、楽しかったなぁ・・彼と二人だけで・・もう他に何もいらないって思った・・
このまま離れたくないって思った・・」







目の前に広がる海を見ている彼女の目に映っているのは、
きっと遠い昔、無人島で見た海と手を伸ばせば届きそうな星空なのかもしれない








遠い昔に思いを馳せる彼女の綺麗な横顔をずっと見ていたいと思った




「島から戻ると彼が誘拐されたって・・大騒ぎになってたの。
ちょうど今日の彼女みたいにね。」



「港にはすっごい数のマスコミが待ち受けてて、バンバンフラッシュたかれて、
もう、前も後ろも分かんなくなってた時、マスコミに紛れてた暴漢に彼が刺されちゃったの。」




「刺されたって・・・何で?高校生のガキが刺されるんだ?
N.Yでって言うなら珍しい事じゃねぇけど・・治安の良い日本じゃ
そんな事滅多にねぇだろう?」





「そーだね。彼を刺した人って彼の家に恨みがあったみたい・・
だから混乱に乗じて犯行に及んだの・・」




「親の恨みをガキで晴らそうとしたのか・・」




「そうみたいね。」




「で、その後どうなったんだ?
その男、助かったのか?」




「助かったわよ・・だけど、意識が戻った彼は私の事だけ忘れてたの。
ねぇ、ヒドイ話だと思わない?十何時間も一睡もしないで、心配して・・
彼が助からなかったらどうしようって・・怖くて怖くて・・
やっと面会が許されたと思ったら、彼が言った第一声が"あの女誰だ?"だったの。
呆気に取られてるみんなを尻目に挙句の果てには"類の女か?"だって・・失礼しちゃうわよね。」

「それからが大変だった・・お見舞いに行く度にキツイ言葉言われるし、
彼は私が一緒に居るのを嫌がってたから・・・
その内、同じ病院に入院してた女の子と付き合い始めた・・」




「付き合い始めたって・・お前と付き合ってるのにか?」




「そうだよ。あんたは私と付き合ってるんだよって
言っても全然信じてくれなくて・・・」




「何だその男?・・お前、そんな奴、一発ぶん殴って
やればよかったんじゃねぇーのか?」



「フフフフ・・そうかもね。
だけどあの時は確かにショックだったし悲しかったけど・・
私ね・・神様にお願いしたの"どうか彼を助けてください"って・・
私の願いは叶ったからそれ以上は望んじゃいけないのよ。
それにね・・私、ちゃんと笑えなくなってた・・全然私らしくなかったから・・」



「だから別れたのか・・?」




「う〜ん、別れたって言うのかな〜?
私、お見舞いに行くのも止めちゃったし・・ちゃんと話してないから。
最初っから何も無かったのかもしれない・・その後すぐ私は転校しちゃったしね。」




「そうか・・で、その男はNYに帰ったのか?」




「うん、一年後にね。彼のお母様が一年だけ時間をくれたから、
彼はその一年間を私以外の人と過ごしてNYに戻った。」




「あ〜〜・・何か俺その男にすっげぇー腹立ってきた!」




「何であんたが腹立てんのよ?」



本気で腹を立てている様子の俺にケイトが呆れている




「だってよームカつくぜ!
お前の事傷つけて・・」





「ありがとう・・けどね、彼だって忘れたくて忘れたわけじゃないだろうし・・彼も苦しんでるんだよ。
自分の記憶の一部が欠けてる事に気付いてるけど、それが何なのか分からなくて苦しんでる。」




「お前って本当にお人よしだな?」




「そうかな?けど、私は私だし。
他の誰にもなれないしね。」




「当たり前だろ、なる必要ねぇーよ。
俺はそんなお前の事が好きなんだから。
あっ!誤解すんなよ。好きって言ってもダチとしてだからな!」




「・・・そんな事いちいち言わなくても分かってるわよ。」




「なぁ、そいつ・・もしかしてまだ思い出してないのか?」




「ないよ。でも、もう思い出さなくていいと思ってる。
思い出して欲しくないって思ってる。」



「どうして?思い出して欲しいって思わねぇーのか?」



「思わないよ。もうそんな事考えなくなったし、
それに今さらでしょ?今さら思い出したとしても苦しむのは彼なんだから・・もういいよ。
私ね・・ずっと考えてた事があるの。どうして彼は私の事だけ忘れちゃったんだろう・・って・・」




「何か分かったのか?」








「う〜ん、どうなんだろう?いまいち分かんないけど。
彼、苦しかったんじゃないかって思ってる。私がちゃんと伝えてなかったから・・
好きだよって言えてなかったから・・彼は一生懸命私を守ろうとしてくれてたのに・・」



「あの頃、彼のお母様の妨害がすごくてずっとSPに監視されてて。
まともにデートしたのだって一回ぐらいしかなくて・・・
私は普通の恋愛がしたかったの。障害が多すぎて・・彼は一緒に乗り越えようとしてたけど、
私は逃げる事ばっかり考えてたから。」

「私の性格・・自分でも何でって思うぐらい意地っ張りだし素直じゃないし・・
思ってる事とは反対の事言っちゃうし・・かわいくないって思う。失ってから気付いても遅いのにね・・」

「お前、今でもその男の事好きなのか?」



「好きだよ。けど、あの頃抱いてた気持ちとは違うし。
思い出さなくてもいいって思ってるのも本心。」




「いいのか?本当に・・・」



「いいの。だって彼が忘れてても私が覚えてるから。
悲しい思い出ばっかりじゃないんだよ、楽しい事だっていっぱいあったし、その全部を私は覚えてるから。
だからって私は思い出だけを抱いて生きて行こうなんて思ってないわよ。
もし、今度誰かを好きになったらその人にはちゃんと自分の気持ちを伝えようと思ってる。
・・今はまだそう思える人がいないだけ。」




「そうか・・・」




「どうだった?私の昔話は?」



「う〜ん・・やっぱりお前ってすごい・・すげぇーよ!
俺ももう一度ちゃんと彼女と話してみる。
ちゃんと自分の気持ちを伝えて納得してもらえるように努力してみるよ。」

「そう、がんばってね。」

「俺、彼女の気持ち受け入れられないから、素っ気無い態度を取ってれば
向こうだってその内諦めるだろうって思ってたんだよ。
けど予想に反して彼女はこんな所まで一人で俺に会いに来てくれて、彼女が本気なんだって分かった。
分かったけどはっきりとNOだって言ったら彼女傷つけるんじゃないかと思って、
お前と付き合ってるってウソまでついて・・やっぱ俺ってバカだよな。
そんなウソついたら余計に彼女傷つけるだけなのに・そんな事も分からないで・・
やっぱりハッキリと言わないとな・・じゃないとこんな所まで会いに来てくれた彼女に失礼だよな・・」

「あんたがそう思ったんだったら昔話したかいがあったわね。」

「そうだな。ありがとうケイト。」

「ウッ・・あんた今、ありがとうって言った?
明日、雨が降るんじゃない?やだ、進の結婚式なのに。」

「お前なぁ〜〜」

「クスクス・・冗談よ。
ねぇ、マット人の出会いって不思議だと思わない?」




「そうだな・・現に俺とお前がこうやって一緒に海を見てる。
生まれた国も育った環境も違うのに出会って、いつの間にかお互いが大切な存在になってる。」



「中には傷つけ合うだけの人もいるけど、でも出会えてよかったって思える人ばっかり。
私は恵まれてるね・・」



「お前、その男にも会ってよかったって思ってるのか?」




「思ってるよ。総二郎や類にも。それに今日、再会したみんなにもね。」




「私、最初類の事が好きだったの。
 類ってちょっと変わってるでしょ?」



「ちょっと・・アレがか?類はかなり変わってるぞ・・
って言うか俺から見ればお前らみんな変わってるよ!」




「みんなって・・私は普通よ、至って常識的な人間なんだから。
変わってんのはあんたでしょ!」




「俺が普通なんだよ・・って早く話し続けろよ!
お前と話してると全然話しが先に進まない。」

「類はあの通り感情を表に出すって事少ないし、いつも何考えてんのか分かんないでしょ?
けど何て言ったらいいのかなぁ〜?」



「類と一緒に居ると落ち着くって言うか、癒されるって言うか・・とにかく安心するの。
包み込んでくれるみたいで、素直になれるし。
だからよく彼の胸の中に逃げ込んでた、でも利用してるみたいでイヤだったんだけど、彼は無条件で私を癒してくれる存在。
私が付き合ってた人って思いっ切り真正面から気持ちをぶつけてくる人だったから。
"俺だけを見てろ!"って"守ってやるから!"って、一番強烈だったのは"地獄の底まで追いかけてやる!"って、
そんなんだったから私・・彼の気持ちに追いつけなくて苦しくてよく泣いてた。
類はそんな私を包み込んでくれる存在。」

「ふ〜ん。で、総二郎は?」



「総二郎は・・今の総二郎はあの頃の彼と全く違うの。
あの頃の彼はずっと仮面を被ってた。本当は優しくて愛情豊かな人なのに、
どこか人生諦めちゃってて、特定の人と付き合うって事しなくて一体何人の人と付き合ってるのって?感じだった。」



「俺と同じだな。」




「確かに何人も彼女が居るって状況は同じだけど。
彼は別に"運命の女"を探してたわけじゃない。ただ遊べるだけ遊んでおこうって思ってただけよ。
けどね、彼は私が日本を離れる日、空港まで見送りに来てくれたの・・息を切らしながら走ってきてくれたの・・」



「総二郎はどうして知ったんだ?
お前が留学する事。」

「優紀に聞いたんだって。」



「優紀って・・去年NYに来たお前のダチか?」









「うん、総二郎はね"逃げるんじゃないんだろう?"ってだったら
"胸を張って行って来い"って"がんばれ"って言ってくれた。
彼はちゃんと私を見ててくれたの・・今もそうだよ、あの日みたいに振り返ると彼がいてくれる、
大丈夫だからがんばれって笑顔で私の背中を押してくれてるの・・今の彼はもう仮面なんて被ってなくて・・
そのままの総二郎で私を見ててくれてる。」




「ふ〜ん、総二郎は背中を押す係りか?」




「何それ?変な言い方。」



「じゃぁ、次はあきらだな?
あいつはどうなんだ?」



「何なのよ?一人づつ何が聞きたいの?」




「いいから答えろよ!」




「・・う〜ん・・美作さんは・・どうなんだろう?」



「美作さんって私の中のイメージはお月様なの。」



「月?」




「そう、お月様。ちょうどあんな感じかな〜」

そう言ってケイトが指を指した先にはいくつもの星の間に輝く綺麗な満月




「美作さんって個性的なメンバーを上手く繋いでるパイプみたいな感じで、
彼がいるからあの4人はまとまってられるって思ってる。
太陽って眩しすぎるでしょ?けどお月様は暗い夜道を照らしだしてくれる道しるべ。」


「彼ってすごく面倒見がいいからみんなのお兄さんみたい存在なの。頼りになるっていうのかな〜」
「あっ!それから彼のお母様ってすっごく若くてかわいいのよ、それに双子の妹さんもいるしね。
一度、彼のお屋敷にお邪魔した事があってその時会ったんだけど二人共美作さんの事"お兄いちゃま〜"って
呼んでてすっごくかわいかった。そのせいか分からないけど彼の付き合う女性ってもっぱら年上の人で大抵は人妻で、
高校生の頃から人妻キラーで有名だったの。総二郎みたいに不特定多数の女性とは付き合わないけど相手は人妻。
本人は純愛だって言ってたけどね。」

「お月様でお兄いちゃま〜か・・まぁそんな感じするな。」
「で、後の一人ってあの道明寺か?」

「そうだね・・」

「で、あいつはお前にとってどういう存在だったんだ?」


どういう存在?

誰よりも大切な人・・

誰よりも側に居たかった人・・

だけど、それも遠い昔の事・・





「う〜ん、どうなんだろうね?
彼の事はあまりよく知らないの。」




「そうか・・」




ケイトが嘘をついているのが分かった、だけど深く追求は出来なかった・・




さっきまでのあの男のケイトに対する態度も何か不自然なものを感じていた

だからこそ聞きたかったのだが・・

話したくないのだろう・・





前を向いているケイトの横顔が俺のそれ以上の言葉を飲み込ませた


打ち寄せる波の音しかしない世界

空と海との境目すら分からないほどの暗闇で

俺達を見ているのは月だけ



月明かりにやさしく包まれて

二人だけの時間がゆっくりと過ぎていく・・・



ずっと女は女だと思ってきた、恋愛対象でしかなく

男と女の間に友情など成立しないと思っていた



けど、今俺の隣に座っている女は間違いなく俺の親友だ



俺の中にある固定観念を次々とぶち壊していく不思議な女・・・









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