もう一秒でも彼の側に居たくなかった・・



横にいるマットが心配そうに私の顔を覗き込んでいる



「ケイト?大丈夫か?」



「大丈夫よ。」



「・・けど・・なんであんな事言ったんだよ?
 いいのか、本当に?」




「あんな事・・って?」




「あいつなんだろ?
 お前が付き合ってたすっげぇ金持ちの男って?」



「どうしてそう思ったのよ?」




「それぐらい分かるよ!
 いいのかよ!本当?」




「いいのよ、今の彼に何を言っても同じだもん。」




「・・そっか・・あ〜やっぱ俺、あの男すっげぇムカつくわ!
 戻って一発殴ってくる!!」




マットはそう言うとさっきの場所へと戻り始めたので

慌てて彼の腕を掴み引き止めた




「ちょ、ちょっとなに言ってんのよ!
 殴ったって何も解決しないし、マットにそんな事して欲しくないわよ!」




私がそう言うとマットは呆れたように溜息をつきながら

私の肩に腕を回してきた




私も彼の腰に腕を回し二人並んでゆっくりとプールサイドまで

歩いてきた時、突然マットが立ち止まった・・




何を言い出すのかと思ったら・・



「なぁ、ケイト?お前って本当にバカだよな?」




「バカにバカって言われたくないわよ!!」




しみじみとバカだと言われた事が癪に障ってマットの腰に

回していた腕を離すと彼の胸を軽く押した・・



本当に軽〜く・・のつもりだったんだけど・・




マットの身体は"バッシャーーン"と派手な水音と共にプールの中へと沈んでしまった




"ウソ・・!"





背中から無防備な体勢でプールに落ちてしまったマットは水中から顔を出すなり大声で怒鳴っている・・




その姿に笑が込み上げてくる




笑い出してしまった私にマットは呆れてしまったのか?

彼もつられて笑い出した




私は彼をプールの中から助け上げようとプールサイドにしゃがみ込み

彼に手を差し伸べる




私の手を掴んだマットがニヤリとイジワルな笑みを浮かべた瞬間・・

再び夜空に大きな水音が響き渡った・・・




「もう!サイアク〜!!
 なにすんのよ!バカ〜〜!




「バカはお前だろーが!元はと言えばお前が俺を突き落としたんだろ!
 俺はやり返しただけだ!!」




「うるさいわね!あんたが勝手に落ちただけでしょ!」





マットの肩に手をついて思いっきり体重を乗せて彼を沈める

後は子供のように嬌声をあげながら水中でジャレあっていた・・・



















女は早口でそれだけ言うとすぐに背を向けて立ち去ってしまった




あの女は昔、確かに俺と付き合っていると言っていた・・




なのに今日は違うと否定した・・・




俺はあの女にどんな答えを期待していたのだろうか?




俺はあの女に何を聞きたかったんだろうか?



あんな女、どうだっていいはずなのに・・



俺とは何も関係ないはずなのに・・・




なのに・・




どうしてこんなにも気持ちがざわつくんだ?




どうしてこんなにも心が乱れるんだ?



俺が忘れているのあの女の事なのか?



そもそも俺は思い出したいと思っているのか?




もし思い出したとして今さらその記憶に何の意味があるというのだ?




動けないまま二人の後ろ姿を見送っていた



男が女の肩を抱いた・・


女が男の腰に腕を回した・・





それだけなのに・・


寄り添い歩くその後姿に再び体中の血液が逆流していくような感覚を覚える




体中が熱い・・


駆け寄り女から男を引き離したい衝動に駆られる




訳の分からない感情に押し流されそうになる



しばらくその場から動けないでいた



聞こえてくるのは砂浜に寄せては返す波の音だけ





無数の星がちりばめられた夜空の中心のぽっかりと浮かんでいる月だけが俺を見ていた・・・









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