【45】










「お待たせ〜!ごめんね。遅くなっちゃって。」










あきらの前に座りながら声をかけると彼はまず私を確認してから




私の後ろにいた歩美さんに視線を移し柔らかく微笑んだ










「いや、いいよ。」







「こんにちは。」







「校門のところでつまかっちゃったの。」








「構わないよ。
 たしか歩美ちゃんだったよね?」







「う〜感激!私の名前覚えててくれたんですね。!?








「こんな素敵な女性の名前を忘れる男なんていないよ。」






「はぁ〜よく言うわね・・・」








「なんだよ、本当のことだろ?」







「本当、あきらさんて素敵ですよね。私の憧れなんです!」








歩美さんまで・・・


本当によく言うわよ・・・



この人たちはどうしてこんな恥ずかしい会話を堂々と出来るんだろう?


私には絶対ムリだ!









「歩美ちゃんて素直でいいね。
 櫻にもちょっと見習って欲しいよ。」









「何よ、私はいつでも素直でしょ?
 歩美さん、あきらをあんまりおだてないで下さいね。
 ますます調子に乗っちゃうんだから。聞いてるこっちの方が恥ずかしくなってくる。」









「あら、いいじゃない。
 本当にそう思ってるんだから。」








「もう・・歩美さんまで!」







私と歩美さんはあきらの前に腰を下ろした





腰を下ろしてすぐに歩美さんが







「あの・・一つ聞いてもいいですか?」







「なに?」









「あきらさんと櫻ちゃんって本当に兄妹なんですか?」







歩美さんの言葉に思わずドキッとしてしまった・・・・







やっぱりそうようね・・・


あきらと私ってどう見たって兄妹には見えないわよね・・・





あ〜あ、でもこうやって聞かれるのって何回目だろう?・・・





そして・・・この質問をされる度に聞くあきらの答えも・・




きっと今回も同じ・・・・






私もあきらも黙っていると










「・・・あっ・・!ごめんなさい。私、失礼な事聞いてますよね?
 今の忘れてください。」









「ハハハハッ・・いいよ。よく聞かれる事だからね。
 でも、やっぱり歩美ちゃんには嘘は付けないよなー。」









ホラ!やっぱり始まった・・・



もう!この次に続く言葉・・







あきらは歩美さんの方へと身体を傾け声を潜めながら彼女の耳元で囁いた









「歩美ちゃんだから教えるけど、ここだけの話俺たちって本当は兄妹じゃないんだ。
 実は俺たち夫婦なんだ。世間には内緒だけどね。」










「へっ……??」








予想外の発言に歩美さんは目を丸くしている








もう!バカ!






歩美さん固まっちゃってるじゃない!







いつも同じ答え・・・




実は夫婦なんだ・・・











「もう!いい加減にしてよ!歩美さん困ってるじゃないの!
 歩美さん、ごめんね。今のは嘘だから。私たちよく今みたいな事聞かれるの。
 彼って人をからかう癖があるから、こうやって聞かれたびに同じように答えてるの。」









「ハハハハッ…今のは冗談、本当に兄妹だよ。
 なんだったら戸籍でも見せようか。」








「そ、そうですよね?よかったぁ〜!
 私、櫻には勝てないもの。」









「へぇ〜歩美ちゃん、今のは俺への愛の告白?」










「そうですね。」








軽くウインクをして歩美が答える









「ちょ、ちょっと、そんな事は私がいないところでやってよね!」







「何?櫻ちゃんは妬いてるのかな〜?」










あきらが私をからかい始める・・






もう!毎日毎日・・




いい加減にしてほしい・・んだけど・・







「妬いてなんかないわよ!もうバカ!
 私、お邪魔みたいだから消えるわよ。」








「ごめん〜!櫻、邪魔じゃないから、お願いここに居て!
 実はね私、あきらさんにお願いしたい事があるんです。」









「なに?僕で出来る事だったら協力するよ。」








「ハイ!あきらさん、私の作品のモデルになってもらえませんか?」








「へっ・・?!」







歩美ちゃんの言葉を聞いた櫻が俺の横でマヌケな声を出している・・・








「なんだ、そんな事ならいつでもOKだよ。」







「ありがとうございます。」








「ねぇ、歩美さん?本当にいいの?あきらなんかがモデルで。」







「お前なぁ〜自分の兄貴つかまえてなんかってなんだよ!」








「だって〜歩美さんは大学でも成績はトップクラスだし、
 写真の腕前だってすごいんだよ!
 そんなすごい人のモデルなんて、本当に出来るの?大丈夫?
 歩美さんの写真台無しにならない?」







櫻も焦るとよく喋る・・




息つく間もなく一気に捲くし立てている







「櫻、私の事かいかぶり過ぎだよ。
 それに私は是非あきらさんにお願いしたいのよ。」







「本当に大丈夫?」






櫻はまだ不安そうな顔をしている







「もう、心配性なんだから!大丈夫よ。
 まかせといて下さい。ばっちり素敵に撮りますから。」







「それじゃぁ、俺はいつからモデルをすればいいのかな?」







「それはあきらさんの都合のいい時で結構です。」







「そっか、じゃぁスケジュール確認して連絡するね。」







「はい、よろしくお願いします。」









「こちらこそ。それから俺たち同い年なんだからあきらって呼び捨てでいいよ。
 なんかあきらさんってよばれるのくすぐったくてね。」






そう言ってあきらはウインクしている…







「じゃぁ、あきらも私の事、歩美って呼び捨てにしてくれる?」







「了解!」







「それじゃ、私、これからデートなんでそろそろ行きますね。
 お邪魔しました。櫻、またね〜。」








「うん、バイバイ、またね〜。」






そう言うと歩美さんは手を振り急ぎ足で地下鉄の入り口へと向かって歩き始めた











【46】






歩美さんは手を振りながら急ぎ足で地下鉄の入り口へ向って歩き始めた




私は彼女がいなくなって正直、少しホッとしている




歩美さんの事は好きだが今の私は家族以外の人と深く関わる事が苦手だ







「ハァ〜」







あきらを睨みながら・・・



ため息をついていると・・・・






「どうしたんだよ?ため息なんかついて?」






「だって・・・・」






「あっ!もしかして、お前、本当にヤキモチ妬いてんのか?
 まぁ〜こんなにかっこいい兄貴じゃ、気持ちも分からないわけじゃないけどな。」






ニヤニヤしながら私を見ているあきら・・・






「ハァ〜本当に自信過剰なのもそこまで行くと見事よね!」






「だから、いつも言ってるだろ。過剰じゃなくて真実なんだよ。
 お前な〜俺はこう見えてもけっこうモテるんだぜ。」







「知ってるわよ。あきらお兄ぃちゃまがモテることは、充分承知しております。」







「お前なぁ〜、お兄ぃちゃまなんて呼ぶなよ!気持ち悪ぃな!」







「いいじゃない。だって本当のことでしょ?
 ねぇ、お兄ぃちゃま。」









今度は睨んでる・・・・・








「・・・…もういい、やめてくれ。」







「でもね、歩美さんにあんな言い方したら彼女、勘違いしちゃうわよ?
 いいの?あきら、好きな人がいるんでしょ?」






私は以前、彼に聞いた事があった




パリに来てからは彼にお付き合いをしている女性がいるような気配はなかった



日本に居る頃には結構、夜、遊びに出かけたりデートしていたのに



それがパリに来てからはぱったりと無くなっていた







私が付き合ってる人いないのと聞いた時も彼の答えは好きな人はいる、





完全に片思いだけどな





と言って笑っていた





あれから何年か経っているがその気持ちは変わっていないように思えていたから







「大丈夫だよ。それにあんなのは挨拶みたいなもんだしな。」


「本当にそう思ってるの。ねぇ、私、歩美さんの事好きなんだから
 あきらにその気が無いなら変に気を持たせるような事言わないでよ。」








「分かってる、気をつけるよ。
 それより、そろそろ行くか?」






「うん。ねぇ、少し買い物してもいい?」






「ああ、何買うんだ?」





「画材屋さんに行きたいの。」






「車で行くか?」







「いい・・・近くだから歩く。」






「そっか、じゃぁ行くぞ!」







カフェを出て二人並んでパリの街を歩き始める






いつからだろう?




あきらは私と歩く時は必ず手を繋いでくる






「ねぇ、どうしていつも手つないで歩くの?」







「お前がいつもボッーと歩いてるだろ。
 だからお前が迷子にならにように、だよ!」







何よそれ・・・!




迷子って・・・





私を一体いくつだと思ってるのよ!







もう、頭にくる!





そんな事考えて手繋いでたって言うわけ?








「ふ〜ん、でも私、迷子になった事なんてないけど?」







「それは、いつも俺が手をつないでやってるからだろ?
 感謝しろよ!」








「・・・つないでやってる・・って!いいわよ、一人で歩けるから、離してよ!
 いい歳して兄と手つないで歩いてる人なんていないわよ!恥ずかしいでしょ!」








「なんだよ、お前照れてんのか?」







「そんなんじゃないわよ!
 いい歳してお兄ちゃんと手繋いで歩いてる人なんていないわよ!」








「ここにいる。」






「だから、恥ずかしいから離してって言ってるの!」








「ヤダね!俺は全然恥ずかしくないからいいんだよ。
 お前、変に意識しすぎなんじゃないの?俺はお兄ぃちゃまなんだろ?
 だったらいいじゃん。」








「も〜バカ!あきら!」







「いいからさっさと歩けよ!」







あ〜この鈍感女・・記憶が無くてもこの性質だけは変化がないらしい





でも、今はこいつのこの鈍感さに感謝しないとな…







もしこいつが俺の本当の気持ちに気付いたらきっと家の中でも意識しまくって



やりにくくてしかたないだろうからな…








「ところでお前はどうなんだ?
 好きな奴とかいるのか?」






「好きな人はいるわよ。」







「へっ・・誰だよ!?そいつどんな奴なんだ?」






あっさりといると答えた櫻に俺は柄にも無く慌てていた







「ちょっと急に何興奮してんのよ!?私が好きなのは雛でしょあきらもそうだし、
 お父様達にお母様もそれに双子ちゃん達もみんな好きよ。」







「なんだよ・・そうじゃなくて、俺は付き合いたいって思う奴とかいるのかって聞いてるんだよ?!」







「それは・・ないっていうかそんなの有り得ない。」







「どうして?」







「だって、私、子供いるし記憶だって無いし・・
 ほら、あれだよ・・いちいち説明するのってめんどうじゃない。いろいろと・・」








「お前、何に遠慮してんだ?」








「遠慮なんてしてないけど。何だろう?誰かを愛する気持ちも
 忘れちゃったのかもしれないね。よく分かんないんだ。
 あっ!でもね私、今すっごく幸せだよ。
 雛もいるしあきらも居てくれるし仕事だってあるし大学だって通ってる。
 もうこれ以上何もいらないよ。」







「そっか、お前今幸せなのか。よかったな。」









「そう、全部あきらのおかげだよ。感謝してるの。
 あの時、私を見つけてくれたのがあきらじゃなかったら
 きっと今ごろこんなに幸せだって感じてなかったかもしれないしね。
 だから、ありがとう。あきら。」








「う〜やっぱ今日のお前気持ち悪ぃ〜!」








「ちょっと、なによ!真面目に話してるのに!」









「だって、お前が素直にありがとうなんて言うから
 ぜってー明日雨降るぞ!」








「もういいよ!」







俺との会話は櫻は大抵、最後は拗ねて横を向いてしまう


少し頬を膨らませながらソッポを向いたままの櫻と



陽の傾きかけたパリの街を歩いて行く










【47】








歩美との約束通り俺が彼女の作品のモデルを務める




場所は屋敷のスタジオで櫻がアシスタントをつとめるらしい




櫻は朝からライトを用意したり何かと忙しくしている




最初は反対していたのに今では一番張り切っている・・・大丈夫か?







なるべく自然にしていてくださいと言われ



ほとんどカメラの前に座っているだけだったが



俺のモデルぶりは完璧だったと自負している





これは俺が勝手に思ってるだけだが・・






撮影会も無事終了しテラスに移動してお茶を飲んでいると



また彼女がとんでもない事を言い始めた








「ねぇあきら?あなた本格的にモデルやったら?」








歩美の言葉に俺より先に櫻が反応した






「ちょっ、ちょっと!歩美さん変な事言わないで下さい!」








「どうして?櫻だってあきらさんがモデルっていいと思わない?」










「全然、思わない。
 この程度の顔ならそこら辺にいっぱいいるわよ。」








「オイ!この程度ってなんだよ?仮にも俺は兄貴だぞ!」








「だから本当の事言ってあげてるんじゃない。」








「お前なぁ〜、本当の事って・・俺は今の言葉ずっげぇ傷ついたぞ!」









「そっ、じゃぁこれ以上バカな事言わないわよね?
 それにモデルなんてしてる時間無いでしょ?」








「分かってるよ、そんな事!」


「





じゃぁ、私の専属モデルっていうのはどう?」








「専属モデル?」











「私の作品だけのモデルって事だけど、ダメ?
 櫻ちゃん〜、それぐらいならいいでしょ?たまには私にも櫻の大切なお兄ちゃま貸してよ。」






「それ、本気で言ってるんですか?」






「私はいつでも本気だけど。どう?」








「う〜ん・・そう言う事なら、ふつつかな兄ですが末永くよろしくお願いします。」







俺を無視して勝手に話しが進んでいる






櫻はふざけて歩美に頭を下げている・・









「やった〜!ありがとうっ、櫻〜!」








「おい!俺の意見は聞いてもらえないのか?」








「何?断るの?」










「櫻、お前さっきまでムリだとか言ってたじゃないか?」








「そうよ、プロのモデルはムリだけど歩美さん専属のモデルなら
 時間的にもなんとかなるんじゃない?」








「じゃぁ、決まりね!そう言う事でよろしくね。」








「分かったよ。」







俺は基本的に女の意見には逆らわないことにしている・・







この二人、強引な方じゃないが気が付くと彼女達のペースに巻き込まれてしまっている事が多い、



俺は軽く両手を挙げて降参のポーズを取りながら櫻が笑顔ならそれでいいと考えていた









「それじゃぁ、私はそろそろ帰るわね。
 写真出来たら櫻にもあげるね。」








「う〜ん・・・どうしようかなぁ・?」







「どうして?櫻の大好きなお兄さんの写真だよ。」






「歩美さんの写真は欲しいけど、あきらがモデルだって言うのがねぇ〜・・」







「俺は欲しいな、どうせなら等身大パネルかなんかにして櫻の部屋にでも飾るか?」







「悪趣味〜!そんな物置かれたら毎晩悪夢にうなされるわよ。
 やめてよね〜冗談じゃない!」








「フフフフッ・・・本当に二人って仲いいわね?うらやましい。」






「歩美さん、仲良くなんかないですよ!私がいじめられてるだけです!」






「俺がいじめられてるの間違いだろ?」







「フフフフッ…ほら、やっぱり仲いいでしょ?
 それじゃぁ、私は帰りますね。今日はありがとうございました。」







「こちらこそ、楽しかったよ。」







「歩美さん、気をつけてね。」







「うん、それじゃぁ!櫻ちゃん、また学校でね。
 さようなら。」









櫻が歩美を送って玄関まで付いて行った後、俺はテラスで一人、



これから櫻に話さなければいけない大切な話を考えていた








櫻がデザインした子供服が好評で日本のデパートでの取り扱いが決まり、



それに合わせて俺は櫻と雛を連れて日本に一時帰国する事が決まっていた





その事を伝えなければならなかった















【48】







日本での『sakura』の本格的な発表を1ヵ月後に控え




俺は親父達に例のシャトーに呼ばれていた







シャトーに着くと親父達は6年前と同じ部屋で待っていた







「遅くなり申し訳ありません。」







挨拶をしながら部屋の中程まで進むと総二郎の親父さんが声を掛けてきた







「いやー、あきら君、忙しいのに呼び出してすまなかったね。」






俺よりはるかに忙しい人達に言われるのは恐縮してしまう







「いえ。
 今日は皆さんお集まりでどうなされたのですか?」







最初に話しを始めたのは俺の親父だった







「あきら、最近の櫻の様子はどうだ?
 変わった様子はないか?」








親父は雛が産まれてからは毎晩のように屋敷でディナーを食べている・・




それもこれも雛がおじいちゃまと一緒がいいと言ったからで、



仕事の途中だろうがパーティーがある日だろうが一旦屋敷に戻り



雛と櫻と一緒にディナーを食べてからまた出かけて行く・・







ハァ〜・・


ほとんど毎日一緒にメシ食ってるだろうが・・!



だけど・・




そんな事言えるはずもなく・・



当たり障りのない返答をしておく







「いつもと変わらず雛と元気にやっていますが。」






「では記憶の方はどうだ?何か思い出したのか?」





「まだですが、櫻自身もかなり気にしている様子です・・」






「そうか。もう6年以上経つ、そろそろ潮時だな。」







「それはどう言うことでしょうか?」







「以前、静さんに櫻を見つけられてしまった時に言っておいただろ?
 そろそろ覚悟を決める時が来たと。」







「はい、それは覚えていますが。」






「それで、あきら君は覚悟は出来ているのかね?」






総二郎の親父が意味深な表情を浮かべながら俺を見ている







「覚悟なら6年前、牧野つくしが美作櫻になった時から出来ているつもりですが。」







「そうか、それならいいんだ。」







「お前は来月、日本に帰る予定になっているな?」







「はい。」







「櫻と雛も一緒に連れて帰りなさい。」







「えっ・・?!」







「そんなに驚く事でもないだろう。」







「あっ、はい。ですがそれは櫻と雛を公表するという事でしょうか?」









「そうだな。櫻のコレクションが日本でも本格的に発売されれば嫌でも
 櫻の事が注目されるだろうし、そうなればもう司君達に隠しておく事は出来ないだろう。
 だから、お前は櫻と雛を連れて日本に帰り決着をつけて来い。」








「何の決着を・・でしょうか?」







「お前は私達が何も知らないと思っているのか?」








「・・・・・・」







呆れ気味に話す親父に代わって類の親父が後を引き継いだ








「あきら君、ここからが本題だよ。
 もし櫻が記憶を取り戻したら君はどうするつもりだね?」









「櫻が全てを思い出したのであれば彼女の意志に任せたいと思っていますが・・」






これは俺の本心だ







「それは、櫻が雛を連れて君の元から去っても構わないということかね?」








「はい。元々、記憶が戻るまでのつもりでしたので。」






これも俺の本心・・







「君は本当にそれでいいのかね?」







「・・はい。」






これは俺の本心じゃない・・・







「そうか。だがね、私達はこの6年間、櫻や雛だけではなく君の事も見てきたんだよ、
 君が櫻の事を何よりも大切に思っている事を私達は知っているんだ。
 そこでだ、君は櫻と結婚する気はあるかね?」










「・・結婚で・・すか?」












予想外の言葉だった




まさか親父たちが俺と櫻を結婚させようとするなんて




思ってもみなかった・・











「そうだよ。猶予は後1年だ。
 その間に櫻の記憶が戻らなければ君と結婚する。
 これは私達四人からの命令だよ。」








「命令です・・か・・
 お言葉を返すようですが、司は絶対に納得しないと思います。」








「君は司が納得しなければ櫻の事を諦めると言う事かね?」








司の親父だった








「それは・・分かりません・・」








「諦められるのかね?」








「それも分かりません・・」










この答え・・



俺は親父達に櫻を愛していると告げてしまったようなものだよな・・









再び俺の親父が口を開いた







「あきら、いつまでもこのままという訳にはいかないんだ。
 お前も櫻も司君たちもだ。ずっと独身でいるわけにはいかない。
 分かっているな?」









「はい。」










「あきら君、私から言えることは一つだけだ、司の事は考えないで
 自分の気持ちに正直になってちゃんと将来の事を考えて欲しい。」








司の親父の言葉だった








「ですが、雛は司の、いえ、道明寺家の・・」








「分かっているよ。
 私は雛とも櫻とも今まで通り接していくつもりだがね。」









「どうだ、あきら?」









「は、はい・・ですが・・今は何と答えていいのか分かりません。」








「分かっているよ。まだ時間はある。
 ゆっくり考えて答えを出せばいい。
 だがな、どちらにせよ、一度日本で司君達と話をつけてこい。」










「・・・司も日本にいるのですか・・・・?」









「お前たちの帰国に合わせて司君もNYから帰ってくる事になっている。」








「分かりました・・」









俺が櫻と結婚・・?






そりゃ俺はこの数年間、ずっと櫻しか見てこなかったが結婚となると話は別だ・・








それに司は・・



あいつが絶対に櫻を諦める事はないだろう





もし櫻に再会したら、無理矢理にでもN.Yに連れて行こうとするだろうし・・






櫻はどうするだろう?






記憶が戻れば司の所へ行ってしまうのだろうか?






俺が想いを伝えればどうするだろう?




少しでも俺と一緒に居たいと思ってくれるだろうか・・










【49】








どれぐらいボーっとしていたのだろう?



櫻の声で我に返った







「・・・ら・・あきら・・・お〜い、あきらく〜ん!」







俺の目の前で手をヒラヒラとさせながら顔を覗き込んでいる








「・・・・あん・・・?」









「なに、変な声だしてんの?
 ずっーとカップを持ったままだよ。」









「あ・・ああ・・」







「なによ?変なの。」






「なぁ、さくら・・?」






「何?コーヒー淹れなおす?」








「・・あ・・ああ、頼む。」









櫻は自分の分のカップも持って屋敷へと入っていき、



すぐに二人分の新しいカップを持って戻ってきた





俺の前に座りなおすとカップに口をつけながら







「で、何?」







「来月、日本に帰る。」






「・・お仕事?」







「ああ、仕事も兼ねてるけどお前と雛も一緒に連れて帰る。」






「・・・私も・・・どうして?」






「親父の命令だよ。」







「お父様の・・?」







「そうだ。なぁ、櫻もう6年経つ。
 いつまでもこのままじゃいられないだろう?」








「・・そうだけど・・」








「俺は大学院を卒業したらおそらく日本で仕事をすることになるし。
 雛も来年は小学生だからそろそろ日本で教育を受ける事も考えないと。」









「・・日本に帰ったら記憶が戻ると思う?」







「分からないよ。」






「もし、戻らないままだったら・・?」







「そんなに焦らなくてもいいよ。ゆっくりやっていけばいいんだから。
 それに今回は3週間だけの一時帰国だ。」







「でも・・・あきらは大学院を卒業したら日本に帰るんでしょ・・・・?」







「多分な・・・」







「そしたら、私はまだ大学があるから雛と二人でパリに残るの?」








「お前がそうしたいなら残ればいいし、
 とにかくそんな急いで答えを出す必要はないよ。」







「でも・・あきらとは一緒にいられないんでしょ・・?」









櫻の瞳に涙が浮かんでいる・・




頼むからそんな目で俺を見ないでくれ・・




心が期待してしまうから・・







「急ぐ事ないからゆっくり考えろよ。」







俺は今まで何となく避けていた話題を聞きたいと思った







「お前は日本に帰りたいと思った事ないのか?」








「・・ある・・けど・・何も憶えてないから・・・怖くて・・」







「怖い・・?」








「うん。もし私の事知ってる人に会ったらって思うと怖くて。
 相手は知ってるのに私は知らないから。今の日本ではお母様たちぐらいなのに・・
 ・・道だって分からないのに・・そんな所で雛と二人で上手くやっていく自信が無いの。」









「大丈夫だよ、俺もいるし、お袋だっているんだから。
 それにな、お前にもちゃんと友達がいるんだぜ。
 正確に言うと俺とお前の共通の仲間だけどな。」








「共通の・・お友達?」








「そう、最初に言っただろ?俺はお前の友達だったって。
 他にもいるんだよ。日本に帰ったら会わせてやるよ。」








「でも・・私は何も覚えてないんだよ・・」







「あいつらはそんな事全然気にしないよ。」








「どうしてそんな事が言えるの?その人達は私の記憶が無い事も
 雛を産んだ事だって知らないんでしょ?」







「あいつらは今でもお前の事を心配してるし探してる。」






「・・6年もたってるのに・・?」







「何年経ってたって関係ない。みんなお前の事を想ってるよ。」







信じられないという顔で櫻が俺を見ていたが目を閉じ深く息を吐き出すと







「そう・・記憶が無くなる前の私っていい友達が沢山いたんだね・・」









「そうだよ。みんなお前の事が大好きなんだ。」










「だったら・・どうして私はそんな人達の事を忘れちゃったんだろう・・?」







「それは俺にも分からないけど。
 あの時のお前は精神的に辛い状況だった事は確かだよ。」









「ねぇ、その人達の中に雛の父親もいるの?」







「ああ、いる・・でも、今は日本にいないよ。」








「そう、何処にいるかなんて聞かないけど。
 その人って今も独身?」








「ああ、独身だけど・・どうしたんだ急に?」







「だって、もしその人に恋人や奥さんがいたらやっぱり雛の事は内緒にしといた方がいいでしょ?
 あきらは前にその人は雛の事迷惑に思ったりしないって言ったけど。
 やっぱり自分にいきなり6歳の子供が居るなんて言われたら迷惑だと思うもの。」









「なぁ、お前、もし記憶が戻ったら雛の父親とやり直そうと思わないのか?」







「・・雛にとってはやっぱり本当の父親と過ごすのが一番いいと思うけど。
 分からないの。記憶が戻っても好きって気持ちが戻ってくるとは限らないでしょ?」







「そうか・・」







好きって気持ちまで戻ってくるか分らない・・



俯きながら櫻の言った言葉が俺の頭の中でこだましている



どうして櫻はそんな事を考えるようになったのだろう・・?




まるで思い出す事を無意識の内に拒んでいるみたいだ・・








「うん・・」










私はどうしたいのだろう?




このまま記憶が戻らないことを望んでいるのだろうか?




思い出したと思っている・・




でも恐いんだ・・









全てを忘れてしまった時の気持ちまで思い出してしまうのだろうか・・?



今さらそれにどんな意味があるというのだろうか?




それがどんなに辛い事実だとしても思い出さなくてはいけないのだろうか?






だけど・・いつまでもこのままでいいわけないのも分っている・・




















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