【60】






午後から俺達は『sakura』が出店する百貨店へと出向いた






出店については日本のスタッフでほぼ完了していて




今日ここまで出向いたのは最終的な確認のため






「あ〜あ、終わったね。とうとう日本でも販売が始まるんだね。
 なんか緊張しちゃうなぁ〜。」






櫻が自分の洋服が並べられる棚を見つめながら独り言のように呟いている・・






「あきら様、櫻様、お疲れ様でした。」






声を掛けてきたのは美作商事の社員で『sakura』の販売スタッフのチーフで森口遥


歳は俺より2つ上だけどセミロングの髪を耳にかけ


ビシッとスーツを着こなしたいわゆる出来る女だ



社内でも評価の高い彼女が日本での『sakura』を一手に引き受けている





「お疲れ様です。皆さんのおかげでやっとここまでこれて安心しています。
 本当にありがとうございます。」






「いいえ、私達はただ出店の準備をしただけです。
 やっぱり櫻様のデザインがいいからですわ。
 実は販売前から評判が良くて、デパートにも社の方にも問い合わせの電話が多くて、
 私達スタッフもやりがいを感じてるんです。絶対に日本でも成功すると思っています。」






「ありがとう。ねぇ、森口さんその”櫻様”って止めていただけませんか・・
 私の方が年下なのに・・だから櫻でいいですよ。」






「そういうわけにはまいりません。」






きっぱりと言い切られた櫻は





「じゃぁ、せめて”様”じゃなくて”さん”でお願いします。」






「分かりました。それでは櫻さんって呼ばせていただきます。」






「ありがとう。これからもよろしくお願いします。」








「こちらこそ、よろしくお願いします。
 それでは、私はこのまま社の方に戻りますので。」







「森口さん、ちょっと待って。
 櫻?お前これからどうするんだ?」






「歩美さんと約束してるんだけど。」







「歩美と?彼女も日本に戻ってんのか?」







「うん。時間は約束してないんだけど、私の仕事が終わったら連絡しますって言ってあるの。
 あきらはどうするの?」







「俺は一旦オフィスに戻る。
 長くはかからないと思うから俺も終わったら電話するよ。」






「うん、分かった。
 じゃぁ、歩美さんと三人で夕食でも食べに行く?」







「そうだな。
 森口さん、俺も社に戻るから一緒に乗っていけばいいよ。」






「はい。ありがとうございます。」







「櫻は篠田呼んであるから。
 ちゃんと車に乗っていけよ。」








「分かった。それじゃぁね。」





「ああ、後でな。」










デパートを出て迎えに来てくれていた車に乗り込むとすぐに歩美さんに電話をかけた



その時、歩美さんのお友達が私に会いたいと言っているので




一緒に連れて行ってもいいかと聞かれた








彼女の友人が何故、私に会いたいのか疑問だったけど



特に断る理由も見つからなかったのでOKした








今、思えばあの時OKなどしなければよかった








あまりにも突然の自分の過去との対面に



私はどう対処していいのか分からずにその場から逃げ出してしまった









【61】







オフィスに戻り仕事をしていると携帯が鳴った





電話をかけてきたのはお袋だった







珍しいな?



お袋が電話をしてくるなんて



何かあったのか?







「もしもし?」









「あきら君?今、櫻ちゃんが帰ってきたんだけど何だか様子がおかしいの。
 帰ってきて部屋に入ったきりで、声を掛けても返事がないの。」








「えっ・・・?」







「篠田さんの話しではお友達と会うって入って行ったお店から飛び出してきたんですって。
 お友達と何かあったのかしら?今日会う予定だったお友達の事、何か聞いてる?」








「ああ、大学の友達で俺もよく知ってる女性だから特に問題は無いはずだけどな?
 とにかく俺もすぐに帰るよ。」








「分かったわ。
 ごめんなさいね、お仕事中なのに。」






「いいよ。じゃぁな。」







櫻が部屋から出てこない?


何があったんだ?


歩美と会ってたんじゃないのか?







とにかく櫻の様子が気になる




俺は電話を切ってすぐ上着を取りオフィスを出た








屋敷に着くと櫻の部屋へ直行した




ノックをしても返事は無い・・




部屋の中は電気も点けずに真っ暗なまま櫻の姿は見えなかった








何処だ?






「櫻?居ないのか?」







声を掛けながら中へと進む



暗闇に少しづつ目が慣れてくると


ベッドの向こう側でシーツを頭からかぶりうずくまっている櫻の姿が目に入った







「櫻!どうしたんだ?
 何かあったのか?」





慌てて駆け寄り抱き起こしベッドに座らせた







櫻を座らせると自分も隣に腰掛け、



彼女を腕の中に納めもう一度同じ質問をする







「どうしたんだ?
 歩美と会ってたんじゃなかったのか?」







櫻は俺の胸に顔をうずめたまましばらくじっとしていたが



やがてゆっくりと顔を上げて話し始めた







「今日、歩美さんと会ったの。
 歩美さんに友達が一緒でもいいかって言われて断る理由も見つからなくてOKしたの。」








「会ったのは彼女一人じゃなかったのか・・?」







「うん。歩美さんに指定されたお店に行ったら、個室に案内されて。
 そこに歩美さん以外に4人の人が待ってたの。」






「そいつらに何かされたのか?」






「違うの。」






「そうか・・で、そいつらに何か言われたのか?」






「ううん。でもね、その人達、私の事知ってるみたいだったの。
 個室に入ったとたん女の人が抱きついてきて私の事をつくしって呼んだの。
 他の人達も先輩とか牧野って呼んでた。」








「えっ・・?!」






もしかしてあいつらと会ったのか・・・・?






歩美はあいつらと知り合いだったのか・・・?






やっぱり一人でいかせるんじゃなかった・・・・・







「私ね・・恐くなって逃げてきちゃったの・・
 ねぇ、あの人達は誰なの?私の事をつくしって呼んだ女の人は誰レ?
 あきらは知ってるの?」







話しているうちに興奮し始めた櫻







「ああ、知ってるよ。説明してやるからちょっと落ち着け。
 何か飲む物持って来ようか?」







「ううん、いらない。
 それより早く教えて!」







「分かった・・
 お前が会ったのは、多分パリで話した俺達の仲間だよ。」





「あの人達が・・・?」







「そうだ、お前の事をつくしって呼んだのはおそらく滋だろうし、
 先輩って呼ぶのは桜子しかいない。後の二人は男だったか?」







「うん。」






「男の髪は二人ともストレートだったか?」






「髪?・・・多分?あんまり覚えてないんだけど・・」






「そうか・・じゃぁ、髪の黒い方が総二郎で茶色の方が類だな。」






「総二郎に類・・・・・?」








「そうだよ。俺もお前にあいつらを会わせようと思ってたんだけど。
 先越されちまったな。」






俺の顔を見上げていた櫻の口からため息が零れた・・





「そうだったの・・じゃぁ、私あの人達に悪い事しちゃったね。
 ずっと私を探してくれてたのに、恐いなんて思っちゃって。」







「大丈夫だよ。
 ちゃんと事情を話せば分かってくれるよ。」






「本当?」






「ああ、俺が嘘言ったことなんかないだろう?」





「そうだね。ねぇ、あの人達の事をもっと教えてくれる?」








「いいよ。さっき言った滋だけ永林で、後の三人は英徳で一緒だったんだ。
 昼に大学のカフェでF4って教えただろ?総二郎と類と俺ともう一人でF4だったんだよ。
 それから桜子はお前より学年が一つ下だよ。」







「みんな苗字はなんていうの?」







「滋は大河原、桜子は三条で、総二郎は西門、類は花沢だよ。」







「えっ・・?!西門と花沢って・・?
 お父様方の・・・息子さんなの・・・?」







「そうだよ。」






「じゃぁ、もしかして・・・・F4の後一人って・・・?
 ・・道明寺の・・・お父様の・・?」







「ああ、F4の残り一人は道明寺司。」






「・・どうみょうじ・・つかさ・・・・?」








その時、あきらの携帯が鳴った



電話を掛けてきたのは歩美だった









【62】







櫻が飛び出して行った後の五人は重苦しい空気に包まれていた




後を追いかけようとした滋を総二郎が止めた





「滋、ダメだ!追いかけるな!」




「どうしてよ!どうして追いかけちゃダメなのよ!」





「ダメだ!深追いするな!」




「だからどうしてよ!?」





興奮した滋が勢いに任せて総二郎に馬乗りになって掴みかかっている




掴みかかられている総二郎は滋のあまりの力に動きが取れないでいるところを


桜子が後ろから滋を引き剥がしてくれた






「滋さん、落ち着いて座ってください!
 先輩が美作さんと一緒だって分かったんですからいつでも会えますよ。」





「そ、そうだぞ、滋!だから落ち着け!」




滋から引き離され息を整えていると




ずっと黙って事の成り行きを見守っていた類が口を開いた





「ねぇ、牧野の様子、変だったよね?」





「類・・お前もそう思ったか・・?」




「うん・・なんだか・・俺達のこと分からないみたいじゃなかった?」




「・・・えっ?類君・・それってどういう事?」





「う〜ん・・もしもだけど・・もし牧野があの頃の司と同じ状態だったとしたら・・?」






「類・・司と同じって・・牧野も記憶が無いってことか?」






「そう・・そして司よりひどい状態だとしたら・・?」





「司・・以上ってか・・?」







「司が忘れたのって牧野の事だけだったでしょ・・
 だけど牧野は俺達のことも忘れてるとしたら?」







「けどよ・・そんな事って・・有り得るのか?」






「分からないけど・・もしこの考えが当たってたとしたら
 牧野が逃げ出したこともあきらとの事なんかも説明がつくんじゃない?」





「つくか・・?説明・・?
 ハァ〜だとしたら尚更あきらと話しする必要があるな・・」






「そうだね。」








ハァ〜・・なんなんだよ!



この展開は・・・






1枚扉を開けるとすぐに目の前にはもう1枚の扉がある・・・




前に進めば進むほどに眩暈のような感覚に襲われる・・




辿り着いた答えに沈黙が降りてくる・・・





瞳に一杯の涙を溜めた桜子がすでに泣き出してしまっている滋の背中を優しくさすっていた





しばらくしゃくり上げるように泣いていた滋だったが


いきなり顔を上げたと思ったら隣に座っていた総二郎の腕を取った






「総二郎!私、つくしに謝らなきゃ!
 会えたのが嬉しくて、つくしの気持ちとか全然考えてなくて・・
 きっとつくし今ごろ訳が分からなくて混乱してるよね?!
 ねぇ、あきらに電話して!お願い!」






「ああ、今からしてみるよ。」






やっぱ電話すんのは俺なわけね・・・



小さなため息と共に携帯を手にした時


遠慮気味な歩美の声が聞こえてきた





「・・あの・・あきらさんへの電話・・私が掛けてもいいですか?」





「・・構わないけど・・」




「ありがとうございます。
 櫻ちゃんが飛び出して行っちゃったのって元はと言えば私の責任ですから・・」





「歩美ちゃんの責任じゃないよ気にしないで。
 俺達こそ巻き込んじゃって悪かったね。」





「いいえ、大丈夫ですから。
 じゃあ、あきらさんに電話してみますね。」










【63】





『はい。』





電話口から聞こえてきたあきらさんの声は今まで聞いたことのない冷たい声だった




瞬時に彼が怒っていると感じた





「もしもし、歩美です。」




『ああ』





抑揚のない彼の声が頭の中でこだましている



だんだん泣きたい気分になってくる・・・





「あ、あの・・今日はごめんなさい。
 私、滋と永林で同級生だったんです。
 私、何も知らなくて・・」





『君のせいじゃないよ。』





「あの・・櫻ちゃんは大丈夫ですか?」






『ああ。』






「櫻ちゃんに謝っておいてください。
 驚かせちゃってごめんなさいって・・」






『分かった。伝えておくよ。
 ところでまだ総二郎達と一緒なの?』





「は、はい、一緒です。」





『そう、じゃぁ総二郎に変わってもらえるかな?』





「はい、分かりました。ちょっと待ってください。」







すぐに電話口から総二郎の少し緊張した声が聞こえてきた




『もしもし?』





「総二郎か?」






『ああ、今日は悪かったな。
 牧野、大丈夫か?』





「大丈夫だ。」





『お前、こっちに来れるか?』






「ああ、そのつもりだ。
 俺もお前達に話しがあるしな。」





『そうか、で、連れてこれないのか?』





「今日はもう無理だ。」





『そうか・・仕方ないな・・』





「今、司も一緒か?」





『いいや。呼ぶか?』





「ああ、頼む。」





『分かった。
 司に牧野が見つかったって話しておいていいんだな?』






「構わないよ」




『それじゃぁ、待ってる。』




「ああ、後で。」






総二郎との電話を切ると抱きしめたままだった櫻が心配そうに俺を見上げていた





「大丈夫だよ。」





櫻を安心させるために微笑みながら言うと





「これから出かけるの?」





「ああ、総二郎達と会ってくるよ。
 お前の事ちゃんと説明してくるから心配するな。」





「うん、あのね・・お願いがあるの、みんなに謝っておいてほしいの
 逃げ出したりしてごめんなさいって。」





「分かった、ちゃんと伝えてくるよ。」





「ありがとう」






そう言うと櫻はもう一度、俺の胸に顔を埋めた




無意識のうちに彼女を抱きしめている腕に力が込もる・・




このまま離したくない衝動に駆られる・・





今の彼女なら俺を選んでくれるだろうか?




いつもこの考えが頭をよぎる・・




バカな考えだよな・・






もし、俺を選んでくれたら・・?







だけど記憶の戻らないままの彼女と一緒になれたとしても



俺も櫻も幸せにはなれない・・






それにきっと司と再会した櫻は記憶が無くてもまた司を選ぶだろう・・・




何があってもこの二人なら再び惹かれあうだろう・・・





俺の想いは成就する事はない・・


そんな事分かっていたはずなのに・・




悪あがきだと分かっていても今はまだこの想いを諦めることはできない・・



俺はそれほどこいつに惚れている・・・






抱きしめていた腕の力を抜きゆっくりと体を離す





「すぐに戻るからそんな顔するな。
 一人でいるのが不安ならお袋のところにも行ってろ。」






「うん。
 ねぇ、すぐに出かけるの?」





「そのつもりだけど、どうしたんだ?」




「う・・うん、お夕飯食べていかないの?」





「いいよ、帰ってから食べるから。」





「じゃぁ、私も食べないで待ってる。」





「いいよ、何時になるか分からないから先に食べてろ。」





「いい、一緒に食べたいから待ってる。」





「そうか、分かったよ。
 なるべく早く帰るから。」





「うん。」




やっと櫻に笑顔が戻った









【64】







あきらとの電話を終えると待ちきれない様子で身を乗り出していた滋に襲われた・・



大げさな表現じゃなくて・・




まさに俺・・


今、自分の彼女に襲われてる・・



但し、本人に襲っているという自覚はない・・







「ねぇ!あきら来るって?つくしも一緒?!
 ねぇ、総二郎!どうなのよ!?」





「わ、分かったから、放してくれ!
 ちょっと落ち着けよ!」






「うるさいわね!
 なんでもいいからさっさと教えなさいよ!」





「分かってるってんだろ!
 まず来るのはあきらだけだ、それから司も呼んどいてくれってよ!」





俺が言い終えると滋は落胆したようにソファーにどっかりともたれ込みながら






「な〜んだ・・つくし来ないの・・?!」







「仕方ねぇーだろ、驚かせたのは俺達なんだから。
 それにあきらの話しを聞くのが先決だしな・・
 もし牧野の前で司があきらに殴りかかりでもしたらヤバイだろが?!」







「そーだね・・でも、司・・どうするんだろうね?
 やっぱりショックだよね・・?ずっと探してたつくしがあきらと一緒だったって聞いたら・・・
 それに子供はあきらの事をパパって呼んでたわけでしょ・・?」








「ああ・・そうだな。どうするかな・・司?」






「血の雨が降るんじゃない?」






黙って俺と滋のやり取りを聞いていた類だった・・・






お前は・・




またあっさりと・・・



ハァ〜







「類!何呑気に言ってんだよ!
 もし司があきらに殴りかかりそうになったら止めろよ!
 いつもみたいに呑気に眺めてんじゃねぇーぞ!」






「分かってるよ、総二郎って心配性だね?」






「うるせーよ!俺だってこんな事で心配したくねぇーよ!」




「そっ、で、司に電話しないの?」




類の言葉に滋と桜子も俺を見ている・・・






「分かってるよ!今からかけるよ!」





携帯を取り出し司の携帯の番号をダイヤルすると




3コールの呼び出しで司は電話に出た























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