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俺の話しを聞き終えた櫻はさすがに司にも記憶がなかったと聞いて驚いている


「・・・彼も記憶が無かったの・・・?」


「ああ・・・一時期、お前の事だけ忘れてた・・・・」


「・・・そうだったの・・・・」
「ハァ〜・・なんだか私の人生ってジェットコースターに乗ってるみたいよね?」


俺は考え込んでしまった櫻が心配で


「お前、今何考えてんだ?」


「ん・・・?彼にとって私って一体どんな存在だったのかなぁ〜って。」


「何ものにも変えがたい大切な存在だった。今でもだけどな。」


「ねぇ、彼も忘れたいって思ったんじゃない?私みたいに・・・・
 彼は私の事を好きでいるのって辛かったのかもしれない。」


櫻の言葉にドキッとした・・・・・
確かに司にとって櫻への想いは半端な物ではなく、司自身でさえも
持て余す程の想いだっただろう・・・だが俺達は知っていた司の櫻に対する
想いは本物だったと。そして櫻の司に対する想いも・・・知っていた・・


櫻が忘れたいと思ったのは本当かもしれない・・・

だがあの想いを忘れる事なんて出来ないはずだ・・・だから・・

櫻は牧野つくしでいる事を辞めてしまったのだろう・・・

きっと心が壊れてしまう前に自分でブレーキをかけた・・・







「・・どうして、そう思うんだ?」


「だって、多分私が全部忘れたのだってきっと自分でそう望んだから・・・・
 忘れたいと思ったから・・じゃないかって・・」


「そんな事ないよ。
 少なくとも司はお前の事忘れたいなんて望んだ事はないよ。」


「どうしてそう言い切れるの?」


「俺は司とガキの頃からずっと一緒なんだぜ。あいつは女なんて低俗ですぐ泣くし、
 バカな生き物だって公言して憚らなかったのに、お前に出会ってからはとにかくお前に
 振り向いて欲しくて、ほら、小学生が好きな子にイタズラしたりしてわざと気を引いたりするだろ?
 そんな感じでお前にもちょっかいだしてた。お前、最初は類に惚れててよく一緒に非常階段で話してた。
 こないだ英徳に行った時連れて行ったろ?あそこは類の指定席で俺たち以外寄せ付けない類が唯一、
 一緒に居る事を許した特別な存在だったんだ。だから司はよく類に焼きもちを妬いてたなぁ・・
 まぁーそれは今でも変わらないけどな。お前、鈍感だから司の焼きもちに気付かないであいつの言葉を
 真に受けて・・・それにお前が泣くとどうしていいか分からなくてオロオロしてた。
 だったら泣かせるなって思ってたけど、俺達はそんな司の姿見るのは初めてだったからおかしくて、
 よくからかってたよ。だからよく殴られてたけどな。」
「とにかく司はお前の事が好きで好きでたまらなくて、お前さえ側にいたら機嫌もよくて何もいらないって言ってた。
 だからそんな風に考えるな。司は今でもお前の事だけを想ってるんだから。」


「じゃぁ・・彼は明日、私に会ったらガッカリするかもね。
 今の私は≪牧野つくし≫じゃないんだもの・・・」


「そんな事関係ないよ。お前の名前が≪牧野つくし≫だろうと≪美作櫻≫だろうと
 お前はお前なんだから。」


「・・・分かった。」


「・・そんな顔するな!ただ、一つだけ覚悟しといたほうがいいぞ!」


「・・何?覚悟って・・・これ以上、何あるの?」


「・・明日、司に会うだろ・・あいつ、バカで単純で凶暴で手加減ってものを知らないから
 お前に会ったら最後、きっと容赦なく気持ちをぶつけてくるぞ。
 それも半端じゃない気持ちをな。がんばれよ!」


「何それ!・・応援・・?」


「そう。だからがんばれ、櫻!」


俺の言葉にお前が笑ったのが分かった・・・


やっと見れたお前の笑顔・・・
なぁー・・櫻、お前分かってるのか・・?
お前のその笑顔が俺を幸せにするって・・・
分かってねぇよな〜・・だってお前、鈍感だもん・・・


「ねぇ、あきら・・」

俺の肩にもたれかかり目線を外したままで


「・・・うん?」


「・・ありがとう・・」


「・・どういたしまして・・」


肩を抱いていた手を頭に移動させる・・・
そのまま軽く髪を撫でながら・・・
俺の肩に凭れ掛かったままの櫻の額に軽くKISSをする・・・


風にそよぐカーテンの隙間から見えたのは・・・満月






なぁー、牧野・・俺はまだ三日月のままだよ・・・

俺を満月に変えてくれる女・・・

そんな女、お前以外にいると思うか・・・・?





なぁー、司・・お前、昔よく言ってたよな・・・

一番欲しいものが手に入らないって・・・・・・

あれって本当だったな・・・・



【76】


パーティー当日、総二郎と類が朝から司の所に来ていた

司は落ち着かない様子で朝からずっとお腹をすかせた猛獣のように部屋の中をウロウロしている

「オイ!司!ちょっと落ち着けよ!」
「いい加減にしろよなー!朝からずっと人の目の前でチョロチョロしやがって!
 うっとおしいんだよー!!座れ!」

「うるせー!ここは俺ん家だ何してようと俺の勝手だろうが!」


「ハァ〜・・ったく、お前はそんなんで大丈夫かよ。
 牧野の前でもそんな態度だったら嫌われっぞ!」


「うるせー!そんな事言うために来たんだったら帰れ!」


「・・人が心配してこんな朝っぱら来てやってんのに・・帰れはねぇーだろーが・・」


類はそんな二人の言い争いにも全くしらん顔でソファーに座り優雅にお茶を飲んでいたが

「ねぇ、司、怖いんでしょ?」

のんびりとした類の問いかけに司は何も答えない代わりにベッドの端に腰を掛け
視線を逸らしている


「ふ〜ん、怖いんだ。」


「・・怖くなんかねぇーよ!」


「じゃぁ、何なの?」


「怖くなんかねぇけど・・・どうしたらいいか分かんねぇんだよ!」
「あいつ、記憶がねぇんだろ・・俺の事も何も憶えてない・・・・
 今のあいつのはもう俺は必要ないんじゃないかって・・・・・」


「なんだ、やっぱり怖いんじゃない。」


「・・・なっ・・・怖くなんかねぇって言ってんだろうが!!」


「ねぇ、司は忘れてるみたいだから教えてあげるけど。司が牧野の事忘れてた時って
 牧野は何度も司に拒絶されたのにがんばってお見舞いに行ってたんだよ。
 それにお前をかばって俺に殴られてた、なのにまだ牧野に会ってもいないのに
 弱気な事言って。司、牧野の事諦めるんだったら早く言ってよね。
 俺、本気出すから。」


「オイ!類、お前何言ってんだよ!」


類の言葉を聞いた司は額に青筋を立てながら

「なんだとー、類!誰がお前なんかに渡すかよ!
 俺はあいつの事だけはぜってー諦めないからな!類!あいつは俺のもんだ、手出すなよ!」


「う〜ん、それは分かんない。牧野は今度こそ俺を選んでくれるかもしれないしね?
 それに俺、あの時言ったよね。憶えてるでしょ?今度は絶対に司には渡さないって。
 俺が守るって・・・まぁ、あきらがライバルだっていうのがちょっとやっかいだけどね。」


独り言のように一気にそう言い終えるとまた優雅に紅茶を飲み始める・・・・


≪もういい・・好きにじゃれあっててくれ・・・俺を巻き込むな!≫


類の挑発にバカが切れた・・・・ベッドから飛び降りてソファーに座っている類の胸倉を
掴もうとしたその時、ものすごい音がした。

音のした方へ振り向こうとした瞬間・・・俺の視界の端に椿姉ちゃんが飛び込んできた。
≪・・・んっ・・・椿姉ちゃん・・・・?≫
そう思った瞬間、再びものすごい音が部屋中に響いた・・・・・

『バコーーンー』

姉ちゃんの繰り出したパンチが見事司の顔面にヒットする・・

≪ヒェ〜・・痛そうーーーー!とりあえず殴る・・やっぱ姉弟だわ・・・≫


「イテーなぁー!なにすんだよ!」


「ふん!うるさいわよ!」


≪相変わらずだな・・・姉ちゃんも・・・・≫


「椿さん、こんにちは。」


≪ハァ〜、類!お前、この状況でよく普通に挨拶ができるよなぁ〜・・≫

類にそう言われて振り返った姉ちゃんの態度がガラッと変わった・・・


「類、総二郎、こんにちは。早いのね。」


「椿さんも今日、パーティに招待されてるんでしょ?」


「ええ、お父様から急に連絡が来て、帰って来いって。」


「そうなんだ。」


「でも一体どう言う事なの?お父様に聞いても何も教えてくださらないし。
 帰ってきてみるとお母様までいらっしゃるなんて。何があったの?」


「うるせぇなー!姉貴には関係ねぇんだよ!俺の部屋から出て行け!」


『ドカッ!』
姉ちゃんの蹴りが司の脛にヒットした、司が脛を押えてしゃがみ込んだ所へ
『ボコッ!』
今度は姉ちゃんのアッパーが顎に決まった!


≪バカも殴られるのが分かっててどうして、いつもいつも反抗するのだろうか?≫
≪あいつには学習能力ってものが無いのか・・・?≫
≪それにしても姉ちゃんってやっぱ強えー!≫


「どういう事なのか、聞いてるのよ!答えなさい!司、あなた何したの!」


「何もしてねぇよ!」
「ったく・・・いちいち殴るなよなー!この暴力女!」


「なんですって!もう一度言ってみなさい!」


「あ〜もう!姉ちゃん、ちょっと落ち着いてくれよ!俺が説明するから座ってくれ。」


「誰だっていいわ、知ってる事があるんだったらさっと教えなさい。」

類が近くにあったイスを持ってきて椿にすすめる

「ありがとう。」


「司、お前も座れよ。」


二人が座ったのを確認すると総二郎がつくしを見つけた時の状況と
あきらから聞いた話を椿に話した。


椿は最初は信じられないようだったが瞳からはしだいに涙が溢れ始めた


「じゃぁ・・つくしちゃんは記憶が無くて6年半も前からあきらと一緒にパリに居て
 司の子供もいるのね?そしてつくしちゃんを隠していたのはお父様達だった・・」


「俺達もあきらに聞くまでは信じられなかったけど、
 あいつがずっと牧野と一緒にいたのは事実だ。」


「そう・・で、司どうするの?」


「・・どうするって?」


「だから、つくしちゃんと子供の事よ。」


「分かんねぇよ!どうすればいいのかなんて・・・」


「司、今でもつくしちゃんの事好きなのよね?」


「当たりめぇだろうが!いちいちそんな事聞かなくてもわかってるだろう!」


「そう、だったらがんばりなさい。記憶の無いつくしちゃんに
 もう一度振り向いてもらえるようにね。」


「ああ、だけどがんばってどうにかなるもんでもねぇだろう・・・」


「・・そうだけど・・とにかく焦らずにゆっくりやるのよ。」


「ああ・・・・」


「ハァ〜、でもどうしてこんな事になっちゃったのかしらね?
 それにしてもお父様達が関わってたなんて。どうりでお母様が探しても
 何も分からないわけよね。お父様は一体どういうおつもりなのかしら?」


「そうだね、俺達もまさか自分の父親が牧野の事知ってるなんて思ってもみなかったもんね。」


「でも今日のパーティーってちょっと変じゃないかしら?」


「そうだね、俺達だけじゃなくて、父さん達も来るし。司のお母さんも帰ってきてるんでしょ?
 それに椿さんもだし。単に僕達に牧野と子供を会わせるだけじゃないのかも知れないね。」


「オイ!どういう事だよ。」


「ん〜、それは分かんないけど。何か嫌な予感がするよ。」

こんな時に働く類の勘は意外と当たる・・


「何だよソレ!」
「これ以上、何があるって言うんだよ!」


「おい!司、お前心当たり無いのか?
 最近、お袋さん達に何か言われた事とかないのか?」

「・・・ない・・と思う。」

「ねぇ、司?NY行ってから見合いの話とか無かったの?」


「なんだよソレ!まさか俺に見合いの話でもあるのか?
 ねえちゃん、どうなんだ!」


「私は聞いてないけど。司はどうなの?」


「行った当初はババァも見合いして結婚しろってうるさかったけど、
 最近は何も言ってこねぇよ!」


「お母様も司にはつくしちゃんしかダメだってやっと気付かれたのよ、
 だからお母様も探してらしたんだけどね。」


「今頃遅せぇんだよ!認めるならもっと早くに認めろってんだ!
 そしたら俺はこんな思いしなくてもすんだのに。」


「お母様も後悔なさってるのよ。」


「どうして?父さん達は今になって牧野の事教える気になったんだろ?」


「そりゃ、6年半も経つし、あいつが『sakura』ってブランド立ち上げたからじゃないのか?」


「そうだね、確かにデザイナーとして表にも出てくるだろうから、そうなったら
 俺達が知るのも時間の問題だと思ったけど。なんかそれだけじゃ無いような気する。」

類は顎に指を当てて考え込んでいる

「どういう事だ?」


「例え何年経ってても牧野の記憶が戻ってないし、デザイナーとしてだって顔を出さずに仕事しようと
 思えばいくらでも出来るのに敢えて俺達の前に姿を現したのにはきっと訳があるんだよ。」

「・・・あっ!・・・類・・・お前・・まさか・・」


「そうだね。俺達はいつまでも独身でいるわけにはいかないよね?」


「・・・で、でも・・だとしたら・・・」


「ねぇ、牧野はあきらの事、どう思ってるんだろ?」


今の類の言葉に黙って話を聞いていた司が反応したのが分かった
司にとっては、一番考えたくなかった思い、一番認めたくなかった現実・・・


椿が類を睨んでいる
「類、自分が何言ってるか分かってるの?」

睨まれている類は涼しい顔で言葉を続けている

「分かってるよ。でも牧野があきらの事好きだって言ってもおかしくないでしょ?
 ずっとパリで一緒にいたんだから。」

「何だよ!それってつくしがあきらと一緒になるって事かよ!
 冗談じゃねぇぞー!!あいつは俺のもんだ!誰にも渡せねぇんだよ!」

「司!ちょっと落ち着けよ!まだそうと決まったわけじゃないだろ!
 類はその可能性もあるって言ってるだけだろうが!」
「とにかく、落ち着いて座ってくれ!あきらだってお前の気持ち分かってるよ。
 だから心配するな。あいつは俺達を裏切るような奴じゃないよ。」

「それから、あきらが来てもいきなり殴りかかったりするなよ、
 牧野にもだぞ、いきなり抱きついたりなんかするなよ、
 そんな事したら逆効果なんだからな。」

「分かってるよ!チクショー、親父の野郎一体何考えてんだよ!」


その時、ドアがノックされてメイドが俺達を呼びに来た。

「旦那様がお呼びでございます。」


【77】


そろってリビングに行くと、そこには親父四人組と司とあきらのお袋さん、
それに双子の妹達と小さな女の子が一緒だった

女の子は一目で司の子供と分かる容姿をしている

女の子は司の親父さんの膝の座りなにやら一生懸命話をしている

その様子を周りの大人たちは微笑ましそうに眺めていた

息子である俺達にはけっして見せない顔・・・その光景を初めて見る、
司と椿姉ちゃんなんてリビングの入り口で固まってしまっている

俺は小声で

「オイ!司、大丈夫か?」

「・・あ、ああ、あれが雛か・・?」

≪他に誰がいるんだよ!・・ったく≫

「そうだろうな。」

小声で会話していると司の親父さんの声が聞こえてきた

「お前たち、そんな所で突っ立ってないで入ってきたらどうだ。」

「は、はい・・・失礼します。」

4人で中へ進むと、それぞれの親父が声をかけてきた。

「類、久しぶりだな。元気だったか?」

「はい、お父さんこそお変わりありませんか。」

「ああ、ありがとう。」


・・ったく類んとこは相変わらずだな・・・どんな時でもマイペースでボケた会話を交わしてやがる・・


「総二郎、どうしたんだ?私の顔に何か付いてるかね。」

俺の親父だった・・・・

≪どうしたんだ?・・・それはこっちが聞きてーよ!≫

まさか口に出して言えるはずも無く・・・


「えっ・・いいえ、失礼しました。」


「お前達にも紹介しておくよ。」

そう言ったのは司の親父だ。



「櫻の娘の雛だ。」


親父達は牧野の事をあくまでも櫻で通すつもりらしい


「雛、皆さんにご挨拶しなさい。」

「は〜い。」
「こんにちは。みまさか ひなです。」

マジでかわいい〜・・こりゃー親父達が骨抜きになるのも分かるな
真近で見た雛は肌の色は白く黒目がちな大きな瞳に長い睫毛に
ウェーブのかかった黒髪・・人形みてぇー

英徳一のプレイボーイの俺としては将来がすこぶる楽しみ・・
なんて・・考えていると類が腰を折って雛に話しかけている


「こんにちは、雛ちゃん。僕は花沢類、よろしくね。」

「お兄ぃちゃま、はなざわって言うの?」

「そうだよ。あそこに座っているのは僕のお父さんなんだ。」

「ふ〜ん、花沢のおじいちゃまがお兄ぃちゃまのパパなんだ。」

「そう、だからおじいちゃま同様、僕もよろしくね。」

「うん。」

「雛ちゃん、俺は西門総二郎。
 そこに居る西門のおじいちゃまが俺のお父さんだよ。」

「うん。お兄ちゃまも雛と仲良くしてね。」

「もちろん。でもみんなお兄ちゃまじゃややこしいよね?
 俺の事は名前で呼んでくれる?」


そう言うと雛はちょっと考えてから満面の笑みで

「じゃぁ、そうちゃんでいい?」

なんて言うからついついデレッ〜とした顔になってしまう・・


「OK、今から俺はそうちゃんだね。よろしくね雛ちゃん。」


「うん。よろしくね。」


今度は類だった
こいつは昔から変なとこで張り合ってくる

「じゃぁ、僕は類でいいよ。」

「うん。類。よろしくね。」

「こちらこそ。」

司はただ黙って雛を見つめている

雛が司の方を向き親子で見つめ合う形になった

何、親子で見つめ合ってんだよ!
さっさと自己紹介しろよ!


「オイ!司!」
小声で言いながら肘で少しつついた。

「・・・あっ、ああ・・・」

司より先に雛が話し掛けた

「お兄ちゃまはダレ?」

雛にそう話し掛けられた司は固まってしまっている
ったく何やってんだよ!
さっさと自己紹介しろってんだ!
自分の娘だろうが!何、緊張してんだよ!

『プッ・・・司、緊張してるね。』

類が小声で話し掛けてきた

『ああ。でもあいつの緊張してる顔なんて滅多におがめねぇよな。』
『本当だね。』


「お、俺は司、道明寺司だ。」

「どうみょうじ・・・・?」
そう言って雛は司の親父の方を見ている

「そうだよ。おじいちゃんの息子だよ。
 その隣に居る女の人はおじいちゃんの娘で椿って言うんだよ。」

「ふ〜ん、お姉ちゃまはつばきって言うの?」

姉ちゃんはもう泣き出している
「雛ちゃん、こんにちは。これからよろしくね。」

姉ちゃんが雛を抱きしめている

抱きしめられた雛は少し驚いていたが、特に嫌がる様子もなく
ただ姉ちゃんが泣いているのを不思議そうに見ていた

「お姉ちゃまはどうして泣いてるの?」

「雛ちゃんに会えてうれしいからよ。」

姉ちゃんのその言葉を聞いた雛は何かを考えている様子だったが、
おもむろに自分のポケットからハンカチを取り出し姉ちゃんに手渡した

ハンカチを受け取った姉ちゃんの瞳からはさらに涙が溢れ出している

これで姉ちゃんも雛の虜になったな・・・


司は放心したような表情でただ雛を見つけているだけ・・・

こいつ、マジで大丈夫か?


ここで俺達は親父達に無理矢理に現実の世界に引き戻される事になる・・


「お前達に話しておかなければならない事があるんだがね。」




【78】


あきらのお袋さんが双子と雛をリビングから連れ出し、
残ったのは親父四人組と司のお袋さんに俺たちと椿姉ちゃんだけになった

「お前達に話しておかなければならない事があるんだがね。」

親父達の表情は先ほど雛に笑顔を見せていたのがウソのように、
厳しい表情に変わっていた


リビングには一気に緊張感が漂い始める

俺はずっと司のお袋さんの様子が気になっていたが、
雛を見つめる瞳は思いのほかやさしい物だった


まず口火を切ったのはあきらの親父さんだった

「まず、君達に謝らなければならないな。
 長い間、櫻の事で心配掛けてすまなかったね。」

返事をしたのは司だった

「いいえ、今までつくしと雛を守っていただき、ありがとうございました。」

すかさずソファーから立ち上がり親父達に向かって頭を下げた

司は心を決めたのだろうか・・?


「いやー、司君も少し会わないうちに立派になったね。
 楓さんもこれで一安心ですな。」

いきなり俺の親父にふられた司のお袋さんは少し驚いていたが、すぐに
「ありがとうございます。」と笑顔で返している


こんなに穏やかな顔のお袋さんを見たのは初めてだ、
もしかしたら、司や椿ねえちゃんも初めて見るお袋さんなのかも知れないな・・・




「お前達は牧野つくしさんがどうして美作櫻になったのかは知っているな?」

「はい、先日あきらから聞きました。」

「そうか。だったら櫻の記憶が無い事も知っているのだな?」

「はい、知っています。」

「だったら話が早いな。櫻達が来る前にお前達に話しておきたい事がある。」

「はい。」

親父達の話は前置きなしにいきなり本題にはいった

心の準備もないままに話を始められ思考停止状態になってしまった

「あと一年で櫻の記憶が戻らなければ櫻とあきら君を結婚させるつもりなので、
 お前達もそのつもりでな。」

その場の空気が一気に固まった・・


正確には俺達と司のお袋さんだけだが

親父達は涼しい顔のまま・・

お袋さんの表情からどうやら彼女も知らなかったようだが・・・・
だけど記憶が戻らなければあきらと結婚なんて・・・どうしてそう言う話になるんだ?

固まったままの空気の中、最初に口を開いたのは姉ちゃんだった
物凄い剣幕で自分の父親に食って掛かっている

「お父様!一体どういうことですの?
 つくしちゃんと雛ちゃんは司の・・・・」

「そんな事、今さらお前に言われなくても充分承知しているよ。」

腹が立つほど冷静な声だった。

「だったら・・どうして・・・・あきらと結婚なんて・・」

「あなた、一体何をお考えなのですか?
 雛は道明寺の孫なのですよ!」

鋭い声でお袋さんが詰め寄っている・・

「ハハハハ・・・楓、君こそ何を考えてるんだ。」

司の親父さんの声はさっきよりもさらに冷たい・・・

「元々、二人を別れさせたがっていたのは君じゃないかね。
 だから私としては君の希望をかなえたつもりなんだがね。」

「・・あなた・・・私は・・・・」

「私は・・・どうしたんだね?
 君は雛がいるから司と櫻の事を許すとでも言うのかね?」

「違いますわ。私もずっと牧野さんを探してましたのよ。
 あの時の私の決断は間違っていた思ったから。やっぱり司には牧野さんじゃないと
 ダメだという事が分かったから。」
「でも、あなたが隠していたのなら見つかるはずないですわね。
 どうして教えて下さらなかったの?」

「君も私に何も聞かなかったじゃないかね。
 私は、もし君が櫻の事を言ってきたらすぐに教えるつもりだったんだがね。
 残念だよ。今さら君が何を言ってもあきら君と櫻の結婚の話は変わる事は無いよ。」

「そんな・・・・じゃぁ、司はどうなるんですか?」

今度は司の親父さんは俺達に向かって

「君達もいつまでも独身ってわけにはいかないだろう。」
「司、私はここ数年ずっと君の事を見てきた。
 君が櫻の事を想っている事も理解している、
 本当に櫻を守りたいと思っているのならもう少し大人になったらどうかね。
 私には君は図体の大きな単なる駄々っ子にしか見えないがね。」

辛辣な言葉だが・・親父さんの言葉はここ数年の司の態度を見ていれば反論は出来ない・・


黙り込んでしまった中で類が口を開いた

「牧野は・・彼女はあきらとの結婚を承知してるのですか?」

「いいや、まだだよ。まだ櫻には話てないからね。
 あきら君には日本に帰る前に考えておくように言っておいたので、
 今ごろはもう答えが出てるんじゃないかな。」

「では、まだ牧野があきらと結婚すると決まったわけではないのですね?」

「記憶が戻らなければ結婚させるよ。」

「勘違いしてもらっては困るよ。私達は別に君達の意見を聞こうなんて思ってるわけじゃない。
 これは命令だ。櫻は今 美作家の娘だ。父親は私なんだよ。君達に櫻の結婚を反対する権利は無いんだ。」
「それにあきらもだ、美作家の長男として私の決めた結婚を拒む権利は無い。」

俺はさっきからずっと黙ったままの司の様子が気になっていた。

司はさすがに親父達の前で暴れ出す事はなかったが俯いたままずっと何かを考えているようだった

そんな司がやっと口を開いた

「じゃぁ、つくしの記憶が戻ればいいんだな?」

挑みかかるように自分の父親を睨み付けている


「そうだな。それが出来ればいいがな。
 櫻の記憶が戻ったら私達は櫻の意志に任せるよ。
 でも、櫻の記憶が戻っても変わらないと思うがね。」

意味深な笑みが司の親父の顔に浮かんだ・・・

「どういう意味だよ!あいつは記憶が戻ってもあきらと結婚する事を選ぶって事かよ!」

「それはお前自身が自分の目で確かめるんだな。」
「もうすぐ来ると思うが、二人に会ってみれば分かるよ。」

「それから司、くれぐれも言っておくが、櫻は今は美作家の人間だぞ。
 それを忘れて行動するな。いいな。」

「・・・分かってるよ!」


それ以上誰も口を開かなかった。


ノックと共に親父の秘書が入ってきて、何やら告げた。

「二人が到着したようだ。」


【79】

ノックと共にドアが静かに開き、あきらとその少し後ろから写真の中の女性が入ってきた

久しぶりに見た牧野つくしだった・・


その場に居た全員の視線が櫻に集中する中、二人はまず親父達の前に歩み寄り挨拶をしている


「遅くなり申し訳ありません。」

「いや、構わないよ。仕事だったんだろ。」

「はい。」

「お父様、お久しぶりです。」

久しぶりに聞く彼女の声・・・・
あいつってこんな話し方してたっけ?
俺の中にある牧野の印象はいつも元気で声を張り上げて司と言い合いをしている
騒々しいという印象が強かったのだが・・今、俺達の目の前で親父達と話している
女性は少し緊張しているようだが柔らかい声で話しをしている



「櫻、元気にしていたかね。」

「はい、おかげ様で。」

「そうか。仕事の方はどうだ?」

「はい、皆様のおかげで何とか日本での出店の準備も整いました。」

「そうか、いよいよ櫻のデビューだな。お祝いしないとな。
 櫻、欲しい物があれば何でもいいなさい。」

「ありがとうございます。」

柔らかく微笑んだ彼女に釘付けになる・・
俺達の中にある牧野じゃない・・

いや、牧野なんだけど・・雰囲気が全く違う・・


「君達は初対面じゃないようだがね、一応紹介しておくよ私の妻の楓だ。」

そう紹介された楓は一瞬、自分の夫の顔を恨めしそうに睨んだがすぐに櫻に向き直り
先手を打ってきた

「お久しぶりね、牧野さん。今は櫻さんなのね、司の母の楓よ。
 雛ちゃんは司の子供なのよね?だとしたら私は雛ちゃんのおばあちゃんって事になるのね。
 昔はあなた達の事反対したけれど、出来れば司と一緒にN.Yに来てもらえればと思っているのよ。」

一気にそう言い終えた司のお袋さんの言葉に櫻が戸惑ったような表情を浮かべている


「・・申し訳ありません。
 すでにお聞き及びだと思いますが私には雛の父親が誰なのか分かりません。
 なので・・」
 

「分かっているわ、だから、今すぐにって言ってるわけじゃないのよ。
 一度、雛ちゃんも連れてN.Yに遊びにいらっしゃればいいんじゃない。
 考えておいて。」


「・・・は、はい・・」


牧野とお袋の会話で今のあいつの中には俺は居ないという事が分かった


「櫻、こちらに座りなさい」

促されて櫻はあきらの親父の隣に腰を下ろした

あきらも少し離れて腰を下ろしている


「今、司達にも話したところなんだが、お前に話しておかなければならない事があるんだ。
 あきら君には日本に帰る前に話してあるんだがね。」


「・・・はい・・」


「櫻、あと一年で記憶が戻らなければあきらと結婚しなさい。」


「・・・・えっ?」


親父の言葉に櫻は驚いてあきらの方を見た


「どうした?そんなに驚く事でもないと思うがね。」


「で、ですが、私は・・・・・」


「分かっているよ。今はあきら君と兄妹になっているが、そんな事は大した問題じゃない。
 もう一度、牧野つくしに戻ってもいいし、私と養子縁組をして道明寺家の娘としてもいいし、
 西門さんでも花沢さんでも構わないよ。とにかくこの結婚は私たちの命令だから従ってもらうよ。」




「親父!こいつは俺の・・・雛は俺の娘だろうが!
 あきらとの結婚なんて俺はぜってー認めねぇからな!いい加減にしろよ!
 何が命令だ!!」


怒鳴り声を上げた司の気持ちも分かる・・・だけど・・この状況でどうすれば親父達に逆らう事が出来るのだろうか・・

自分の将来の伴侶を自分で選び出すことなど不可能だと諦めていた

いや、今でも諦めている・・

親父達が何を考えているのかは分からないが

でも、面と向かって命令だと言われるとこの上なく嫌悪感を覚える・・








だけど・・牧野の考えていることも分からない・・


「・・・分かりました。」


興奮している司を遮る様に櫻が静かに返事をした・・・・

決定的な答えだった

あきらが慌てて間に入る

「櫻!お前何言ってんだよ。本当にいいのか?」


「夕べ、話したでしょ?一歩前に踏み出すって・・・」


「い、言ってたけど・・それが俺との結婚っておかしいだろ?」


「あきらは嫌なの?」


「・・・・そうは言ってないだろ。」


こちらも決定的な答えだった・・・・


「どうやら話はまとまったみたいだね。
 じゃぁ、そう言う事で話を進めるよ。」


「お父様、もし私の記憶が戻った場合はどうなるのですか?」


「その時は櫻の意志を尊重するよ。そのままあきらと結婚してもいいし、
 司君とやり直しても構わないよ。とにかくお前達でよく話し合いなさい。」


「それじゃぁ、私達はそろそろお姫様のお相手をしなくちゃいけないのでね。」


総二朗の親父がイタズラっぽく言うと親父四人組と司のお袋さんがリビングを出ていた。


残されたのは俺達と牧野と椿姉ちゃんだけ・・・・


重たい空気の中・・・・
≪ハァ〜・・どうすんだよ・・この状況・・・≫

しばらく誰も口を開かなかった














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