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あ〜・・胃が痛い・・数日前から食欲が無く、体調は悪かったけど、
此処に来てとうとう胃がキリキリと痛み始めた・・・最悪・・・

部屋に入った時から感じる痛いほどの視線の中に雛にそっくりの男性を見つけた・・

以前、あきらが言っていた言葉を思い出した・・

”誰が見てもすぐに分かるよ・・”


本当だった・・

長い睫も鼻筋の通った顔もクセのある髪も雛にそっくり・・


怒鳴り声を上げた彼に咄嗟にあきらとの結婚を了承したけれど・・


でも、どうして私の記憶が戻らなければあきらと結婚って事になるんだろう?

あきらには嫌なの?と言ったけど実際、結婚なんて考えた事無かった、
今の私には覚えていない雛の父親とやり直す事よりもあきらとの結婚の方が
現実味があるというだけだ・・・・・・・・



あきらは私の事をどう思っているのだろう?


私はあきらの事をどう思っているのだろう?


あきらは単にお父様の命令だから私との結婚を了承したのだろうか・・?

だとしたら・・・私は・・?


ぼんやりとする頭でそんな事を考えているとふいに

”牧野”


と呼ばれた・・・・








沈黙の中、口火を切ったのは類だった

「牧野、久しぶりだね?」


《・・牧野・・?私の事よね・・?そう呼ばれるのってなんだか実感がない・・
 久しぶりって言われても・・どう答えればいいのか分からない・・彼からには久しぶりでも
 私にとっては初対面と同じなのだから・・・》


牧野と呼ばれ戸惑っているとあきらが助け舟を出してくれた


「櫻、彼が類だ。」

「花沢さん・・?」

「そう、お前が非常階段でよく一緒にいたのが彼だよ。」

「・・じゃぁ、その隣が西門さん・・?」

「そうだ、それからその隣が司と司の姉ちゃんの椿さんだ。」


あきらの言葉に櫻は少しだけ司の方へと視線を動かした・・
しかし・・すぐに逸らしてしまった・・


「・・彼が・・雛の父親なのよね・・?」

「ああ・・」

小さく答えたあきらの声に彼女は体を司の方へと向け、
消え入りそうな程の小さな声で・・・


「・・・ごめんなさい・・私、何も覚えてなくて・・」

「いや、謝らなくていいから、悪いのは俺の方なんだから、
 お前は何も悪くないから・・」
「なぁ、雛を連れてNYへ来てくれないか?」

「・・えっ・・?」

驚いたように顔を上げた櫻と初めて視線がぶつかった・・


「もちろん今すぐにとは言ってねぇ。
 だけど俺はお前とやり直したいと思ってる、だから考えて欲しいんだ俺との事も。」

「それは・・雛がいるから?」

「違う!俺が雛の事を知ったのは先週だ。
 俺はその前からずっとお前の事だけを思って生きてきたんだ。
 だから雛の事は関係ねぇ!でも、雛がいるって知って嬉しかった。
 ありがとう、あんなにいい子に育ててくれて。」


「ありがとう・・でも、すぐには返事できない・・」

「分かってる、急がねぇーからちゃんと考えてくれ。
 それから、雛に俺が父親だって言ってもいいか?」


父親だって言ってもいいか・・?
確かに彼が本当の父親だろうけど・・雛はずっと一緒にいたあきらを本当の父親のように思っている
記憶を取り戻すまでの臨時の父親だと約束していたが・・
幼い雛がその言葉の意味を理解しているとは思えなかった・・

だけど・・

いずれ知ることになるなら今がいいチャンスなのかもしれない・・・
それに雛には自分の本当の父親が誰なのか知る権利がある・・



「そうね・・ちゃんと言わなきゃね・・
 でも・・雛はあきらの事をパパって呼んでるの・・
 だからあなたの事をすぐには受け入れてくれないかもしれないの・・」

「ああ、分かってるよ」

「ごめんなさい・・」
「あきら?雛はお父様方と一緒にいるのかしら?」


「多分な、連れてきてやるよ。」

「ううん、私も一緒に行く。」


二人が雛を連れにリビングから出て行った後

「司、よくがんばったわね!
 あなたにしては上出来よ。」


「マジで姉ちゃんの言うとおりだぜ!
 俺はお前がいつ怒鳴り声を上げるかってヒヤヒヤしてたけど、よく我慢したな!」


「おめぇーら!俺の事をなんだと思ってんだ?!
 俺だってやる時はやるんだよ!・・けどなぁ・・
 俺・・やっぱ自信ねぇ・・」
「今のあいつの中には俺はいねぇ・・あいつが今見てるのはあきらだ・・」

いつになく弱気なことを言う司・・

「お前なぁ〜らしくねぇーことばっか言ってんじゃねぇーよ!
 大丈夫だ!そんな焦んな!」

「ああ・・」


【81】


あきらと櫻が雛を連れて戻ってきた

櫻は司の前に雛を連れて行くとしゃがみこんで雛と目線の高さを同じにして話している

「あのね、雛、この人があなたの本当のパパなの
 名前は道明寺司さんって言うの。」

雛が司の顔をじーっと見つめている

「雛のパパ?」

視線を櫻に移しながら・・・

「ねぇ、ママ〜雛のパパはあきらだよ?
 この人もパパなの?」

「あきらはパパじゃないでしょ?ママのお兄ちゃまでしょ?
 それに前にお約束したでしょ?あきらの事をパパって呼ぶのは
 本当のパパの事を思い出すまでだって。」

「ママは思い出したの?」

「・・・まだよ。だけど雛は本当のパパに会いたいって言ってたでしょ?」

「言ったけど・・雛はあきらがパパでいいもん!」



雛の言葉を聞いてあきらも櫻と同じようにしゃがみ込んで雛と目線を合わせて話し始めた

「櫻、俺が代わるよ。
 なぁ、雛こういうのはどうだ?俺もパパでいいから、
 司もパパっていうのはどうかな?」

雛は少しの間あきらと司の顔を見比べていたが・・やがて表情は笑顔に変わり

「う〜ん、それだったらいいよ!」
「じゃぁ、雛には二人のパパがいるんだね?」

「そうだな。よかったな。」

「うん。じゃぁ、おじいちゃま達にも言ってくる!」

満面の笑みで答えてリビングから駆け出して行ってしまった





また、櫻が俺を睨んでいる・・・

「もう!また、あんな事言って!」
「どうしてパパが二人になっちゃうのよ?
 これじゃぁ、何も変わらないでしょ!
 あの子、単純にパパが二人になったって喜んでるだけよ!」


「じゃぁ、どう言えばよかったんだ?」

「本当のパパが分かったんだからもうパパって呼ぶなって言えばいいでしょ。」

「やだね!そんな事言ったら雛が傷つくだけだろう!
 ちょっとは考えろよ!それに今すぐ呼ぶなって言うほうが無理だろ。
 だからいいんだよ、これで。」

「考えてるわよ!考えても分からないのよ!
 どうすればいいのか分かんないのよ・・・」
「ねぇ、あきら・・私はどうすればいいの?」

泣きそうな表情の櫻の問い掛けにあきらは櫻の頭をやさしく撫でながら


「あ〜もう!そんな顔するな。今のは俺が言い過ぎた、悪かったよ。
 大丈夫だから、考えすぎるな。雛が心配するだろ。」
「雛だって今は良く分かってかもしれないけど、ゆっくり時間を掛けて説明していけばいいんだから。
 大丈夫、雛は賢い子だから分かってくれるよ。」


「そうだといいんだけど・・・・」

指先で涙を拭いながら答えている櫻に優しい眼差しを向けているあきら・・

なんなんだ?俺達の目の前で展開されている光景は・・?
あいつら自分達がどういう風に見られてるか気付いてないのか?


ほら見ろ、司なんて顔面蒼白で固まっちまってるじゃなぇか!
まぁ・・暴れ出してないだけまだましだけどな・・
・・ったく、あきらの野郎、少しは考えろよなー!

これが親父達が最後に言ってた事なのか・・・・?
牧野の記憶が戻ってもあきらを選ぶって・・・確かに今目の前にいるあの二人を見ていると
司に勝ち目が無いように思えるよなぁ・・・

この二人・・6年半もの間こうやって過ごしてきたのか?

記憶の無い牧野をあきらはこうやって支えてきたのか?

だとしたらこの二人の絆は俺達が思っている以上のもんがあるなぁ・・・




まだ瞳に涙を浮かべたままの櫻が司に向き直り

「道明寺さん、ごめんなさい。」

記憶の無い櫻が司の事をさん付けで呼ぶのは仕方がないが、
たったそれだけの事が司を追い詰めていく・・・



「・・お、俺は構わないから。いいよ、このままで。
 雛が俺のことをパパって呼んでくれるだけでうれしいから。」




そう言うのが精一杯だった・・

でもこの言葉は本心だ、今は雛が俺の事をパパと呼んでくれるだけでいい・・


【82】


その後、滋と桜子も合流して一気ににぎやかになった・・

能天気に登場した滋にその場の雰囲気は一気に和んだが、
全く状況を理解していないハイテンションは気を付けていないと
どんどん司の地雷を踏んでいく・・・・

「さくらちゃ〜ん、この前は驚かせちゃってごめんね。」

「滋さん・・・と・・桜子ちゃん・・?」

櫻はあきらの方を見て確認している
あきらが小さくうなずいたのが分かった

「私こそごめんなさい。
 話も聞かないで逃げ出したりして。」

「いいの・・今日、こうして会えたんだから、もういいの・・・」

滋は櫻に抱きつきながら泣いているが、
抱きつかれた櫻はどうしていいのか分からないという顔をしていた

「滋さん、先輩を独り占めしないでください!」

桜子は抱きついていた滋を強引に引き剥がすと今度は自分が櫻に抱きついている

思ったとおりの二人の反応だがいつまでも女同士の抱擁を見ているのはつらい

「オイ!桜子もういいだろう!牧野離してやれよ。」

総二郎の声に桜子はしぶしぶ牧野から離れるとすぐに滋が

「ねぇ〜今日は雛ちゃんも一緒?」

「はい」


「え〜会いたい〜、ねぇ、ねぇ、会わせて〜」


「は、はい。じゃぁ、呼んできますね。」


「いい、俺が行く。お前はここにいろ。」


「うん、お願い。」


あきらが雛を連れて戻ってくるとリビング中に再び滋の叫び声が響いた・・

・・ったく≪かわいい〜≫とか≪司にそっくり〜≫だとか、
この前写真見た時に言ってたのと同じじゃねぇかよ!

もっと、ほかに無いのか!


≪あ〜あ、いちいちオーバーなんだよなー滋は・・普通にできねぇのか?≫
≪ほら見ろ、雛がビックリしてるじゃねぇか!泣かすなよ!≫


その後、女達は雛を囲んで何やら盛り上がっているが、
俺達は・・・・司もあきらも一言もしゃべらねぇー
何だよー、何か言えよなー!



類!涼しい顔でワインなんか飲んでんじゃねぇよ!



しばらくは対照的な時間が流れていたが、今まで大声で騒いでた、
≪騒いでたのは主に滋だが・・・・≫
女達が急に静かになった

見ると櫻に抱かれていた雛が眠ってしまっている


「あきら?雛、寝ちゃったんだけど・・」





櫻に呼ばれて時計を見ると午後8時を過ぎていた、いつもはベッドに入って誰かに絵本を
読んでもらっている時間だな・・


「疲れたんだろうな、よく寝てる。」


「そうね。今日も一日ずーっと遊んでたもの。」


「そうだな。」

二人で雛の寝顔を覗き込みながら話している


まただよ二人だけの世界だ・・・・


「ずっと抱いてたら重いだろ?」


「うん、腕が痺れてきた。」


「抱いててやるよ。」

そう言ってあきらが櫻から雛を受け取ろうとした時、司が動いた


「俺にかせ。」

その言葉に全員の視線が司に釘付けになる


「・・・えっ・・?」

一瞬、櫻が困った顔をしたのが分かったが構わずに司は続けた


「大丈夫だ!何もしねぇよ、このまま抱いとくわけにもいかねぇだろーが!?
 だからベッドに寝かせてくるだけだよ!」

少しきつい口調で話す司に困った顔の櫻が助けを求めるようにあきらを見ている・・

あきらが小さく頷くと櫻は静かに雛を司の手に渡した


あきらが言ってた通りだった

6年半ぶりに再会した牧野は俺達の知っている牧野つくしじゃ無かった。
どこか不安げで自信がなく、常にあきらに助けを求めている


司の時もそうだったが記憶が無いという事はこんなにも一人の人間を変えてしまうものなのだろうか?


「心配だったら、お前もついてくればいいだろう。」

司は睨み付けるような表情で声も先ほどよりきつくなっている


その声に櫻が怯えた顔をあきらに向ける・・


一つ一つあきらに確認する牧野に司が苛立つのは分かる
はたから見ている俺だっていい加減にしろって思うけど、
だからって、怯えさせてどうすんだよ!それじゃぁ、逆効果だろうが!
もう少しやさしく言えねぇのかよ!


「大丈夫だから、雛について行ってやれ。」


「・・わ、分かった。」


雛を抱いた司が先に出て行った

その後を櫻が少し遅れてついて行く


司が雛を寝かせたのは自分の部屋のベッドだった


部屋に入ると司はやさしく雛を自分のベッドに寝かせ額にキスしている


そんな様子を複雑な心境で見ていたが急に今ここには自分と彼しかいない事に気付いてしまった




思いがけず二人っきりになってしまい戸惑ってしまう・・


「そんな顔すんな!なんもしねぇよ!」



櫻が無言のまま司を見ている・・・・


それに構わずに司はイスに腰を下ろしながら話を続ける・・

「座れよ、少し話ししようぜ。」



櫻がどうしようか決めかねていると、その態度が司の神経を刺激したのか、
いきなり声を荒げ始めた・・

「何だよ!あきらに聞かねぇと座ることも出来ねぇのかよ!
 お前には自分の意志はねぇーのか?そんなにあきらに聞きたきゃ俺が聞いてきてやろうか?」


思わず口をついてでてしまった言葉・・・・


ベッドの側に立っていた櫻はきつく目を閉じ息を吐き出した後、
言った言葉は決定的な拒絶の言葉だった・・・


櫻はベッドに眠っている雛を抱え起すと

「二度と私と雛に近付かないで。」


「ちょ、ちょっと待て!お前、何言ってんだよ!雛は俺の娘だろうが!!」

慌ててイスから立ち上がり櫻の腕を掴もうと腕を伸ばすが・・


「だから何?みんなはあなたの子供だって言ってるけど、私は認めたわけじゃないわ。
 第一、思い出してもいないのに分かるわけないでしょ。」
「近寄らないで!それから二度とあなたとは会わないから雛の事は忘れてください。
 これが私の意志よ。さようなら。お邪魔しました。」

そう言うと部屋を出て行ってしまった



今のは完璧に俺が悪い・・・分かってる
あきらに対するつまらない嫉妬心からあいつを怒らせた


無思慮に口を突いて出てしまった言葉があいつをさらに遠ざけてしまった

本当にもうダメかもしれない・・・・
あいつの言葉に足が床に張り付いてしまったかのように俺は動けない・・
部屋から出て行ったあいつを追いかける事も出来ないまま立ち尽くしている・・・・


【83】


司と櫻が雛を連れて出て行った後のリビングでは・・

「あきら?牧野ってずっとあんな感じなの?」

「ああ、そうだな。でも最近は大分おさまってきてたんだけど、
 日本に帰ってきてからはまた戻ってる。」

「それにしても、ちょっとは考えろよ!牧野がいちいちお前に答えを求めるのは仕方がねぇとしても。
 司の前であの態度はさすがにキツイだろ!」

「分かってるよ、そんな事。」

「だったら、もう少し司の気持ちも考えてやれよな!」

「考えてるよ。けどな、じゃぁ、どうすればいいんだ?
 櫻に自分で考えろって言えばよかったのか?今のあいつに自分で決めろって言えばよかったのかよ!
 あいつ日本に帰ってきてからかなり混乱してるんだ。夕べだって昔の事なんて思い出さなくてもいいとか言って、
 記憶なんかいらないって、一歩前に踏み出したいからって・・・・
 櫻だって本当は思い出したいと思ってるんだ。けど思い出せない自分にいい加減嫌気が差してきてる、
 今日だってお前達は櫻の事知ってるけど櫻は分からないんだ。櫻にとっては初対面の人間と同じなんだよ。
 自分がどんな人間でお前らとどういう風に付き合ってきたのかも覚えていないのに不安にならないわけねぇだろう?
 そこで俺がいつもと違う態度であいつに接してたらどう思うと思う?だからなるべく普段どおりにしただけだ。」

「司が今の俺と櫻を見てどう思おうと関係ない。俺はこれ以上、あいつを混乱させたくないだけだ。
 それになこれが今の俺達の関係なんだ。それが気に入らないなら俺に怒ればいい。
 櫻に怒るのは筋違いだ。」
 
はっきりとそう言い切ったあきらのその言葉に彼の想いが見えた・・


「確かにあきらの言うとおりね・・第一に考えるべきなのはつくしちゃんの気持ちよね。
 でもね、どうしていいのか分からないのは司も同じだと思うの。」

「ああ、分かってるよ。」

「それにしても司と牧野遅いよね?」

「そうだな・・ま、まさかあいついきなり押し倒してたりとかしてねぇーよな?」

「う〜ん、どうだろう?分かんないけど、司なら有り得るんじゃない。」

「ちょ、ちょっと類君、何呑気に言ってんのよ。そんな事してたら大変じゃない!
 私、見てくる!」

滋がリビングから飛び出して行ってしまった

「あっ!お、おい!滋ちょっと待て!」

慌てて総二郎が滋の後を追う、それにつられて全員がついて行く

連れ立って司と櫻の所へ向かっていると、途中でメイドがあきらに話し掛けてきた

「あ、あの・・・美作様。」

「なに?」

「櫻様からご伝言をお預かりしておりますが・・」

「えっ!?・・櫻から・・・伝言?」

その言葉で全員が足を止めた・・

「ちょっと、それどういう事なの?」

険しい顔で姉ちゃんがメイドに詰め寄ると、詰め寄られた方はその迫力に思わず後ずさりしている

「は、はい、雛様をお連れして先にお屋敷にお戻りになられるとの事でしたが。」

その言葉に姉ちゃんがキレたのが分かった・・

「司はどこなの!」

「ご、ご自分のお部屋だと思いますが。」

そのやり取りを聞いて最初に走り始めたのは類だった
慌ててあきらと総二郎が後を追う

駆け出した類に追い付いたのは類がノックもせずに司の部屋のドアを開けた時だった

司は類が部屋に入ってきた事も気にする様子は無くただ呆然とソファーに座っていた・・

「どういう事?」

類が怒っている

その言葉に司は顔だけを少しこちらに向けたが返事は無かった・・・

類は司の側まで歩み寄り構わず続けている

「牧野に何したの?」

司は何も答えないまま・・

「オイ!司!何とか言えよ!
 何があったんだよ!?」

「うるせー!何でもねぇよ!」

ずっと後ろで俺達の様子を見ていた椿姉ちゃんが動いた

『ボカッ!』

「いてーな!何すんだよ!」

「こっちが聞いてるんでしょ!つくしちゃんに何したのか言いなさい!
 その答えによっては許さないわよ!」

「何もしてねぇよ!」

「じゃぁ、どうしてつくしちゃんは先に帰っちゃったの?
 あんたが何かしたからに決まってるでしょ!どうなのよ!」

「司、本当に何があったの?教えてよ。」

「・・・あいつを怒らせた、もう俺には二度と会わないって。
 雛の事も忘れてくれって・・・」

「どうしてつくしちゃんがそんな事を・・・司、何したの!」

「・・あいつと少し話がしたくて、座れよって言ったんだ。
 そしてらあいつ困った顔して、その顔みたらなんか無性に腹が立ってきて。
 あきらに聞かないと座ることも出来ねぇのかって、言っちまったんだよ!」
「そしたら、あいつ怒って雛抱いて出て行った。それだけだ!」

「ハァ〜・・お前なぁ〜 何でそんな事言ったんだよ!
 そんな事言われたら誰だって怒るだろうが!ちょっとは考えろよ!」


「あきら、つくしちゃんが心配だから早く帰りなさい。
 もうこんなバカほっといていいから。」

椿姉ちゃんだった

あきらが部屋を出ていきかけた時

「つくしの様子、後で電話してね。」

「ああ、分かった。」

「オイ!あきら、家の車使え!」






あきらが部屋を出て行った後、類が司に話し始めた

「ねぇ、司が牧野の記憶が無かった時ってどんな感じだった?」

「何だよ!急に・・・どんな感じって・・」

「だから、どんな感じだったのかって聞いてるの!」

普段声を荒げる事の無い類が珍しく怒鳴り声を上げている

類の怒鳴り声に司が顔を上げ、睨みあっている。
「・・何か不安でイラついてて・・・何か大切な事を忘れてる気がして・・・
 でもそれが何か分かんなくて・・・」


「牧野も同じじゃないの?牧野の性格だから司みたいに誰かを傷つけりしないけどね。」
「この前言ったよね?牧野を傷つけたら今度は俺が許さないって。」

「・・・・」

「ハァ〜 類、もういいわ。こんなバカほおっておきましょ。」

「そうだね。椿さんの言うとおり。
 ねぇ、あっちで飲みなおそう!」
 
そう言うと滋達は部屋から出て行ってしまった


「お、おい、滋!」


部屋に残ったのは司と総二郎だけ・・

≪確かに今のは司が悪い思うけど・・ちょっとぐらいいたわってやれよ・・・≫


「司、お前大丈夫か?」


「大丈夫じゃねぇーよ!俺、どうしたらいいんだ・・・?」


「分かんねぇけど。牧野の事諦められるのか?」


「・・・無理だ・・・あいつの事だけは何があっても諦めらんねぇー」

「そうか。だったらもう一度がんばれよ。何度拒絶されても会いに行って。
 ちゃんと自分の気持ちを伝えて来いよ。」

それだけ言うと俺は部屋から出た

ドアから出る瞬間、チラッと司の姿が目に入った

小さくなっているあいつの背中を何故か見てはいけないような気がして
後ろ手にドアを静かに閉めた・・




総二郎が出ていったのは気配でわかった

なぁ・・つくし、俺達どうしてこんな風になっちまったんだ?
俺はお前を傷つけたいわけじゃないんだ。なのに俺の口をついて出てくる言葉は
いつもお前を傷つけてしまう

だけどこの気持ちに嘘は無い

お前を愛してると言った言葉にも嘘は無い

俺はもうお前がいないと生きていけないんだ

だから俺は諦めない

お前とこの先の人生を共に歩んでいくために・・・ぜってぇー諦めねぇかんな!

【84】


屋敷に帰り着いてあきらは櫻の部屋へと直行した


ノックをしたが・・返事はない・・・

また泣いてるのか・・・?


ドアをそーっと開けながら声を掛ける

「櫻?入るぞ。」

部屋に入ると櫻はバルコニーに置かれているデッキチェアーに座りぼんやりと夜空を眺めていた

ゆっくり近付き隣に腰を下ろし、何も言わずに肩に腕を回すと頭を肩にもたれさせてくる

「大丈夫か?」

独り言のようにつぶやくと櫻は前を向いたままで・・

「うん・・先に帰ってきちゃってごめんね。」

「いいよ。気にするな。」

「みんなにも心配かけちゃったね。」

「そうだな。」

「あのね・・聞いて欲しい事があるの。」

「なに?」

「私、道明寺さんに痛いところ突かれちゃったんだと思うの・・」

「痛いところ?」

「そう、自分でも分かってるの、こんな事じゃダメだって。
 いちいちあきらに聞かなきゃ行動出来ないなんておかしいもの。」
「でも今日、みんなに会ってみんなは私の事を牧野つくしとして見てるんだって思ったの。
 でも、牧野って呼ばれても返事できないし久しぶりって言われても何て答えていいか分からなくて・・」

「話してても牧野つくしだったらどう答えるんだろ?とか
 こんな事言ったらみんな、がっかりするんじゃないかって考えちゃうの。
 考えれば考えるほど分かんなくなってきちゃって不安で恐くて、だんだん自分では何も決められなくなって・・」

「滋さん達が気を使ってくれてるのは分かるんだけど、上手く話せなくて、
 愛想笑いしてる自分がいて、そんな自分に腹が立ってきちゃって。
 そんな時に道明寺さんにズバリ言われて反射的にあんなヒドイ事言っちゃったの・・
 さっき私が道明寺さんに言った事は完全に八つ当たりだよ。」



「そうか・・俺はあんまり深く考えなくてもいいと思うぞ。
 だってお前はお前なんだから今の美作櫻でみんなと接していけばいいんだから。
 それにな6年半も経ってたら誰だって変わるよ、俺だって変わったし総二郎達だって
 みんな変わってるよ。だから気にする事無いよ。」


「まぁ〜しいて言えば牧野つくしと美作櫻の違いはすっげぇ美人になったのと
 少し大人しくなったことぐらいだな。後は変わってないな、鈍感だしどこでも寝るし、
 寝たら起きないし、素直じゃないし・・・・数え上げたらキリがないよ。」


「何それ?褒めてるのけなしてるの?」


「両方。」
「お前が司に言い過ぎたと思うんだったら素直に謝ればいいよ。
 明日にでも電話してやれば喜ぶよ。」


「本当?私、もう二度と会いたくないって言ったのに・・・
 雛の事だって父親だって認めてないって忘れてって・・・・
 最低だよね、彼ね雛をベッドに寝かせた時額にキスしてたの。
 本当に大事そうに・・・」
「雛の事ちゃんと受け入れてくれてたのに・・・」


「司はお前に何言われたってお前と雛への気持ちが変わる事はないよ。
 ただ、面と向かって二度と会わないって言われたのはさすがにこたえてる
 みたいだったけどな。」


「やっぱり傷つけちゃったよね・・?」


「気にするな。司、今日笑ってただろ?あいつのあんな顔見るのみんな久しぶりだと思うよ。
 なんせ、N.Yでは誰もあいつに近付かないからな。」


「近付かない?ってどうして?」


「いつも無表情で何考えてるか分かんないし、それに屋敷で急に暴れ出して、
 手当たり次第物壊すし、だから誰も恐がって近付かない。」


「道明寺さんってそんな風には見えなかったけど?」


「それはお前がいたからだよ。あいつはお前がいればそれでいいんだよ。
 昔っからお前にだけは目茶苦茶やさしかったし。お前以外の女なんて眼中になかったからな。」
「記憶が戻ってからだってお前だけだよ。誰とも付き合ってないって言ってたからな。
 ずっとお前を探してたんだ。」
「だからあいつとの事、もう一度ちゃんと考えてやれよ。」


「えっ・・!?だって・・・お父様方は・・」


「櫻、俺はお前と結婚したいと思ってる。けど、司との事をクリアしないで結婚する事は出来ない。
 記憶が戻っても戻らなくても司とちゃんと話し合って欲しい。そうしないと俺が幸せになれないんだ。」


「あきら・・・・・・」


「俺が今、言った事は本心だ。だけどな無理して俺を選ばないでほしい。
 じゃないと俺はお前といる限り不安になる。記憶が戻ったらお前は司の元に行ってしまうんじゃないかってな。
 だから俺の為にも、今は司とちゃんと向き合ってくれないか?」


「・・分かった。道明寺さんの事、ちゃんと考えてみる。」


「ありがとう。それから、もう一つ、お前昔は司の事≪道明寺≫って呼んでたんだぜ。」


「・・呼び捨てにしてたの・・・」


「ああ、あいつは≪牧野≫って呼んでた。」


「そう、でも今は呼び捨てになんて出来ないよ。」


「だったら名前で呼んでやれよ。あいつも喜ぶよ。」


「・・・う〜ん・・それも考えとく・・・・
 ・・ねぇ、お月様キレイだね・・・・」



「そうだな。」


しばらく何も言わずに月を眺めていた
安心したのか俺の肩にもたれかかっていた櫻の体から力が抜けていくのが分かった


ったくこいつは・・・・雛と同じだな・・・
・・・って雛が櫻に似てるんだな・・・

眠ってしまった櫻を抱き上げベッドにそっと寝かせ、
顔に掛かっていた髪をかき上げ軽く額にキスをして部屋を出た


自分の部屋に戻り着替えを済ませ下へ降りて行くと、リビングの方から話声が聞こえてきた



≪・・・この声・・・・まさか・・・・?≫



恐る恐るドアを開け中へ入ると



≪やっぱり・・・・≫



そこには滋に桜子、総二朗と類に椿姉ちゃんまで・・・


お袋が5人の相手をしていた


というか酔っ払い女三人組を総二郎が必死で押さえている
類はクッションを抱きしめたまますでに半分夢の世界を漂っている・・・相変わらずだな


お袋はそんな5人を楽しそうに見ている

・・ったく姉ちゃんまで一緒になって何やってんだ?


リビングに俺が入ってきたのにお袋が気付いた


「あっ、あきら君!」


その言葉に類以外の全員の視線が俺に集中する

一瞬、たじろいだが空いているソファーに腰を下す


「来てたのか。」


「ああ、悪いな。こんな時間にみんなで押しかけて。
 お前の携帯に電話したんだけど繋がんなくて。」


「いや、いいよ。こっちこそ今日は悪かったな、心配かけて。」


「いいのよ、あきら。悪いのはあのバカなんだから。
 こっちこそごめんなさいね。」


「で、牧野の様子、どうだ?」


「今、寝むったところだ。」


「そうか・・・・」


「つくしは本当にもう司に会わないつもりなの?」


「いいや。」

俺は櫻がさっき俺に話した内容をみんなに話した


「なんか私、無性に腹が立ってきた!」


「何で、お前が腹立つんだ?」


「だって、つくしがそんな風に考えてるのに全然気付いてなくて。
 また仲良くなれるって喜んでただけだもの。」
「親友だとか言っておいて全然気持ちに気付いてあげられなくて情けないよ。」


「滋がそんな風に思う必要は無いよ。」
「確かに日本に帰ってきて櫻はかなり混乱してるけど、
 いつかは通らなきゃいけない道なんだ。櫻なら大丈夫だよ。
 きっとまた前みたいに笑える時が来ると思うから。
 その時までもう少し気長に付き合ってやってくれないか。」


「うん、分かってるよ。」
「でも、あきらって本当につくしの事好きなんだね?」


「し、滋、お前何言ってんだよ!」


「そうね。」


「姉ちゃんまで・・・」


「いいのよ、総二郎、あなたが司の事を気に掛けてくれてるのはうれしいけど。
 私はつくしちゃんに幸せになって欲しいの。」
「そりゃ司と一緒に幸せになってくれれば言う事ないけど。
 今の状況じゃ難しいでしょ?」

姉ちゃんが溜息交じりで話し終えた瞬間・・


「俺もいる事忘れてない?」

寝てると思っていた類だった・・


「お前はいい、寝てろ!」

「なにそれ!」

類の一言でその場が和み≪類は不本意だったみだいでまたすぐに寝てしまったが≫
女三人組はまた飲みはじめた・・・・

どんだけ飲めば気がすむんだ・・・?

総二郎のため息が月夜に消えてゆく・・・・














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