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【85】


なんだか夢を見ていたような気がする・・

ただし夢の内容は覚えていない・・・

何だか嫌な感覚だけが残っている・・

目を覚ました時はすでに胃が痛かった
夕べからのキリキリと刺すような痛み・・・・

ちょっと前かがみになりながらベッドから下りバスルームに向かう

夕べ、あきらと話していてそのまま眠ってしまったようだ・・

自分でベッドに入った記憶は無い・・・・

きっと彼が運んでくれたのだろう

着ているものだって昨日のまま・・・

とにかくシャワーを浴びてすっきりすれば胃の痛みも少しは和らぐかもしれないと思い

ぬるめのお湯でゆっくりとシャワーを浴びる

シャワーを浴びて仕事に行く支度を整えてダイニングへ入っていくと
ダイニングではあきらと雛がすで朝食を採っていた
相変わらず胃の痛みはとれない・・・・・

「おはよう。」

「ママ〜おはよう〜」

「早いのね。もうご飯食べちゃったの?」

「うん、食べたよ。ママが遅いんだよ。」

「そうね。で、雛ちゃんは今日はどこ行くの?」

「今日はね〜夢ちゃまとお姉ちゃま達とお買い物に行くの〜。」

雛はお母様の事を夢ちゃんと呼んでいる・・
デザートの苺をほおばりながら笑顔で答える雛に念を押しておく・・


「そう、よかったわね。
 でもお母様達のおっしゃる事をよく聞いていい子にしてるのよ。
 分かった?」

「は〜い〜。」
返事だけはいいんだけど・・・・

新聞を読んでいたあきらだったが顔上げて

「櫻、一緒に出るだろ?」

「うん。」

「だったら、早く朝飯食っちまえよ。」

「う〜ん、あんまり食欲ないから。スープだけでいい。」

「大丈夫なのか?きつかったら今日は休んでもいいぞ。」

「もう、『sakura』のデザイナーは私だよ。少しぐらいの事で休めないでしょ。
 大丈夫よ、夕べはよく寝たし。大した事ないんだから。」

「本当に大丈夫なのか?雛もいるんだから無理するなよ。」

「分かった。無理はしないから。」


スープだけを飲んであきらと一緒に出社した

今日は朝から打ち合わせが続いている
みんながいる時は胃の痛みを忘れていられたが、一人オフィスで仕事をしていると
また痛みがやってくる
お昼にスタッフの女の子に貰った胃薬を飲んだが、あまり効き目が無いようだ、
これが続くようだと一度病院に行って見てもらった方がいいかもしれない

でもあきらには内緒にしておこう

病院に行くなんて言ったら絶対について来るって言うに決まってるもの

心配かけるだけだし・・・

これ以上、余計な心配をかけたくない・・

今日の仕事は一通り済ませ、時計を見ると6時を少し回ったところだった

携帯電話を取り出し少し迷ったが夕べの事を謝るために
道明寺さんに電話を掛けることにした

夕べあきらに教えてもらった番号にダイヤルしてみる

呼び出し音が鳴ってすぐ彼は電話に出た・・・
ワンコールで出た事に驚いていると電話の向こうから怒鳴り声が響いてきた!

『誰だ!俺は今、忙しいんだ!』

≪・・・ウッ!・・・機嫌が悪い!・・・怒鳴られた・・・≫

怒鳴り声にたじろいで上手く声が出ない

「あ、あの・・・櫻です。お忙しい所ごめんなさい。」

『・・・・えっ・・!?』

電話の向こうの彼が何を言ってるのかよく聞き取れなかったが
早く切ってしまいたかったので構わず用件だけを伝える

「夕べは言い過ぎてしまって・・一言謝りたくて電話しました。
 お忙しいのにごめんなさい。それだけです。それじゃ、失礼しました。」
 
早口で一気に話し終えると電話を切り、そのまま携帯の電源も切ってしまった

≪ハァ〜 電話するんじゃなかった・・・・さらに胃が痛くなってきちゃった。
 ダメだ、帰って寝よ!≫





司のオフィスでは櫻から電話が掛かる少し前から総二郎が訪ねて来た

司の機嫌は最高に悪い・・・・・

「よお!元気か?」

「ハァー!夕べも会っただろうが!
 何の用だ!俺は今、忙しいんだ。用が無いなら帰れ!」

「何だよその言い方は!人が心配して様子見に来てやったのに!」
「で、司君は何でそんなに機嫌が悪いの?お兄さんに言ってごらん。」

帰れと怒鳴られた腹いせに少しからかうような口調で言ってやると

「何でもねぇよ!気持ち悪い言い方するな!」

「何でもねぇはずないだろ、お前の機嫌の悪い原因は大方牧野の事だろうが!?」

「うるせぇーんだよ!親父の野郎が夕べの事知ってて、今朝から牧野の事はきっぱり諦めて
 あきらに譲ってやれとかぬかしやがった!お前にはいい見合い相手探してやるからってよ!
 冗談じゃねぇってんだ。誰が諦めるか、あいつは俺のもんなんだよ!!」

「へ〜え、それがお前がさっきから誰かれ構わず怒鳴りちらしてる原因か?」

総二郎が司の元へ来た時もオフィスの中からは秘書に怒鳴っている声が聞こえてきていた

「うるせぇ!俺のオフィスからとっとと出て行け!」

「ハイ、ハイ!じゃぁな、あんま怒鳴るなよ。」

そう言ってソファーから立ち上がろうとした時、司の携帯が鳴った

ものすごい速さで電話に出た司は電話の相手に怒鳴ってやがる

≪やれ、やれ・・あいつは怒鳴らないと生きて行けねぇーのか?≫


電話に怒鳴っていた司の様子が急に大人しくなった
不思議に思いしばらく観察していると今度は慌てている
相手が電話を切ってしまったのだろうか

『・・あっ・・・おい!・・・ちょっと・・・・』

などと叫んでやがる・・・

全く忙しい男だ・・・

電話を終えた司はたった今、切ったばかりの電話を握りしめ呆然としている

「オイ!何そんなに慌ててんだ?誰からだったんだよ?」

「・・・ま、牧野から・・・・だった。」

「ハァー!お前、牧野からの電話って・・・だから言っただろが!あんまり怒鳴るなって!
 ったく・・・で、あいつ何て言ってたんだ?」

「夕べは少し言いすぎたからごめんなさい・・って・・
 なぁ、総二郎どうすればいい?俺、怒鳴っちまった・・・
 あいつ、絶対びっくりしてるよな?」

「そうだな。司!お前こそどうすればいいかなんて俺に聞くな、自分で考えろ!バカ!
 じゃぁな!俺は帰る!!」
 
≪ハァ〜 本当にもうこんなバカに付き合ってらんねぇー!≫




牧野から電話が掛かってきた、これっていい傾向なんだよな?
でも俺はあいつに怒鳴っちまった・・・・・

あいつが俺にごめんなさい・・って、昔なら絶対に考えられない・・・

なのに俺は・・・また恐がらせて・・・牧野は今、俺に電話した事後悔してるだろう・・・・・

恐らく二度とあいつが俺に電話してくる事などないだろう・・・

本当に俺はバカだ!

自分でもイヤになってくる・・・・

どうすればいい・・?

とにかく今は一刻も早くあいつに謝らなければ、取り返しのつかない事になる・・
もうなってるかもしれないが・・・・・


頭の中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない・・・

とにかくあいつに電話してみよう

掛かってきた番号をリダイヤルする
帰ってきた声は・・・・

【お掛けになった番号は電波の悪い所におられるか電源が入っていない為掛かりません。】

電源が切られてる・・・・

もう仕事どころではない、司は上着を手に取ると秘書に1時間程出かけると告げオフィスを飛び出した

オフィスを出た所であきらに電話をする

『もしもし?』

「牧野は今どこに居る?」

『自分のオフィスにいるよ。』



やっぱり電話してきたな
5分程前、総二郎からの電話で櫻から掛かってきた電話に機嫌の悪い司が、
怒鳴った事を聞かされていた


「今から行く。」

『分かった。』

俺の返事にちょっと驚いたようだったがすぐに

「あきら、あ、ありがとう。」

・・・そう言って電話が切られた

≪ありがとう≫って・・・・司が礼を言った・・・
明日は雨だな・・・・いや、嵐だな・・・



司からの電話を切った直後、櫻がオフィスに入ってきた


「私、終わったけど、あきらはまだかかりそう?」

「ああ、もう少し。」

「そう、じゃぁ先に帰ってるわね?」

「いや、ちょっと待っててくれ。」

「何かあるの?」

「今、司がこっちに向かってる。」

「・・・へっ・・どうして?」

「お前、司に電話したんだろ?」

「したけど、何かすっごい怒鳴られたわよ。」

「だからだよ。あいつ、焦ってこっちに向かってるよ。
 だからもう少し待っててやれ。」

櫻が困った顔をしている

「イヤなのか?」

「う〜ん、イヤって言うか、何だか彼って苦手なのよね・・それに話す事もないし・・
 ねぇ、あきらも一緒にいてくれる?」

「ダメだよ。夕べも言っただろう。ちゃんと司と向き合ってやれって。
 大丈夫だよ。司はもう怒鳴ったりしないから。」
「それに俺はここにいるから何かあったらすぐに行ってやるよ。」

「・・・ハァ〜・・分かったわ。じゃぁ、オフィスにいるから。」

櫻が自分のオフィスへ戻っていった

今、言った事は本心だ、櫻が俺と司のどちらを選ぶのか、

それは彼女自身が答えを出さなくては意味が無いのだから・・


【86】

しばらくすると内線が鳴った

あわてた声の秘書が司が来た事を告げている

受話器を置く前に司が俺のオフィスへ飛び込んできた

「よお!」

「牧野は何処だ?!」

挨拶もなしかよ・・!

「2つ向こうのオフィスだ。」

「わ、分かった。」

それだけ言うと司は慌ただしく飛び出していってしまった・・

まったく、騒々しい奴・・・もう少し、普通に出来ないのか?






牧野のオフィスの前で立ち止まり呼吸を整える
何も考えずにとにかくここまで来てしまったがいざここまで来ると
ドアをノックする手が躊躇してしまう

牧野は俺の話を聞いてくれるだろうか?

夕べからの俺の印象は最悪だろうからな・・・・





司と櫻の様子が気になってオフィスを出ると、司はまだドアの前に立っていた


≪ったく、あいつは何やってんだ?さっさとノックしろよ!≫
≪世話のかかる奴・・・≫


「オイ!司、何やってんだ?さっさと入ればいいだろうが。」

俺は立ち尽くしている司に声をかけながら櫻のオフィスのドアをノックし
少しだけドアを開けて櫻を呼んだ

「櫻?」

デスクに座りデッサンをしていた櫻が顔を上げた

「司が来たから、入れるぞ。」

俺は返事を待たずに司をひっぱり無理矢理オフィスに押し込みドアを閉めた






あきらに引っ張られる形で櫻のオフィスに入ってしまった

後ろでドアが閉まった音が聞こえる


今、俺の目の前にずっと求め続けた女が立っている
駆け寄り抱きしめたい衝動に駆られる・・・・が・・

でも、そんな事をしては元も子もないここはグッと気持ちを押さえて


「よ、よお!」

つとめて冷静に言ったつもりなのだが声が上ずってしまう

≪ったく、何がよお!だよ!俺はもっとましな挨拶できねぇのか!?≫


「・・こんにちは。」

少し間を置いて返ってきた声・・

戸惑っているのが分かる・・


「さっきは悪かったな。電話掛けてきてくれたのにいきなり怒鳴ったりして。」

櫻は答える代わりに軽く微笑んで首を振った


「今日は朝から機嫌悪くて、ごめんな。」


司が素直に謝っている・・・・こんな珍しい事はない・・・

だけど記憶の無い彼女にはそれが分からい・・



「あ、あの・・座りませんか・・?」

「ああ・・」

とりあえず手近かにあったソファーに腰を降ろすと
櫻は司の前のソファーに座った


微妙な距離感、手を伸ばせば触れられる位置にいるのに今はそれが出来ない


「道明寺さんの機嫌が悪かったのって、やっぱり夕べの事が原因?」

「・・そうだな。でも、お前が悪いんじゃないから気にしなくていい。」
「けど、今日、お前が電話掛けてきてくれてすっげーうれしかった。
 もう二度と口も聞いてもらえないと思ってたから。」


「ごめんなさい・・私、夕べあなたに痛いとこ突かれたの。
 今の私はあなたの言うとおり自分じゃ何も決められない。
 でも真正面から本当の事言われてついカッとなってあんな事言ったんだと思うの。」
「私、あなたの事も他のみんなの事も頭では分かってるの、日本に帰る前から
 あきらが少しづつ教えてくれてたし、私も知りたかったからいろいろ聞いたから。
 でも、あきらが言った通りだった、自分で思い出さなきゃ意味が無いって。
 あなたが雛の父親だって事も私の事を想ってくれてる事も頭では理解出来てるの、
 でも私・・自分の気持ちが分からないの・・」


「まず私自身がどんな人間だったのかが分からなくて・・
 夕べだってみんなとどう接していいのかも分からなくて、
 以前の私はみんなとどんな風に話してたんだろうって、そんな事ばっかり考えちゃって。」
「そしたら何にも分かんなくなってきちゃって、無意識のうちにあきらを探してるの。」


突然話始めた私の気持ちを彼は辛そうな顔で聞いていた。


「ごめんなさい。こんな話聞きたくないわよね・・?」


「いや。聞かせて欲しい。知りたいんだお前が今何を考えて、どう思ってるか。
 全部知りたいんだ。だからお前の6年半を教えてくれないか?」




【87】


「記憶が無くなって3ヶ月程は日本に居たの。熱がひいて体力が少し戻ってきた頃から
 今度は悪阻が酷くて一日のほとんどをベッドの中で過ごしてて、そんな時もあきらはずっと側に居てくれたの。
 あの頃の私はどうして記憶が無いのか?どうして妊娠なんてしてるのかって?
 そればっかり考えてて昼も夜も一人じゃ不安で、恐くて、眠れなくて・・
 パリに行ってからもしばらくはそんな状態だったからあきらは昼間は大学に行って
 講義が終わると真っ直ぐに帰ってきてくれて、夜は私が眠るまで側から離れないで居てくれて、
 私が眠ってから大学のレポートだとかやってたみたい。大分、後になってあの頃は大変だったって
 言ってたから。」


櫻の口からよどみなく出てくるのはあきらの名前だけ・・
あきらがどうやって彼女を支えてきたのかがよく分かる

くだらない嫉妬だという事はよく分かっている
だけどこれ以上彼女の口からあきらの名前を聞きたくない・・



「どうして芸大になんか行く事になったんだ?」


「雛がまだ産まれる前からパリでいろいろ写真を撮り始めたの。」


「それは聞いたよ。」


「そう・・雛が2歳になる頃からお父様方が雛をいろんな所に連れて行ってくださるようになって、
 自分の時間が持てるようになったの。そしたら雛も居ないしあきらも大学だし一人でする事ないでしょ、
 だから私も学校に行きたくなって、高校3年生からやり直したて、最初からカメラをやりたかったから
 高校卒業したら専門学校に進もうと思ってたんだけど、どうせなら大学にって思って芸大にしたの。」


「仕事しながら通ってるのか?」


「うん、最近は仕事の方が忙しくてちゃんと通えてないけどね。」
「道明寺さんも学生なの?」


「ああ、NYで大学院に通ってる。」
「なぁ、その道明寺さんって呼び方止めてくれないか?」


「でも・・・じゃぁ、何て呼べばいいの?」


「司でいいよ。」


「そんな、呼び捨てになんて出来ないよ。」


「いいんだ。そう呼んで欲しいんだ。」


「・・・分かった。」


「俺もお前の事、櫻って呼んでもいいか?」


「構わないけど・・」


「櫻、俺達もう一度やり直せないか?」

まっすぐ目を見て語りかけてくるその強い瞳に吸い込まれそうになる自分がいる

昔の私もそうだったのだろうか・・・?

強引だけど優しさや思いやりを感じさせるこの人と私はどんな時間を過ごしていたんだろう?


「・・分からない・・けど、あなたとちゃんと向き合ってみようと思ってる。」

本当に分からない
今の私がもう一度この人を愛するという確証は何もないのに・・


「ありがとう。」


「あなたは本当にいいの?
 何も覚えていない私と上手くやっていけると思ってる?」


「ああ、思ってる。
 記憶なんて関係ねぇ!俺はお前と雛が側にいてくれたらそれでいいんだから。」


記憶なんて関係ない、彼はきっぱりと断言したけど、本当にそうだろうか?
記憶のない私は彼を傷つけてしまわないのだろうか・・?
ちょっとした仕草の違いや感じ方の違いがやがて大きな溝となって二人の間に立ちはだかるかもしれないのに・・

軽く頷くと彼は少し安心したような表情になり上着のポケットから小さな箱を取り出した

「お前、これ何だか分かるか?」

手渡された箱はベルベット生地でジュエリーケースみたい

「開けてもいいの?」


「ああ、構わない。」


中を開けてみると小さな土星のネックレスが入っていた



「・・こ、これ・・?」


「!!!覚えてんのか?!」


「これ、私も持ってるの。あきらが私が大切にしてた物だからって、
 渡してくれたの。でも、どうしてこれをあなたが・・?」


「昔、俺がお前にプレゼントした物だ。特注で世界に一つしかなかった。
 お前が居なくなってから俺が自分の為に作らせたのがある。
 でも、どうしてお前が持ってるんだ?」

そう言って自分の首に掛かっているネックレスを私に見せてくれた


「どういう事?」


「昔、俺とお前は一度別れた事があるんだ、その時、お前は高価な物だから
って俺に返してきた。俺はそれをお前の目の前で川に捨てたんだよ。」
「お前、本当にこれ持ってるのか?」


「うん、持ってる・・けど・・・」


「どうして・・・持ってるんだ・・?」
「まさか・・お前・・あの後・・川に入って拾ったのか・・?」


「分からない・・けど・・とにかく・・今も持ってるわよ・・・」


見覚えのある形をしたネックレス・・・
彼の首に掛かっているのはメンズ物なのか少し大きめの土星がついている。
そして今、彼が私に手渡したネックレスは、手に取ってみるとチェーンが少し短い



「どうしてお前が持ってるのかは分かんねぇけど、それが大急ぎで作らせた三つ目で、
 今日届いたんだ。それ雛に渡しといてくれないか?」


「・・・これを雛に・・・?」


「そうだ。世界中で俺達しか持っていない。」


「ありがとう。でも、これはあなたが直接、雛に渡してあげて。
 その方が雛も喜ぶと思うし。」


「いいのか?雛に会わせてくれるのか?」


「もちろん。だって、あなたは雛のパパでしょ。」


「ありがとう。」


ありがとうと言って微笑んだ彼・・

牧野つくしはこの人と一体どんな時間を過ごしていたのだろう?


いつかそれも思い出せる時がくるのだろうか?



「なぁ、メシでも食いに行かないか?」


「・・・いいわよ。」


OKするとまた彼はホッとしたような表情をした


「ねぇ、いちいちホッとした顔するのやめてくれない?」


「・・えっ・・!?お、俺が・・いつ・・そんな顔した・・
 冗談じゃねぇぞ!天下の道明寺司様が・・そんな顔するわけねぇだろ!」



いきなり顔を真っ赤にして慌てたように大きな声を上げた彼に笑ってしまう
それに自分の事を≪天下の道明寺司様が・・≫って・・
なにそれ?



「クスクスクス・・」



私が笑っていると彼の額には青筋が立ち始めた

「何笑ってんだよ!」



≪すごーい!本当に青筋立てて怒ってる人って初めて見た!≫



「だって・・・」


そう言ってまだ笑ってると彼の顔に今度は笑みが浮かんだ

「お前とこうやって話してるとなんだか昔に帰った気がする。」



「私とあなたっていつもこんな風に話してたの?」


「そうだな・・俺はいつでもお前と一緒に居られるだけで幸せだったけど、
 お前はバイトばっかしててあんまり俺の相手してくれなかったし、お前が最初好きだったのは
 類だったから俺はいつも不安だったんだ。」
「まぁ、それは今でもあんま変わんねぇけど、でも俺は今幸せだと思ってる。
 またお前に会えたし、雛にも会えたんだからな。」


「あのね・・こんな事聞くのはおかしいかもしれないけど、
 私はあなたの事を愛してたのよね?」


「ああ、俺は愛されてると思ってたけど・・・」


「けど・・・なに?」


「俺、お前の記憶が無い時、散々ひどい事言って傷つけたから
 お前に嫌われてたかもしれない。記憶が戻ったお前の中にはもう俺は居ないかもしれない・・・」
「恐いんだ・・もし、お前が全て思い出した時もう愛してないって言われるのが、
 もうやり直せないっていわれるのが一番恐いんだ・・・」


「だから何も覚えてなくても関係ないって言ったの?」


「違う!・・いや・・そうかもしれない・・
 だけど俺は今のお前とやり直したいんだ。」


「そう、・・・分かったわ。」


「俺、今日はまだ仕事が残ってるけど週末絶対空けるから
 三人でどっか行かないか?」


「いいけど、あなた本当に大丈夫なの?
 無理しないでね。」


「無理なんかしてないよ。俺は少しでもお前と一緒に居たいんだ。」


「・・分かった。でも、どこ行くの?」


「雛の行きたい所ってどこだ?」


「・・雛の行きたい所ね〜、あの子の行きたい所って言ったら一つしかないけど。」


「それって何処だ?」


「ディズニーランド・・・」


「ディズニーランド・・?」


「そう、あの子の今のお気に入りはミッキーマウスなの。
 毎日、寝ても覚めてもミッキーが居ないとダメなのよ。
 日本に帰って来てすぐにお父様方に連れて行っていただいたけど、
 一度で満足するような子じゃないから・・・」


「そうか、分かった。」


「本当にいいの?」


「いいって言ってるだろ。何度も言わせるなよ、俺は少しでもお前と雛と一緒に居たいんだよ。
 俺はお前と雛の為だったら何でもしてやる。どんな望みだって叶えてやる。」

「ありがとう。でも一つお願いがあるの。雛のことあまり甘やかさないで欲しいの。
 今のあの子は自分のわがままを全部聞いてもらえると思ってるの、これ以上特権意識を植え付けたくないから
 なるべく普通にして。わがまま言っても聞かないで、ちゃんとしかって欲しいの。」

「・・がんばってみるよ。」

「お願いね。」


【88】


電話すると言って帰って行った彼はその言葉の通り
翌日から毎晩、電話を掛けてくる

でも・・話す事って言ったって大してない・・

って言うか・・何話せばいいのかも分からない・・

だから電話の内容は大抵は雛の事に今日一日の事だとか当たり障りのない内容ばかり・・

あの日以来彼とは会っていない・・電話が掛かってくるだけ・・


でも、電話の回数が増える事に電話口の彼から緊張解けていくのが分かる
まぁ、人の事は言えないけど・・私だってそうなのだから・・・


電話の最後に彼がいつも口にする言葉・・・

≪アイシテルから・・≫

”愛してる”なんて言われても何て応えればいいのか分からずに
電話はいつも”愛してる””ありがとう”で終わる・・


彼の気持ちはうれしい・・・
私が一番心配だった事・・・・雛の事

彼が雛の事を受け入れてくれた

その事だけで満足だったから

実際、自分が彼ともう一度なんて・・・付き合っていたのさえも覚えていないのだから
やり直すなんて考えていなかった

私の気持ちは一体何処に向っているのだろう?


あきらは考えすぎるなと言う、確かに私は自分でも考えすぎだと思う
もう少し気楽に出来ないかとも思うのだが・・・上手くコントロールできない・・

相変わらず胃が痛い・・


明日は彼と雛の三人でディズニーランドに行く約束になっている

多分、それが大きな原因の一つ・・

雛はディズニーランドに行けるってだけで喜んでいるが、私は気が重い・・・

大丈夫なのだろうか・・?

上手くやれるのだろうか・・?

ため息が零れる・・・今、私の目の前に置かれている箱・・・
夕方届けられたもので、中にはワンピースが入っている

送り主は道明寺司・・

これって・・・明日、着て来いってことよね・・?

着ていかなかったら変よね・・?


あ〜あ・・でも、なんだか考えちゃう・・


もう!考えたって分かんない・・止めた!

ウダウダ考えたって答えなんてすぐには出ないんだからお風呂入って寝よ!

寝てすっきりすれば少しは何か見えてくるかもしれないんだから・・


【89】


翌朝、目覚めるとここ数日恒例になっている胃の痛みがやってくる

あまり食欲がない

あきらは私の体調が悪い事に気付き始めている・・


ダイニングへ降りて行くとすでにあきらと雛が朝食の真っ最中だった

雛はご機嫌であきらとお母様相手に話をしている


「おはようございます。」

「ママ〜おはよう〜!」

「櫻ちゃんおはよう。朝食食べるでしょ?」

「はい、でもあまりお腹すいてないので、軽くで。」

「分かったわ。用意するから座ってて。」

「ありがとうございます。」

「櫻、大丈夫なのか?無理するなよ。」

「うん大丈夫だから、心配しないで。」
「あきらは今日、どうするの?」

「俺は総二郎達と約束してるよ。」

「遅くなる?」

「いいや、そんなに遅くはならないと思うけど、
 どうしたんだ?」

「ううん、特に何かってわけじゃないんだけど・・・
 最近、忙しかったからあきらとゆっくり話しもしてないなぁ〜って思って。」

「そうだな。」

「ねぇ、私も早く帰ってくるから今日は一緒に晩ごはん食べない?」

「お前なぁ〜、今日は司と三人で出かけるんだぞ。
 もう帰ってくる事考えてるのか?それにな、今日ぐらいは司と
 一緒に晩メシ食べてやれよ。俺とはいつでも食えるだろ。」

「・・・う〜ん、やっぱり予定に入ってるわよね?」

「当たり前だろ。あいつは少しでもお前と長く一緒に居たいんだから。」

「それは分かってるんだけど・・・何だか彼とどういう風に接していいのか分からなくて・・・」

「それは司だって一緒だと思うぜ。
 だからそんなに構えなくてもいいよ。」

「・・・う、うん・・・」

「そんな顔するな。雛が心配するぞ。大げさに考えないで、
 今日は久日ぶりに雛と楽しんでこいよ。」

「分かった・・あきら、ありがとう。」

「ああ、もう司が迎えにくる時間だろ?
 早く食っちまえよ。」

「うん。」

ぎりぎりになってもまだ迷ってる・・・
胃の痛みが私の不安を言い表しているようで
何だか自分で自分が情けなく思えてくる

スープに口をつけるが、味がしない・・・

「その服、夕べ司が送ってきたやつか?」

「・・そうだけど・・似合ってる?」

「ああ、似合ってるよ。司も喜ぶんじゃないか?」

「・・・・うん・・・」






話をしている途中で急に櫻の瞳から涙が溢れ出した・・・・

「お、お前・・どうしたんだ?
何で泣いてるんだ?」

「・・えっ!?・・分かんない・・どうしてだろう・?」

≪どうして?・・・急に溢れ出した涙が止まらない・・・≫


「ごめんなさい・・・顔洗ってくる。」

俺が手を伸ばしかけた途端、櫻はダイニングから出て行ってしまった

行き場を失った右手だけが空しく空を漂っている・・・・





泣いている自分に気付いて、慌てて部屋に戻った

ビックリした顔のあきらが伸ばした手から逃れるように席を立ってしまった

日本に戻ってからだんだんと見えてくる自分の過去に頭では分かっているのだけど、
心と身体が追いついてこない・・・


あきらの態度はパリにいる時と何も変わらない。

相変わらず優しい・・

その優しさに甘えてしまう自分がいる・・

あきらは私との結婚を望んでいると言ってくれた

でも雛の父親が誰何のか分かってしまった今は・・・考えてしまう

やっぱり本当の父親である道明寺さんとやり直すのが一番いい事なのだろう・・

道明寺さんは私の事を今でも愛していると言ってくれている・・

彼の気持ちは嬉しい・・・けど、自分の気持ちが分からない・・・

牧野つくしは記憶を失くす前、何を感じて、何を想っていたのだろうか?

あの頃の私はどう決心していたのだろうか?















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