【5】








リビングに今野医師が入ってきたのを確認するとあきらは





立ち上がりすぐさま駆け寄った








「先生!彼女の具合は?!」








「まぁまぁ。そう慌てなくても大丈夫だよ。
 今から説明するから座らないかね。」








「は、はい。」








「まず、彼女の体の状態だけど、疲労が溜まってるのと睡眠不足や栄養失調なんかが
 重なっていてかなり衰弱している。
 それから子供の方だけど私は専門医じゃないからはっきりした事は
 言えないが多分6週目〜7週目ぐらいだと思う。」





「今のところ彼女にもお腹の子供にも命の危険はないと思うが。
 熱がかなり高い、点滴でなんとか押さえているが、この状態が長く続くようなら子供に
 とって危険な状態になる可能性がある。一度、ちゃんとした専門医に
 診察を受けることを勧めるよ。」










やっぱり、牧野は妊娠していた・・・











「それから彼女の熱は2・3日は続くと思う。
 点滴をしているからもう少ししたら落ち着いてくる思うんだがね。」










「…分かりました。先生、こんな時間にお呼び立てして申し訳ありませんでした。」








そう言うとあきはが立ち上がり頭を下げた。









今野医師はあきらが立ち上がり頭を下げた事に驚いた様子だったが、


すぐに笑顔になり








「頭を上げてくれないかね あきら君。」





「ところで、差し支えなければでいいんだが、
 彼女のお腹の子供は君の子供かね?」









「いいえ、違います。」








「そうか。」








「先生、一つお願いがあります。」








「何かね。」








「今夜の事はどうか内密にお願いします。」








「分かっているよ。口外はしない。」








「ありがとうございます。」





再びあきらは頭を下げた








「ハハハハ!いやー 今夜の事は驚いたが、あきら君、君は少し見ない間に
 ずいぶんと立派になったんだね。君を幼い頃から見てきた私はうれしいよ。
 それじゃ、私はそろそろ帰るとするよ。
 何かあったらいつでも呼んでくれたまえ。」









「はい。」






今野を見送ろうと立ち上がったあきらだったがそんな彼を今野が手で制し








「見送りはいいよ。それより彼女のところに行ってあげたまえ。
 それじゃ。」








その言葉を受けあきらはリビングで今野医師を見送った













【6】







今野が出て行った後のリビングで又、一人考え込んでしまった









牧野が妊娠している。


司の子供だろう…




牧野の性格からして一人で生んで育てると言うだろう。


言うのは簡単だ、だけど…現実はそんなに簡単には行かない…



俺はこのまま見過ごせるのか?



牧野が苦労するのを分かってて黙って見てるだけなのか?






いくら考えたところで簡単に答えの出せる問題じゃないよな…





とにかく今はあいつの体調を戻す事が重要だ。


子供の事はそれから考えよう。








その時の俺はそう思っていた


まさかこの数日後、あんな事になるだなんて想像だにしていなかった・・











全ては牧野の意志を聞いてから考えればいいのだから





あきらは考えを中断し、つくしの様子を見るためにゲストルームへと向かった











ノックをして部屋に入るとお袋が牧野に付き添っていた








「悪かったな、急に。」





声を掛けながらベッドに近づく


ベッドには顔色は悪いが思いのほか穏やかな表情で牧野は眠っていた








「いいのよ。でもつくしちゃん・・どうしちゃったの?」





牧野は何度か家に遊びに来た事があったので、お袋も牧野の事は知っていた








「やっぱり司くんの事が関係してるの?」





そして司の記憶の事も何となく知っている








俺はお袋の問いかけに答えずに





「牧野の様子はどう?」








「うん、熱はけっこうあるけど、お薬が効いて来たみたいで
 少し呼吸も落ち着いてきたわ。」








「そっか、よかった。」








「ねぇ、あきら君 つくしちゃんも落ち着いてきたし
 少しリビングでお話しましょうか?」








「分った。」











【7】





場所をリビングに移すと待ちきれないようにお袋は話しを切り出す











「ねぇ、何があったの?どうしてつくしちゃんこんな事になってるの?」








「あ、ああ、それが俺にもよく分かんねーんだ。」








「どうして?お友達でしょ?」








「友達だけど。牧野とはここ2週間ぐらい英徳でも会ってなかったんだ。
 今日だって偶然、道端でうずくまってるあいつを見つけて、連れて帰ってきた。」








「じゃぁ、つくしちゃんが妊娠してる事どうして知ってたの?」








「それは…意識を失う前にあいつが自分で言ったんだ。
 お腹が痛いって、そんで赤ちゃんがって・・な・・
 だから今野先生に伝えたときは確信は無かった。まさかって思ってたよ。」








「そうだったの・・つくしちゃんの子供の父親って司君よね?」








「多分な…」








「司君、記憶戻ったの?」








「いや、まだだ。それに今、司は別の女と付き合ってるらしい。」








「どうして?…そんな…じゃぁ つくしちゃん、子供が出来たって事
 誰にも言えないで苦しんでたの?かわいそうに……」






お袋の瞳には既にうっすらと涙が浮かんでいる








「そうだな・・・
 なぁ、牧野をしばらく家で預かってやってくれないか?」








「もちろん、ママはそのつもりよ!」





少し俯き加減で零れ落ちそうになる涙を指先で拭っていたお袋が



勢いよく顔を上げたかと思うと満面の笑みでそう答えた








「えっ…!?」





その勢いに俺の方が少し圧倒されてしまう








「だって、妊娠してるつくしちゃんを一人にしておけないでしょ?
 それにここだと安全だし。」








「・・・・」








「なによ!あきら君は、ママが何にも知らないと思ってたんでしょ?
 ママだっていろいろと知ってる事あるのよ。」





フンと少し頬を膨らませて少女のような反応をするお袋を唖然と見つめてしまう





「あ、ああ・・」








意外だった世間知らずの少女趣味の永遠の少女だと思っていた


自分の母親が司と牧野の事を知っていたなんて・・


だったら話が早い、ここはひとまずお袋にまかせよう








「分かった、よろしく頼むな。」








「まかせといて。ママ、つくしちゃんの事大好きですもの!ママがんばっちゃう!」








あんまり、がんばらないで欲しいのだが・・








「それから、牧野がここに居る事は誰にも内緒で頼む。」








「類君や総二郎君にも話さないの?」








「ああ、とりあえず内緒にしておく。」








「分かったわ。」








「さぁ!!そうと決まったら、明日からさっそくつくしちゃんに必要な物
 揃えなくっちゃね。ママなんだか楽しくなってきちゃった!」





両手で膝を叩きながらなんだか楽しそうなお袋を見ていると


出てくるのはため息…


人選を間違えただろうか…?





「あんまりやりすぎると、かえってあいつ気を使うから。
 ほどほどにな。」





人の言うことなど聞かずに暴走し始める前に一応、釘を刺しておく








「分かってるわよ、心配しないで。ママ、もう一度つくしちゃんの様子を見に行くけど
 あきら君はまた出かけるの?」








「いいや、今日はもう寝る。」








「そう、じゃぁ ちゃんとお布団着て寝るのよ。
 あきら君、昔っから寝相が悪いからね。」








「ハイ、ハイ おやすみ」





いったい俺をいくつだと思ってるんだ・・











<あ〜疲れた〜 何なんだ 今日はいったい>











部屋に戻りベッドに寝転がり今夜、起こった事を思い返してみる





今の司に牧野が妊娠している事を告げても到底受け入れる事はないだろう


それに司のお袋さんに知られるのが一番怖い・・・・


牧野にどんな危害を加えてくるか分からないから・・・・








しばらくは様子を見るしかないな・・・・














【8】





いつの間にか眠ってしまったらしい


カーテンの隙間から差し込んでくる陽の光で目が醒めた。


自分の姿を確認すると着替えもせずに夕べのそのままの格好で眠ってしまっていた。


とりあえずシャワーを浴びて着替える。


今日もいつもと変わらない朝……だよな…?





まるで夕べの出来事は全て俺の夢なんじゃないかと思う程、


屋敷の中は静かで普段と変わった様子は見られない


だけど、夢なんかじゃない…


夢であってくれたらと願うけど…


夢なんかじゃない








一晩経ったところで状況に何の変化もなく、ましてや答えが見つかるわけでもない





部屋から出ると待ち構えていたようにまとわり付いてくる双子をかわしながら、


眩暈がしそうなダイニングに入っていく








「「お兄ぃちゃま〜」」





「あきら君、おはよう〜」








「おはよう。あいつの様子はどう?」








「まだ熱もあるし、眠ってるわ。」








「そうか。」








「心配なら、学校に行く前に様子見てきたら。」








「ああ、そうするよ。」








「じゃぁ、早く朝ごはん食べちゃって。」











朝めし食ってる間中も双子たちは何か言ってたが、


聞いてなかった。相変わらず騒がしい食卓だ





普段ならさっさと食事を済ませ、逃げるように学校へ向かうのだけど、


今日は学校へ向かう足取りが重い





屋敷を出る前に一度牧野の部屋を覗き



眠っている事を確認して車に乗り込んだ











本当は学校なんか行く気分じゃない、けど牧野が学校に来ない事を


類達が気付くかもしれない、それに司もそろそろ登校してくる頃


だろうから気は進まないが一応行ってみるか











カフェに入って行くと司の姿が見えた





司はなんとか登校してきたがまだ牧野の記憶は戻らないまま


どうやら本気であの海とか言う女と付き合っているらしい


俺たちの前で堂々と携帯で女と会話をしている


そんな司に類がかなり頭にきているのが分かる


普段、あまり感情を表に出さない類だが、牧野の事となるとやはり様子が違う・・・








類は毎日、非常階段に行っているようだった、そんな類の様子は気になっていた


類は牧野の事に関して妙に勘の働くから要注意だよな








司は相変わらずで牧野の事などどうでもいい感じだ。





そんな司の態度に無性に腹が立つ


今、司を責めてもどうしようもないのは分かっているし、牧野の妊娠の事は誰にも知られちゃいけない、


だけどあれほど牧野を追いかけ強引に自分に振り向かせておいてあっさり忘れてしまい、


忘れただけならまだ救いようもあるが、すぐに他の女と付き合いはじめたあいつに


無性に腹が立つ・・

















なんで俺はこんなにイラついてんだ?








イライラが募る、自分の感情を上手くコントロール出来ない


隣では総二郎が何か話しているが全く頭に入ってこない





適当に相槌を打つ俺に総二郎の呆れた声が響いている








「おい!あきら!!聞いてんのか?」





「あん?ああ…ワリィ。何だ?」





「ハァ〜、もういいよ。」





「あ、ああ・・悪い。」


何となくバツが悪くて総二郎から目を逸らせると今度は前に座っていた類と目が合った





こんな時の類は苦手だ。


何もやましい事などないのだけれど、何故か心の中を全て見透かされているような気さえして、


すぐに目を逸らせた。





居心地が悪い。





時計を見ると次の授業まではまだ少し時間はあったが、何となく感じる居心地の悪さと


司への苛立ちを隠すように席を立った

















牧野が目を覚ましたのはそれから3日後





その間、牧野はずっと学校を休んでいたが特に話題に上ることもなく時間が過ぎていた


しかしいつまでも無断欠席をさせておくわけにもいかなかったので


牧野の両親に連絡して家で預かっている事を伝えとりあえず一週間の


欠席届を出しておいてもらった














牧野が目を覚ました日・・・・





その日からが本当のスタートだった











俺の人生が動き始めた・・・・
































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