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【90】


少し間を置いてから櫻の部屋をノックした

部屋に入ると櫻がバスルームから出てきたところだった

「どうしたんだ?大丈夫か?」

「・・・うん、ごめんね、心配かけて。」

櫻をソファーに座らせ俺も隣に腰を下ろす

「いいけど、本当にどうしたんだ?」

「・・自分でも分からないの・・どうして涙が出てくるのか・・分からないの・・」

「・・そうか・・でもあんまり考えすぎるなよ。
 お前はいつも一人で抱え込んで考えすぎるからな。
 辛くなったら俺に話せよ。いいな。」

「・・分かった・・ありがとう・・」

「ああ、もうすぐ司が来る時間だけど、どうする?」

「もちろん、行くわよ。雛が楽しみにしてるんだから。」
「ねぇ、あきら・・ごめんね、少しの間だけ見守ってて欲しいの・・
 私・・ちゃんと自分で答えだすから・・」


「分かった。けど何かあったらすぐに言えよ。」

話しをしているとメイドが司の到着を知らせに来た

「司が来たぞ。俺は先にリビングに行ってるな。」

「うん。」


あきらが部屋から出て行った後、大きく深呼吸をして鏡の前に立った

鏡に映る自分に言い聞かせる・・
”大丈夫、上手くやれる”
”がんばれる”

今の私はそんな事を自分自身に言い聞かせてからでないと
彼と向き合う事が出来ない・・

私は一体、何を怖がっているのだろうか?



もう一度、自分の姿を鏡で確認してからリビングへと向かう

リビングではあきらと道明寺さんが話をしていた






司はリビングで待っていた
俺が入って行くと慌てて振り向いている・・

振り返った司の顔に思わず噴出しそうになる・・

今まで見た事のない司の顔・・・緊張してるのか?顔を強張ってるぞ!

噴き出しそうになるのをなんとか堪えて声を掛ける・・

「よお!」

「・・お、おぅ!」
上ずった声で返事が返ってきた・・

「プッ・・」

≪ヤバイ!堪えきれない・・・≫

レアだ・・司の今の顔・・まともにあいつの顔が見れない・・
それに思わず噴き出した俺に普段のあいつなら確実にキレてるはずだけど・・
今はそんな余裕はないようだ・・

これ以上、噴き出さない為に俯いたまま、横目で司を盗み見るが、
これ程、小さくなっている司も初めてだ・・

総二郎達にも見せてやりたい・・

そんな事を考えながらもずっと黙っているわけにもいかず、
吹き出しそうになるのを堪えながら話しかける

「櫻は今、仕度してる。もうすぐ来ると思う。」

「あ、ああ・・」

ずっと下を向いたままで小さくなっている司にさすがに心配になってくる

「・・司・・お前、大丈夫か?」

「だ、大丈夫だ。」

「そうか、だったらいいけど。」

俯いたままの司がふいに話し始めた

「なぁ、あきら・・すまない・・」

突然の司の謝罪に驚いて顔を上げるとまっすぐにこちらを見ている司と目が合った

「な、なんだよイキナリ・・?」

「・・あっ、いや・・こないだ・・殴っちまったからな・・・」

「それなら別に気にしてないよ。
 それにお前に殴られるのなっていちいち気にしてたらキリがないだろ?」

軽くからかうような口調で言った俺に当然怒って言い返して来ると思ったが
司の反応はいつもと違っていた


「・・そうだな・・なぁ・・お前・・あいつにホレてるのか?」


「・・ああ・・」


「そうか・・けど、俺、あいつだけは譲れないんだ・・あいつだけは・・」


「・・分かってるよ。」


「すまない・・・」


「分かってるから何度も謝るな!
 お前に謝られる程気持ち悪いもんねぇんだからな・・明日は嵐だな・・きっと・・」


やっぱり司は俺の言葉に反応しない・・調子が狂う・・・


「オイ!暗い顔ばっかしてんじゃねぇーよ!」


「分かってるよ!分かってるけど・・どうしたらいいのか分かんねぇんだよ!」

「それは櫻だって同じだろ?だからお前は今まで通り牧野つくしの時みたいに接していけば
 いいんじゃないのか?」

「・・ああ・・分かった・・」

「そんな顔してねぇーで、今日は三人で楽しんで来いよ。」



【91】


司とそんな会話をしていると櫻が雛を連れてリビングへと入ってきた。

「おはようございます。」

俺は櫻の表情が気になっていたが思いのほか大丈夫そうだった

とりあえず司と向き合ってみる覚悟を決めたのだろうか?









「おはよう〜」

元気よくリビングに入って来た雛が俺にも笑顔を見せてくれた



あの夜以来雛とは会っていなかった

雛が俺にどういう風に接してくれるのかが不安だったが今の言葉と態度で少し安心した

「もう出られるか?」

「はい。」

「それじゃぁ、雛、行こうか?」

「うん、行こう〜♪」



雛が司の差し出した手をしっかりと掴みスキップしているような軽い足取りでエントランスへと向かっていく

私はその後ろからあきらと並んで付いて行く

「パパ〜 行ってきま〜す♪」

雛が元気よくあきらに声を掛けている

「おう、行ってらっしゃい。気をつけてな。」

「は〜い。」

≪今日の返事はいつもの数倍いい・・・≫

「それじゃぁ、行ってくるわね。」

「ああ、気を付けてな。楽しんで来いよ。」

「うん。」





俺は先に雛を車に乗せて後ろを振り返った・・その時、見えてしまった・・・牧野の手が一瞬、あきらの指先に触れたのを・・・

偶然かもしれない・・だけどほんのちょっとした事が気になってしまう・・
今、見た光景を頭から追い出そうと目を逸らした

何事もなかったかのように彼女を車へと招きいれ、あきらにも軽く声を掛けて俺も車へと乗り込んだ


俺達が車に乗り込むとすぐに車は動き出した

車内には気まずい沈黙が流れていた

お互い何を話せばいいのか分からない・・・

雛が不思議そうにそんな俺達の顔を見比べている




暗い顔をしている私が心配になったのか雛が小さな手を私の手に重ねてきた

「ママ?」

「ん?どうしたの?」

「ねぇ、ママ、怒ってるの?雛、何か悪い事した?」

雛は私の暗い顔の原因が自分にあると思ったようだ・・・

「えっ?どうして?」

「だって、ママ怖い顔してるもん。」

≪ハァ〜 自己嫌悪・・・ごめんね・・雛・・≫

「ごめんね。ママは何も怒ってないよ。」

「本当?」

「本当よ。だから心配しないで。」

雛を私の膝の上に乗せて微笑んで見せると安心したのか、それ以上何も言わなかった


何も言わないかわりにリムジンの心地よい振動に雛は私の胸に顔を埋めて眠ってしまった

そんな雛を見て彼は

「寝たのか?」

「ええ。」

「・・お前と同じだな。」

「私と同じ?」

「ああ、お前もこの車に乗るといっつも寝てた。寝たら最後、何しても起きなかったぜ。」

「・・・私、この車に乗った事あるの・・・?」

「ああ、何度もあるよ。」

「・・そう・・」

そう言われて、改めて車内を見渡してみる・・これといって変わった所は無い・・ただのリムジンだ。
但し、大きな身体の彼が余裕で足を伸ばせる程デカイけど・・・


道はそれ程、渋滞していなくディズニーランドには一時間程で到着した

いつもは寝起きが最悪な雛も今日ばかりは機嫌がいい

休日だった為、園内はかなり混雑していたが、雛と手を繋ぎ前を歩く彼はとにかく目立っている
人より頭一つ出ているので遠くからでもすぐに見つけられるし、何よりそのモデル並みのルックスと
スタイルはやはり人目を惹く


あきらもそうだけど・・・とにかくすれ違う人全てが振り返る

私は二人の少し後ろを付いて行くだけだけど・・

雛はとにかくご機嫌で広い園内を彼女のご希望通りについて歩くだけで重労働だ・・・

こんな時は日頃の運動不足が身にしみる・・・

目の前に人だかりが出来ているのを雛が彼に抱き上げてもらって中を覗き込んでいる

人だかりの中心にはミッキーマウスがいるようだ、大勢の人がカメラを片手にシャッターチャンスを狙っている

雛が周りの人を押しのけて円の中心へと入って行ってしまった

その後ろから周囲の人に謝りながら付いて行くと

『ママ〜 お写真撮って〜』

雛がフランス語で叫んでいる・・・周りに居た人達がいきなり訳の分からない言葉を話し始めた
小さな女の子に釘付けになっている・・もう、恥ずかしい!

雛は何故か興奮するとフランス語になってしまう

そしてミッキーに話しかけるのは英語・・・

興奮するとフランス語になるのは日常会話としてフランス語を話しているからだろうし、
ミッキーに対して英語なのは恐らくビデオの中のミッキーが英語を話しているからだろう・・・

雛が一番得意なのはフランス語、その次が英語で恐らく母国語である日本語が一番ヘタだ

よく訳の分からない日本語を話す雛を見てあきらが父親にソックリだと言っていた

父親にソックリ・・だと言う事は・・今、雛と手を繋いで楽しそうにしている彼も日本語が不自由なのだろうか?
そんな風には見えないけど・・・

最近の雛は私が彼女の日本語を細かく注意するので私にもフランス語で話しかけてくる時がある

「雛、ちゃんと日本語で話してちょうだい。」

そう言いながら雛のリクエストに答えて写真を撮るためにSPさんからカメラを受け取った

一応、カメラを持ってきていた
簡単な一眼レフのデジタルカメラでそんなに大きくないので女性にも扱いやすい

ミッキーを見上げながら何やら一生懸命話しをしている雛の写真を撮っていると

「なぁ、あいつ興奮するとフランス語になんのか?」

「うん、普段、私やあきらの前では日本語だけど、
 お屋敷のメイドさんはみんなフランス語だし、幼稚園もそうだから。」

「でも、あの人形には英語で話しかけてるぞ?」

「特別教えたわけじゃないんだけど、ディズニーのビデオが全部英語だから自然と話せるようになったの。
 私は英語苦手だから。」

「お前、昔っから英語苦手だったもんな。」

「そうなの?」

「ああ、よく類に教えてもらってた。」

「類って・・花沢さん?」

「ああ、あいつは英語ペラペラだかんな。」


司は少し面白くないと言った表情で話している


「あなたはどうだったの?」


「お、俺は・・今は大丈夫だけど、あの頃はな・・」


『ママ〜 お腹すいた〜』


≪また・・≫


時計を見るともうお昼を指している・・


『じゃぁ、お昼ご飯食べに行くか?』


「あなたもフランス語話せるの?」


「当たり前だ!俺様を誰だと思ってんだ?!」


《俺様って・・何様・・?》


「・・そ、そう、でも雛の前では日本語で話して。」


「分かってるよ。」


「雛、ちゃんと日本語でお話しなさい。」

「まぁ、そんな怒るな!
 ホラ、雛行くぞ!!」


最初はどうなるかと思っていたが牧野の様子も段々と緊張が取れてきたみたいで
会話もスムーズに交わせるようになってきた

いい感じだ!


【92】


その頃、美作邸には総二郎、類、滋、桜子の四人が集まってきていた

「よお!」

「ヤッホー、あきら〜」

「こんにちは、美作さん。」

「おはよう・・・」

それぞれが口々に言いながらテラスでお茶を飲んでいたあきらの元へとやってくる

「おお、早いな?」

「ああ・・・みんな滋に叩き起こされた・・・・」

椅子を引きながら総二郎がすでに少し疲れたような声で答えた・・

「失礼ね!こんな天気のいい休日にいつまでも寝てるなんてもったいないでしょ。
 だから起こしてあげたんじゃない!」

「頼んでないよ!」
類はそう言うとすでに半分ウトウトしかけている・・・

そんな相変わらずの類を横目で見ながら総二郎が話しかけてきた

「なぁ、あいつら今日出かけてるんだろう?」

「ああ、今朝、司が迎えに来て、一緒に出かけて行った。」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないか・・今朝はレアな司の姿も見れたしな。」

「なんだ?レアな司って・・?」

「あいつ、小さくなって何度も俺に謝ってたぞ。」

「謝ってた・・のか?司が・・・?」

「ああ・・だから明日は嵐だ。」

「お前、余裕だな?いいのか?」

「何が?」

「だって・・お前も牧野の事・・」

「焦ったって仕方ねぇだろ?決めるのは櫻なんだし、それに俺が言ったんだよ、司とちゃんと向き合ってみろって。
 じゃなきゃ、もし櫻が俺を選んでくれたとしても不安だってな。」
「そんな顔すんなよ!大丈夫だよ、櫻は記憶があっても無くてもまた司を選ぶよ。」

「それは雛がいるからって事か?」

「違うよ、あの二人は何があっても、どんなに離れててもお互いを必要としてるからだよ。」

「でも、記憶が無かった時の道明寺さんみたいに先輩が道明寺さんの事、受け入れられないって事もあるんですよね?
 それに今、先輩が一緒に居たいって思ってるのは美作さんですしね・・」

「それは、大丈夫じゃない。」
眠っていると思っていた類だった。
その言葉に全員の視線が類に集中する。

「もし、牧野があきらを選んだとしてもその時は司だって気持ちの整理を付けられるでしょ?
 それに司が簡単に牧野と子供の事を諦めると思えないしね。」

「・・・そうだな。」

「先輩は一体誰を選ぶんでしょうね・・・?」

「俺は牧野が誰を選んでも祝福するよ。
 牧野が幸せならそれでいいから。」

「もう、朝っぱらから暗い顔してないで!
 私も類君と同じつくしが選んだ相手なら誰だって祝福するよ。
 私はつくしに幸せになって欲しいもん!」

「ああ・・・そうだな。」

「ところでつくし達は何処に行ったの?」

「ディズニーランドだけど。」

「へぇ〜 楽しそう〜〜」

滋のその一言でその場に居た全員が身構えた・・・

「し、滋、行かねぇーぞ!」

「え〜どうして?私も行きた〜い〜!」

「ダメだ。行きたいんだったら、今度連れて行ってやるから。」

「ヤ〜ダ〜、今日行きた〜い!私も雛ちゃんと遊びた〜い、司だけズルイよ〜。」

≪何がズルイんだ?もう、勘弁してくれよ・・!≫

「ねぇ、ねぇ、桜子もつくしと雛ちゃんと遊びたいでしょ?」

遊びたいのは滋さんだけだと思いますけど・・

「滋さん、今日は止めておいた方がいいんじゃないですか?
 さすがにお邪魔虫ですよ。」

「え〜どうして?ねぇ、みんなはつくしが心配じゃないの?
 司がまたつくしに酷いこと言って泣かせてるかもしれないんだよ。」

≪そうきたか・・確かに心配は心配だけど・・・≫

「じゃ〜あ、声掛けないで近くから見守ってるっていうのはどう?」

「ダメだ!」

「もう!じゃぁいい!私一人でも行く!」

そう言ってさっさと自分の車を呼んでいる・・・

「あっ!お、おい!滋・・・!!」


≪ハァ〜・・・≫
テラスにいくつもの溜息が響いた・・


「分かったよ・・だけど、絶対に邪魔するんじゃねぇーぞ!いいな!」

「分かってるわよ〜♪」

≪ハァ〜 多分全然分かってねぇ・・・・≫


嬉しそうにはしゃぎながらテラスを出て行く滋の後を溜息と共に追いかける

そんな中、類だけが”帰って寝る”と主張したが総二郎に無理やり腕を掴まれ
車に押し込まれた












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