【93】 【94】 【95】 【96】
【93】


昼食を食べる為にやって来たのはディズニーランドの隣にある
直営ホテルだった

そのホテルのスウィートルームでフルコースの昼食が始まった・・

もしかして昼食の為だけにこの部屋取ったの・・?

彼は周りに人がいると落ち着かないだろう?
三人でゆっくり食べたかったから・・と言っていたが・・

この人って全てこんな調子なのだろうか・・・?

そして、もう一つ驚いた事は食後のデザートを
食べている時にチャイムが鳴って部屋に入ってきたのは・・・

「誰か来たな。雛ちょっと見てきてくれるか?」

そう言って彼は雛にドアを開けさせた

ドアの前に立っていたのは・・・
ディズニーのキャラクターが一式・・

一式って変な表現かもしれないけど・・
今、目にしている光景はまさにそんな感じ・・・

もちろん雛は大喜びでミッキーの手を取り部屋へと招き入れている

ミッキーにミニーにドナルドにプーさんにプルート・・etc...
後はよく分かんないけど・・

とにかく一杯・・あっという間に人形に囲まれてしまった

そしてキャラクターそれぞれがプレゼントを手にしていてそれを
雛に渡している

みるみるうちに雛の前にプレゼントの山が出来上がってしまった

興奮した雛はミッキー達にお礼もそこそこにプレゼントの山と格闘している

中に入っていたのはこれまたキャラクター一杯の
アクセサリーや人形などなど・・

恐らくどれも特注品で世界に一つしかないのだろう・・
頭痛くなってきた・・・

私言ったわよね?

なるべく普通にしてって・・これのどこが普通なわけ・・?

でも、抗議しようにもミッキー達に囲まれて嬉しそうな雛と
その横で雛を見て幸せそうに笑っている
彼の顔を見たら何も言えなくなってしまう・・

黙って楽しそうな二人を眺めているとシンデレラ(多分・・?)
の格好をした人が私に小さな箱を差し出した

どうやら私にもプレゼントがあるらしい

お礼を言って受け取ったが・・・何コレ?

複雑な感情で彼を見ると笑顔の彼と目が合った

「開けてみろよ。」

そう言われてリボンを解いて箱を開けると中に
一回り小さなベルベット生地の箱が入っていた

ベルベット生地の箱を開けると中にはシンプルなダイヤのリング・・・・


彼は私からリングを取り上げると私の右手を取った

右手の薬指にはめられたダイヤのリング・・・
ライトに反射してキラキラ光っている

デザインはシンプルでダイヤ自体は大きくはないが
クオリティーの高い物だと一目で分かる

キャラクター達はプレゼントを渡し終えると部屋から出て行った

「どうしたの?コレ?」

自分の指にはめられた指輪を眺めながら彼に聞いてみた・・


「本当は左手の薬指にはめたかったんだけど、
 とりあえずは右手で我慢しとく。」

≪我慢しておく・・・?
 彼の気持ちは嬉しいけど・・私はまだそんな事まで考えられない・・・≫

そんな私の気持ちを見透かしたように彼が言葉を続ける

「俺はお前と結婚したいと思ってる。
 けど急いでないからゆっくり考えてくれればいい。
 俺の気持ちは変わらないから。」

「・・・分かった。」

彼からプレゼントされたこの指輪・・
測ったように私の指にぴったりとはまっている・・・

私は普段あまりアクセサリーをつけていない・・
持っているアクセサリーの数もそう多くはないし、
その殆どがお父様方やあきらからのプレゼントされた物だ

牧野つくしだった頃の持ち物の中にあったのは
土星のネックレス一つだけで、元々、私はアクセサリーなど
身に付けていなかったのだろう・・・


雛が産まれた後も指輪などは危ないから普段からつけていなかったし、
カメラを始めてからは薬品を使ったりするので着けていなかった

「ねぇ・・・指のサイズ・・誰かに聞いたの?」

「いいや、昔、お前が眠ってる時にこっそり測ってた。
 だけどサイズが変わってなくてよかった。」

「昔・・・?」

「ああ、まだ俺が記憶を失くす前にお前に指輪をプレゼントしようと
 思って測ってた。
 その指輪は記憶が戻ってからN.Yで買ったんだ。
 いつかお前に渡そうと思ってずっと持ってた。」
「渡せてよかったよ。」

そう言って彼は微笑んでいる・・・

「何年も持ってたの・・・?ずっと・・・?」

「ああ、買ったのは6年前だ。
 N.Yに行って仕事を始めて、初めて貰った自分の給料で買ったから
 そんなに高いもんじゃないけどな。」

6年前から・・・・

6年前、彼は一体どんな想いでコレを買ったのだろう・・?


6年間、彼は一体どんな想いでコレを持っていたのだろう・・?

私がパリで失くしてしまった記憶に苦しんでいる時に、
彼もまたN.Yで取り戻した記憶に苦しんでいたんだ・・・


”ありがとう”の言葉と共に涙が溢れ出す・・


私が記憶を失くしたこの6年間、自分でも気付かないうちに
あまりにも多くの人たちを巻き込んでしまっていた


泣き出してしまった私の頬に彼の手がそっと触れた

温かい手・・

あきら以外の人に触れられるのは好きじゃなかったけど
彼の手は不思議と嫌じゃなかった

「泣かないでくれ・・泣かせるために渡したんじゃないんだ。」

声にならない・・
声を出してしまったらとめどなく涙が溢れてきそうで小さく頷いただけだった


急に泣き出してしまった私に雛が驚いている

不安そうな表情を浮かべて私の元へと近寄ってきた彼女は
泣いている私の顔を下から覗き込みながら

「ママ?どうしたの?おなかいたいの?」

雛の少し間の抜けた問いかけに思わず笑ってしまう

「クスッ・・大丈夫よ。
 お腹痛くないよ。」

そう言いながら雛を抱き寄せると雛も私を抱きしめてくれる


私の背中に回された小さな手にまるで守られているようで心が温かくなる



そんな雛に彼は数日前、私に見せてくれたあの土星のネックレスを手渡した


雛はネックレスを手に取ると自分の顔の高さまで持ち上げて
ウットリとした表情で眺めている


彼はネックレスの先に付いているのは土星だと説明しているが
雛はいまいちピンときていない様子

彼は懸命に雛にも分かるように土星とは何かを説明しようとしているのだが

”土星ってなに?”

”惑星だ”

”惑星ってなに?”

こんな調子で質問が質問を呼びどんどん土星から離れていってしまう


とうとう答えきれなくなった彼は今度見せてやると言って
会話を終わらせてしまった


雛は目の前に積み上げられている沢山のプレゼントを一つ一つ箱から出して
私や彼に見せて楽しそうに笑っている

向かい側に座っている彼もコーヒーを飲みながら楽しそうだ








【94】



驚いたけど楽しいランチを終えますます元気な雛に連れられて
今度はディズニーシーへと入っていく・・



ここも凄い!!
おとぎの世界に迷い込んだみたいで、子供じゃなくても夢中になってしまうのも分かる気がする




雛に言われるままにアトラクションのはしご


休日で園内はかなり混雑していて各アトラクションの前には結構な行列が出来ているが
どういう話しがついているのかは分からないが私達は一切並ぶことなく横から先頭へと案内される・・・



何十分も並んで待っている人たちの横を通り抜けるのは気が引ける


彼は平然としているけど私は並んでいる人たちの視線がイタイ・・・


それでなくても目立つのに・・・


目立つのは彼の容姿だけじゃない!
休日のディズニーランドに不釣合いなビシッとスーツを着た男性が10名・・


耳にはそれぞれイヤホンを挿しサングラスをかけスーツの上からでも屈強な体つきが分かる



見るからに普通じゃないSPに囲まれて歩いてるんだもん・・目立たないわけがない!!


その中でも一人、30代前半だろうか?
斉藤と名乗ったSPさんは高校生だった頃の私を知っている様子だった


そして今、雛はまた彼を引っ張ってアトラクションへと入って行った
私はさすがに疲れたのでパス・・


振り返り手を振る雛に笑顔で手を振りかえして小さくホッと息をついた


斉藤さんが私が息をついたのに気付いたようで


「櫻様、お疲れでしたらあちらのベンチへ移動なさいますか?」


「いいえ、大丈夫です。
 皆さんこそこんな所で警備なんて大変でしょ?
 ごめんなさいね。」


「大丈夫でございます。私どもの事はお気遣い無くどうぞお楽しみください。」


「ありがとうございます。」


そう答えると斉藤さんは少し微笑んだ・・


そんな彼を見ているとふと聞いてみたくなった・・


「・・あの・・お聞きしたい事があるんですけど・・?」


「どういった事でしょうか?」


「斉藤さんは高校生の頃の私をご存知なんですよね?」


「・・・は、はい・・存じておりますが・・」


「教えて欲しいんです。その時の事を。」


「・・ですが・・」


彼も私の記憶の事は聞いているのだろう、きっと何も話しなって言われているはず・・


戸惑っている彼の顔を見ていれば分かる


「斉藤さん。」


「・・は、はい。」


「大丈夫です、私が知りたいのはあなたから見えていた私と彼の事なんです。
 当事者だった私達はもちろんだけどあきらやその他のみんなはどうしても
 客観的に見ることって出来ないでしょ?だから、あなたの目に映っていた事を知りたいんです。」


「ですが・・あの当時はまだ私もSPになったばかりでしたので・・
 詳しい事は・・あまり・・」



やっぱり言いにくそうに言い淀んでいる彼に少し微笑んでから


「斉藤さん、分かってますから。あの頃のあなたがたのお仕事は私と彼を引き離す事だったんですよね?」


「・・分かりました。そこまでご存知であれば私の分かる範囲でお話しします・・」



「ありがとうございます。」


「まず先ほども申しましたが、私は当時SPとして道明寺家に入ったばかりの新人SPでした。
 私の任務は道明寺家の警備でしたが・・本当の仕事は司様の監視でした。
 その当時、司様は夜になるとお屋敷を抜け出して櫻様の元へとお出かけになられてましたので・・」


「それで・・彼はどうしてたんですか?」


「司様はいつも裏口からこっそりとお出かけになられていたようです。
私どもが気付いた時は外出されてましたから・・どうやらリムジンはお使いにならずに
流しのタクシーをお使いになられて櫻様の元をお訪ねになられていたようです。」
「私どもは一度・・司様と櫻様を探して美作家の東屋にまで乗り込んで行った事が
 ございました。」


「美作の東屋にですか・・?」


「はい・・」


返事をしながら斉藤さんは少しバツの悪そうな顔をしている
彼の少し子供っぽいしぐさに笑みがこぼれた・・


「それで・・私たちはそこに居たんですか?」


「はい・・あっ・・いえ・・私どもが東屋に入った時には司様はお一人で
 櫻様のお姿は拝見しておりません・・ですが・・司様は洋服を着たままシャワーを
 浴びていらしてバスルームの窓が開いておりましたので・・恐らく櫻様だけその窓から
 先に外へ出られたのだと思っておりましたが・・・」


「バスルームの窓から・・・?」



バスルームの窓から外へ出た・・って・・今の私じゃ考えられないけど・・
その頃の私たちって本当に必死だったんだ・・


「その後はどうなったんですか?」


「・・は、はい・・あの・・私どもが悪いんです!
 シャワーを浴びてらした司様のお邪魔をしてしまったので・・」


「どういう事ですか・・?」


「・・は、はい・・お怒りになった司様に殴られて終わりましたが・・」


この人って悪い人じゃないのね・・額に一杯の汗を浮かべながらも本当の事を話してくれている


「ごめんなさい!私のせいで・・」


「い、いえ、とんでもございません!大丈夫でございます。
 慣れておりますので!」


慣れてる・・?殴られる事が・・?


「・・あっ!申し訳ございません!」


どうして斉藤さんが謝るの?
謝るのはこっちでしょ?


「あの・・彼ってそんなに暴力振るうんですか?」


「いえ、決して櫻様に手をお挙げになるような事はございません。」


あまり慰めにならない・・



「あの・・櫻様?」


「はい?」


「司様は確かにSPや秘書にきつく当たられる時がございますが、この6年間で一番傷つけていたのは
 司様ご自身です。司様の笑顔を見たのも本当に久しぶりなんです。司様は本当に櫻様と雛様の事を
 大切に思っていらっしゃいます。」


「・・ありがとう、斉藤さん。」


「・・いえ。」



ほんの少しだけ垣間見えた私が彼と共に過ごした時間




あの頃の私は一体、どんな気持ちだったのだろう?







【95】



雛達の乗ったアトラクションの方を見ながら考えていると
突然後ろから物凄い力で抱きしめられた・・



『グェッ!』



息が詰まる・・



後ろからは私の状況などお構いなしに元気一杯の声が聞こえてきた




「櫻ちゃん〜!!」



ん・・?この声は・・滋さん?



続いて聞こえてきたのは・・



「滋さん!いい加減にしてください!
 先輩が死んじゃいますよ!」



今度は桜子ちゃん?


やっと身体が解放され息を整えながらも慌てて振り返ると・・そこにはみんなの姿


あきらまで居る・・



「ど、どうしたんですか・・?」



「櫻ちゃんが心配で来ちゃった!
 大丈夫?司に苛められてない??」



「いいえ、大丈夫ですけど・・」



本当に心配そうな滋さんがもの凄い勢いで迫ってきてちょっと怖い



「よかった!
 ところで雛ちゃんと司は?」



「今、アトラクションに行ってます。」



「そっか〜、ねぇ、私たちも来たからみんなで一緒に遊ぼ?」



「はっ、はい・・」


滋さんは雛ちゃん何処かな〜とアトラクションの方を向いてピョンピョン飛び跳ねている



そんな元気一杯の様子を見ていると自然に笑みが零れてくるが、
笑みが零れない人もいるらしい・・


私の横では桜子ちゃんと西門さんが大きく溜息をついていた
後ろでは花沢さんがあくびをしていてあきらは少しバツの悪そうな表情をしていた

西門さんが私に向かって小さな声で



「邪魔して悪いな!滋の奴が一人でも行くって言って聞かなかったんだ。
 すぐに連れて帰るから。」



「ううん、ちょっと驚いたけど大丈夫です。
 それに大勢の方が楽しいし、滋さんも楽しそうだし。」




「先輩、甘いですよ!滋さん甘やかしちゃダメです!
 滋さんは先輩が道明寺さんと上手くやってるか心配だとか言ってますけど
 本当は自分が雛ちゃんと遊びたいだけなんですから!」



「そ、そうなの・・?」



「そうなんですよ!」
「もう!滋さん!恥ずかしいから大きな声出さないでください!」

大きな声を出さないでと言われた滋さんはちょうどアトラクションから降りてきた
雛と彼の姿を見つけると両手を目一杯上に上げて大声で名前を呼んで・・いや叫んでいる


呼ばれた方はと・・

雛は満面の笑みで彼と繋いでいた手を離すと滋さんの元へと駆け寄り
そして“司〜”と呼ばれた彼の額にはいくつもの青筋が浮かんでいた


彼は滋さんの前までくると一言“帰れ!”といっているが

帰れと言われて素直に帰るような滋さんじゃない

あっさりと彼の言葉を無視してさっさと雛と手を繋いで歩き始めてしまった

その後はもう滋さんの独壇場で後ろをついて歩くだけでクタクタ・・

滋さんと手を繋いでいる雛なんてその勢いにまるで宙を飛んでいるみたいだった





【96】

その後、滋さんと雛の後についてひたすら園内を回った

それにしても凄いパワー

ひとしきり遊び終えて滋さんと雛以外は全員ぐったり・・

この後は入り口近くのお店でお買い物らしい・・けど・・

私はもうダメ・・ギブアップ!

お店の前に置かれていたベンチに腰を下ろして買い物が早く終わることを
祈っていた

隣には花沢さんが座っている

すぐ近くにSPさんはいるけど・・二人っきりってなんだか緊張しちゃう

花沢さんは全然そんな風じゃないみたいだけど

無口な人なんだ・・でも今は彼が無口で助かったかも・・

だってもう話す気力も残ってないんだもの・・

しばらくするとあきらだけがお店から出てきて私の隣にドッカリと座った

「雛は?」

「ああ・・司と桜子がついてるから大丈夫だと思う。
 お前は大丈夫か?」

「うん、疲れたけどね・・
 ねぇ、雛は我が儘言ってない?」

「言ってないと思うか?滋と二人で店を買い潰す勢いだぞ!」

「へっ・・?」

「まぁ、あんまり心配するな。それに止めたって無駄だからな。」

ハァ〜

雛達が買い物を終えたのはそれから1時間後・・

店から出てきた全員の両手には凄い荷物・・SPさんまで・・

一体なに買ったのよ!?

大喜びで雛が私の元へと駆け寄ってくる

「ママ〜みんなにお土産買ったの〜」

「そう、よかったね。
 誰になに買ったの?」

「ん〜これが〜夢ちゃんとお姉ちゃま達なの!」

雛が続々と今買ってきた物が誰へのお土産なのか説明してくれている

そして・・雛のいつもの悪い癖が出てしまった・・

「これは〜洋介君でしょ、それにこっちは誠君なの!
 それから・・・」

雛の言葉を聞いていた西門さんが飲んでいた水を噴出しむせ返っている・・

そりゃそうよね・・・驚くわよね・・?

自分の父親の事を6歳の女の子がお友達のように君づけで呼んでるんだもの

隣では花沢さんがお腹を抱えて笑っているが当の雛は何を笑われているのか
分かっていないようで大笑いしている彼を無視して話を続けている

「それで〜これが、かえでちゃんなの!」

かえでちゃん・・?

ちょっと待って!

楓って・・道明寺さんのお母様のお名前よね?

「ちょ、ちょっと雛!道明寺のおばあ様の事お名前で呼んじゃ失礼でしょ!」

「どうして〜?
 かえでちゃんがお名前で呼んでもいいって言ったんだよ?」

「・・そ、そうなの?」

花沢さんは相変わらずお腹を抱えたままでそれ以外の大人達は全員固まってしまっている・・

平然と話を続ける雛の横から小声で道明寺さんが

「オイ!こいつ、全員下の名前で呼んでんのか?」

「う、うん、最初はお母様だけだったの・・お母様ね・・おばあちゃまって呼ばれるのがイヤで
 ご自分の事をゆめちゃんって呼んでねって雛に教えたの・・だから美作のお母様はゆめちゃんて
 事になっちゃって・・そしたら今度はお父様がねあきらの事はパパって呼んでお母様がゆめちゃん
 なんだからご自分も洋介君って呼んでもいいよっておっしゃって・・後はそれを知ったお父様方が
 面白がられてそれぞれお名前を君づけで呼ぶようになっちゃったの・・」
「ごめんなさい・・びっくりしたでしょ?
 いくらダメだって言っても、もう私の言う事なんて全然聞いてくれなくて・・」

「櫻、謝らなくてもいいよ。
 親父とお袋が雛の事をかわいがってくれてる証拠だから。
 このままでいいよ。」

「そうだぜ!自分の父親を君づけで呼ばれんのは少し・・まぁ・・アレだけど、
 まぁー俺もそうちゃんだしな・・だけど司のお袋さんがかえでちゃんってのは
 笑えるよな!あの鉄の女って呼ばれてる人がねぇ〜変われば変わるもんだな!」

「鉄の女・・って何?」

「あ〜あ、お前は知らねぇーよな・・」
「ちなみにお前はお袋さんの事を魔女って呼んでたぜ!」

「魔女・・?」

「そうだ。お互い大嫌いで常に一色触発の状態だったんだけどな。」
「お前、お袋さんに啖呵切った事もあるし、司が刺された時はビンタまでした事あんだぞ!」


わ、わたしって・・一体なにやってたの・・?

バスルームから逃げて啖呵切ってビンタ・・・?

あの頃の私って本当に必死だったんだ・・

次々と聞かされる過去の行動

自分がどんな風に行動していたのは分かったけどそこに感情は存在していない

私は何を考えてどう感じていたのだろうか?

また、ぼんやりとしていた・・・

優しい声で現実に引き戻される・・

「どうしたんだ?大丈夫か?」

「・・あっ・・うん、少し疲れただけだから。」

「そうか、じゃぁそろそろ帰るか?」

自然に雛と手を繋いで歩きはじめる彼の背中を眺めていた・・

不思議な感覚・・

つい数日前まで雛と手を繋いで歩いていたのはあきらだったのに

私がいつも見ていた背中はあきらの背中だったのに

私はどちらの背中を求めているのだろう?

雛にとってはどちらの手を取り歩く事がいいのだろうか?

それ以前に私は選べるのだろうか・・?

記憶も感情も全て過去に置き去りにしたままでいいのだろうか・・?

また始まってしまった堂々巡り・・












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