【97】 【98】 【99】 【100】




【97】



パークを出ると西門さん達は気を利かせてか彼の鋭い視線に堪えかねたのか・・
そのまま帰って行ってしまった・・


再び三人になった私達は彼に連れられて道明寺邸へ


帰りの車に乗った途端に眠ってしまった雛も目を覚まし広いダイニングで豪華なディナーの後、
彼は土星を見せてやると言って望遠鏡を持ち出してきた



かなりの時間を費やしてやっと土星を見つけ出した彼は雛に望遠鏡をのぞかせている・・



楽しそうに望遠鏡を覗き込んでいる二人の背中をぼんやりと眺めていると
不意に彼が振りかえり目が合ってしまった・・


目が合った彼は優しく微笑むと私の方へと歩いてくる・・・


目の前に立ち止まった彼を見上げてると


「お前、昔、この部屋に住んでた事があるんだぞ。」



それ・・どういう事・・?
疑問が顔に出ていたのだろうか?
彼はフッと軽く笑うと言葉を続けた



「お前、住むとこなくて一時期ここで住み込みでメイドしてたことがあったんだ。
 俺専属のメイドだったんだけどな・・その時、使ってたのがこの部屋だ。」



「・・そ、そうなの?
 ねぇ、もしかして・・その時も土星見せてくれたの?」



「ああ。」



彼の言葉を聞いて部屋中を見渡してみるけど・・



特に変わったところは何もない・・しいて言えば・・



この豪華なお屋敷の中ではシンプルかも・・


「・・ねぇ、私も土星、見てもいい?」



「ああ、いいぞ!」


望遠鏡を覗き込むと真ん中にぽっかりと浮かんで見える土星・・


確かにネックレスみたいな大きさ・・


パリに置いてきたあのネックレス・・



私の持ち物の中で唯一、美作櫻と牧野つくしを繋ぐ物・・



記憶を探して幾度と無くながめていたあのネックレスを牧野つくしは
どんな気持ちで持っていたのだろう・・?




土星を見ながらそんな事を考えていると背後に気配を感じて振りかえると
ゆっくりと近付いてきた長い腕に引き寄せられて彼の胸の中へ・・



驚きで一瞬身体が固くなる・・



だけど・・吸い込んだ彼のコロンの香りが私の警戒心を溶かしていく


なぜか懐かしい感じがして顔を上げると・・・



彼の長くて綺麗な指先が私の頬を撫でながら口唇へと降りてくる


怖いくらいにまっすぐに見つめられる瞳から目が逸らせないでいると
彼の指が私の顎に掛かった・・



スローモーションのようにゆっくりと近づいてくる彼の顔・・



長い睫に鼻筋の通った端正な顔つきに思わず見とれてしまう



彼の口唇が私のそれに触れそうになった瞬間・・下から雛の声が聞こえてきた・・



「ママ〜〜」


雛の声に我に返り慌てて彼を突き飛ばしてしまった・・



「ご、ごめんなさい!」



「はぁ〜いいよ。
 俺は急がねぇーし、それにお預けくらうのにも慣れてるからよ!」



「そ、そうなの・・?」



「そーなんだよ!それより雛はいいのか?」



「あっ!そうだった!
 ど、どうしたの?雛?」



慌てて振りかえり雛の目線までしゃがみ込むと



「ママ〜雛ねむい・・」



眠そうに目を擦っている雛



「じゃあ、そろそろ帰ろっか?」


「・・う・・ん・・」



もう返事もままならない雛を彼が抱き上げてくれた



「送ってく。」



そう短く言うと空いていた左手で私の手を掴んで歩き始めた・・







【98】



美作家に帰り着き彼が雛をベッドまで運んでくれた



雛の部屋に一歩足を踏み入れた途端彼の足が止まった



「凄いでしょ?」


「・・あ、ああ・・」



雛の部屋はパリでもそうだがここもディズニー一色でかわいいとは思うのだが・・落ち着かない・・



「こいつ、本当に好きなんだな・・」



ベッドに寝かせた雛の顔を覗き込むながら話をする彼



「ここはまだマシなほうよ。パリはもっとすごいんだから!
 バスルームとトイレも全部こんな感じで私、彼女の部屋に10分いると眩暈してくるんだから。」



私の話しを聞きながら彼が軽く笑みを零した・・



「どうしたの?」



「・・ああ・・コレって全部親父達が用意したんだろ?」



「そうね・・雛が産まれてからは四人で競い合ってらっしゃるから。」








櫻の言葉で不意にこないだのパーティーの時の親父の言葉を
思い出した・・



“守りたいのなら大人になれ”



俺がNYでしてきた事・・



ただ探してただけ



ただ会いたいと思っていただけで



その願いが叶わない現実から逃れるように酒を飲み他人を傷つけていただけだった・・



いつまでもガキのままの俺とそれまでの生活を一変させてまでも櫻と雛の側に居て支えてきたあきら



親父達がどうしてあきらとこいつを結婚させようとしているのか分かる気がする・・・



こんな事認めたくねぇーけど・・・



俺は自分がつくづくガキだと思えてしまう・・・




昔っからそうだった




追いかけて求めるばかりでこいつを自分と同じ位置まで無理やり引き上げようとして
こいつはこいつなのに・・
同じ熱を感じたくて振り回してばっかりで・・・




今だってそうだ・・急がないからなんて口では言っているが内心では焦りで一杯で



このまま無理やりにでもNYへ連れて帰りたい衝動に駆られている・・・




このままじゃダメなんだ!





このままじゃ俺もこいつもダメになってしまう!





何より俺はこいつにもう一度、愛されたい・・






【99】



「どうしたの?」



黙り込んでしまった俺に櫻の柔らかい声が響いてきた



「あっ・・いや、親父達に大事にされてて安心した。」



笑顔でそう言うと櫻も笑顔を返してくれる・・



その笑顔が眩しくて



俺に笑顔を向けてくれるのが嬉しくて


そっと抱き寄せると




時間が止まった・・・・












サッとカーテンを揺らしながら入ってきた風が俺と櫻を包み込む



櫻は一瞬だけ身体を固くしたが抵抗はしなかった



櫻の髪に顔を埋めながらそっと耳元で囁いた・・・











笑顔を彼に返すと眩しそうに少し目を細めた彼の長い腕が伸びてきて
ふわりと包み込まれるように抱きしめられた・・・




しばらく彼の腕の中でじっとしていると彼が私の髪に顔を埋めた・・




少し低い掠れた声が耳をくすぐる




「・・なぁ・・司って呼んでくれ・・」




「・・えっ!?」




「お前、俺の事・・全然名前で呼んでねぇーだろ?
 今日だってずーっと“あなた”とか“ねぇ”で済ませやがって!
 一度だけでいいから司って呼んで欲しい・・」




「・・えっ・・で、でも・・なんか・・恥ずかしい・・んだけど・・・」




抱きしめられてドキドキしてるのに・・“司”って呼んでくれと言われてどうしていいのか分からない・・
一気に心拍数が跳ね上がる!!




「なぁ〜呼べよ。」



声がさっきよりも低くなって響きに甘さが加わった・・



甘えたような・・拗ねたような口調に変わっている・・




「・・ど、どうしても呼ばなきゃ・・ダ、ダメかな・・?」



見上げた私と見下ろしていた彼・・



バッチリと絡み合った視線・・



「ダメか?」



切なそうな瞳でそう言った彼から目が離せない・・・



「ダ、ダメじゃない・・けど・・」



「けど?」



「・・ちょ、ちょっと・・は、恥ずかしいから・・
 よ、横向いててくれない・・?」




今の私はきっと真っ赤だ!
顔が熱いもの・・・



「お、おう!」



私のが移ってしまったように彼も真っ赤になりながら横を向いてくれた









真っ赤になりながら横を向けと言った櫻に素直に従ったが・・



いつまでたっても俺を呼ぶ声は聞こえてこない・・・




焦れて横目でチラリと櫻の姿を盗み見ると耳まで真っ赤にした彼女を視界の隅に捕らえた瞬間・・



「・・っ・・っかさ・・・」



本当に小さな・・囁くような声だったが、はっきりと聞こえてきた俺の名前を呼ぶ声



初めて呼ばれた名前・・



心が熱い!




「あ、あの・・・」



「ん?どうした?」



「・・あ、あの・・そろそろ離して欲しいんですけど・・」


「あ、ああ、悪い。」



思いのほか強い力で抱きしめていたようだった・・
腕の力を緩めるとホッとしたように櫻が身体を離した


本当は離したくないけど深追いしてやっと良くなってきた関係を壊したくなかった



今日のところは名前を呼んでくれただけで十分だ!



「じゃあ、俺はそろそろ帰るな。」



「・・あっ・・うん。」



「また、電話する。」



「うん、今日は本当にありがとう。」




彼をエントランスで見送ると部屋に戻った


静かな部屋の中・・ベッドの端に腰掛けてぼんやりと窓の外を眺めていた


あっという間の一日だったけど雛も楽しそうだったしとにかく無事に過ごせてよかった・・







【100】



夕べはいつの間にか眠ってしまっていたらしい…



目が覚めてまだぼんやりとする頭のままベッドの上で上体を起こし
カーテンの隙間から差し込んできた光で部屋を見渡す…


今、居る場所が自分の部屋だと確認して安心する…


夢を見てた……またあの夢を……



パリでも時々見ていた夢…


だけど日本に帰ってきてからはその夢を頻繁に見るようになっていた



夢を見た日は決まって目覚めた後やってくる胃の痛み・・・



私は一人、暗い森の中に座っている
暗闇が怖くて目を凝らして光を探すけど一筋の光も見えてこない…



だけど…今日見た夢は少し違っていた


暗い森で一人…光は見えてはこない……その代わり


声が聞こえてきた…こんな事は初めてだった



声は最初は微かに…段々と大きく…はっきりと聞こえてくる…



誰かが私を呼んでいる…?


それも一人じゃない…


沢山の人の声が聞こえる…



“つくし”“牧野”と呼ぶ声がする




私は立ち上がり声のする方へと歩き出そうとするのだけど、目の前に広がる暗闇が怖くて
一歩前に踏み出すことができない…




立ち尽くしてしまった私になおも声が聞こえてくる




私を呼ぶ人たちの姿を見たいのに…




私を呼ぶ人たちの元へと行きたいのに…



やっぱり目の前に広がるのは暗闇だけ…




一向に止むことのない声…踏み出す事の出来ない私…
とうとう夢の中の私はその場に座り込み耳を塞いでしまった





それでも聞こえてくる声
膝を抱え込んで顔を埋めてしまった私の足元から暗い闇が私を塗りつぶしていく…




闇の中に消えていく…お願い…消さないで…私を…




そこで目が覚めた



けだるさを残したままの重い体をベッドから引き剥がしカーテンを開けると
眼下にはローズガーデンが広がっている
窓を開けてバラの香りを吸い込むと少し気分が落ち着いてくる




シャワーを浴びスッキリすると雛を起こしに彼女の部屋に向かった













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