【101】 【102】 【103】





【101】


雛の寝起きはあまりよくない…


声を掛けながらまだ寝ぼけたままの雛を抱き起こしぐずる
彼女を宥めすかしながら着替えさせる



普段はなるべく一人でさせているが休みの日などは
手伝うことが多い



たいてい着替えが終わる頃にはすっかり目が覚めてしまっている彼女と
手を繋いでダイニングへと向かう


ダイニングの時計は午前9時を指していた
今日は久しぶりに雛と二人っきりでのんびり出来る



あきらは日曜なのに朝から仕事に出かけてしまったようだし、
お母様は双子ちゃん達と共に軽井沢の別荘へと行かれている



いつもより時間をかけて朝食を取りながら雛と話をしていると
彼女が出かけたいと言い始めた


私はあまり出かけたい気分じゃないけど・・・

雛と二人でのんびり出来るなんて久しぶりだから
今日一日は彼女のしたい事をして行きたい所へ連れて行ってあげることにしよう



「何処行きたいの?」



「ねぇ、ママ?東京にもエッフェル塔があるんでしょ?」



東京のエッフェル塔・・?

東京タワーの事よね?



「東京タワーの事?
 雛は東京タワーに行きたいの?」




「うん、昇ってみたいの!!」



「そう、分かった。じゃあ篠田さんにお願いして連れて行ってもらいましょうね。」



「うん。」



こうして雛と二人で東京見物なるものに出かける事になった・・



まず向かったのが雛のリクエストの東京タワー



雛は真下から見上げるタワーの大きさに驚いていたが
私はタワーに昇るだけで1000円もかかる事に驚いていた・・



東京ってなんでも高いのね・・



エレベーターで展望台まで昇っていく



混雑する展望台から見渡す東京の景色



私は確かにここで産まれここで育ったはずなのに
今の私には見下ろした東京の風景が知らない異国の地のように見える



いつまでも見つけられない私のカケラはこの街のどこに行けば見つけられるのだろうか?







【102】

東京タワーの後は篠田さんの案内で皇居と六本木ヒルズ


六本木ヒルズも雛の希望で展望台へと上がっていく
東京タワーの展望台から見た風景と大して変わらないのに
彼女は大喜びしている…



この子…たんに高い所が好きなだけなんじゃないの・・?



なんて思いながらも嬉しそうな雛についつい頬は緩んでしまう



その後は浅草で浅草寺にお参りして最後に東京ドームへとやってきた



東京ドームでは今夜ナイターがあるらしく



巨人VSヤクルトと書かれた看板が立っていた



ナイターを見にきた大勢の人たちが入り口へと向かって流れていく



それぞれが思い思いの応援グッズを手にしている姿を見た雛が
自分も野球が見たいといい始めた・・・




「ねぇ、雛?野球を見るって言ってもルール知らないでしょ?
 ママもよく知らないから教えてあげられないわよ?」




「いい!雛、あの中に入りたい!!」




東京ドームを指さしながら元気一杯答えた雛・・




結局そこなのね・・要は中に入りたいだけ・・
野球に興味があるんじゃなくて野球を見に来ている人たちに興味を示している・・



一度言い出したら聞かないし今日は雛の我が儘を聞いてあげようと思う・・けど・・




「雛、中に入るのにはチケットが必要なの。
 でももう全部売り切れちゃってて入れないかもしれないけど、それでもいい?」




「チケットがあったら入っていいの?」




「いいわよ。
 じゃぁ、チケットが残ってるか聞きに行きましょう。」




チケット売り場の前まで来たけどそこは当日券を求める人で
混雑していた



篠田さんがチケット買うために並んでくれている




結局、私ではよく分からないので篠田さんにも一緒に中に入って
もらうことにした




だって一塁側だとか三塁側だとか外野席だとか・・
もうそれだけで分からないんだもの・・




無事にチケットが手に入りご機嫌の雛に引っ張られるようにしてドームの中へ



チケットに記されていた座席は一塁側だった




雛はとにかく目に入るもの全てに興味津々で迷子にならないようにと
しっかり手を握っていると右へ左へと振り回されてしまう




雛のリクエスト通りオレンジ色のキャラクター人形と同じ色のメガホンを買ってから座席へと向った








【103】



大勢の人たちに混ざってスタンドへと一歩足を踏み入れた途端
急激に広がった視界



目に飛び込んできたのはフィールドの人工芝の緑



目に映るもの全てが初めての物ばかりのはずなのに・・



何故か足が動かない・・・



全身がざわつき宙に浮いているような感覚がして周りから音が消えた・・・



ぐらりと視界が揺れて・・



眩暈のような感覚にきつく目を閉じ大きく深呼吸してから
再び目を開けてみる・・



大丈夫、何ともない・・



ざわつくような感じも無くなり音が戻ってきた


なんだったんだろう?





初めて体験する感覚に上手く説明が付かず
自分の中の不安を打ち消すように
“疲れているだけだ”と何度も心の中で呟いていた・・・





試合が始まり大歓声の中、雛が興味を示していたのはフィールドではなく
スタンドだった・・





時折、篠田さんに質問しながら周りの人たちに合わせてメガホンを振ったりしている



試合が終わったのは午後9時過ぎ
たっぷり楽しんだ雛は試合が終わったと同時にスイッチが切れたようにぐったりしてしまった





歩けないという雛を篠田さんが抱きかかえてくれて出口へと向かう
とにかく凄い人で少しでも余所見しているとはぐれてしまいそうで怖い・・



やっと車まで辿り着き眠ってしまっている雛の頭を膝に乗せ肩に手を置いていた



車はドームを出てすぐの頃はノロノロ運転だったがすぐに順調に走り始めていた



雛の肩に置いている手でトントンとリズムを刻みながら窓の外に流れている
夜の東京の街並みに目を向けていた



不意に視界の端にバイクが飛び込んできた・・



“あぶない!!”




咄嗟に雛に覆いかぶさり身体を抱え込んだ瞬間、物凄い音と共に
身体に衝撃を感じた・・・




かろうじて繋ぎとめていた意識の端を手放す直前に見たものは割れた窓ガラスの先・・




斜めになった夜空と信号機・・そしてゴムの焼ける匂いがした・・





そこで意識は途絶えた・・・
その後の事はよく覚えていない・・
気付いた時は病院のベッドの上だった・・・























←BACK/NEXT→
inserted by FC2 system