【104】 【105】 【106】 【107】





【104】


櫻と雛が事故に遭ったと連絡を受けた時、あきらは花沢物産との新規事業の為、
現在、花沢物産で専務をしている類との会議を終えた直後だった


休日にもかかわらず催された会議は思いのほか長引き、両社の担当者以下
会議に出席していた者は皆一様に疲れた表情をしている




あきらと類も例外ではなかった



類と共に自分のオフィスへと戻り
秘書が持って来た今日何杯目かのコーヒーに口をつけようとした時
先ほど出て行ったばかりの秘書がノックもせずに飛び込んできた



いきなり開いたドアに俺と類は同時に視線をドアへと向けると
そこには血相を変えた秘書の姿があった





「あきら様!櫻様と雛様のお車が事故に遭われたと警察から連絡が入りました!」




秘書の言葉を最後まで聞くことなく俺と類はオフィスを飛び出していた



下に降りるとジャストタイミングで滑り込んできた類の車で病院へと急ぐ



途中、車の中から司へと電話を入れる
類は総二郎に連絡している



電話の向こうでは司が怒鳴っていた







-- Tukasa --



仕事を終え屋敷に戻るリムジンの中だった




手にしていた書類に目を通していたが頭の中では櫻の事を考えていた




声が聞きたい・・そう思って上着の内ポケットから携帯を取り出しあいつの携帯にダイヤルしてみる



しばらくの呼び出し音の後聞こえてきたのはあいつの声ではなく
“電波の届かないところに・・”
というアナウンスだった




諦めて電話を切り手にしていた書類も脇に置いてシートに深く腰を沈め軽く目を閉じた



リムジンは先ほどからひどい渋滞にハマってしまっている



少し進んでは止まりまた少し進んではを繰り返していた



渋滞にハマってしまったリムジンの中で
向かい側に座っている秘書がまるでこの渋滞の責任は自分にあると言わんばかりに
汗をかきソワソワしている




「司様、どうやらこの先で事故があった模様で少々渋滞しております。」




別に渋滞しているから機嫌が悪いわけじゃない
ただ必要以上に気を使う目の前の若い秘書の過剰な反応にイラついているだけだ



秘書の声を無視したままでしばらくすると前方の交差点に事故現場が現れた




信号機をなぎ倒し車の側面をめり込ませるようにして止まっているのは紺色のベンツ
そして反対側には小型のバイクが植え込みにめり込むように突き刺さっていた



救急車などの姿は見えないので事故からかなりの時間が経っているのだろう
信号機が倒れてしまった事でマヒしてしまっている車の流れを交差点の真ん中に立った
警察官が誘導している



事故現場と事故処理のため赤色灯を回したまま止っているパトカーを横目に見ながら
交差点を抜けると車は途端に流れ始めた



今までのストレスを発散するかのようにスピードを上げるリムジン



屋敷まで後数百メートルというところで携帯が鳴った



着信相手はあきら




何気なく電話に出た俺の耳に飛び込んできたのはあきらの慌てた声だった・・・








【105】



『司!櫻と雛が事故に遭った!!』




事故という言葉に一瞬で頭の中が真っ白になる・・



『オイ!司!聞こえてるのか!?』



「・・ああ、聞こえてる!事故ってどういう事だよ!
 二人は無事なのか!?」



『まだ詳しいことは分からない!事故に遭ったって連絡が来ただけで俺も今、類と病院に
向かってるところだからお前もすぐに来い!』



「俺もすぐに向かう!!」



『分かった、じゃあ一旦切るぞ!後でな!』



「ああ・・」



電話を切ってすぐに病院へと向かう



指先が冷たい・・




ふいに先ほど見た事故の現場の光景が浮かんだ





信号機に突っ込み斜めに止まったていたのは紺色のベンツ



・・まさか・・だよな・・・?





どうする事も出来ないリムジンの中でどうしても浮かんできてしまうのは
最悪の状況・・
悪い予想を頭の中から懸命に追い出しそれでも震える自分の手をきつく握り締めていた








駆け込んだ病院の待合室で雛は類に抱かれていた



腕と足に包帯が巻かれ額にはガーゼが貼られていたが軽症で済んだらしい・・




とりあえずホッとして待合室の硬いベンチに座り込んだ・・









完全に止まりきる前の車から飛び出し病院へと駆け込むと
櫻と雛は処置中だった



処置室の前には警官が二人俺達を待っていた



警察の説明によると櫻たちの車は青信号で交差点を直進中に
近くのコンビニに強盗に入った犯人が運転するバイクが信号無視で
突っ込んできたらしい




ぶつかったのは車の後部だったがバイクを避けようとしてハンドルを切った拍子に
コントロールを失い何度かスピンを繰り返し信号機に激突して止まったらしい



強盗犯のバイクもコントロールを失い横滑りしたまま交差点の反対側まで転がり
植え込みに突っ込んでようやく止まり
強盗犯はバイクから投げ出され目撃者の話では数十メートル飛ばされたらしい




櫻たちはすぐに車から助け出され病院へと運ばれた
犯人は病院に運び込まれた時点ですでに息を引き取っていたらしく
病院についてすぐ死亡が確認されていた




病院に運ばれる途中の救急車の中で雛はショックを受けている様子だったが
意識ははっきりしていたらしい



ドライバーもシートベルトを着用していたのとエアバッグが作動したのとで軽症で
済んでいた



問題は櫻だった




櫻を助け出した救急隊員によると衝撃で開かなくなったドアをバールで抉じ開けた時、
櫻は後部座席で雛を抱え込むようにして意識を失っていた



状況から事故の瞬間、咄嗟に雛をかばったのだろう




そのおかげで身体の小さな雛が車外にはじき出される事なく
軽症で済んだらしい



事故の状況を説明すると警官はすぐに引き上げていった



警官が引き上げて行ったのと入れ替わりに看護婦さんに抱かれた雛が処置室から出てきた



包帯が巻かれていたが検査の結果も異常なしと判断され
入院の必要はないとの事だった



雛は一人で不安だったのだろう看護婦さんにしがみつくように抱きついていたが
俺の顔を見て安心したのか抱き締めると堰を切ったように泣き出してしまった




しばらく泣きじゃくる雛を抱きしめ頭を撫でていると雛が出てきた隣の処置室から
一人の医師が出てきた



「美作櫻さんのご家族の方ですか?」



「はい、兄です。櫻の具合はどうなんでしょうか?!」



雛を抱いたまま勢いよく立ち上がり医師に詰め寄るあきら



「落ち着いてください。櫻さんは左足を2箇所骨折が見受けられますが命に別状はありません。
 これから骨折箇所をボルトで繋ぐ手術を施したいと思いますので同意書にサインをしていただきたいのですが。」



「その他に怪我をしているところはないのでしょうか?」



「はい、検査をしましたが今のところ脳波などに異常は見受けられません。
 ですがこれは事故とは関係ないと思いますが、櫻さんは最近、胃の調子が
あまり良くなかったのではないかと思われます。胃に数箇所の炎症が見受けられましたので。」



「・・分かりました。
 先生、櫻をよろしくお願いします。」




「大丈夫ですよ。比較的簡単な手術ですのでそれ程時間はかかりません。
 それではこちらでサインをお願いします。」









【106】


あきらが医師と共に行ってしまった後、雛が腕の中で不安そうに俺を見上げていた



「類君、ママは?」




「大丈夫だって、足の骨が折れちゃったからお医者様に治してもらうんだって。
 すぐにママに会えるよ。」



「・・ほんと?」



「本当だよ。」



雛の目を見て微笑むと彼女も微笑みを返してくれた





真っ黒な黒髪に緩やかなウェーブがかかり

吸い込まれそうなほど大きな瞳・・・





司のしなやかさと牧野の強さを引き継いだ少女が自分の腕の中に居る・・不思議な感覚だった






「雛は痛くない?」




「・・うん・・でも・・ひな・・のどが・・かわいた・・の・・パパは・・?」




「あきら?」




「・・うん・・どこに・・いった・・の・・?」




「あきらは今、ママの怪我を治してくれるお医者様とお話してるよ。
 すぐに戻ってくると思うから戻ってきたらジュース買ってきてあげるね。
 それまで我慢できる?」




「・・う・・ん・・でき・・る・・」




雛の語尾が段々と途切れ途切れになってきた
顔を覗き込むとすでに半分目は閉じられウトウトしている



会話を中断して彼女を深く腕の中に包み込むと俺の胸に顔を埋めて眠ってしまった



眠ってしまい身体から力の抜けた雛の重みを膝で感じていると
静かな廊下をバタバタと走ってくる足音が響いてきた




音のする方へ視線を向けていると息を切らせて司が走ってくる




「類!!櫻と雛は!?」




「静にしてよ、雛が起きる!」



「何のんきに構えてんだよ!!
 どういう状況なのか説明しろ!!」




「雛は打撲だけで済んだ。入院の必要もないってさ。
 牧野は左足を骨折してるけど命には別状ないって言ってた、
 でも手術が必要で今、あきらが医者と話ししてる。」




「ハァ〜・・そうか・・」



司は安心したのか大きく息を吐き出すとベンチに腰を下ろした



あきらも戻ってきて手術室の前の待合室へと移動する



手術が始まってすぐに総二郎に滋、桜子の三人も到着した



櫻の手術は3時間程で終了し、そのままICUへと運ばれたので
窓越しに顔を見れただけだった



医師の話では櫻はリハビリも含めて2ヶ月ほどの入院が必要で
今夜は麻酔が効いているので意識が戻るのは朝になってからだろうとの事
そして意識が戻り問題がなければその日の内に一般病棟へ移れるとの事だった




結局、滋と桜子は病院に来たが雛が眠ってしまっていたため先に屋敷へと連れ帰っていてくれた
手術が終わるまで待っていたのは男四人




医師の話を聞いて俺達も一旦屋敷へと戻る





その夜は櫻よりも雛の方が大変だった





四人で屋敷へと帰りつくとエントランスで滋が俺達を待ち構えていた





「あきら君!!」





「どうしたんだ?こんなところで?」




「携帯かけても繋がらないし病院にかけたらもう出たって言われたから待ってたんだよ!
 とにかく急いでよ!雛ちゃんがずっと泣いちゃってて大変なんだよー!私と桜子じゃもう手に負えなくて。」




滋の言葉を聞いて慌てて屋敷に駆け込むと、
雛は自分の部屋ではなく櫻の部屋のソファーで桜子に抱かれながら泣いていた・・






【107】



あきらの後について初めてあいつの部屋に入った



部屋の中は至ってシンプルで余計な物が置かれていない




あるのはソファーにデスク、本棚に絵を描くためのキャンバスが数枚・・



本棚に並べてあるのはカメラの専門書や美術書が主でそれらもキレイに整理されていた



窓際に置かれているイーゼルには書きかけのキャンバスが載っている・・・



部屋続きのベッドルームも同じで・・ベッドとサイドボードの上にはガレのアンティークランプが置かれていた



部屋の中の家具は全てアンティークでまとめられていてシンプルだが暖かみのある落ち着いた部屋になっている



その中で俺の目を惹いたのはデスクに置かれている沢山の写真立て
ほとんどが雛のものだったが・・・たった一枚だけ・・
少し色褪せたその写真から目が離せない・・・



写っているのは櫻とあきら・・・
庭で写したものなのだろうか・・?
バラの花をバックにベンチに座り二人寄り沿いながら穏やかに笑っている・・




雛が産まれる前の写真なのだろう・・櫻のお腹がまだ大きいしあきらの髪も今より長い・・・




こんなところでもまた離れていた時間の長さを思い知らされる・・・



俺の視線の先に気付いた類が小声で
“古い写真だね”と話しかけてきたが俺は類の方は見ずに相槌を打っただけだった・・




あきらは桜子から雛を受け取るとそのままソファーで膝に抱き泣いている彼女の背中を優しく撫でている



雛は櫻が居ないことが不安なようでしきりに櫻の事を聞いていた・・



「・・パパ・・ママは帰ってこないの・・?
 雛・・ママに会いたいの・・」




「ママはしばらく病院にお泊りしなくちゃいけないんだ。
 だけど心配しなくていいよ、朝になったら会えるから、一緒に会いに行こうな。」




雛がパパと呼ぶのはあきら・・・



パパと呼ばれて応えるのもあきら・・・



納得しているはずだった



だけどこの屋敷に漂う優しい空気に触れて、三人が家族として暮らしているんだと実感してしまった



お邪魔虫なのは俺の方なんじゃないのか・・?



もしからしたら俺は幸せな家族を壊そうとしているんじゃないのか・・・?




俺は本当にこの二人を幸せにできるのか・・・?




二人にはあきらがついている・・俺はこのままNYへ帰るべきなのか・・?




俺はNYへ帰って諦めらめられるのか・・?



櫻と再会し再びぬくもりを感じ、雛の存在を知ってしまった今、
俺は本当に諦めることなど出来るのか・・?















無理だ・・この想いを諦めることなんて不可能なんだ・・だったらどうすればいい・・?



牧野・・俺はどうすればいい・・教えてくれよ・・




相反する二つの想いが俺の中で交錯する
出口の見えない迷路に迷い込んだみたいだ・・




進む事も下がることも出来ない・・ここから動けない・・












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