【112】 【113】 【114】 【115】






【112】




櫻の病室を出てすぐに司達が待っているカフェに向かおうとしたけど・・



足は何故か病院の中庭で止まってしまった・・





中庭の植え込みの前に置かれている木製のベンチに腰を下ろし
櫻の話してくれた夢の内容を思い返していた




櫻が思い出したのは優紀ちゃんと和也と類の三人だけ




やっぱり類が一番なんだな・・・




牧野つくしにとって英徳の非常階段と類はやはり特別な存在だった





『なぁ、司、あの頃のお前のしょっちゅう類に焼きもち妬いてたよな。
 あの頃のお前の気持ちが今ごろになってやっと理解出来たよ。』




ゆっくりと止まっていた時間が動き始めた・・・




分かってる・・あの雨の降っていた夜に・・櫻が目を覚ました日に・・



決めたはずだった・・記憶が戻るまでって・・




決めたはずだったのに・・なのに・・
カフェに向かう足を躊躇させるのはどうしてだろう・・?





少し背を低くした雲が流れていく空を見上げながら
胸ポケットから煙草を一本だけ取り出し火をつけた




ゆっくりと立ち上る紫煙を目で追いながら
ざわざわと波立つ心を落ち着かせる





もしからしたら俺のしてきた事は間違いだったのかもしれない・・





確かに始まりは親父達の条件を呑むしかなかった・・

・・だが・・その後は・・?




司の記憶が戻った時点で俺はちゃんと話すべきだったんじゃないのか・・?




その後だって・・何度か総二郎と類がパリまで尋ねてきた時だって・・




何度も電話が掛かってきていた時だって・・




話すチャンスは幾らでもあったのに・・

親父達を言い訳に自分の為に言わなかっただけじゃないのか・・?




櫻の為と言いながら結局はパリでの三人の生活が当たり前になりすぎていて




離れられなくなっていたのは俺の方・・

支えているつもりがいつの間にか櫻と雛という存在に
支えられて過ごしてきた6年間・・




いくつもの選択肢・・

いくつもの別れ道でその時々で最良の選択をしてきたつもりだったけど





何が正しくて、何が間違いだったのかは分からない・・




ただ一つだけ確実な事は止まっていた時間が動き出したって事・・




短くなった煙草を最後に一息大きく吸い込むと火を消した





溜息を誤魔化すように煙を吐き出し

ゆっくりと立ち上がりカフェへと向かう・・








【113】






カフェでは司達はコーヒーを飲みながら俺を待っていた



総二郎はどうしても抜けられない茶会があって来ていなかった



雛は心配ないようだな・・



滋と桜子に挟まれてご機嫌でケーキを食べているけど・・




・・それにしても・・一体誰が食うんだ・・・?このケーキ・・


テーブル一杯に並べられているケーキに

滋と雛が競うようにかぶりついている・・・





滋・・お前は仮にもお嬢様だろ・・?


そんな姿、総二郎が見たら泣くぞ!




桜子は雛の横で口に付いたクリームを拭き取ってくれている



こいつは案外、いい母親になるんじゃないのか・・?









ぼんやりと窓の外を見ていた類と目が合い

軽く右手を上げてカフェのガラス戸を押し開けた




何から話し始めようか・・・?


いきなり記憶が戻ったって言うのは少し唐突すぎるか・・・?





無言のまま席に着いた俺に類が話しかけて来た





「牧野、どうだった?」




「ああ、ICUを出て一般の病室に移った。」
「司、お前が用意させた部屋を見て喜んでたぞ。」





「そ、そうか・・よかった。」



司は嬉しそうに・・だけど少し照れたように俺から目を逸らしている




「ねぇ、これ食べ終わったら櫻ちゃんのとこ行ってもいいんでしょ?」




「ああ・・でもその前に話しておきたい事がある。」



「何?話したいことって?」




「滋、お前ら優紀ちゃんに連絡とれるか?」




「・・えっ・・!?と、とれる・・けど・・どう・し・て・・?」





全員の視線が俺に集中する




誰もが驚いて声を発しない中で桜子だけが冷静に聞き返してきた




「美作さん、どういう事ですか?
 まさか先輩、優紀ちゃんの事思い出したんですか?」




「あ・・ああ・・」




「オイ!あきら、どういう事だよ!あいつ記憶が戻ったのか?
 俺の事も思い出したのか?どうなんだよ!答えろよ!」




「司、落ち着いて。」
「あきら、牧野が思い出した事、全部話して。」




「ああ・・思い出したのは今の所、優紀ちゃんと和也と・・」




そこまで言うとあきらは類の方へと向き直り






「類・・お前の事だけだ。」







「そう。」





「だけど、まだどれも完全じゃない。
 思い出した事だって部分的で櫻はまるでパズルみたいだって言ってる。
 まだ実感がないみたいで混乱してるし、
 このまま全部の記憶を思い出せるのかも不安に思ってるみたいだ。」






「そっか・・」






「ねぇ、あきら君?櫻ちゃんは優紀ちゃんに会いたがってるの?」






「ああ、会ってみたいって言ってた。
 だから一度連絡取ってみてくれないか?
 出来れば和也と一緒に来てもらいたい。」



「分かった。私、さっそく優紀ちゃんに連絡取ってみる。
 和也君はどうするの?」




「和也には俺が連絡してみる。」




「あきら、あいつは・・俺の事は何も言ってなかったのか?」



「ああ・・F4で思い出してるのはまだ類だけだ。」
「類の事だってまだ曖昧で”花沢 類”って呼んでたのかって
 聞いてたからな。
 どうやら非常階段で類と一緒に過ごしてるところを思い出したらしい。」




「・・そっか・・」





「司、焦るなよ。今まで何も思い出さなかったんだ。
 優紀ちゃん達の事を思い出しただけでも大きな進歩なんだかんな。」




「・・分かってるよ・・だけど・・やっぱ類が一番なんだな・・」





「当然じゃない?」





苦しそうに呟いた司とは対照的に類が優雅にカップを口に運びながら
ゆったりとした口調でそう言った






「なんだと!なんでお前の事を思い出すのが当然なんだよ!」






「だって牧野にとって俺と非常階段ってオアシスみたいなもんでしょ?
 癒される存在だもん。
 俺は牧野の事傷つけたり泣かせたりしてないもの。」





「お、俺だって、そんなに・・・」




「そんなに・・何?泣かせてない?
 あの頃の牧野の涙の原因って100%司がらみだったような
 気がするけど?」


「・・あいつの涙の原因が100%俺って・・
 そんなわけ・・ねぇよな・・?あきら・・?」




「俺に聞くなよ。」




俺が答えに困っている横で桜子が呆れたように声を上げた





「道明寺さん、今さら何を言ってるんですか?」





辛辣なその言葉に滋が続く・・






「そうだよ、司!自分で気付いてなかったの?」
「司ってつくしの事鈍感だって言うけど司だってかなりなもんだよね〜。」






「そうですね。
 先輩がどうして花沢さんの事を一番に思い出したのかよく分かりますよ。」





「私も分かる!だって類君は絶対につくし傷つけたりしないし、
 何も言わなくても全部分かってくれてるもんね。
 全部を言葉に出して伝えないと分かってくれない司とは大違い。」
「それって結構、大きいよ。ねぇ、桜子?」





「ええ、花沢さんは何も言わなくても分かってくれますし、
 美作さんは先輩の気持ちを聞きだすのが上手いですよね。
 聞き上手って言うか、とにかくあの意地っ張りの先輩が
 素直に話してるんですから。
 道明寺さんとは会話になってなくて怒鳴りあってただけですもんね。」






女二人の口から次々と繰り出される口撃に

撃沈寸前の司はもう反論する気力も残っていないようだった






「滋、桜子、それぐらいにしとけよ。」





「えっ・・・?」




滋はそこでやっと司の様子に気付いたようで





「ヤ〜ダ〜 司!何、落ち込んでんのよ〜!
 本当の事でしょ?今さら〜」





止めを刺すな!





「司!滋達の言った事いちいち気にするな!」





「あ・・・ああ・・分かってる・・」





なぁ、牧野、やっぱりお前にとって類は特別なんだな・・・




あの頃のお前にとって俺って一体どんな存在だったんだ・・・?




俺はお前を傷つけ追い詰めるだけの存在だったのか・・?




違うよな・・?



あの時・・

あの島でお前が俺に言った言葉は嘘偽りないお前の本心だよな・・?






ごめん・・




この6年間、気が付くと幾度となく心の中で繰り返してきた謝罪の言葉・・




もう絶対に何があっても傷つけたりしないから



約束するから・・



お前の中の俺を消したままにしないでくれ・・











【114】



病室に入ると櫻は痛み止めの影響なのか穏やかな寝息を
立てていたが雛の声に目を覚ました



雛が櫻のお腹の上に登っていく・・



「ママ〜 痛くな〜い?」




「大丈夫よ。ちょっと重たくなっちゃったけど。」




櫻の声は思ったよりもしっかりしたものだった




その事に安心していると櫻が類達の方へと視線を向けて
駆けつけてくれた事の礼を言っている




「いいよ、気にしないで!
 どうせ私も桜子も花嫁修業中だから二人でヒマしてたの!
 私達の事は大丈夫だから。
 それから優紀ちゃんにさっそく連絡取ってみるね。」



桜子は滋の言葉に不服そうだったが口を挟むことはなかった




「ありがとう、滋さん、桜子ちゃん。」




「ママ〜 雛ね〜 滋ちゃんと桜子ちゃんとディズニーランドに
 行くお約束したの〜」




「そうなの、よかったわね。」




雛に微笑んでいる櫻に類が声を掛けた



「牧野。」




優しく微笑みながら呼びかけられたその声に櫻は微笑みを返しながらも、
ためらいがち発せられた小さな声・・・




聞きとれないほどの小さな声だったが・・

それでも俺達にははっきりと聞こえた・・類を呼ぶ懐かしい響き・・・




「・・花沢 類」




そう呼ばれた瞬間、類はベッドに歩み寄り雛ごと櫻を抱き締めた





花沢類に抱き締められた瞬間、体中がざわつくような感覚に襲われた・・・




彼の吐息が耳をくすぐって聞こえてきた声は・・・


『ありがとう・・思い出してくれてありがとう。』




体中に熱いものが込み上げてくる・・・



心の奥底に今、やっと光が届いた



ずっと俯いたままだった私が顔を上げた



途端に頭の中に浮かび上がってきた数々の場面・・・



中庭の芝生の上で、音楽室で、カフェで団子屋で、ぼろアパートで・・
そして非常階段で・・・


そのどれもが断片的で早送りで映画を見ているようだけど・・・




そこには確かに私がいて、そして花沢 類に西門さん、
あきらに桜子も滋さん・・





西門さんとあきらが私をからかっている・・




その隣でお腹を抱えて笑っている花沢 類・・・




桜子の声が聞こえる・・・




『先輩って本当、鈍感ですね。』




呆れた顔で嫌味を言ってくる・・・





そして名前を呼ばれた直後にすごい力で抱きついてくる滋さん





息が出来ないほどの力で抱き締められた私を助けてくれている桜子・・






やっと形づくりはじめたパズル・・ピースが埋まっていく





ゆっくりと牧野つくしが蘇ってくる












【115】




櫻のただならぬ様子に最初に気付いたのは類だった





抱きしめていた身体を離すと彼女の様子がおかしい・・





目の焦点が合っていない・・





ぼんやりと壁を見つめたまま





呼びかけてみるが反応がない・・





それに気付いたあきらが彼女の肩に手を置いて呼んでみるが

やっぱり反応は無い





もう一度、今度は声を掛けながら軽く肩を揺すってみるが同じ・・・



瞳を大きく見開いたまま壁を見つめていた彼女の瞳にしだいに

涙が溜まり始めた・・・




その涙に焦ったあきらが両肩を掴み大きくゆすった瞬間、

まるで夢から醒めたようにゆっくりとあきらに向けられる視線・・



彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちた・・





「櫻!!どうしたんだ?」






肩を掴んだままの問いかけに櫻の瞳からあふれ出した涙は止まる事を

忘れてしまったかのように次々と零れ落ちてくる






涙声の櫻が俺の名前を呼んだ



「・・あきら・・」





涙の止まらない櫻を抱き寄せ腕の中に収め落ち着くまで

背中を撫でていた・・





「どうしたんだ?大丈夫か?」





腕の中の櫻が小さく頷いたのが分かった



少し体をはずし顔を覗き込む




「ごめんね、あきら・・長い間・・ごめんなさい。」





「・・お、お前・・思い出したのか・・・?俺の事も・・?」






また、櫻が小さく頷いた・・・






体をはずし俯いたままの彼女の顔をしっかりと覗き込む





「何を思い出したんだ?話してくれ。」






「・・・あきらと西門さんが私をからかって遊んでて・・
 その横で花沢類がお腹を抱えて笑ってて・・桜子が嫌味言ってて、
 滋さんに抱きつかれてて、音楽室で花沢類がバイオリン弾いてくれて、
 非常階段でカッターで髪の毛切ってもらって・・」


「お団子屋さんであきらと西門さんが私のバイトを手伝ってるの・・
 あきらはお団子買ってくれたお客さんにキスしてた・・?」



「ああ、総二郎とお前がバイトしてたお団子屋さん手伝った事あるよ。」




「後は・・私・・あの学校・・大嫌いだったの。
 ママの見栄で通わされてて、なんか前髪を鶏冠みたいに立てた
 人達にイジメられてた?」




「そうだな、お前、英徳にはお袋さんの強い希望で通ってたから
 大嫌いだったかもな。それにイジメられてたの確かだよ。
 前髪立ててるのって・・確か・・お前の同級生にそんな女がいたなぁ・・
 名前は覚えてないけど。」






「浅井ですよ。」






名前を覚えていたのは桜子だった




「お前、よく覚えてたな?」






「そりゃー覚えてますよ!
 毎日のように顔合わせれば先輩に悪口言ってた人達ですから。」






「ねぇ、どうして?私、その人達に悪口言われてたの?
 私、何かしたの?」





「何もしてませよ。先輩がF4と仲良かったから嫉妬してただけですよ。
 まぁーイジメの根本的な原因はF4の赤札ですけど。」







桜子がじとーっとした視線を俺達に送ってくる・・・





そんな桜子の視線を全く意に介する事なく類は





「俺は関係ないよ。赤札なんて貼ったことないし。
 牧野を泣かせた事なんてないよ。」



「そう言われればそうですね。
 赤札貼ってたのって道明寺さんだけで、
 その後もいろいろ先輩にちょっかい出してましたもんね。
 イジメてたのは道明寺さんだけですね。」





桜子に自分だけだといわれた司は固まってしまっている・・






「ねぇ、赤札って・・F4って書いてあって・・下駄箱に貼ってあった?」






「あー!もうそんな事どうだっていいだろうが!
 なぁ、俺の事は何も思い出してないのか?」






自分の分が悪いと思ったのだろうか・・






まだまだ続きそうな桜子の嫌味を含んだ口撃に司が強引に割り込んだ






「ごめんなさい・・あなたも一緒に居たのよね・・・?」




「ああ、一緒に居た!俺達は付き合ってたし、雛は俺の娘だ!!」






司の言葉に眉間に皺を寄せて考え込んでしまった櫻に

類が優しく声を掛ける





「牧野、無理に思い出そうとしなくていいよ。
 大丈夫だから、焦らないで。」






「・・う、うん・・分かってる・・ごめんなさい。」






「謝んなくていいから。」





























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