【133】 【134】 【135】 【136】 【137】







【133】


着替えを済ませてバトラーさんに用意してもらった観光用の地図と
カメラを手に部屋を出た


ロビーを抜けて外へと出ると・・



ゲッ・・!!

やっぱり止まっていた・・

あのバカデカイ車と運転手さん


私の姿を見つけると走りよってくる・・


「美作様、お出かけでございますか?」

「・・あ、はい・・」

「では、お車をお使いくださいませ。」

「あ、あの・・少し散歩したいので車は結構です。」

車を断ると運転手さんが慌てた様子で


「困ります!司様より絶対にお車をお使いいただくようにと
 申し付かっておりますので。」


ハァ〜・・あのバカ!
徹底的に私の行動を制限するつもりなのね・・


でもここで負けたらどんどんあいつのペースに流されて
忙しい中、無理してNYへ来た意味が無くなっちゃう!


運転手さんには申し訳ないけど・・

「ごめんなさい。
 やっぱり車はご遠慮します。」

「ですが・・」

「私、NYは初めてじゃないんです。
 以前にも訪れた事があるので大丈夫です。
 彼には私からちゃんと話しておきますから、ごめんなさい。」


一気に話し終えてまだ納得していない様子の運転手さんに頭を下げて歩き出した

大通りに出て人の流れに沿ってゆっくりと歩き始める

カメリアホテルの目の前にはセントラルパークがある

信号を渡り公園の中へと入っていく・・

ただ一口に公園と言ってもとにかく広い!

南は59丁目から北は110丁目までの約4kmあり
東西は約800mという広大な面積を有している

マンハッタン島のど真ん中に位置していて
幾つもの入り口がありパーク内には道路もあればレストランだってある
公園内の詳しい地図がないと迷子になってしまう


昼下がりの公園内には犬を散歩させている人や
ジョギングしている人などさまざまで
そんな人たちの間を縫いながらあの日に座ったベンチを探して
歩いていたが・・

どこも同じ様な風景だしベンチにしたってどれも似たような物

しばらくぶらぶらと歩いていたが歩きつかれて近くにあったベンチに腰を下ろした

ベンチに座りぼんやりと空を見上げる

あの日・・

まさかこんな日がくるなんて思ってもいなかった

再びNYへ来る事になるなんて思ってもいなかった・・

でも今、私が美作櫻としてこうして此処にいる現実・・

少しずつでいいから美作櫻と牧野つくしを一つにしていこう・・



「よし!行こう!」

地図を広げながら記憶を遡る

「次は〜っと・・自由の女神よね。」


自由の女神に行くにはマンハッタン島の南端にあるバッテリーパークから
出ているフェリーに乗る必要がある

フェリー乗り場まではタクシーで向かう

実際、フェリーに乗っている時間は15分ほどだけど
だんだんと近づいてくる自由の女神像の大きさに圧倒される

目の前には自由の女神、後ろを振り返るとロウアー・マンハッタンのビル群が聳え立っている光景を目に焼き付ける・・


出発したのが遅かったので自由の女神像の下についたときには
もう夕暮れ時だった

中を見学するのは諦めてそのまま折り返しのフェリーに乗り込む


一人でぶらぶらしていると時間が経つのが早い

傾きかけた陽がビルに反射してNYの街が紅く染まる

私は最終目的地に向かう・・

ハドソン河の遊歩道・・

NYを訪れた事のない人でも一度ぐらいはここからのアングルの
風景写真を目にした事があるだろう

目の前に広がるのはロウアー・マンハッタンのビル群

ブルックリン側の橋のたもと・・

あの日、花沢類が私を見つけてくれた場所・・

タクシーを降りて川岸へと近づいていく

対岸のマンハッタンのビルには少しずつ明かりが灯り始めている

夕暮れの中、川岸の柵に腕を置いて対岸を眺めている男性の姿が目に止まった・・

沈みかけている夕日に照らし出されたその横顔に時間が止まってしまったようだった

歩みを止めてしばらくその綺麗な横顔に見惚れていると
視線を感じたのだろうか?
彼がゆっくりとこちらへと顔を向けた・・


「・・はなざわ・・るい・・?」

彼は私の姿に一瞬、驚いた顔をしたけど・・

ほら!すぐにあの笑顔で

「牧野。」

少しずつ距離が縮まっていく・・

目の前まで辿り着いた花沢類の腕が伸びてきて
ふわりと抱き寄せられた・・

もう一度・・今度は耳元で聞こえる彼の私を呼ぶ声・・

『牧野・・』


まるで二人の間だけが本当に時間が止まってしまったかのような錯覚に陥りながら
彼の腕の中で目を閉じて身体全体で彼の温もりを感じ、耳元では彼の鼓動を聞いていた・・・











【134】




司のオフィス


会議室から戻ると櫻につけておいたリムジンの運転手から櫻が車を使わずに

出かけてしまったとの連絡が入っていた




「あのバカ女!!」



思わず声で出てしまっていた・・



その怒鳴り声に秘書の肩がビクンと反応しているが


そんな秘書の姿は無視したままで櫻の携帯にダイヤルしてみる




だが、電源が切られている・・






「ったくあのバカ!毎回ご丁寧に電源切りやがって!
 なに考えてんだよ!!」



あ〜やっぱSPつけとくんだった!!



櫻と連絡が取れずにイライラしていると秘書が遠慮がちに声を掛けてきた




「・・あ、あの・・司様、そろそろ会食のお時間ですが・・」



目の前の年上の秘書に恨みはないがギロリと睨みつけると

上着に手をかけオフィスを後にした




本心では会食などどうでもいい


だけど櫻をもう一度この手に取り戻すためにはババァの言う通り

仕事で手抜きをするわけにはいかない




今はなるべく早く会食を切り上げる事しか頭になかった




結局、司はオフィスを出てから一言も言葉を発する事なくリムジンに乗り込んだ














「どうして?どうして花沢類がここにいるの?」



私の問いかけに彼は柔らかな笑みを浮かべながら



「牧野こそどうしたの?
 こんな所で一人でなにしてるの?」



「私が質問してるんだけど・・?」



「そうだね。」



「そ、そうだよ!」



「俺は仕事だよ、先週からこっちにいるけど牧野は?」


「私は今日、着いたの。」



「司に会いに来たの?」



「・・う〜ん・・違う・・かな・・?」



「クスッ・・違うの?」



「う〜ん、私ね、牧野つくしに会いに来たの・・」



「クッククク・・」



私のどの言葉が彼のツボに入ったってしまったのかは分からないが

笑出してしまった花沢類・・




「な、なにがおかしいの?」



「ククク・・ごめん、でも何だか牧野らしいなぁと思って。」



「私らしい・・?」



「うん、牧野らしいよ。
 で、司には会ったの?」



「・・う、うん・・会ったって言うか・・空港で待ち伏せされたって言うか・・
 とにかく掴まった・・じゃなくて!会った。」



「ブッククククク・・・」



「もう!花沢類!そんなに笑わないでよ!」



「ごめん・・で、司はどうしたの?
 今は一人みたいだけど。」




「道明寺は今夜、大切な会食があってそっちに行ってるはずだけど。」



「ふ〜ん、司が牧野を一人にして会食ねぇ。」



「うん、道明寺はキャンセルするってゴネて秘書さん脅してたんだけど、
 グッドタイミングで道明寺のお母さんが現れてしぶしぶ仕事に戻って行った。」




「そっか、じゃあ、これから予定が無ければ俺と食事にでも行かない?
 俺も一人なんだ。」



「うん、行く!
 私もちょうどお腹すいてたところなんだけど・・
 ねぇ・・花沢類?」



「どうしたの?」



「道明寺は知ってたの?
 花沢類がNYに来てる事?」



「知ってるよ。
 先週、こっちで会ったから。」




「そっか・・」




あんのバカ男!!
だから花沢類とは会うな!とか言ってたのね!!



「どうしたの?
 司になにか言われた?」




「・・あっ、うん・・なんかしつこく花沢類とは会うな!とか言ってたから・・」




「クッククク・・そっか。
 じゃあ、俺と食事に行くのはまずいんじゃないの?」





「そうかもね・・でも一人で食事するのも寂しいし、
 それにお友達と食事するぐらい私の自由でしょ?」




「そうだね。
 じゃあ行こうか。」





安易な決断だったのかな・・?


このときの私は


花沢類と食事に行ったことがあんな騒動になるなんて思ってもいなかった・・









【135】






花沢類が連れて行ってくれたのはあの時のレストランだった




「ねぇ、花沢類?」



「なに?」





「ここって・・あの時のレストランだよね?」




「そうだよ、お店の名前は変わってるけど場所は同じだよ。
 どう?気に入った?」





「うん、ありがとう。」




「どういたしまして。
 ほら、早く食べないと冷めちゃうよ。」





花沢類との食事は本当に楽しかった




あきら以外の男の人と二人っきりで食事したのって本当に久しぶり





食事の後は食後の運動がてらにNYの街を散歩しながら花沢類にホテルまで送ってもらった







ホテルに戻って・・・




その後が大変だった・・






ロビーへと一歩入るなり吹き抜けになっているフロアー中に響いている

怒鳴り声が耳に飛び込んできた





ゲッ・・・!!!




この声・・まさか?!





まさかと思い横にいる花沢類を見上げると

彼は楽しそうに少し微笑んだ



もちろん怒鳴っているのは道明寺で・・




彼は支配人さんの首を絞め殺さんばかりの勢いで詰め寄っている




どうやら彼は私を探しているらしい・・





ハァ〜〜〜〜・・・





「ねぇ、花沢類?何とか道明寺に見つからないよう部屋に戻る方法って無いかな?」






部屋に戻るには怒鳴っている彼の横を通り抜けて奥にあるエレベーターを使わなければならなかった・・




「多分、無理だと思うけど・・やってみる?」





なんて楽しそうに答えた花沢類に慌てて首を振った





「じゃあ、どうする?
 あの時みたいに俺の部屋に泊めてあげてもいいけど。」





へっ・・?



花沢類の部屋・・?




じょ、冗談じゃない!!




再び首をブンブンと振っていると

とうとう花沢類はお腹を抱えて笑い出してしまった・・




何?


何がそんなに可笑しいわけ?



私、また変な顔してた?


多分、今の私は花沢類に遊ばれてるんだろうけど・・




少し離れた所では怒鳴り声を上げている道明寺と


目の前にはスイッチの入ってしまった花沢類・・




もう!私って呪われてるんじゃないかしら・・?





いつまでも笑っている花沢類をキッと睨みつけながら





「花沢類!笑いすぎ!
 いい加減にしてよ!!」





「ごめん・・クッククク・・じゃあ俺は司に見つからないうちに消えるね。
 お休み。」




「・・えっ?!」





確かにこの状況で私と花沢類が一緒だったと道明寺が知れば



事は大きくなるばかりだけど・・



今、この状況で一人にされるのもなんだか心細い気もする・・




そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか?



花沢類は少し腰を折って私の顔を覗き込みながら




「どうしたの?牧野はまだ俺と一緒に居たいの?」





この期に及んでもこの人は私をからかうのを止めようとしない・・



本当に天使の姿をした悪魔に見える・・




「・・うっ・・」





花沢類の綺麗な顔が至近距離に近づいてきて思わず仰け反る・・




何も答えられない私にクスリと笑みを零すと




「クスッ・・じゃあ俺は帰るね。
 牧野はそろそろあの人を助けてあげたほうがいいんじゃない?」






振り返り花沢類の視線の先を追いかける・・



追いかけなくても分かってるんだけど・・



まだ、支配人さんに掴みかかっている大馬鹿野郎が一人・・








ハァ〜〜〜〜・・





無意識の内に零れ落ちた溜息




花沢類はそんな私の背中を軽く前へと押し出すと



"じゃあね"と言って出口の方へと歩き始めた



私は遠ざかっていく花沢類の背中に声を掛けた・・





「花沢類!ありがとう、お休みなさい!」





自分では大して大きな声を出しているつもりは無かったんだけど・・





充分、大きかったようだ・・






大理石の床に反響する私の声・・・





振り返り軽く手を上げて応えてくれた花沢類の視線が



私から離れて・・





私の斜め後ろへと向けられている





小さく微笑んで・・



多分、あれは微笑んだんだと思うんだけど・・




微かに表情を動かしただけで花沢類はもう何も言わずにエントランスを出て車に乗り込んだ





・・・背中に殺気に近いものをビシビシと感じている・・・












【136】







・・・怖くて・・振り向けない・・・




だけど普通に考えれば友達と偶然会って食事して
ホテルまで送ってもらっただけじゃない・・





・・それのどこがいけないわけ?






そう考えるとこれから降りかかるであろう道明寺の怒りのあまりの理不尽さに腹が立つ!





"ヨシッ!"






心の中で気合を入れてから・・





・・それでも少し恐る恐る振り返ってみると




そこには・・・







振り返るとまず目に飛び込んできたのは彼の胸元





・・視線をゆっくりと上に上げていくと






ゲッ!




こ、こわい・・・






もの凄い形相で私を見下ろしている二つの目・・





彼は私を睨みつけたまま一言も喋らない





憂鬱な気持ちを振り払い勇気を振り絞って声を掛けてみる




「ど、どうしたの?
 こんな所で大きな声出して?」





私の精一杯の問いかけにも彼は何も答えようとせず私を睨みつけている






「な、なによ?」






「お前、今日何処で何してた?」





ゆっくりと咽の奥から搾り出されるような彼の声に思わず背中に冷たい物を感じる・・




これなら怒鳴られた方がマシかもしれない




低く通る声がロビーに響いている・・・





「か、観光してただけだけど・・」





「類と二人でか?」





「一人でよ!」





「じゃあ、どうして車使わなかった?!
 類と約束してたから車使わねぇーで出かけたんじゃねぇーのか?!」





段々と道明寺の声が大きくなり始める




まただ・・・




またここでケンカになるのだろうか・・?





疲れてるんだからこんな事でケンカしたくないのに・・





「どうなんだよ!!」




何も答えない私に業を煮やしたのか・・



道明寺が怒鳴り声を上げた





「・・こんな所で大きな声出さないでよ!
 一人で観光してたって言ったでしょ!花沢類とは偶然会っただけで約束なんかしてないわよ!
 今だって彼と食事して送ってもらっただけだし、車を使わなかったのはあんな目立つ車に乗りたくなかったからよ!」




「類とは偶然会っただけだぁ?
 そんな話し俺が信用すると思ってんのか?
 こんなデカイ街でそんな言い訳通用すると思ってんのかよ?!
 俺は言っておいたよな?類と二人っきりで会うなって!
 もし、偶然に会ったとしてもなんで俺に何も連絡してこねぇーんだよ!!」





頭の上から降り注ぐ彼の怒鳴り声に頭痛がしてきた・・




どうして花沢類と会うのにいちいち道明寺の許可が必要なわけ?




花沢類は私にとって大切な友人の一人なんだし



食事に行っただけでやましい事なんて何一つ無いのに・・






そう思ったら私の口から出てきたのは彼を拒絶する言葉だった・・





「・・・もう・・やだよ・・
 どうして?あんたとは普通に会話が出来ないんだろう?
 NYに着いてからだってずーっとあんたの怒鳴り声ばっかり聞いてるし・・
 私達って普通に会話が成り立ってないよね・・?
 あきらや花沢類とはそんな事ないのに・・どうしてあんたとはこうなっちゃうんだろう・・?」

「花沢類とは本当に偶然会って食事しただけだし・・
 車を使わなかった理由も今言った通り・・何も嘘ついてないし言い訳もしてないのに・・」

「嘘ついてたのはあんたの方でしょ?
 花沢類がこっちに来てる事知ってたのに・・日本でしょ?って言った言葉を否定しなかったし・・
 もう・・やだよ・・私、あんたに怒鳴られる為にNYへ来たわけじゃないの!
 やっぱり私とあんたって合わないのかもしれないね・・どっかズレてるもん・・」





一気にそう言い終えるともう彼の顔を見ること無く




立ち尽くしたままの彼の横を通り抜けてエレベーターへと向かった











部屋へと戻ってソファーにどっかりと腰を下ろしたんだけど・・




なんだか落ち着かない・・




少し言いすぎたかなぁ〜なんて思うけど・・



言ってしまったものは仕方がない



それにさっき彼に言った言葉は本心なんだから・・




けど・・やっぱり・・言いすぎたかなぁ・・



彼の気持ちだって分かる




きっと彼は帰りの遅い私を心配してくれていたのだろう・・



そこへ花沢類と帰ってきた私を見て



あんな事を言ったのだと思うんだけど・・




こうなる事は十分、予想できた事だった



花沢類にホテルまで送ってもらったのって軽率な行動だったのだろうか?





でも、今の私にとってはやっと思い出せた大切な友人で



それ以上でもそれ以下でもない






だからやっぱり道明寺のあの態度には納得が出来ない!!





あ〜あ〜!もう考えても分かんない!!



今日は疲れたから・・もう寝よ!!








【137】





夕べの事は多少は気になってはいるものの

たっぷりと寝てすっきりとした目覚めだった





シャワーを浴びて出かける仕度をしてからリビングへ入って行くと

既にバトラーさんが朝食の準備に取り掛かっていた





「櫻様、おはようございます。
 ゆっくとお休みいただけましたでしょうか?」





「おはようございます。
 お陰様でゆっくりとさせていただきました。」





「それはよろしゅうございました。
 朝食のご用意は出来ておりますが、いかがなされますか?」





「いただきます。」




「畏まりました。」





コーヒーカップを受け取り一口、口をつけたところで来客を告げる

チャイムが鳴った




対応に出たバトラーさんに続いて部屋へと入って来たのは支配人さん





「おはようございます、櫻様。」






「おはようございます。」






挨拶は交わしたけど・・



何の用なんだろう?



何か言いたそうにしている支配人さんの次の言葉を待っているけど・・




「あの・・どうかされましたか?」





「・・は、はい・・あの・・司様の事なのですが・・」





「道明寺がどうかしました?」





「はい・・昨夜、ロビーで櫻様とお話しをされて以降ずっとロビーに
 お座りになったままでして・・何かを考え事をされているようなのですが・・」






はぁ・・?



あれからずっと・・ロビーにって・・?




「一晩中・・ロビーに居たって事ですか?」





「はい、ずっとロビーのソファーにお座りになったままで、
 お声をお掛けするのが憚られていたのですが、先程から携帯電話が何度か
 鳴っていたようなのですが、司様はお電話に出る事なく電源を切ってしまわれました。」





ハァ〜・・あのバカ・・




やっぱり夕べの私の言葉が堪えてるのかな・・




「分かりました。私が行ってみます。」




「よろしくお願い致します。」






私の言葉に支配人さんは本当にホッとしたような表情を浮かべている



支配人さんと共にロビーに降りて行くと




ロビーの一角に置かれているソファーに道明寺が座っていた




足の上に肘を置き両手を額につけたまま俯いている彼の前に立つと

ゆっくりと彼は顔を上げた




「ヒドイ顔。」





そう言うと彼の腕が伸びてきて私は腕を掴まれ身体を引き寄せられて



すっぽりと彼の足の間に身体が入り込むような形になってしまった






私を見上げる彼の顔は幼い子供のようで・・

縋りつくような瞳をしていた・・




「一晩中ここに居たの?」




「ああ・・」





切なそうな彼の声に思わず彼の髪に指を差し入れ頭を引き寄せた





道明寺の腕が私の腰に巻きついてきて

お腹に顔を埋めている





「怒ってないのか?」





くぐもった声が響いてくる・・





「もう怒ってないよ。」





「本当か?」





「本当よ。」





不安げに何度も確かめてくる彼に愛おしさが込み上げてきて

私らしくないと思いながらも





彼の頬を両手で挟みこむと額にキスを一つ落とした





途端、彼の表情が変わった・・・





もう!単純なんだから!!





もう一度、私の腰に強く抱きついた彼が大きく息を吐き出した





「ハァ〜、もうダメだと思った。
 マジでお前に嫌われたと思った。」





「嫌いになんてならないわよ。」





「本当か?」




まただ・・





「本当。」





「ありがとう・・」






「あんた・・今、ありがとうって言った?
 すっごいレア!!
 ねぇ、もう一回言ってみて!」





素直な彼が気持ち悪くて少しからかってみると


一瞬で彼の額には青筋が浮かび上がってくる




「お前、俺をからかってんのか?!」



だって・・







はい、そうです!



なんて・・怖くて言えないけどね!




「ねぇ、携帯の電源切ったんでしょ?
 仕事は大丈夫なの?」






「ああ、大丈夫だ。
 今日は一日オフだから。」





「休んだの?」





「ああ、だけど俺が無理やり休みにしたわけじゃねぇーぞ!
 昨日、帰りがけにババァが今日は休んでいいって言ってきたんだよ!」





「お母様が?」






本当だとしたら変われば変わるものね・・



信じられないんだけど・・





いまいち信用していないのが顔に出ていたのだろうか?



道明寺は心外だという表情を浮かべている





「お前、信用してねぇーだろ?
 まぁ・・俺もあんま信じられねぇけどな。」






「そうだね。けどお母様に頂いたお休みだったら有効的に使わなくっちゃね。」







「そーだな。」






「じゃあ、とりあえず朝ごはん食べない?
 私、朝食食べてる最中だったんだけど、
 あなたもお腹すいてるでしょ?」







「ああ・・」





「じゃあ、部屋行こう!
 ほら!立って!!」







彼の両腕を引っ張って立つように促す






彼を伴って部屋へと戻るとバトラーさんは道明寺の朝食の用意もしてくれていた




彼と共に朝食を食べホテルを出た




私は行き先も告げられないままリムジンに押し込まれる





「ねぇ、どこ行くの?」





「俺んち。
 まぁ、もうすぐお前の家にもなるけどな。」






嬉しそうにそう言った彼の表情が先程までロビーで座り込んでいた時の


表情とはあまりにもかけ離れていて・・





この回復の早さには驚かされる・・・





ほんの一時間前までこの世の終わりみたいな顔してたのに・・





どうやらまだまだ未来は続いているらしい・・





「そ、そう・・で、あなたの家に何しに行くの?」





「お前に会わせたい奴がいるんだよ!」





「会わせたい人?誰?」





「行けば分かる!」




彼は会わせたい人についてそれ以上話すつもりはないようだ・・




誰だろう?



私に会わせたい人って・・




行けば分かるのね・・






「そう。」






短く一言だけ返事を返すと私もそれ以上は彼を追及しなかった



車窓から見えるNYの街並みに目をやりながら



ぼんやりと自分の世界を漂い始めていた・・




道明寺は俺んちって言ってたけど・・




やっぱりあの屋敷よね・・?




あそこには本当にいい思い出はない・・




あのお屋敷だとしたら何だか気が重い・・






そんな事を考えている間も車は順調にマンハッタンを走っていた


ふいに肩に重みを感じて横を向くと・・



私の肩に頭を乗せて道明寺が眠っていた






クスッ・・





思わず笑みが零れる・・





今までとは逆だね






いつも私が寝てたのに・・・





そっと寝顔を覗き込む






長い睫・・



完全に油断しているのだろう




無防備な寝顔・・




やっぱり雛に似てる・・















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