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【157】





会場に入り壁伝いに移動して目立たない場所でぼんやりとしていた




手にはワイングラスを持ってたけど空腹であまり飲むと



すぐに気分悪くなっちゃうから口はつけていない





手持ち無沙汰なのを誤魔化すために持っていただけのワイングラスを弄びながら





グラスの中で揺れるワインを見つめていた私の前に影が出来て驚いて顔を上げた




ゲッ!




気付いた時には遅かった・・





女の私でさえ見惚れてしまうほど綺麗な女性三人に囲まれてしまっている





な、何?





なんだかすご〜く懐かしい光景のような気もするんだけど・・




彼女達の考えている事




彼女達の言いたい事がすぐに分かってしまってうんざりする




私の右横に立っていた女性がまず口火を切った




「あなたどういうおつもりかしら?」





口調は丁寧なんだけど前置きなしのストレートな言葉・・




最初っから友好的に私と会話をする気など無いようだ




だけど・・





どういうおつもり?なんて聞かれたって何が?って感じで





答えなんて見つからない・・




私が何も答えないでいると今度は左から





「あなた、どういうつもりで司に近付いているの?」





近付いてる?




どちらかって言うと近付かれてるって言ったほうが正解なんだけど・・





身に覚えのある光景に英徳時代を思い出す



あの頃の経験があるので彼女達の次の言葉が手に取るように分かってしまう・・





妙に冷静な頭で浅井達に感謝しなきゃね・・




なんて考えていた



私の目の前に立っている女性がこの三人の中でリーダー格のようで




余裕の笑みを浮かべると





「あなた、子供服のデザイナーをなさってるそうね?」





何故か子供服という言葉を強調して話している・・




「はい。」






「司があなたに興味があるのはあなたみたいな人が珍しいからで
 本気で相手にしてるわけじゃないわ。
 司には家柄と地位に見合ったお相手がちゃんといるのよ。
 あなたみたいな方が司の周りでウロウロすると迷惑するのは彼なのよ。」





今まで何度も聞いてきた言葉だったので彼女達の言葉は


それほど気にならなかったんだけど



次に彼女達が発した言葉は許せなかった





「身分の低い方には理解出来ないかもしれないけど
 たかだか子供服のデザイナーって言うだけで
 司の周りをウロウロされるのは目障りなのよ!」





身分が低いとか目障りだとかそんな言葉どうだっていい!




彼女達からすれば私はそんな風にしか見えないのだろうし・・




私だってこんな場所で美作の名前を使おうなんて思っていないし




この世界では何より家柄や時代遅れの身分なんてものが



優先される事も分かっているだけど


たかが子供服のデザイナーだなんて!



この人達に言われる筋合いはない!





私が子供服のデザインを始めたのだって元々は雛の洋服を作りたかったから



彼女に誰も着ていない可愛い洋服を着せてあげたかったから




そんな私の願いを聞き入れて




私のデザイナーとしての道筋をつけてくれたのはあきら





今はまだまだだけど遊び半分でやってるわけじゃないし





間接的にとはいえ私が何より大切に思っている人達まで



この人達にバカにされるいわれはない!





そう思って言い返そうとした時、タイミングよく道明寺の声が聞こえた






「櫻?大丈夫か?」






その声と彼の表情を見た瞬間、



たった今、自分が彼女達の言葉にカッとなって



言い返そうとしていた事を忘れてしまった・・






「だ、大丈夫よ。お話ししてただけだから!」





「本当か?」






疑わしそうな彼に先ほどまで私に向けられていた


敵意むき出しの瞳とは全く違う表情で



彼女達が道明寺に微笑みかけている





「本当ですわ。私達は櫻さんとお話ししてただけですのよ。
 そうですわよね?櫻さん?」





「え、ええ・・」




「本当だろうな?いい加減な事言ってたらただじゃおかねぇーぞ!」




どうして私を脅すわけ・・?




もうヤダ!




とにかく道明寺からも彼女達からも逃げたい!



どうしてほっといてくれないんだろう?




お願いだから私の事はほっといてよ!





リーダー格の女性が道明寺の腕に甘えるように腕をかけたのを合図に



私はその場から逃げ出した














【158】






なんとか輪の中から抜け出して壁伝いに歩いていると



今度は椿お姉さんに声を掛けられた





「櫻ちゃん?大丈夫だった?」






心配そうなお姉さんの表情から今の出来事を見られていたんだろう・・






「はい、大丈夫です。」






お姉さんに心配かけないように笑顔で答えると




それで分かってくれたらしくお姉さんも笑顔を返してくれた






「無理しないでね。」






「はい、大丈夫です。あんなのは英徳の時で慣れてますから。
 それにあの時の方がもっと酷かったですし。」






「そう・・良かったわ・・」







「それより心配なのはあいつの方だと思うんですけど・・?」






「ハァ〜・・そうね。
 でも司も慣れてるだろうから大丈夫だと思うわ。
 自分でなんとかするでしょ。」







さっきの場所では彼がまだ彼女達に取り囲まれていて



彼の顔からすっかり表情が消えてしまっている・・





「司の事はほっといて櫻ちゃんに紹介したい人がいるのよ。
 一緒に来てくれる?」







「はい。」








お姉さんに紹介されたのは



お姉さんのウェディングドレスをデザインしたという




有名ブランドの重鎮デザイナーさんで会った事は無くても




雑誌などでは何度も見た顔と名前






芸術家タイプのデザイナーさんで気難しいと



噂で聞いた事があったのだけど話しをした印象は



そんな感じはしなくて笑顔の素敵な気さくなおじ様って感じ




彼もフランスに居とアトリエを構えている






私もデザイナーをしていると紹介されると



一度アトリエに遊びに来なさいと招待された





私はどういう訳かこの気難しいと評判の彼に気に入られたようで





長い時間二人で話しをしていた





デザインの事やフランスの事





旅行が趣味で仕事などを兼ねて訪れた世界中の都市の事





話し上手でどんどん引き込まれてしまう






アトリエに招待されたのもその時は




その場での社交辞令だと思っていたのだけれど




パーティー後にお姉さんにその話しをすると凄く驚かれた





どうやらアトリエへの招待は本気だったみたいで






後日、私の元へ彼から招待状が送られてくる事となる・・


















【159】






パーティーも何とか無事に終了し、やっと部屋でほっと一息ついていた




窓を開け夜風に当たりながら考えていたのはこれからの事





別にパーティーであの三人組に言われた言葉を気にしているわけじゃない・・





ううん・・気にしてるのかも・・






彼女達が言った言葉






彼女達にしてみれば単なる嫌味で






私を攻撃できればなんでもよかったのかもしれないけれど






だけど・・




その言葉はあまりにも的確で今の私の状況を言い表していた・・






今の私は中途半端で何者にもなれていない・・





7年間、ずっと当たり前のように使ってきた美作の名前にも



あきらの優しさにも慣れすぎてしまっていて





彼女達が私の事をたかが子供服のデザイナーだと笑ったのは




全て私が中途半端で自信が無いせいだ





あきらやお父様方までバカにされているのに何も言い返せない・・






このままじゃダメだ!






長い間、守られることに慣れすぎてしまっていた





今夜の事だってもしかしたら今までだってあったのかもしれない





今までずっとあきらが私を傷つけるもの全てから守ってくれていたから





気付かなかっただけなのかもしれない





もしも・・






このまま道明寺と一緒になったとしても






何も変わらない・・・





あきらが道明寺に変わるだけだ・





それじゃ何も解決しない





まず私自身が変わらなきゃダメなんだ











【160】




まず私自身が変わらなきゃいけない


言葉にするのは簡単だけど
実際に行動に移すのは難しい


パーティー翌日には道明寺と雛の三人で出掛けたディズニーランドでも
一人考えこんでいて上の空だった


パリに帰っても同じような状態で
夜一人になるとずっと考えこんでいた


考え始めると止まらない…


私の悪い癖なんだろうけど止められない


将来の事

雛の事


あきらの事


道明寺の事


明確な答えが何一つだせないまま時間だけが過ぎて行く


今までならこんな時はいつもあきらに話しを聞いて貰っていたけど


今回は自分で答えを見つけなきゃ意味がない


そう思っていたしあきらも記憶が戻ってからは辛抱強く待っていてくれている


私の考えを変える決定的な出来事が立て続けに起こったのはそんな時だった


週末の昼下がりあきらはデンマークに出張に行っていて屋敷には私と雛だけ

学校も仕事もお休みの土曜日を
一日何をして過ごそうかと朝食を食べながら彼女と相談していた時に
花沢類から電話が掛かってきた


花沢類は今フランス国境に近いイタリアにあるぶどう畑に視察に来ているから雛を連れて遊びにおいで。
迎えは寄越したから…と用件だけ告げると私の返事を待たずに電話を切ってしまった


花沢類らしいちゃらしいけど…
少々呆気に取られて電話を切り雛に花沢類が遊びにおいでって言っていると伝えると

彼女は大喜びで朝食を途中でほうり出し自室に駆け戻り
お父様からプレゼントされたお気に入りのワンピースに着替えあっという間に準備万端で
私にも早く着替えろと急かす


雛に急かされ彼女が選んでくれた洋服に着替え終えると
計ったように迎えの車が到着した


車に乗り近くのヘリポートからヘリに乗り換え
あっという間にイタリアの国境を飛び越え花沢類が待つぶどう畑に到着してしまった


出迎えてくれた花沢類と並んで歩くぶどう畑


足元を乾いた風が吹き抜ける


雛は花沢類と一緒に出迎えに出て来てくれた庭師の息子さんとあっという間に仲良くなり
この辺りが一望出来る秘密の場所に連れて行ってあげると言われると
話しているしりから早速二人で駆け出している


駆け出す二人の後を慌てて追い掛けるSPさん達


二人はSPさんに任せて私は花沢類と庭でお茶を楽しむ


向かいあって座る花沢類は自分で呼び出したくせに
眠そうに欠伸をしている


「こんな風に牧野と二人だけで過ごしたいと思ってたんだ」


欠伸しながらそう言った花沢類は最後に
”日本じゃ司やあきらが邪魔して二人だけになれなかったからね”
と付け加えた


特別何か会話をするわけではなく

ただそこに互いの存在を感じているだけの時間


英徳の非常階段で過ごしていたあの時間と似ている


あの頃の私にとっては唯一寛げる大切な時間だった


花沢類は私にもう一度その時間をくれた


翌日にはパリに戻ったけれど
結局、花沢類と特別な事を話したわけじゃなかった


だけど私にとってはかけがえのない時間だった


何かになりたくて…
けど何者にもなれなくて…
ただがむしゃらに毎日を生きていたあの頃の私が過ごしていた時間を体験出来てよかった


無理に変わる必要なんてない

人の目を気にして無理に答えを出す必要なんてない


私は私のままで…


自然体でいればいいんだよと


優しく言われたような気がした








【161】






花沢類と会ってから3ヶ月

あれ以来、私はパリで忙しい日々を過ごしながらも
充実した毎日を送っている


未来の選択はまだ出来ていないけれど
今は焦る事なく子育てと学校に仕事


自分のするべき事を一生懸命こなしている


雛はいい子だし学校もなんとか卒業出来るメドも立ち
仕事の方もロスに出したお店は好評で
アメリカ国内に新たに4店舗をOPENさせる事も決まっている


パリは今、冬真っ只中


緯度が高いパリの寒さは厳しい


クリスマスも過ぎ新年を迎え


やっとパリの街が落ち着きを取り戻し頃


週末の朝早くから雛が私の部屋と自分の部屋を行ったり着たりで落ち着かない


最近のあきらは出張が続いていて
お屋敷には私と雛の二人だけの事が多い


朝早くからソワソワした風で落ち着かない彼女に降参して
睡眠を諦めソワソワの原因を尋ねてみた


「こんなに朝早くからどうしたの?
今日は何かあるの?」


私に何か言いたそうにしていたのに
いざとなると下を向きモジモジと少し言いにくそうにしている彼女


「何かあるなら正直に話してみて」


「あのね…NYに行きたいの…」


「NYに?どうして?」


「NYのパパがお誕生日なんだって、
だから雛ねNYのパパにプレゼント渡したいの」


「そ、そう…だったの…」


道明寺の誕生日…


雛に言われるまですっかり忘れていた


確かに今月末は彼の誕生日よね…


だけど…


「雛?プレゼントを渡したいのは分かったけど
NYって外国なのよ。飛行機に乗って何時間も掛かる遠い所だから郵便屋さんに持って行ってもらうじゃダメかしら?」


「ダメだよ〜!お誕生日だからちゃんとおめでとうって言ってプレゼント渡さなきゃダメなんだもの!」


いつからそんな決まりが出来たのかしら…?


とにかく彼女はNYに行く気満々で


ここで私がダメだなんてはねつけたら
きっと彼女の事だから機嫌が悪くなり
周りの迷惑だとか時差だとか考えずにお父様方に
NYに行けるまで電話を掛けまくるに違いない


周囲に迷惑をかけずになんとかNY行きを諦めてもらう方法ってないかしら?


「あのね雛ちゃん?さっきも言ったけどNYって飛行機に乗って行かなきゃ行けない場所なの。
飛行機だって飛ぶ時間が決まってるから
行きたいと思ってもすぐには行けないの」


「大丈夫だよママ!マリアも飛行機に乗らなきゃダメだって言ったから
飛行機の時間を教えてもらったの!
え〜っとね…」



マリアとは彼女が生まれた時から世話をしてくれているお手伝いさんで
雛はそのマリアにフライト時刻まで調べてもらっていた


え〜っとね…と言いながら雛がポケットから取り出した小さな紙にはパリからNY行きのフライト時刻が書かれていた


「ママ?今からだとこれには乗れると思うの」


そう言いながら彼女が指指したのはお昼過ぎのフライト


確かに乗れるかもしれないけど…


「ねぇ〜ママ〜お願い〜」


こんな時だけ可愛いらしくお願いしてくる雛


だけど…


思いつきでNYなんて無理!


「やっぱりダメよ雛ちゃん」


「ダメじゃないよ!
雛はNYのパパにおめでとうって言いたいの!」


”NYのパパもお誕生日に一人ぼっちじゃ淋しいし
雛がおめでとうって言ってあげたら喜ぶと思うの”


なんて…


おませな言葉を続けられてダメだって言えなくなってしまった


きっと道明寺は雛に会えるならどんな大切な用件だってすっぽかしちゃうだろうし


私だって雛の優しい気持ちに応えてあげたいと思うけど


いきなりNYになんて出かけてしまっていいのかしら…?


せめてあきらにはちゃんと言ってからの方がいいわよね…?


そう考えドイツに出張中のあきらに連絡を入れた


彼は今、視察に出掛ける為にホテルで車を待っている所だと言っていた


私が雛がNYに行きたがっていると伝えると雛に代わってくれと言われ
彼女に電話を手渡すと雛は必死であきらにどうしてもNYに行きたいと訴えている


電話の向こうのあきらは日を改めてちゃんと準備をしてからと諭しているようだったけれど


思いついたら自分の意見を絶対に変えない頑固者の雛に押し切られてしまったようで


雛から電話を代わると飛行機のチケットとホテルの手配はこちらでしておくから準備して急いで空港に向かうように言われた


「忙しいのにごめんね」


「いいや、大丈夫だよ。
それより雛と楽しんでおいで」


「分かった」


「気をつけてな」


「うん、ありがとう」



こうして雛のご希望通り急遽NY行きが決まってしまった


けど飛行機やホテルの手配はあきらがしてくれたけれど
肝心の道明寺には何も言っていない


出掛け際に道明寺に行く事だけでも伝えようとすると横から雛が

”内緒で行ってびっくりさせるから電話しちゃダメ!”


と私から携帯を引ったくってしまった


結局、NYに着くまで雛が携帯を返してくれなくて

道明寺に連絡出来ないままNYに来てしまった…




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