【14】





翌日からも俺はちゃんと大学に行き


怪しまれないように注意しながら、


なるべく普段どおりの生活を心がけていた



幸い類達はまだ牧野の事には気付いていない




だけど授業中でも食事中でもいつでも頭の中にあるのは牧野の事ばかり





最近の俺は司の顔を…いや司と同じ空間にいるだけで胸がムカつく



いっこうに見えてこない解決策にイライラだけが募っていく・・・・







そんな俺を見て総二郎が少し眉を顰めて




大げさな動きで俺の肩に腕を回し顔を覗きこんでくる






「どうしたんだ、あきら?欲求不満か?」







その能天気な問いかけに思わずキレそうになるのをグッと堪えて平静を装う。





「いや、どうしてだ?」





「何か、お前最近イライラしてるみたいだからよー。
 マダムと上手く行ってねぇーのかなぁ〜って思ってよ。」





「別にイライラなんてしてねぇよ。」





「そうか?だったらいいんだけどよ〜。なぁ、今夜クラブでも行かねぇーか?
 お前、最近全然顔出してないだろ?たまには付き合えよ!」






「ああ、そうだな。」






クラブ?そんな気分じゃナイ!今だって一刻も早く家に帰りたい気分なのに…



つい1週間程前まで3日とあけずに通っていた



俺にとって居心地の良かった空間も今では何の魅力も感じない…




自分がその場所でどんな風に振舞っていたのかさえもよく分らなくなっていた。








数日がたち牧野は食欲も徐々に戻り始め顔色も良くなっていていたが、






悪阻がきつくなり始めまだ一日の大半をベッドの中で過ごす生活だった









牧野が意識を取り戻してから一週間後



精神状態も安定してきた頃を見計らって



今野医師に紹介された病院に連れて行った








牧野の記憶は相変わらず戻らないままだったが検査の結果、




脳波などには異常は見られず、




精神的なストレスからくる記憶障害だと診断された







診察した医師が俺に告げた言葉




≪牧野さんの記憶が戻るという保証はありません。ですがこの様な患者さんで
 何年か後に突然記憶が戻ったという例もありますので
 焦らずにゆっくりとがんばってください。≫


≪それから絶対にムリに思い出そうとはしないでください。
 妊娠中は精神的にも不安定になりがちですから充分注意してあげてください。≫









牧野の記憶が戻る保証は無い・・・・



確かにそうだ、現に司はまだ牧野の事を思い出していない






だとしたらどうすればいい・・?



牧野が安全に子供を産み育てられる環境にするには・・





どうすればいいんだ?








もし、司のお袋さんが牧野が記憶喪失で司の子供を出産したと知ったら、どうする?




おそらく彼女は牧野から子供を取り上げようとするだろう



道明寺家のそれも司の血を引く子供をあのお袋さんがほおっておくわけがない





だけど、そんな事は絶対に阻止しなければならない。







だったらもう俺がやるべき事は一つしかない







牧野が安心して子供を育てていける環境にするには。







この時点で俺は覚悟を決めた






だけど俺一人の力では無理だ・・


受話器を取りパリに電話をする





「もしもし、あきらです。」







『ああ、どうしたんだ?何かあったのか?』







「はい、ご相談したい事がありますのでお時間を作っていただけないでしょうか?」






『それは構わないが、お前はこっちに来れるのか?』






「はい。」






『そうか。では予定を確認して折り返し連絡する。いいか。』





「分かりました。それではお待ちしております。」






そう言って電話を切った




電話の相手は俺の父親・・・




親父からは1時間ほどで電話が掛かってきた




俺は週末にパリの親父に会いに行く











【15】







パリ シャルル・ド・ゴール空港





到着ゲートから出ると、親父の秘書が迎えにきていた








「あきら様、お待ちいたしておりました。お疲れのところ申し訳ありませんが。
 社長がお待ちですので、ご案内いたします。」







言葉使いは丁寧だが有無を言わせない口調の秘書に大人しく着いて行く







「ああ…」








出迎えのリムジンに乗り込むと車はすぐに走り始めた




向かう先はどうやら親父のオフィスでも屋敷でもないらしい







何処に行くんだ…?






リムジンが向かった先はパリ市内から約20kmほど郊外にあるシャトーだった





門を入り10分程行った所でやっと建物が見えてきた





リムジンが車寄せに止まり、秘書に続いて車を降りると







「あきら様、社長は中でお待ちです。」






秘書はそう一言だけ言い残し、再び車に乗り込み行ってしまった







建物を見上げながら初めて訪れたこの場所に圧倒される







ここどこだ・・?







戸惑いながらもドアの前に立つとはかったように中から扉が開き初老の男性が出てきた






「美作あきら様でございますね。お待ちいたしておりました。」






うやうやしく一礼したその男は、






「私は、このシャトーで執事を任されております、袴田と申します。よろしくお願いいたします。
 どうぞ、中へお入りください。皆様方がお待ちでございます。」









そう促されて建物の中に入ると、



そこは幼い頃より豪華な物を見慣れているあきらでさえ息を呑む空間が広がっていた





玄関だけで舞踏会が開けるんじゃないかと思うほどのスペースと



吹き抜けの天井に吊るされているシャンデリア、


壁を埋め尽くしている絵画や調度品は美術館などに




展示されてておかしくないような物ばかりだった









一体、ここは何なんだ・・?





今、皆様って言ったよな・・?




親父、一人じゃないのか・・?



どうなってんだよいったい・・?







あきらの頭の中に浮かび上がってくる数々の疑問







袴田と名乗った男の後について行くとひときわ大きなドアの前で立ち止まり









「皆様はこちらのお部屋でお待ちでございます。」







とだけ言って立ち去ってしまった







「ハァ〜、一体どうなってんだよ!
 この中で誰が待ってるっていうんだ?」






思わず声に出して言ってみたところで誰もその問いに答えてくれる人間はいない





しばらく躊躇していたが意を決しドアをノックする









中からは




「入れ。」




という一声だけが聞こえてきた








恐る恐るドアを開け一歩中に入ると俺は自分の目に飛び込んできた光景に



ドアの側で一歩踏み出しかけた右足は空中で止まり固まってしまった







中いた人物は全部で四人、全て男性で共に上品な身なりをしている





あきらは今、中にいた四人の視線を一身に受けている




体中から一気に汗が吹き出てくる緊張感に包まれる











『えっ・・・・・・!?』











今、自分の目に映っている光景が信じられない・・・




だってこの四人は・・・・




一人は自分の父親・・・・・・・・美作 洋介



後の三人はそれぞれ司の父親・・・道明寺 誠



そして類の父親・・・・・・・・・花沢 彰彦




最後が総次郎の父親・・・・・・・西門 輝元










F4の父親







自分の父親でさえ数ヶ月ぶりに会うのに…




他の三人に至っては数年に一度、パーティーなどで顔を合わせる程度で・・




一度に四人集まっている所など見た事が無かった。





四人とも表情はそれぞれだがさすがと云うか何と云うか・・・




居るだけで圧倒される存在感・・・





この時点で俺の頭は完全に正常な思考能力を欠いていた











【16】







「あきら、遅かったな。」





親父の声で我に返る









「あっ、はい。お待たせして申し訳ありません。」






なんとか足を前に進め部屋の中程まで入っていき頭を下げた







そして、他の3人にも向き直りそれぞれに挨拶をして空いていたイスに腰を降ろした







自分が何のためにパリまで来たのか忘れそうになる・・・



頭の中は真っ白で口の中はからからに渇いている



言うべき言葉が見つからない





思っても見なかった状況に





「お父さん、一体どういう事でしょうか?」






そう言葉を絞りだすのが精一杯。






「まぁ そう、焦るな。どうだ、お前も一杯飲むか?」







「は、はい、いただきます。」






先ほどから他の3人は黙ったまま




少しイジワルそうな表情であきらの顔を見ている





勧められたワインを一口飲み、少し落ち着くと




最初に口を開いたのは司の親父だった






「あきらくん、いろいろと迷惑をかけたね。すまなかった。」





そう言って俺に頭を下げた









俺は慌てて立ち上がり頭を下げたが、







本当、どうなってんだ?











「あの、どういうことでしょうか?もしかして、みなさんは・・・」






「ハハハハッ、そうだよ、今日ここに4人で集まったのは、つくしさんの事を話すためだ。」






「へっ・・?」





思わずマヌケな声が出てしまい慌てて右手で口を押さえた






「ハハハハ、そんなに驚かないでくれるかね、あきら君。
 私達はもうずいぶん前から牧野つくしさんのファンなんだがね。」






総二郎の親父が俺にウインクしながら話している・・・







「ファ、ファン・・です・か・・?」







「そうだ、だから今回このような事態になってしまって私達4人で話し合ったんだがね。」






「話し合った・・?何を・・でしょうか?」








道明寺財閥の総裁で司の親父・・・


数えるほどしか会った事の無いしこのように面と向かって話をするのも久し振りだった。




数年前に会った頃より少し老けてはいるが、


それでも鼻筋の通った精悍な顔付きと力強い瞳、



そして司にそっくりな低くてよく通る声




この人にはこの世に不可能など無いと思わせる存在感







この人たちの前だと自分がいかに小さく幼いガキなのかと言う事がよく分かる







「まず、確認したい事があるんだが、
 つくしさんのお腹の子供は司の子供で間違いないんだな。」






「はい、間違いないと思います。」






「そうか、だとしたら私はおじいちゃんになるんだな。」






予想外の笑顔が返ってきて思わず仰け反りそうになる体をなんとか押し留める







「そうですが、牧野は子供の父親が誰なのかも覚えていません。」










「そこでだ私達四人でつくしさんの今後の事を話し合ったんだがね。
 それにこれはお前にも関係のある事だからよく聞くように。」






親父は有無を言わせない口調だった




親父達の中ではすでに答えは決まっているらしい




牧野のファンだと言った親父達は牧野をどうするつもりなのだろうか?




一抹の不安は感じるがだからと言って俺一人の力ではどうする事も出来ない




ここは黙って親父達に従うしかないのか…?







返事の代わりに真っ直ぐに親父の瞳を見た














【17】







静かに親父が話し始めた内容についていけない・・・








「まず、つくしさんには美作家の養女になってもらう。つまりお前の妹になるわけだ。
 そしてここにいるお三方に後見人になっていただく。
 それからお前には高校を卒業後はパリの大学に通うこと、もちろん彼女も一緒だ。
 お前は彼女と一緒にパリで生活をする。出産もパリでしてもらう。」







あまりの展開に言葉が出ない・・・



黙ったままの俺を無視して話は続けられる・・・





「もちろんつくしさんの意思を尊重しなければならないが、
 今の彼女の状態を考えると是非、そうして欲しいと思っている。」






なんの反応を示さない俺に親父は少し呆れた表情でこちらを見ている



なにか言わなければと思うのだが、俺の頭の中は親父の言葉を反芻するのが



精一杯で返事など出てこない








「いいか。続けるぞ、つくしさんの情報はしばらく私達で伏せさせてもらうよ。
 だからお前も類君たちには黙っているように。分かったな。絶対に悟られるなよ。
 最後につくしさんのご両親の事だが、すでに養子縁組の了承はとってある、
 そしてご両親には広島にある子会社の社員寮の住み込みの管理人として
 働いてもらうことになったからそのつもりで。」








「後はお前が日本に帰り、つくしさんを説得するだけだ。」






親父の話しが終わり、




「・・・わ、分かりました。」





・・・そう言うのが精一杯だった。







俺の頭の中にはますます?マークだらけだ・・・





聞きたいことは山ほどある・・・だが何から聞いていいのか見当も付かない





だけど、今ここである程度の疑問を解決しておかなければ今後、



このような機会はないだろうし何より自分自身が納得できない







「お話は分かりました。ですが皆さんはどうして牧野の為にここまでされるのですか?」





俺の精一杯の質問も表情に何の変化もないままの親父に即答される・・







「最初に言っただろ。私達はつくしさんのファンだって。」







「はぁ〜それはお聞きしましたが・・・ですが・・・」






そんな答えで納得出来るわけがない!




ファンだからというだけで俺が本当に納得すると思ってるのか?




それとも親父達ははなっから俺を納得させようなんて考えていないのか?




どちらにしても親父達が牧野に対してここまでするなんて思ってもみなかった








「どうした、納得できないのかね?」





いまいち納得しきれていない俺に今度は司の親父が口を開く








「じゃぁ、こう言えばどうかね?つくしさんのお腹の子供は司の子供だろ?
 だったら私はおじいちゃんという事になる。
 自分の孫の事を大切に思ってもおかしくないだろ?」








「はぁ〜・・・?!」





もう間抜けな返事しか出てこない・・・・









「あきら君、もし司の記憶が無くなっていなかったとしたら、司はどうしたと思う?」







「きっと何に変えても守ろうとしたと思います。」







「そうだろ、それに君たちはどうかね?」







「同じです。俺たちの何に変えても牧野と子供を守ってみせます。」







これだけははっきりと自信を持って言える




今回はたまたま牧野を見つけたのが俺だっただけで、



もしこれが総二郎でも類でも同じ事をしただろう





牧野はそれ程、俺達にとって大切な仲間なのだから







親父達は俺の返事に満足したようにうなずいている










「そうだろう。だから、それを君達の代わりに私達がやろうと言っているだけだよ。」





「彼女は息子達を変えてくれた恩人だからね。」








「恩人ですか・・?」








「そうだ、それに共犯者は多いほうが楽しいだろ。」






俺の親父が笑っている・・







「はぁ・・?共犯者・・ですか。」








共犯者という表現はいささか大げさな気もするが親父達は何だか楽しそうだ・・




こうなってしまった状況を楽しんでいるようにも見える・・







「先ほど牧野の情報は伏せるとおっしゃいましたが・・
 牧野の記憶も司の記憶も戻るという保証は何もありませんが?」








そんな事も全て想定内というように親父の口からは淀みなく答えが返ってくる






「そうだな。そうなった場合は頃合を見計らって、私の娘として世間に公表するよ。」








「牧野の子供はどうなるのでしょうか?」









「もし男の子だった場合はそれなりの教育を受けさせて、
 将来は自分で選択させればいい、女の子だった場合はしかるべき嫁ぎ先を私達で見つけて
 家からお嫁にやることになるだろうな。」







「大丈夫だよ、あきら君、つくしさんを悪いようにはしないから。」






そう言ったのはずっと黙っていた類の親父だった。







「分かりました。そう言うことでしたら日本に帰って牧野を説得してみます。」






「よろしく頼むよ。君にも辛い思いをさせて悪かったね。」






「いいえ。自分で決めた事ですから。」






「そうと決まればお前はさっそく日本に帰って準備をしなさい。」






「はっ…今からですか?ですが、もう日本行きの便は無いと思いますが。」







「それなら心配無いよ、チャーター機を用意してある。」










「・・分かりました。それでは失礼します。」






一礼して部屋を出ると玄関にはリムジンが用意されていて、




乗り込むとすぐに車が発車する。




俺が何も言わなくても行き先は分かっているようだった





ったく・・何から何まで・・






パリ滞在時間約4時間、とんぼ返りする羽目になるとはおもってもいなかった













【18】







飛行機の中でもあきらは考え続けていた






俺がパリの父親に会いに来た理由は、もちろん牧野の事だったが




牧野の後見人になって欲しいという事と、



無事に出産するまで家で預かることを了承して欲しいという事だけだった






それが、パリに着いてみると、そこには親父だけでなく他の三人まで同席していて、






牧野が俺の妹になり後見人があの三人でパリで生活をする、





おまけに牧野の両親の仕事まで、遥かに俺の想像の域を越えてしまった








だが今回分かった事がいくつかある




普段俺達は父親との接触はあまり無いが





父親たちはそれぞれ自分の息子達の事を理解してくれていたという事と、





司の父親と母親の意見が必ずしも同じでないという事





牧野の事は司の親父が引き取ると言えばそれでOKだっただろうが



彼はそうしなかった





恐らくそれは牧野の事を考えての事だろう





肝心な司が牧野の事を思い出していない以上





あの家で牧野を守る事は不可能だから




牧野は子供を取り上げられ保護という名目の元




飼い殺しにされるのがおちなのだから







だからこそ親父達は美作家で引き取る事を決めたのだろう






だが、このまま記憶が戻らないまま子供が成人してしまった場合、




子供は戸籍上は美作家の人間だが血縁上は道明寺だ。





もし男の子だった場合、司に他に子供がいなかったとしたら跡取という事になる・・




将来の選択は本人に任せると言っていたが、




結局は美作家か道明寺家というだけだろう・・?



どっちにしてもややこしい運命を背負って産まれてくる事になるな










だが、そんな先の事よりも取りあえずは今だ






牧野が失踪した事が類達に知れるのは時間の問題だろうから






親父達の言いつけ通りなんとしても牧野の事は隠し通さなければならない。








特に牧野に惚れている類には要注意だな





あいつ、牧野に関しては異常に鋭いからな







俺がパリに留学することも直前まで隠しておいた方がいいな・・









とにかく日本に帰って牧野を説得するのが先決だな







牧野にとってはこれが一番いいのかもしれない



安心して子供を産み育てられる環境





類達に内緒にしておく理由は分からないが




だが今は親父達の指示に従うしかない





思いがけず俺の人生が動き始めた







もう後戻りは出来ない





あの時俺は何があっても牧野を守ると決めたのだから








俺は日本に戻り三日かけて牧野と話し合った




最初、牧野は俺の話しに驚いていたが両親が了承している事と





何も覚えていない上に妊娠している事などを考えたのか最終的にはOKしてくれた












そして牧野が俺の妹になったのを機に



つくしから櫻へと改名し、彼女は美作 櫻(さくら)になった






同時に英徳学園には牧野つくしの退学届けが出され、




牧野の家族も弟を連れて広島へと引っ越して行った











こうして、牧野つくしは完全に類達の前から姿を消した








退学届けが出された事を類達が知ることになったのはすぐだった




青い顔してカフェに飛び込んできた和也が俺達に




”つくしちゃんの退学届けが出された〜”





と掴みかかってきた




一番に行動を起こしたのは類




理事長室に駆け込むと理事長の胸倉を掴みながら牧野の退学届けが出された経緯を聞いていた




絞め殺さんばかりのその勢いに後ろから総二郎が慌てて類を理事長から引き離した






「類!止めろ!!」









引き離された類は口ごもる理事長を睨みつけると何も言わず理事長室から出て行ってしまった




そんな類を総二郎と俺は慌てて後を追う





類の行き先の見当はついていた




恐らく牧野のアパートに向かっているのだろう・・




総二郎と共に少し遅れて牧野のアパートに着くと、




牧野の部屋のドアは開いていて、




中で類が呆然と座り込んでいた






牧野のアパートは数日前に引き払われていた。





引越しと言っても大した荷物は無かったが牧野の洋服などは牧野の両親が引き取り、



司から貰ったであろう土星のネックレスだけは俺が少しでも思い出すきっかけになればと




”大切にしていた物だから”と牧野に渡していた







座り込んだままの類を総二郎が立ち上がらせると類はその手を払いのけ、




何も言わず車に乗り込み帰って行ってしまった






それから数日、類は部屋に篭ったきり一度も出てこなかった





何日も部屋から出てこない類を




無理矢理ベッドから引き剥がし学校へと連れてきたのは総二郎だった







滋は早速、大河原家の情報網を使って牧野の行方を捜し始めたが



だが牧野の行方はいっこうに判明しない



それどころか両親や弟の手がかりすら掴めない






俺は類を総二郎に任せ、もっぱら滋と桜子の日に日に激しくなるヒステリーに付き合い





二人を宥めつつ牧野の行方を捜すフリをしていた






牧野の情報は親父達が抑えている以上、





いくら大河原家の力でも何も見つかるはずはなかった






それに司は相変わらず牧野の記憶がなく、




類達が必死で牧野を探している間も特に気にしている様子は見られなかった





俺は・・・俺は類達を裏切っている罪悪感はあったが、それでも牧野を探すフリをしていただけ







牧野の体力も戻り始め安定期に入り医師からパリへ行くOKが出たのは卒業式直前だった





後は俺の卒業式を待って二人でパリに行く









新しい人生が始まる















この選択が正しかったのかは今は分からない






だが、この状況ではこうするのが一番の方法だと思っていた


















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