【27】





櫻の写真の勉強をしたいという願いはあっさりと聞き入れられ、


現在、高校3年生からやり直している



過保護な親父達が櫻の為に選んだ学校は屋敷から車で10分程の距離にあり、




緑豊かで環境が良く、学力はもちろんだが上流階級の子女が多く通っているため




マナーや立ち振る舞いにも厳しい、私立のお嬢様学校だった








学校に通い始めた当初は心配していたが今は、結構楽しく通っている







櫻はあっさり一年で高校を卒業し難関を突破し、国立の芸術大学に合格してしまった





やっぱり、こいつはただ者じゃナイ・・








言うまでもないが親父4人組はそれぞれが櫻にカメラをプレゼントしていた




それも何台も、そして屋敷の一角を改造し



櫻の為に撮影スタジオまで作ってしまった






雛が産まれてから毎月のように屋敷は改造されている・・・







最初はヨチヨチ歩きを始めた雛のために屋敷中の角という角が


全てぶつかっても怪我をしないようにと丸くなり、



その後は砂場にブランコ、動物の形をした乗り物etc...




今や屋敷は原形を留めていない・・日本の屋敷はお袋の少女趣味で統一されているが、



ここは雛が中心・・来月にはメリーゴーランドが出来るらしい・・が、



あんなもん何処に行けば買えるんだ??




ったく・・親父達は雛が口にした事は全て叶えてしまうつもりだろうか?






完成したスタジオを見た櫻が俺に言ったのは







「後、ここに足りない物は私の技術だけね・・」





ため息まじりにつぶやいている






「ハハハハ・・確かに、そうだな・・」





「でも、こんなに応援してもらってるんだからがんばらなきゃね!」







「そうだな、がんばれ。」








その後、俺はそのまま大学院へ、櫻も大学へ、




そして現在5歳の雛は3歳になった頃から幼稚園に通っている




俺も櫻も、雛が幼稚園に通い始めた当初はどうなる事かと心配していたが、



今では結構気に入っているのか




我が家のお姫様は毎日ご機嫌で幼稚園に通っている








俺も大学院に進んだ頃から本格的に親父の仕事の手伝いを始めていた。




櫻は大学ではカメラだけでなく絵画やデッサン・陶芸やCGとありとあらゆる分野に挑戦し始め



まるで無くしてしまった時間を取り戻すかのように知識を吸収し始めていた




そして、櫻が意外な才能を発揮しはじめたのはデザインの分野だった









【28】








最初は単なる思い付きだった、俺は久しぶりの休日を櫻とのんびり過ごしていた



雛は司の親父さんがどこかに連れ出している




まったく、相変わらずだ・・







二人で庭のテラスでお茶を飲んでいる時に、






「ねぇ あきら、うちの会社ってデザイナーさんているわよね?」





「ああ、いるけど。それがどうしたんだ?」






「ん〜あのね、私、雛のお洋服デザインしてみたんだけど・・
 それをお洋服に仕立てるのって難しいのよね・・
 どうすればいいのか分からないから作ってもらう事ってできないかなぁって思って。」








「お前がデザインしたのか?」







「そうだよ。結構イケてると思うんだけど、お洋服に仕立てるのって型紙をおこしたりとか
 いろいろあるじゃない?それに私、ミシンて苦手なのよね・・だからダメかな?」






「そのデザインって今、あるのか?
 とりあえず見せてくれよ。」






「いいわよ、取ってくるから待ってて。」







嬉しそうに部屋を出て行く櫻を見送りながら、



その時まで俺は大したことないだろうと思っていた





でも櫻が、雛の為にデザインしたものならば




出来る限りそれを形にしてやりたいと思っていただけだった…







しばらくして櫻が何冊かのスケッチブックを持って戻ってきた







「はい、これなんだけど、見てくれる。」





そう言って俺に持ってきたスケッチブックの1冊を手渡した。







何気なくそのスケッチブックを開いて中を見始めたが




すぐに・・・






「オイ!櫻!」






「・・何よ!急に大きな声出して・・・どうしたの?」






「これ、本当にお前一人で書いたのか?」






「・・そうだけど・・それがどうかしたの?」






「・・あ、いや・・・そっちのも見せてくれ。」





「いいわよ。」






俺の言葉に櫻は不思議そうな顔で



自分が持っていたスケッチブックを全てこちらに手渡した








中に描かれていたデザイン画は子供服とそれとお揃いの婦人服もあった




それらはどれも完成度が高く、俺の予想以上の物が並んでいた







その時俺が思ったことは、




これは、いけるかもしれない・・










美作商事にも繊維部門があり。



オリジナルブランドをいくつか展開している



ターゲットは主に20代〜30代の働く女性だった






最近ではファミリー層にターゲットを絞ったブランドも展開をしているが、




少子化などの影響もあり業績はおもわしくなく




打開策を模索している最中だった






だが、櫻の描いたデザインはまさに俺が探していた打開策そのものだったのだ



今は価格の設定を少し高くしてもいい物は売れる




この櫻のデザインで品質の良いものを展開していけばいけるかもしれない…





今夜にでも親父に見せてみるか・・・







「櫻、これ少し俺が預かっておいても構わないか?」







「いいけど、どうするの?」






「うん、ちょっといろんな人の意見も聞いてみたいなって思ったんだ。」







「そう、何だか良く分からないけどいいわよ。」




櫻は少し首をかしげながら俺を見ている









【29】









その夜、俺は親父に櫻のスケッチブックを見せた



親父が興味を示したのは言うまでも無い







「これは本当に櫻が一人で描いたものなんだな?」






「はい、櫻に確認しましたし、櫻が嘘をつくとは考えられません。」







「そうか・・で、お前はこれをどうしたいんだ?」






「出来れば櫻を当社のデザイナーに採用したいと思っていますが、
 いかがでしょうか?」






「お前はそれがどういう事か分かっているのか?」







「はい、分かっているつもりです。ですが、私は櫻の才能に掛けてみたいんです。
 私が責任を持ってバックアップします。」







「櫻をデザイナーにするという事は、世間に櫻の存在が知れる事にもなるんだぞ。
 もし櫻の事が公になればいずれ雛の事も知られるだろうし、
 櫻の過去も詮索されるかもしれない。そうなった場合、お前はどうするつもりだ?」







親父の言うとおりかもしれない、もし櫻がデザイナーとして成功すれば


その存在を隠し通すことは難しくなるだろうし顔も世間に知られてしまう






だが、俺には考えがあった




櫻が記憶を無くしてもうすぐ6年になるがいまだに何も思い出せていない



櫻は口に出しては言わないが、思い出したいと思っているのは明らかだ




いつも身近で櫻を感じているあきらにはそれが痛い程分かっていた



牧野は本来、活動的で働く事が好きな女性だった



だから社会に出て働く事でそれがいい刺激になればと思っている








「そうならないように私が責任を持ちたいと思っています。
 お許しいただけないでしょうか。」








「お前の考えは分かった。だがな、櫻と雛の事はやはり私の一存では決められないのだ。
 私個人の意見としては櫻が社会に出て働く事はいい事だと思うがね。
 それにもう6年だ。そろそろ私達もお前も覚悟を決める時が来たのかもしれないな。」








親父達も櫻の書いたデザイン画を見て、櫻をデザイナーにという俺の意見に賛成してくれたようだった。


社内では早速、デザイン部門の人間が召集され、



櫻のデザイン画についてのミーティングが執り行われた、


その結果、櫻は芸術大学の学生のままデザイン部門のデザイナーとして働くことになった





櫻は当初、デザイナーの仕事をする事に戸惑っていた。






「ねぇ、絶対にムリだよ!デザイナーなんて出来るわけないでしょ!」







「どうして?そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろ?」







「だって、私はただ雛の為にかわいい洋服を作ってあげたいって思っただけなのに、
 それがどうしてデザイナーって話になるのよ。」









「お前が雛の為にって考えたものだからこそ愛情がこもってて、
 そのやさしさが洋服を通して人に伝わるんだと思ってるけど。」







「・・本当にそう思ってる?」







「思ってるよ。出来るよ櫻なら。
 俺がついてるから一度挑戦してみないか?」







「挑戦・・か、う〜ん・・それもいいかもね。分かった・・がんばってみる。」







「そうだ、がんばれ 櫻。」







こうして、デザイナー 美作櫻が誕生した。






櫻の雛を思う気持ちが新しい人生の扉を押し開いた











【30】








櫻がデザイナーとしてスタートを切ってから半年ほど経った






仕事を始めてすぐの時は社内の人間の櫻を見る目には厳しい物もあったけど



それも元来の性格の良さと根性で乗り切っていた





身内という贔屓目で見ても櫻は本当によくやっていた





試験的に発表した櫻デザインの子供服は予想以上の反響があり新たに






『sakura』






というブランド名で展開していく事が正式に決まった






こうなると俺も櫻も学校どころか休日もないほどの忙しさで、




しばらくは仕事に没頭していた









結局、俺はパリに来てから一度も日本に帰っていない




何度か類と総二朗がパリまで会いに来てくれたが、





NYに居る司とはプロムで別れたあと一度も話してなかった








総二郎からは定期的に連絡はあるが話の内容はいつも櫻の事で、



司も類も必死で行方を探しているようだった





俺は心に罪悪感を抱きながらも櫻と雛の居るパリでの生活が当たり前になっていた





そんな中で一つ問題がおこった






事の始まりは類から掛かってきた電話だった








『あきら?』





「類か?どうしたんだ?お前が電話してくるなんて珍しいな。」







『うん。昨日、静から連絡があったんだけど。
 静がパリで牧野らしい女性を見かけたらしいんだ・・』








「・・えっ・・・・・!?」








静に見られた・・・・?







「静が見たのって本当に牧野だったのか?
 パリのどこら辺で見かけたんだ?」







『静も一瞬だったけどとにかく似てたって、
 道の向こう側だったから声は掛けられなかったみたいだけど。
 場所があきらの会社の近くみたいなんだ。』







会社の近く・・・だったら恐らく静が見たのは櫻に間違いないだろう・・・・








「・・・そうか・・・パリで・・・
 で、司には話したのか?」








『まだだよ、静が見たのが牧野だっていう確証は無いしね。
 司に話したらあいつすぐにでもパリに行って探し回るだろうし。
 そんな闇雲に探しても見つからないだろうしね・・だからまずあきらに電話したんだ。』









「そうか、分かったよ。俺の方でも調べてみるよ。」






『頼むね。』







「ああ、ところでみんな元気か?」







『元気だよ。あきらも一度帰ってくれば?
 みんな会いたがってるよ。』







「そうだな。俺もみんなに会いたいよ。近いうちに時間作って帰るよ。」







みんなに会いたいという気持ちは本心だ・・・・







「なぁ、類?司の様子はどうだ?あいつ、大丈夫なのか?」










『司は相変わらずNYで忙しいみたいだけど、元気だよ。
 でも、牧野の事かなり限界かもしれない。』








「・・限界?」







『うん、牧野を探してる事は間違いないし、今でも気持ちは変わってないけど、
 全然笑わなくなったし、いつも辛そうな顔してる。』








「・・そうか・・」







『それにね俺たちがこれだけ探してるのに、何の情報も無いのっておかしい気がするんだ。
 司もおかしいと思ってるみたいで。誰かが意図的に牧野の情報を隠してるんじゃないかって・・・』









「そうだな・・分かった、俺もそれを考慮して調べてみるよ・・」





『待ってる。じゃぁ牧野の事よろしくね。』






「ああ、分かった。じゃぁな。」








類からの電話を切ると背中に冷や汗が流れている事に気づいた





一気に現実の世界に引き戻される









どうする・・・?




このまま何も分からなかった事にしておこうか・・





それであいつらが納得するだろうか?





やっと見つけた小さな手がかりを追って




あいつらがパリに来たら俺はごまかしきれるだろうか・・・・?




自信はナイ・・・





それに櫻の事は俺の一存では決められない・・







仕方がない・・・・・俺は親父の元へ






社長室へと向かった
















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