翌朝、俺は寒さではなく衝撃で目が覚めた





頭ん中に響き渡る覚えのあるゴツンという衝撃







「イテェ〜!なにすんだよ!?」






「うそつき!」





「なにがだよ?!」






「何もしないって言ったのに!」







「それはあの時の事だろ?!
 夕べは言ってねぇーぞ!」







何も身に着けていない身体を毛布で隠しながら怒っている妻・・







夕べは二人で暖炉の前で身を寄せ合いながら妻が持ってきていたワインとチーズで





何時間も飽きることなく話しをしていた・・・





話しをしていたのは確かだけど・・





それだけのわけねぇーだろ!?





ワインでほんのりと色づいた頬と潤んだ瞳で見つめられて




我慢できるほど人間出来てねぇーんだよ!





「お前だって楽しんでたじゃねぇーかよ!」






「楽しんでねぇーよ!バ〜カ!」






朝っぱらからムカつくな・・この女





もう一回襲うぞ!






その後は"私の綺麗な思い出を汚した〜!"だとか




あれこれと難癖をつける妻をスノーモービルの後ろに縛り付けて



早々に別荘へと戻ってきた







夜にはNYへ戻る予定になっているので





今日、一日ぐらいはのんびりと過ご・・





したい・・





俺のそんな希望なんて叶えられるはずもなく





朝食を食べたすぐ後に妻によってスノーボードに連れ出され昼食抜きで遊んでいた




妻と二人っきり・・





ほかに人影の見えないプライベートゲレンデでガキみたいに





笑い転げながら遊ぶのは日頃のストレスから解放されて楽しい





だけど一つだけ気に入らない事がある!





前は全く滑れなくて転んでばっかりだった妻が





今では完璧にボードを操りゲレンデを華麗に滑っている






妻は元々、運動神経は悪くない






ただ貧乏だったから金のかかる遊びをした事が無かっただけで






呑み込みも早いからある程度やればすぐにコツを掴み





滑れるようにはなるだろうけど・・







誰に教えてもらったんだよ!?









別荘に戻り濡れたウェアを暖炉の前で乾かしながらコーヒーを飲みながらも




妻にボードを教えた奴の事を考え悶々としていると







妻が俺の顔を覗き込んできた







「ねぇ?疲れたの?」





「ん?なんでだよ?」






「だって・・さっきからず〜っと機嫌悪いから・・」







当たりめぇーだろーが!?








「悪くねぇーよ!」






言い方でバレバレだとも思うんだけど・・・







「悪いじゃん!」






「うるせぇーよ!」






「ふ〜ん・・なんでもいいけど・・・」






怒っている俺に何を言っても無駄だと思っているのか




それ以上深く追求してこない妻の言葉にキレてしまった・・







「どうでもいいってどういう事だよ!?
 お前は俺の事どうでもいいって思ってんのか?!」








完全な言いがかりだって事は分かっているけど止められない・・






「何よ?いきなり!?
 そんな事、思ってないわよ!」






「じゃあ何で俺様の機嫌の悪い原因を聞かねぇーんだよ!?」







「聞いて欲しいの?」






「うるせぇーよ!?普通は気になって聞くだろーが!?」







「ふ〜ん・・」





ムカつくな!






「じゃあ聞くけど、何で機嫌悪いわけ?」






「なんでもねぇーよ!!」





自分で振っといてこの答えもどうかと思うけどよ・・




だからってグーで思いっきり殴ることねぇーだろ!?







「人が質問してるんだからちゃんと答えなさいよ!!」






「イテェ〜な!だからってグーで殴んな!暴力女!!」






「いちいち五月蝿いわね!さっさと答えなさいよ!
 もう一回殴るわよ!」







"殴るわよ!"の言葉と同時に殴ってんじゃねぇーかよ!






「分かったよ!答えるからいちいち殴るな!」





まだ拳を握り締め殴る気満々の妻から少し身体を遠ざけてから





「スノーボードだよ!」





「スノーボードがどうしたの?」






「お前、何時の間に滑れるようになったんだよ!?
 前は滑れなかっただろ?!誰に習ったんだよ!?」






「・・司?もしかして・・・ヤキモチ妬いてるの?」






「うるせぇーよ!悪ぃーかよ!?
 それよりどうなんだよ?!」







「悪いなんて言ってないよ。
 その逆で司がヤキモチ妬いてくれてすっごく嬉しい!」





「俺は嬉しくねぇ!」






「クスッ・・」






「笑ってねぇーでさっさと答えろ!」







「私にスノーボード教えてくれたのは美作さんだよ」






妻の口から飛び出した意外な名前に青筋が立つ






「あきらだと?!」





「うん、美作さん」






「お前・・まさかあきらと付き合ってたとか言わねぇーよな?!」





「ハハハ・・そんなわけないじゃん!」






「だったらどうしてあきらなんだよ!?」





「それはね、大学生になった頃から毎年冬になるとみんなで北海道にある
 滋さんちの別荘に行くのが恒例になってたの」




「その別荘には類も行ってたのか?」





「うん、全員強制参加だったからね」






俺の知らない仲間達共通の思い出がまた一つ・・・






「強制参加ってなんだ?」







「だって滋さんが予定教えといてくれないからいつも突然だったのよ!
 朝、いきなり滋さんと桜子に襲撃されて車に押し込まれてたんだもん!」






あの2人ならやりかねねぇーな・・





「けどね私なんてまだいい方だよ!
 F3なんてほとんど拉致だったんだもん!」






当時の事を思い出しているのだろう




一人笑い出す妻・・




ひとしきり笑った後は目尻に浮かぶ涙を拭いながら







「花沢類なんて毎年パジャマのままで飛行機に乗せられてたし、
 それに一度だけ西門さんがバスローブ姿で靴も履かないで猿轡咬まされて
 飛行機に放り込まれた事があったの!あの時はびっくりしちゃった!」






そりゃ・・




びっくりするだろ・・






「総二郎はなんでそこまでされたんだ?」






「西門さんね・・その日は女の人とホテルに泊まってたらしいんだけど
 女の人寝てるところを滋さんちのSPさんに襲撃されて抵抗したから
 グルグル巻きにされちゃったんだって」






そりゃ・・抵抗するだろう・・普通・・






「美作さんは毎年諦めがよくて素直に飛行機に乗ってたけど、
 西門さんは毎年ず〜っと文句言ってた」







スノーボードが上手くなった理由は分かったけど



納得したわけじゃねぇーぞ!







「だからってなんであきらに教えてもらうんだよ?!
 インストラクター呼べばいいだろ?!」






「だって・・滑れないのは私だけだったし・・・
 私だけの為に来てもらうの悪いし・・」





「だったら滋か桜子でもいいだろーが!?
 あいつらも滑れんだろ?!」








「滑れるけど・・桜子は嫌味っぽいし滋さんは自己流すぎて真似出来ないんだもん!
 花沢類はず〜っと寝てるし西門さんは短気だから美作さんだけだったのよ!
 ちゃんと教えてくれたのは・・・けどね、美作さんのレッスンってスパルタで細かいの・・
 基礎からびっちりだったからお陰で何処に行っても滑れるようになちゃった」













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