クリスマスまで後1週間

妻と結婚してからは可能な限り
季節ごとの休暇はちゃんと取るようにしている俺は
今回も明日からクリスマス休暇を取る予定になっている



一日の激務を終え

疲れた身体と心を癒してくれる存在である妻が待つ部屋の玄関のドアを開けた瞬間

俺様を出迎えたのは愛おしい妻の笑顔ではなくフライパンだった




ドアを開けた瞬間

フライパンが俺様目掛けて飛んできた・・・




朝は機嫌が良く

笑顔で行ってらっしゃいのキス付きで送り出してくれたのに


この十数時間の間に一体何があったのか・・?


いや・・俺が何かしたか・・?



さっぱり見当は付かないけれど

フライパンに出迎えられるような事はしてねぇ・・


つもりだ・・


咄嗟に飛んできたフライパンを避けると

フライパンは俺を通り越しガッコンともの凄い音を立てて

後ろのドアにぶつかり床へと転がった





「あ、あぶねぇーな!!何すんだよ?!」


「何すんだよじゃないわよ!浮気男!ぶっ殺す!!」



浮気男だと?!


聞き捨てならないセリフを叫び

仁王立ちのままでこちらを睨みつけ

手には俺のゴルフクラブを握り締めている妻・・・


俺のまっとうな抗議もサラリと受け流し

浮気男という冤罪も妻の中では既に有罪が確定しているようで

どうやら死刑執行も近いらしい・・・




俺を睨みつけたままの妻にとりあえず両手を挙げて

降参のポーズを取ると落ち着くように声を掛けてみる



「ちょ、ちょっと落ち着け!浮気って何の事だよ?!
 俺は浮気なんてしてねぇーぞ!と、とにかくその手に持ってるもんこっちへ渡せ!
 そんでもってリビングでワインでも飲みながらゆっくり話ししようぜ!!」




「言い訳するなー!この浮気男!!」


俺の必死の説得と提案はあっさり却下されたようで

妻の手に握られていたゴルフクラブがヒュンと空気を切る音と共に

俺様目掛けて飛んできた・・



ゴルフバックに入っている全てのクラブを手当たり次第に投げつけてくる妻に

ボクサーのように腰を低くして両手を顔の位置でガードしながら

右へ左へ飛んでくるクラブをかわす俺・・・




最後にはバックそのものが飛んできて

とりあえず投げる物が身近から無くなった妻が

次の行動を起こす前にすかさず動きを押さえ込み

リビングのソファーへと移動させる


妻は俺を殴る事を躊躇したりしないから

素手だからと言って油断は出来ない



パンチを繰り出せないように妻の両手を拘束したまま


理不尽な扱いに対しての怒りをぶつける



「一体なんなんだよ?!俺は浮気なんてしてねぇーって言ってんだろ?!
 誰に何を吹き込まれたのか知らねぇーけどお前は俺様の言葉が信じられねぇーのか?!」





「誰にも何にも吹き込まれたりしてないわよ!
 今日見たんだから!あの女誰よ?!」





「み、見てた・・だと?
 あの女って・・お前は今日どこに行ってたんだよ?!」




「どこだっていいでしょ!
 とにかくあんたがメープルの前で女の人と一緒に居るところを見たのよ!」








ん?


今日、メープルの前で俺が一緒に居た女?




「思い出した?」





「ああ、思い出したけど彼女とは何もねぇーよ!」






「嘘つき!」





「う、嘘じゃねぇーよ!」





「嘘つきの浮気男!!」







「だから浮気なんてしてねぇって言ってんだろ!?」





「嘘!じゃあどうして携帯の電源切ったのよ?!
 やましい事があったから私からの電話に出ないで
 そのまま電源まで切っちゃったんでしょ?!どうなのよ?!なんとか言いなさいよね!」







そ、そんなとこまで見られてたのかよ・・





「い、いや・・それは仕事中だったからプライベート用の電源を切っただけで
 疚しい事なんてなんにもねぇーよ!」







これは本当の事だ!


疚しい事なんて何にも無いしましてや浮気なんてしていない!






今日、メープルで女性と会ったのは事実だけど


仕事上の付き合いのある女性であって


真っ昼間から自分んちのホテルで浮気相手と密会なんてするかよ!






だけどすっかり頭に血が昇ってしまっている妻には


どんな言葉も下手くそな言い訳にしか聞こえないらしく


ずっーと涙目で俺様を睨み続けている






こんな状況なんだけどこの涙目が可愛いと思ってしまう俺って・・


やっぱり・・






方法にはかなり問題はあるけれど



昔の彼女からは考えられない程の激しさで


まっすぐに俺にぶつけてきてくれる・・


そんな妻が可愛くて愛しい





「今日、メープルで会ったのはマジで仕事上の付き合いだけの女性で
 疚しい事なんて一つもねぇーよ!」








「ほんとなの?嘘付いてない?」







「ああ、マジだ!
 お前に嘘は付かねぇーよ!」






今日、メープルの前で一緒に居た女性は



パーティーなどのイベントを企画する会社を経営する女社長で



年は俺よりも八つも上






まだ記憶が戻る前に道明寺系列の化粧品会社が姉貴をイメージした香水を


期間限定で発売した事があった






マンハッタンとは面白い場所で



たった数キロ四方の小さな島にこの世界をリードする全てが詰まっている





世界一の規模を誇る証券取引所の数ブロック先には


アメリカが世界に誇るエンターテイメントの聖地ブロードウェイがある





経済だけではなくあらゆるカルチャーの発信元でもあり


マンハッタンでは香水の新作発表会一つにしても



いかに効果的にセンセーショナルに見せるかで先の展開が全く違ってくる





そんな時に使っていたのが彼女が経営するイベント企画会社で


実際、打ち合わせを兼ねて食事はした事はあったがその時だけで


プライベートでの親交も無いし


今日も偶然メープルで居合わせただけで


挨拶をし帰り際だった彼女を車までエスコートしただけだ





確かにちょうど彼女を車までエスコートしたタイミングで


妻から電話が掛かって来てそれに出る事なく


そのまま電源も落としてしまっていたが



まさかその場面を見られていたなんて夢にも思っていなかった






「電話に出なかったのは悪かったけど今までだってあった事だろ?
 電源切ったのだって仕事中は切ってる事の方が多いし、
 お前が心配しているような事は何も無いからいい加減に機嫌直してくれよ。」






掴んだままだった妻の両手を引き寄せ



俯き加減の妻の顔を覗き込み



優しく言い聞かせるように囁くと



妻の表情が少しだけ穏やかな物に変わり


なんとかヤマ場は越える事が出来たようだ





妻の機嫌はまだ完全には直っていないけど


俺の胸元へ顔を埋めてくる妻から手を離すと


背中に両腕を回ししっかりと抱きしめた






一安心






妻は怒ったらマジで怖いけど




誤解が解ければダラダラと怒りを持続させる事は無いから



ワインでも開けて一緒に風呂に入って



まったりと過ごせば明日の朝にはすっかり元通りの妻に戻り



予定通りバカンスに出発出来るだろう







そんな考えに至りホッとしていたのに・・




この後、妻から発せられた何気ない一言から


またバカンスのプランは脆くも崩れる事になるなんて・・










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