妻との約束の時間は午前10時




そろそろ準備して出掛けないと間に合わないのだけれど・・





どうしても重たい腰を上げる事が出来ないのは




目の前のトルソーが着ている妻からの指定服にある







夕べの妻とのメールのやり取りで





今日、"絶対にこれを着て来てね"と書かれたメールが届いた後に







タマが部屋に運んで来たトルソーが着ていたのは









英徳の高等部の制服だった・・






なんで今さら英徳の制服なんだよ?!








明日はこれを着て外に出ろってか?!










タマに抗議するけど









"私は若奥様に頼まれてこちらにお持ちしただけですから
 後は坊ちゃんがご自分で話しをつけて下さいませ"










とだけ言い残し









さっさと部屋から出て行ってしまっていて










残されたのは英徳の制服を着たトルソーだけ







その後、何度妻にメールを送っても






返事が返ってくる事はないまま朝を向かえていた









コーヒーを片手にどうしてもこの制服に袖を通す決心がつかず






トルソーと睨めっこしていた俺に部屋に入ってきたタマが早く着替えろと急かす











「坊ちゃん、そろそろ着替えて出掛けないと若奥様との約束の時間に間に合いませんよ。」










そう言いながら少し楽しそうにトルソーを俺の方へと押し出すタマ








「なぁ、タマ?どうしてもこれ着ねぇーとマズイか?」









「タマに聞かないで下さいませ。」









「クソッ!肝心な時に役に立たねぇババァだぜ!」









「なんか言ったかい?」







「言ってねぇーよ!くそババァ!」









「こんなところでタマに悪態ついている暇があったら
 さっさとその制服に着替えて出掛けたらどうだい?
 上からコートでも羽織ればそれほど恥ずかしくもないだろ?」








そう言ってタマがめんどくさそうに手渡してきたのは見覚えのあるダッフルコート








高等部の時、妻がニセ清永と乗ったバスを追い掛けた時に着ていたダッフルだ・・









こんなもんよく残ってたな・・









普段が物に執着しない俺は







洋服だって一度着たらたいていは処分させてしまっていたのに・・








制服はマジで勘弁してほしいけど








追い掛けて






追い掛けて








最後にはバスまで追い掛けて








やっと手に妻を入れた時に着ていたこのコートなら




着てもいいかなぁなんて思い始めてしまった









なんとな〜くタマに上手く誘導されているような気がしないでもないが





とにかく今日は妻の望み通り






この恥ずかしい制服を着て待ち合わせ場所へと向かう決心を固めた










久々に袖を通す制服







高等部に通っていたあの当時でさえ








これに袖を通したのは数回ほどなのに







十数年ぶりに制服に袖を通し上からダッフルを羽織り







タマの





"坊ちゃん、よくお似合いですよ"






なんて嫌味も聞き流し車に乗り込んだ・・









待ち合わせのビルの前に到着したのは約束の時間の5分前









ビルの前に停めた車の中から外へと視線を向けると・・










そこにいたのは同じく英徳の制服を着た妻の姿が・・










俺のようにコートを羽織るわけでもなく






まんま制服姿で俺が来るのを待っている妻








心なしか周囲の視線が妻に集まっているような気もするけれど




またしても年齢も世間の視線も常識もなにもかもぶっ飛ばして





あの頃のまま・・





とはいかねぇーけど





制服姿で俺を待っている妻は楽しそうだ・・








約2日ぶりの妻だけど・・






今日だけは出来ればこのまま遠巻きに眺めていたい・・









出来れば遠巻きに眺めていたいのに・・


俺のそんなささやかな願いも虚しく


あっさりと妻に発見されてしまった・・


俺の車を見つけた妻の顔にはパッと笑みが浮かび


こちらに向かって軽く手を振っている



どうやら機嫌は良いようだ



これから妻がどうするつもりなのかは分からないけれど

いくら似合っているからと言っても


やっぱり年齢的な違和感を拭いきれないから


さっさと妻を車に乗せてこの場から立ち去りたい


予定外だったけれどせっかく日本に帰国したんだし

妻の機嫌も良さそうだからこのまま別荘でも行って

クリスマスまで二人っきりでまった〜りと


制服姿の妻とあんな事やこんな事や・・



いろいろと・・・


あの頃にはしたくても出来なかった・・


やらせてくれなかったあれやこれやをと・・



既に俺の頭の中では制服のままであられもない姿を晒している妻


早くも暴走気味だけれど


二人っきりなんだし

夫婦なんだし


クリスマスなんだし


いい案だと思うだろ?





そう思って脳内の妄想に拍車を掛けていたのに



俺の願望に妻が気付いてくれるはずもなく

笑顔のままで小走りで車に近付いてくると


あっさりと車から俺を引き摺り出してしまった妻


ダッフルコート姿で車から降り立った俺の姿を見た妻は

嬉しそうに俺と手を繋ぐと


繋いだままのその手をダッフルコートのポケットに入れた



ポケットの中で繋がれたままの手と手



結婚してから手を繋いで歩くなんて特別な事じゃなくなっているけれど


隣を歩く妻の姿が制服姿だってだけで


なんだかいつもと違って妙にドキドキしてしまう俺



って・・


喜んでる場合じゃねぇーんだよ俺!




いくらなんでもこの格好のまま街中をウロウロすんのは恥ずかしすぎるぞ!!



「ねぇ司?制服デートしよ!」

制服デートだと?!


「デートはいいけどよ・・・制服は着替えようぜ!流石にこの歳でこの格好は恥ずか
しすぎるだろ?!」 


「私は別に恥ずかしくないけど・・・司は恥ずかしいの?」


恥ずかしいかどうかなんて・・・
聞かなくても分かるだろーが!

恥ずかしいかどうかを考える事さえ恥ずかしいんだよ!

「恥ずかしいに決まってんだろ!?」


「けど司はコート着てるじゃん!それよりもデートって言ったら映画だよね!」


勝手に話し進めてんじゃねぇーよ!

何が映画だよ!

「なぁ?映画もいいけどせっかくなんだから別荘でも行って二人っきりで仲良く
しようぜ・・・それこそ制服着てんだからこれを有効利用しようぜ!」


「ヤダ!」

そう言った妻は制服のブレザーのポケットから携帯を取り出すと
メール画面を開き俺の方へと差し出した

「夕べのこのメールは嘘だったの?」

妻が差し出した画面には夕べ俺が妻に送った
なんでも言う事を聞くから許してくれと
全面降伏したメール・・・


「う、嘘じゃねぇけど・・・」


「だったら映画でいいでしょ?それに映画の後も予定が詰まってるんだから早く
行こう!」

どんな予定になってるのか・・・?

あんまり知りたくねぇーけど・・・

「だったらせめて車で移動しようぜ!この格好で街中を歩くのは目立ちすぎるだ
ろ?」


「目立つの好きなくせに!映画館はすぐそこだから車使う程じゃないし何より高
校生って設定の制服デートなんだから若者らしく歩きで行くの!」

また会話の途中にサラリと俺の知らない
重要な情報を言いやがって!

なんだよ?!
その高校生って設定?!


「高校生ってなんだよ?!」

「何って?今日は制服着てあの頃には出来なかった普通の高校生らしい清く正し
く美しいデートするのよ!」

デートは大賛成だけど・・・

清く正しく美しいデートってどんなだ?


「なぁ?清く正しく美しいデートって・・・もしかして・・・あんな事もこんな事も無し
か?」

「当たり前でしょ!高校生なんだから!現に私達もあの頃はしてなかったじゃな
い!」


確かにあの頃はしてなかったけどよ・・・

「なにもあの頃と同じようにしなくてもいいだろ?!」


「司の頭の中にはそれしかないわけ?」


別にそればっかりじゃねぇけどせっかく制服着てんだから
一回ぐらいヤラせろよ!


「別にそんな事ばっかり考えてるわけじゃねぇーけど・・・今はもう結婚してんだか
らいいだろ?!」」

「ダ〜メ!ヤダ!しない!」


三連発の拒否・・・

こうして幕を開けた地獄のクリスマスまで続く妻の制服強化週間に

こうなったら意地でも制服姿の妻を押し倒してやる!

そう密かに決意した俺


どうする?

酒でも飲ませて酔わせるか?






             ←BACK/NEXT→








inserted by FC2 system