オフィスで入社一年目の女子社員が二人、
男性社員に形ばかりの義理チョコを配っているのを見て
今日がバレンタインデーだったと思い出した・・


私、牧野つくしは現在27歳


一応、大手って言われる商社の企画営業部で男性社員と肩を並べてがんばっている毎日
目下の悩みは大した悩みが無いのが悩みかも・・・
入社して5年、仕事は楽しいしやりがいを感じている、
それに上司や同僚からの信頼も厚いと自負してるんだけど・・・



私としてはあの嵐のような高校生活からすれば考えられないくらい穏やかで
充実した毎日のはずなんだけど
同期の女の子曰く・・私の場合、私生活に大いに問題があるらしい・・・
そこん所は自覚はないんだけどね・・


私生活に問題って・・・なんの問題もないはずだけど・・・
彼女達によると何にも問題が無いのが問題(?)なのらしい・・・
よく分かんないんだけど・・・


仕事が一区切りついて笑顔でチョコを配っている後輩達を横目に
コーヒーを淹れ直そうと席を立った
給湯室に入っていくとそこにはもう数少なくなった同期入社の京子と亜美が居た
彼女達の横に並んでコーヒーメーカーから自分のカップにコーヒーを注ぐ


「ねぇ、つくし?聞いた?」
「何を?」
「つくしが付き合ってた山岡君が秘書課の永井美奈子と結婚するんだって!」
「ふ〜ん、そうなんだ。」


そう答えた途端、横から聞こえてきたのは溜息の二重奏・・


「「ハァ〜〜」」
「どうして溜息つくわけ?」
「つくしは何とも思わないわけ?」
「おめでたい事だとは思うけど・・?」
「ハァ〜・・つくしが山岡君と別れたのって3ヶ月前のクリスマス直前よね?
 私達、慰め会してあげたわよね?」


確かに私が山岡君と別れたのって去年の12月だけど・・
クリスマスを強調する事ないでしょ!!
それに慰め会って変なネーミングの食事会は新しく出来たイタリアンレストランに
私を引っ張って行っただけでしょ!・・まぁ・・ワインは美味しかったけど・・・


「何が言いたいわけ?」
「だ・か・ら!山岡君はつくしと別れてたった3ヶ月で他の女と結婚するって言ってんのよ!
 おかしいと思わないわけ?」
「そんな事言ったって・・私はもう彼とは別れてるんだし、
 別れた人が誰と結婚しようと私には関係ないんじゃない?」
「ハァ〜・・そんなんだからつくしは男に捨てられるのよ!!」


捨てられるって・・私はゴミか!?


「私は別に彼に捨てられたなんて思ってないわよ!?」
「思ってなくても実際はそうなの!
 現に彼はつくしより若くて美人な方へ乗り換えたんだから!!」



確かに永井美奈子は私より2つ下だし美人なのは認めるけど・・
そんな身も蓋もない言い方しないでよね!!


「私が2股掛けられてたって言いたいわけ?」
「そうよ!それで秤にかけられたのよ!!」
「ふ〜ん、そうだったんだ。」
「ふ〜ん・・って・・何?それが感想?
 悔しくないの?バカにしてとか思わないわけ?」


「あっ・・そうだね・・う〜ん、思わない・・んだけど・・変?」
「「変!!」」


再び綺麗に重なった二重奏・・・
確かにね・・付き合ってる時だって二股掛けられてるのは分かってたし
それを分かってて逆にホッとしたというか・・
少なくとも彼が本気で付き合っていないって事に気付いてないフリしてる自分が居て
そんな自分にちょっとどうかなぁ〜って思う時だってあるけど・・・
どうしようもないじゃない・・・
これが今の私なんだし・・・


27歳になって同期入社どころか後輩達もどんどん結婚している
大学ん時の友人達も中学ん時の友人達も同じ・・・
結婚式の招待状だとか最近では年賀状に子供の写真なんていうのもチラホラ・・・


別に結婚をしたくないわけじゃないけど
結婚を焦ってるわけでもない・・・
いい人が居れば考えてもいいなぁ〜って思ってる私と、
何処か恋愛に対して醒めていると言うか・・
どうしても本気になれないと言うか・・・

やっぱりまだ引き摺ってんのかなぁ〜・・・?
そんなつもりはないんだけどなぁ〜・・・


高等部の頃、道明寺が私の記憶を失くしたままNYへ行ってしまって終わった恋
あまりにもあっけなく終わってしまった恋に残された私は精神的なストレスが大きすぎて
1ヶ月で体重が5キロも落ちてしまった

何とか英徳に通い続ける事は出来たけど、高校3年生で大学受験を控えている
大切な年を乗り切れるだけの精神力も体力も無かった・・・
そんな私を心配してくれたのがF3達で私は強制的に美作さんのお屋敷に
連れて帰られ大学受験が終わるまでお世話になった
美作さんのお屋敷でみんなに囲まれて過ごすうちに少しずつストレスから
解放され落ちていた体重も戻り遅れていた勉強の方もF3のスパルタ授業のお陰で難なく取り戻せた


そして私が合格した大学って言うのが・・・
東京大学・・・
合格した時は自分でも本当に驚いたわよ!


その当時、私は大学は授業料の安い国立か奨学金が貰える大学を受験するつもりでいたんだけど
センター試験直前にF3によって模試試験を受けさせられた
大学の受験料にセンター試験代に試験会場までの交通費等々・・
色々物入りの時だったしずっと美作さんのお屋敷にお世話になっていたので
センター試験と大学も1校だけ一発合格目指してたんだけど・・・

取りあえず受験本番の予行演習のつもりで受けて来いと受験票を渡された
勝手に申し込まれて勝手に志望校を決められて受けなかったら試験代が
もったいないと言われ、模試当日、豪華な三段重ねのお弁当を持たされ
無理やり車に押し込まれた

その受験票に書かれていた志望校って言うのが東大だった
後で聞いた事なんだけど志望校を東大にしたのってF3も
ほんの冗談のつもりだったらしい・・・

エスカレーター式で幼稚舎から大学部まで進める英徳に通っていた
彼らは受験というものを経験した事がないし
言ってみれば英徳以外の学校の選択肢も無かった
だから私の大学受験が彼らにとっても初めての受験の経験で
どうせ受けるなら日本で一番の大学って事になったらしのだが・・・

その当時、志望校が東大だって聞かされて冗談じゃないって怒る私に対して西門さんが
"何処を志望するのも自由だし書くのはタダだろ?"
なんてウインク付きで言われて頭を抱えたのを覚えている

そして模試の結果はというと・・・

これが奇跡と偶然が10乗ぐらいしちゃったんじゃないかって思うくらいに
いい成績で東大合格圏内という結果が出た
私はこの時点で自分の一生分の運を使い切っちゃったって思ったもの

だけど模試の結果に俄然テンションが上がっちゃったのがF3で
そこに滋さん桜子に椿お姉さんそして和也君まで加わって大騒動に発展していく

受験するのは私なのに・・・

私は置いてけぼりで・・・


連日連夜、受験対策会議なるドンチャン騒ぎの果てに決まったのが
私の東大受験とつくしサポート財団なる苦学生の支援財団が設立された
元々、人の話しなんて聞いてないメンバーなんだけど・・
ここまでとは思わなかった・・・
でも走り始めてしまった椿お姉さんを止められると思う?
止められる人が居たら会ってみたいわ!



そしてセンター試験を無事にクリアして
・・・この時点で私はもうどうにでもなれ!!って心境だったわね・・
いよいよ試験当日、受験する私より周りの方がソワソワしちゃって
なんだか面白かった
試験会場前まで大応援団で合格発表当日は番号発表のボードの前で
信じられない思いで呆然と受験票の番号とボードの番号を見比べている私の横で
胴上げされている滋さんと気が抜けたようにその場に座り込んでしまったお祭りコンビと
ニッコリと微笑みながら私の頭を撫でてくれた花沢類


その後ロスから駆けつけてくれた椿お姉さんも加わって
美作邸で祝勝会が開かれた・・・
こうして私は英徳初の東大合格者となり卒業式で卒業生代表まで
やってしまった・・・


高等部を卒業したのを機に私はずっとお世話になっていた
美作さんのお屋敷を出て大学近くの学生用マンションに引っ越した
以後、ずーっと一人暮らし・・・


あっ!途中、一年ほど同棲してた事はあるんだけど
それ以外はずーっと一人暮らし




「・・くし!つくしってば!!」
「・・えっ!?あっ、ごめん、何だっけ?」
「もう!つくしってすぐに自分の世界に入っちゃうんだから!!」
「ごめん・・」
「いいけど・・で、どうする?
 行くよね?合コン!!」
「合コン?・・また?」
「またって・・」
「だって先週もやったばかりじゃん!?」
「いい男が見つかるまでやるのよ!」
「そうですか・・で、今回の相手は決まってるの?」
「夕べ、先週のワインバーで知り合った人から電話が掛かってきたのよ!
 その人たちでどう?」
「職業は?」
「IT関連の会社を経営してるって言ってたけど。」

・・って・・あんな短時間で電話番号の交換までしてたっていうのも驚くけど
分かりやすく今流行の職業なのね・・・

「どう?」
「私はいいけど・・」
「じゃあ、電話しとくね!
 亜美?店はどうする?」
「この前、雑誌で見たフレンチは?」

私がOKすると京子と亜美の二人はさっそくお店決めにかかってるんだけど・・
どうも彼女達の目的って男の人と知り合うって言うより雑誌に載ったお店だとか
新しく出来たお店って気がするのよね・・

いい男を見つけるまでなんて言ってるけど・・
本当に合コンでいい男を見つけるつもりなのだろうか・・?
合コンだって言って単に自分達の行ってみたいレストランで向こうのおごりで
食事してるだけって気がするんだけどなぁ〜・・


まぁ、美味しい物食べられるんだから私はいいんだけど!

私達の給湯室会議もお昼休みの時間が近づき終了
寒いから外に出たくないと言う二人に付き合って私も
お弁当を持って社員食堂へ行く

社員食堂の窓際
日当たりのいいテーブルを選んで腰を下ろす
真冬の太陽の柔らかな日差しが差し込んできて
なんだかお昼寝したくなっちゃうなぁ〜
なんて思いながら京子と亜美の合コン作戦会議に耳を傾けていた


お昼休みも半分程が過ぎた頃
お弁当も食べ終わり食後のお茶を飲みながら
ぼんやりとしていた私の目に飛び込んできた光景に
時間が止まった・・・

いや・・実際はその逆で止まっていた時間が動き始めたんだけど・・

社員食堂の入り口付近にいる男・・・

背が高くて特徴のあるクリクリ頭で彫りの深い端整な顔立ちで
嫌味なくらいいい男で私がこの世で一番嫌いな男・・

ぐるりと食堂内を見回していた男の視線と私の視線が合った
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる男
男の突然の出現に食堂内がざわついている
男は周りのそんな様子など全く気にならない様子で
男の視線は私に向けられたまま

その瞳は睨んでるわけじゃないんだけど
微笑んでいるわけでもない

でも・・なんだろう・・?
その人を威圧するような瞳から視線が外せない・・
視線が外せないまま男が私の目の前まで立ち止まった

何事かと振り向いた京子と亜美は威圧的な瞳のせいか
座っていた椅子ごと横へずれてしまったために
思いがけず私の視界が広がってそのど真ん中に男が立っている

椅子に座ったままで男を見上げている私と
立ったまま私を見下ろしている男

男が手にしているのは真っ赤なバラの花束

その花束が私の目の前に差し出されたんだけど・・

「なにこれ?」

何とか喉の奥から搾り出した言葉
10年ぶりの言葉がこれ
そして返ってきた言葉が・・・

「今日はバレンタインデーだろ。」

なんだ?

なぞなぞか?

「だから?」
「バレンタインデーってのは好きな奴に告白する日だろ。」

バレンタインデーについて今さらこの男に説明してもらわなくても知っている・・

「で?」
「思い出した・・」
「そう。」
「そうって・・お前、10年ぶりに会った恋人に対して言う言葉はそれだけか?」

あれ?

今・・すっご〜く変な日本語聞いたような気がするんだけど・・

10年ぶりに会った・・コイビト・・??

本気でコイツの頭ん中見てみたいって思った
頭ん中でカブト虫でも飼ってるんじゃないんだろうか?
いや!きっとそうだ!!

それに日本語としてもおかしいわよね?
10年ぶりに会う恋人って・・一体どんな状況を指してるわけ?
普通、10年も会わなかったら恋人なんて言わないでしょ?
なのに・・目の前の男は平然とおかしな事を言っている

あ〜あ〜そうだ・・こいつって日本語が不自由だったんだ!
そんな事も忘れちゃうくらいに時間が経ってるのに・・


「ねぇ、10年ぶりって言うのは分かるんだけど、
 その後の恋人って誰の事?」

あっ!青筋・・久しぶり!!

「お前、それ本気で言ってんのか?」

なんか凄まれて睨まれてるんだけど・・・
この状況と目の前の男の言葉と態度を理解してやる筋合いはない
この男には見えていないのだろうか?
どうして気付かないのだろうか?
私と自分との間にある壁の存在に・・・

脇に置いていた携帯で時計を確認すると12時50分
そろそろお昼休みも終わる
仕事しよ!
お弁当箱と携帯を手に椅子から立ち上がる

「オイ!どこ行くんだよ!?」
「仕事。」
「俺の話しはまだ終わってねぇーんだぞ!」
「寝言が言いたいんだったらベッドの中ですれば?」
「お前、拗ねてんのか?」

会話が成り立っていない・・
やっぱり、カブト虫だ!

「あたしは忙しいのよ!
 あんたもこんな所で油売ってないでさっさと帰って仕事したら?」
「話しが終わったら帰ってやるよ!」
「そう、じゃあ、お終い!さよなら。」
「待てよ!まだ話しは終わってねぇーって言ってんだろ!
 いいから座れ!!」

行きかけていた私の腕を掴む手・・・

「あたしは話すことなんてなにも無いのよ。手、放して。」
「お前に無くても俺にはある!座れ!!」

座れと言われて素直に座ると思ってるのだろうか・・?

全く座る気配を見せない私に業を煮やした男が怒鳴り声を上げた

「座れって言ってんだろーが!!」

掴んでいる私の腕を引っ張っている・・

食堂内に響き渡った怒鳴り声
隣の席では立ち上がりかけていた男性社員が彼の怒鳴り声に
反応して思わずもう一度座っちゃったじゃない・・・

「ハァ〜・・それが人に物を頼む態度なの?」
「ああぁーー!?」

いちいち凄むな!って殴ってやりたい・・・

「日本語通じてる?
 座って欲しいんだったら怒鳴らないで
 ちゃんとお願いしてみなさいよ!」

そ、そんな顔して睨んだってちっとも怖くないんだからね!!

「・・ちゃんと言ったらお前、座んのかよ?!」
「ためしてみれば。」

相変わらず顔は険しいままなんだけど

「・・・す、座ってく、ください・・」
「お願いします。は?」
「・・おまっ!!・・お、おねがい・・しま・・す・・」
「ハァ〜」
「ちゃんと言っただろーが!
 なんで溜息つくんだよ!!」
「で?話しって何?」
「一週間前、乗ってた車が追突事故に遭った。
 怪我は大した事なかったけど軽く脳震盪起こしてたから
 病院に運ばれて意識ははっきりしてたけど念のためにって
 一晩だけ入院したんだ・・その夜に思い出した・・
 長い間、一人にして悪かった・・俺はお前のいない人生なんて
 考えられないから・・お前が諦めろ・・諦めて俺と結婚しろ。」


そう言って彼がポケットから取り出した物を私の目の前に置いた・・・
目の前に置かれているのは紺色の四角い箱で上部がこんもりと膨らんでいて
ビロードの生地で・・・

「返事は今すぐじゃなくてもいい。
 お前だっていろいろ整理する事があるだろーし
 10年もほっといたんだから男の一人や二人ぐらいいるだろーしな・・
 今までの事は目つぶって忘れてやるから全部綺麗にしとけよ!」

男の一人や二人・・?
ご心配には及びません・・
一人もいないから・・
あ〜嫌味に聞こえる・・


目の前の男が好き勝手な事を言っている間、
私の頭ん中では・・

"あっ!見積書書かなきゃ!"
なんて考えていた・・

これはユメなんだ

さっき、いいお天気だなぁ〜

こんな日はお昼寝でもしたいなぁ〜

なんて思ってたものね・・・

私、お昼寝中なんだわ・・

ユメ見てるんだわ・・

ものすご〜く悪夢だけどね・・


そしてユメの中の私はこう答えるの

「返事なら待つ必要ないわよ。
 今すぐここでしてあげるから。
 答えはNOよ!私はあんたと結婚しないし人生を諦めるつもりもないの」
「お前、分かってねぇーな!」
「なにが?」
「お前は絶対に俺と結婚する。
 そういう運命なんだよ!
 まぁ、そうは言っても10年ぶりだから、お前だって戸惑うだろうけどな。」

確かに戸惑ってるけど・・
戸惑ってるポイントが違う!

「ねぇ?はっきりさせておきたいんだけど、
 私とあんたが付き合ってたのって10年前よね?
 それで今日、10年ぶりに会ったのよね?」
「ああ。」
「常識的に考えて・・ってあんたに常識ってあるのか分かんないけど・・
 私達は10年前に終わってるの・・別れてるのに・・どうして今頃になって
 結婚って話しになるわけ?」
「別れてねぇーよ!
 お前は俺と別れた覚えあんのかよ!!」
「明確な言葉って無かったと思うけど・・
 ・・って・・あ〜あ!もうどうして今さらあんたと
 こんな話ししなきゃいけないのよ!!」
「俺がしてんじゃねぇーだろ?!
 お前が昔の話し蒸し返してるだけじゃねぇのか?」

昔の話しを蒸し返してるのはお前だ!!

ダメだ!頭ん中カブト虫男と話していると気がおかしくなりそうだ!!
カーッとして手に持っているお弁当箱を投げつけそうになる・・

ダメダメ!こっちがボルテージ上げてこいつの言葉に乗っちゃったら
またおかしな展開になっちゃう!!

すぅ〜はぁ〜
大きく深呼吸して気分を落ち着かせる

10年という長い時間を一足飛びに飛び越えてくる男に対して
昔の話しをしたところで埒が明かないから椅子に座りなおし
正面から真っ直ぐにあいつを見据える

「ねぇ、10年前、確かに私達はちゃんとさよならしたわけじゃないけど、
 10年間、一度も会ってないのも事実よね?」
「ああ、だけど俺は忘れたくて忘れてたわけじゃねぇーぞ!」
「そうだね・・だけど・・」
「お前、さっきから何が言いてぇーんだよ!!」
「だけど!もう私は27歳だし17歳の頃とは違うの。
 お互い社会人だし生きてる場所だって違うのよ!」
「歳なんて関係ねぇーし!社会人だろーと学生だろーとそんなもん関係ねぇーんだよ!
 それにあの頃だって違ったじゃねぇーかよ!産まれてきた場所も生きてきた場所も!
 だけど俺にはお前が必要だったし、お前だってそう思ってたんじゃねぇーのかよ!!」
「確かにね・・17歳の私はそう思ってたのは認めるけど、
 私はもう27歳だし・・あんただってそれは分かってるはずよ。
 現実を認められないのはあんたの方でしょ?
 別れてないって言うんだったら今、ここでちゃんとさよならすればいいんじゃない?」
「俺はお前と別れるつもりなんてねぇーからな!
 10年だろうが100年だろーが時間なんて関係ねぇーんだよ!!」
「あんたには無くても私にはあるんだよ・・
 私の中ではもう終わってるの・・もう過去なんだよ・・」
「ハァ〜!」

私の言葉を聞いた男の口からは大げさな溜息が零れ落ちた・・・
どうして溜息つかれなきゃならないのよ!!
溜息つきたいのはあたしの方なのに・・

「なんであんたが溜息つくわけ?」
「お前がバカだからだよ!」
「あんたにだけはバカって言われたくないわよ!!」
「バカじゃねぇーかよ!お前、相変わらずだよな!?
 一人でウダウダ考えて勝手に答えだして、そんでその答えで
 自分をがんじがらめにしてる!お前は昔っから頭がかてぇーんだよ!
 もっと柔軟な発想ってもんが出来ねぇーのか?お前、そんなんでほんとに
 企画営業なんて出来てんのかよ?!」

大きなお世話だ!カブト虫男!!

「あんた私が成長してないって言いたいわけ?
 自分の人生なんだから自分で考えて答えを出すのは
 当たり前でしょ?!それにね、あんたに仕事の心配までしてもらわなくても
 結構よ!大きなお世話なのよ!!」
「別に成長してねぇーなんて言ってねぇーよ!
 俺はお前が変わってなくて嬉しいんだよ。
 やっぱお前は俺が惚れてる牧野つくしだって確認できて
 すっげぇ嬉しいんだよ!」

なんて本当に嬉しそうな顔で綺麗に笑うから
あたしの思考回路はどんどん壊れていく・・

暖簾に腕押し・・
ぬかに釘・・ってこういう状況を言うのかなぁ〜なんて思ってみたり

息も出来ないくらいに苦しくて悲しくて
彼の居ない人生なんて考えられなくて
でも現実にはもう彼は居なくて
どうしようもなくて

諦めなきゃって何度も何度も自分に言い聞かせて
でも全然納得できなくて・・・
一人で歩き始めるのがすっごく怖くて
あの腕で抱きしめて欲しくて
どうしようもなかったあの頃・・・

あの頃のあたしは今のあたしをどう見ているのだろう・・・?

人生に於いて"もしも"なんて意味はないと思っている
後ろを振り返り"もしもあの時"なんて考えるのは大嫌いだけど
だけど・・ふとした時に考えてしまう・・


"もしもあの時"・・彼を追いかけてNYになんて行かなかったら・・?

"もしもあの時"・・宣戦布告なんてしなければ・・?

"もしもあの時"・・英徳になんて行かなければ・・?

"もしもあの時"・・・・・

10年間幾度となく考えて考えて・・
だけど一度だって明確な答えなんて出なくて
きっと正しい答えなんて一生見つからない疑問・・

「とにかく返事は1ヶ月待ってやるから、
 ゆっくり考えろよ!」
「・・ねぇ?どうして1ヶ月なのよ?」
「バレンタインの返事はホワイトデーにするもんなんだろ?」
「そうだけど・・いくら考えたって私の答えは変わらないわよ。」
「まだなんにも考えてないうちから答えんな!
 ちゃんと考えて答え出せよ!1ヵ月後、返事聞いてやる!」

なんて・・
その高飛車なものいいが妙に懐かしかったりするのよね・・・

「じゃあな、俺、そろそろ仕事に戻るわ。
 お前もボーっとしてないで真面目に仕事しろよ!」

だって・・

言いたい事だけを言い終えるとさっさと席を立って行ってしまった
カブト虫男の背中を見送る・・・

考えるまでもない!
"もしも"なんて必要ない!

けど・・
"もしも10年後"・・10年後のあたしは今のあたしをどう見るんだろう?

"もしも10年後"・・10年後のあたしは何を得て何を失い誰を見ているのだろう?

その答えは出るのだろうか・・?











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