※このお話しは2007クリスマス→2009バレンタインデーのお話しと続いています♪














あの悪夢のようなバレンタインデーから早三週間



季節も少しづつ春に近付いてきているはずなのに


今日の天気予報は雪




まだ二月だと言うのに20℃近くまで気温があがり


アイスクリームがバカ売れしたり






三月に入った途端、身を切るような寒さで雪が降り冬に逆戻りしたり





最近は異常気象を肌で感じるようになって




気候も経済も地球規模で連動している




世間では野球の世界大会なるもので盛り上がっているようだけど







異常気象も経済危機とも全く無関係で


俺はコルセットが手放せない・・・





あの暴力バカ男に飛び蹴りされて以来




腰が痛くて




弱冠27歳にして男盛りの腰がコルセットのお世話なしでは痛くて歩けない有様





イライラとストレスの溜まる毎日で唯一少しだけ気が晴れるのは


バレンタインデーの翌日に牧野から送られてきた


バカ男が必死の形相で走る写真を見る時だけ





だからイライラがピークに達したら



俺は携帯に保存されているバカ男の走る姿を見て気晴らししている






俺が暗いだと?!





今、俺の事を根暗だって思った奴いるだろ?!





断じて根暗なんかじゃねーぞ!!






根暗なんかじゃねぇ!





そんな事を考えながらも俺は今日も




携帯のバカ男の写真で気晴らしをする







仕事の合間


ほんの少し気を抜く瞬間




オフィスで一人



誰にも邪魔されず有意義に過ごしていた所を


邪推なノックに中断された





オフィスへと入って来たのは第一秘書と



例のビルの管理責任者をしている幕田という男だった







「専務、お忙しい所申し訳ないのですが
 緊急の事態が発生いたしまして」






ビルの管理責任者を伴っての緊急事態に


あの複合施設で何か起こったのかと心配になる





「どうした?事故でも起こったのか?」






「いえ、事故ではありませんが
 これをご覧下さい」







そう言って幕田が茶封筒から取り出し


俺の目の前に置いたのは


どこかの週刊誌の試し刷り原稿のようだった




見開きのページにデカデカと踊っていた文字は




   ”都内で新種の鳥発見か?!”






ゲッ!?なんだこれ?!





書かれていた記事の内容は


都内に新しく出来た人気の複合型施設の周辺で


最近、見た事の無い鳥の目撃情報が寄せられていて


ビルを管理している会社が秘密裏に調査を始めている






この鳥を目撃者した人の話しによると




その鳥は大きさが鳩ほどでクチバシの色は赤く



羽は茶色(黒との情報もある)で



鳴き声は鶏の首を絞めたようで



その鳴き声を聞いた者には災いが降り懸ると話す目撃者もいる





って・・・新手の都市伝説かなんかか?!





記事にはまだ続きがあって






編集部でも独自に調査したが


現在、国内に棲息が確認されている野鳥の中に


該当する種は確認出来ず



海外から飛来し昨今の地球温暖化の影響で


日本でも越冬出来るようになった外来種か



土壌汚染などの影響で誕生してしまった突然変異か?!



結論は出なかった




となっている・・・





一見すると下世話な男性週刊誌のたわいもない記事に思える





記事の内容自体は裏も取れていないし


その鳥の写真だって載っていない


単なる噂話しのレベルで


取り立てて騒ぐ程の物ではないけれど


問題なのは鳥でも突然変異でも無い!





記事の中にはビルの名前こそ出ていないが




ビルの外観とその周辺に配されている遊歩道などの写真が白黒だけどバッチリ載っている





この写真を見ればこの鳥が目撃されているのが

美作が運営しているビルだとすぐに分かってしまう



土壌汚染だと?!





そんなもんあってたまるか!?





ビルを建てるにあたって周辺の環境を十二分に考慮し


設計から建築・・・その後に至るまで万全の体制を敷き




エコロジーにリサイクル、リユースをビルのコンセプトに掲げ


新しいタイプのビジネスモデルとして


俺が心血を注いできたプロジェクトだぞ!!





間違っても土壌汚染の突然変異なんてありえねぇんだよ!!





ざけんな!一体どこのどいつだ?!




こんなふざけた記事書いた奴は!





「これ書いた出版社はどこだ?!」





「○×△社の週刊誌で来週発売予定の原稿のようですが」





○×△社だと?!






それって司んとこの出版社じゃなかったか?




ん?!新種の鳥にあのビル?





思い起こされるのはバレンタインデーの悪夢・・・




クソッ!腰の痛みがぶり返してきた!




あんのバカ男!!






「いかがいたしましょうか?
 いくら記事の内容に信憑性が無くても一度世に出てしまいますと
 ビルのイメージダウンは避けられませんので
 出版社の方には記事の差し止めと厳重な抗議の申し入れをしたいのですが」







差し止めも抗議も正攻法で攻めた所で


この記事を書かせているのがあのバカ男だったら


そんなもの通用しない・・・





「分かった、この件は俺が処理しておくから
 通常の業務に戻ってくれ」





「畏まりました。
 よろしくお願い致します」







この件は俺が処理すると宣言して秘書と幕田を下がらせた後


司に連絡を取ろうと携帯を手に取ったけれど


直接出向いて話しをした方が早いと思い直し


上着を掴みオフィスを出た






勝手知ったる司のオフィス




一応、秘書室に顔を出してから案内は請わず



バカ男のオフィスの扉を軽くノックして中へと入った





中へ入ると司が一人


デスクの上に何やら広げそれを眺めながらニヤついていた



俺が入って来た事に気付いて顔を上げ驚いてやがる






「ウォ!いきなり入ってくんな!」






「ちゃんとノックしただろ」






「だとしても勝手に入ってくんな!」






何を焦ってんのか知らねぇけど



目茶苦茶な事を言いながらデスクの上に広げていた物を慌てて隠してやがる






「それよりもこれなんなんだよ?!」





バカ男の戯事は無視して


ここに来た目的である原稿をデスクに放り投げた





「おぉ!お前もこれ読んだか?
 なかなか上手く出来てんだろ!?
 これならあのバカ女も信用するぞ!」






バカはお前だろーが!





そう怒鳴りたい気持ちをグッと堪える






「やっぱりお前かよ!?
 こんな捏造記事今すぐボツにしろよ!」







「なんでお前に指図されなきゃいけねぇーんだよ!
 俺様に命令すんな!」






「お前なぁ・・・ちゃんとその記事読んでのかよ?!」






「今度はバカにしてんのか?!」






バカにしてんじゃねぇーよ!



バカだっつってんだよ!





頭悪すぎるぞ!






「お前その記事もう一度よ〜く読んでみろよ!
 未確認の鳥は構わねぇーけど土壌汚染ってなんだよ!?
 あのビルは環境に配慮してるってのがウリの一つになってんだぞ!
 土壌汚染なんてあるわけねぇーだろ?!
 それにあの土地は元々お前んとこが造成したもんだろーが!
 お前んとこは有害物質に汚染されたままの土地を俺に売り付けたのか?!」





「そんなわけねぇーだろ?!
 あの土地は公的な専門機関の土壌検査もきちんとクリアしてんだよ!
 変な言い掛かりつけんじゃねぇ!」






「言い掛かりじゃねぇ!
 この記事読んだら誰だってそう思うだろーが!
 こんな記事が世に出たらビルはイメージダウンになるんだよ!
 ちょっとは頭使え!これを記事にしたら営業妨害で訴えるからな!」







「分かったよ!とりあえずこれはボツにしてやるから
 代わりにお前これ手伝え!」







訴えるぞ!の脅し文句が効いたとは思えないけれど


とりあえず記事はボツにすると言った司は


偉そうに何やら手伝えとファイルを投げて寄越した






何の代わりだよ?!



何で取引みたいな事しなきゃなんねぇんだ!?






おかしいだろ?




おかしいと思うだろ?






だけど目の前のバカ男にそんな事を言ったところで


通用しないのは分かっているから


とりあえず投げて寄越したファイルを広げてみる






ファイルの中身はある企業の買収計画書だった







「おまっ!これ牧野の勤めてる会社じゃねぇかよ!?」





「あぁ、そうだ」






「お前・・・牧野の会社買収してどうするつもりだよ?」







「あいつ素直じゃねぇからな!」






それが買収の理由か?



理由になってねぇぞ!






「そんな事聞いてんじゃねぇーんだよ!
 ここ買収してどうすんのか聞いてんだよ!」







「そんなもん決まってんだろ!
 買収して道明寺の傘下に入れてやるんだよ!
 そしてあいつを社長にしてやるんだよ!」






そう言い切った司・・・






「お前・・・大丈夫か?」






「何がだよ!?」





全部がだよ!!





あ〜マジで頭痛くなってきたぞ!!






「お前なぁ・・・こんな事してあいつが喜ぶと思ってんのか?」






「社長にしてやるんだぞ!喜ぶに決まってんだろ?!」





喜ばねぇって・・・





「そんな訳ねぇだろ!」






「喜ぶに決まってんだよ!

あいつはいつも仕事が忙しくて
俺様とデートする時間もねぇぐらい残業ばっかしてんだよ!」





それは仕事を理由に体よくデートを断られてるだけだ!





「悪い事言わねぇから買収も社長にすんのも諦めろ!」





「お前、こんなちっせぇ企業一つ買収する自信ねぇのかよ?!」





ムカつくな・・・このバカ男!






「そんなわけねぇだろ!?
 俺はこんな事加担したくねぇだけだよ!
 お前こそこんなの部下にやらせればいいだろ?!
 なんで俺に振ってくんだよ?!」






「誰かが邪魔してんだよ!」






邪魔するって・・・


お前の邪魔出来る奴なんて


この世の中にいんのか?




司の邪魔する奴がいるなんて!?


この話しちょっと興味が湧いてきた





「どういう事だよ?」






「経営は堅実だけど今回の金融危機で財務状況はかなり悪化してる
 そんな状況でこっちから持ち掛けた買収の条件は悪くないはずなのに乗ってこねぇんだよ!」







「それはそれぞれ考え方があるし経営方針だってあるだろうから
 道明寺の傘下に入る事を利益だって感じる企業ばっかじゃねぇだろ?」






「いっその事潰してやるか?!」






話しが飛躍しすぎだ!






「止めとけ!
 牧野にバレたらそれこそマラソンぐらいじゃ許してもらえねぇーぞ!」







「うるせぇ!とにかく邪魔してる奴ぶっ殺して
 この会社買収してこい!」





マラソンが効いたのか・・・



最後は命令かよ・・・





「お前なぁ・・・」







「俺様は忙しいんだよ!
 期限は一週間だからな!」







偉そうに当然のように指図してんじゃねぇよ!






「牧野にバレてどうなっても俺は知らねぇからな!
 それだけは覚えとけよ!」





そう言い捨てると後ろから司が


  ”バレねぇようにしろよ!”


なんてほざいてやがったけど


その言葉は無視してオフィスを出た






なんだか分からないが


捏造記事をボツにしに来ただけなのに


厄介なもんを抱え込んでしまった・・・





まぁ・・・後はどうなっても責任はあのバカ男が取ればいいだけなのだから


とにかく司の邪魔してるってチャレンジャーな奴の探り入れてみますか













チャレンジャーな奴は意外と近くに居た・・・



と言うか・・・




チャレンジャーな奴の方から超〜不機嫌な面で俺の所へやってきた・・・






奴は俺の顔を見るなり


前置き無しにいきなり話しを切り出す






「なんであきらが出てくんの?」






面倒臭そうにぞんざいな話し方で切り出したチャレンジャーな奴





「いきなりなんの話しだよ?」





「分かってんでしょ」





話すのも面倒臭いなら帰れよ・・・





「分からねぇから聞いてんだろ!
 ちゃんと説明しろよ!」





「牧野の会社」





牧野の会社・・・?






「どういう事?ちゃんと説明して」







お前かよ・・・



チャレンジャーな奴って・・・






「説明してくれないなら俺にも考えがあるけど」






不機嫌なのは分かるけど


いきなり脅しかよ・・・






「考えってどんな考えだよ?」






「それはまだ内緒。
 それより説明してくんない?」







「俺はあのバカに無理やり押し付けられただけだ!
 お前こそなんで司の邪魔してんだよ?」







「自分の物が取られようとしてるのを黙って見てる馬鹿いないでしょ」






ん?


今なんて言った?





「類?今なんて言った?」





「自分の物って言ったんだよ」






「どういう事だ?」






「あそこは牧野が就職する為に俺が作った会社なんだよね」






サラリとすっげぇ事言ったぞ・・・






「ちょ、ちょっと待て類!
 一から分かるように説明してくれ!」





そんなマジ面倒臭いって顔しなくていいだろ・・・





「あそこは牧野が英徳の大学部に進学した時に
 将来、牧野が就職に困らないようにと思って作った会社の内の一つなんだよね」






「一つ?ほ、他にもあんのかよ?!」





「あるよ」





「全部で幾つあんだよ?」





「全部で5つぐらいかな?
 牧野が将来、どんな職種を希望するか分からなかったからね」





「その事は当然牧野は知らねぇんだよな?」






「当たり前だろ。本当は花沢に就職してくれるのが一番だったけど
 牧野の性格じゃ俺達の息の掛かった企業は避けようとするでしょ。
 けど日本で道明寺も花沢も美作も大河原とも全く関係無い企業探すのって不可能に近いでしょ」





だから作ったのかよ・・・




そんな理由で・・・




まぁ・・・こいつならやりかねないかな・・・



なんて・・・




妙に納得してしまう自分が怖いけど





「だから手引いてくんない?」





「お前が屈折してるのはよ〜く分かったけど
 そこまで牧野に惚れてんならこんなまどろっこしい事してねぇで
 今までいくらでも時間はあっただろ?」






「俺は司じゃないからね
 あきらには分からないと思うけど」






分かりたくねぇよ!






「とにかくあきらは手引いて」





それだけ言うと類は帰って行ってしまった





チャレンジャーな奴は見つかったけど・・・




どっちにも引けない状況





どうする俺?





って・・・






俺だってそんな暇じゃねぇんだし




当初の目的でもあるチャレンジャーな奴を見つけるって事は達成出来たんだから



もう何もしない!




もうこれ以上関わらねぇからな!!






そう固く心に決めていたのに


13日の金曜日


殺人鬼の活動日の早朝に


チャレンジャーな奴が再び枕元に立った





「あきら、ちょっと付き合って」






時計はまだ6時前



窓の外も薄っすらと白じんでいる


こんな時間に付き合ってなんて・・・




どんな美女に言われても嬉しくない





ましてや相手が類だなんて


悪夢以外の何物でも無いぞ!






「なんなんだよ?こんな時間に・・・?」





「あきらにも関係あるんだから付き合って」






何が関係あるのか分かんねぇけど


きっとこいつは俺が起きるまで


ここで俺を見下ろしてるだろうから


睡眠を諦め大人しく類に従った




類に連れて来られたのは司の屋敷





朝のこんな時間に連絡もせず


突然現れた俺と類を



俺達がガキだった頃からすでにばぁさんで



未だに使用人頭として使えねぇ若い使用人を次々とクビにしまくってる妖怪ばぁさんが出迎えてくれた




こちらに向かって歩いてくる姿は心無しか更に腰が曲がったように感じるけれど


俺達の目の前までたどり着くと


杖を支えにスクッと背筋を伸ばした






「これはこれは花沢の坊ちゃまに美作の坊ちゃまおはようございます。
 こんな朝早くからお二人揃って一体何の騒ぎでございますか?」






「司は居る?」




「坊ちゃんでしたらまだお部屋でお休みでございますよ」






「そう、じゃあ起こしてきて」






「なんと!坊ちゃま方はこの老いぼれに司坊ちゃんを起こして来いと仰せになるのか?!
 道明寺に仕えて早半世紀使用人頭といたしまして
 坊ちゃま方が起こして来いと仰せになられるのなら
 先代からこの屋敷の事は全てタマに一任すると有り難いお言葉を頂いたこのタマが責任を持って寝起きの悪い・・・」






「分かった!分かったから!タマさん、俺らが起こして来るから!」





全く面倒臭ぇばぁさんだ・・・






「それでは坊ちゃま方、よろしくお願いしましたよ。
 タマはお飲み物のご用意をしてまいりますので」






どいつもこいつも面倒臭ぇ〜!!





司の部屋に入るとバカ男はまだぐっすりと眠っていた






「あきら、起こして」







「な、なんで俺なんだよ?!
 お前が起こせよ!」







「さっきあのおばあさんに自分が起こすって言ったじゃん」







「あ、あれは面倒臭えからつい・・・言っちまっただけだろ!?
 司に用があるのはお前だろーが!?」






「早く起こして」






人の話し聞けよ!






俺が起こすのが当たり前みたいに


さっさとソファーに座ってしまった類




クソッ!



どうやってこいつ起こせばいいんだよ?!





声を掛けながら軽く揺すってみるけど全く反応無し・・・





もう一度、今度は少し力を込めてみるけど同じ・・・





全く起きる気配の無いバカ男に最後の手段







「オイ、司!起きろ!
 牧野だぞ!」







「牧野?!」





牧野の名前を出した途端


今までピクリともしなかった男の目がバチッと開き


ベッドから慌てて跳ね起き部屋を見回してやがる・・・




面白れ〜こいつ!





「牧野はどこだ?!
 な、なんでお前らがいんだよ?!」






「おはよ、司。
 これ10億で売ってあげる。
 もちろんキャッシュでだよ」





司が跳び起きたのを見た類の第一声がこれ・・・





だから前置きとかねぇーのかよ?!





ベッドの上にポンと投げられたファイル





流石の司も唐突な類の行動に呆気に取られポカンとバカ面を曝している





「なんだよこれ?」






俺は司の邪魔してるチャレンジャーな奴が類だって知っているから


類が無造作にベッドの上に放り投げたファイルの中身は容易に想像は着くけれど




何も知らない司はファイルの内容を確認すると


見る見る内に額には青筋が浮かび眉間には皺が寄り始めた





「なんでお前がこれ持ってんだよ?!」





「元々、俺が作った会社だから」





「んだと!?」






見事に影までも隠し通し




司にその片鱗さえも掴ませなかったチャレンジャーな奴は



少し得意気な表情を浮かべ



ベッドの上で胡座をかいて座っている司を見下ろしている





「ここは俺が牧野の為に作っておいた会社で
 牧野は何も知らずに試験受けて就職しただけ。
 まだ小さい会社だけどそこそこ利益は上げてたし経営だって順調だったのに
 司やあきらが妙な横槍入れてくるから最近やりにくいんだよね。
 だから責任取って10億で買い取って」





なんか軽〜く俺もこのバカ男と同列に扱われてるような気がするけど・・・




朝っぱらからキャッシュで10億って・・・




類!



お前も凄げぇ事言ってるぞ!



自覚ねぇだろうけど・・・




「どうする?嫌なら別にいいけど
 そのかわり今後一切この会社と牧野には手出さないでね」




ファイルを手にしたまま何も言葉を発しない司




類も司の言葉を待たずに言いたい事だけ言っている







「嫌だなんて一言も言ってねぇだろ?!
 10億だろうと100億だろうと払ってやるけど
 お前こそ後になって泣き言言うんじゃねぇーぞ!」






「俺は司じゃないから言わないよ」






最近、類の発する言葉の中には司に対する苛立ちにも似た感情が含まれているように感じる





「類?お前この間は俺んとこに来て手引けて言ってただろ?
 それなのになんで急に司に売ってやるんだ?」







「言ったでしょ?俺は司じゃないって。
 俺は牧野が幸せならそれでいいんだ」






「そうか・・・」





類の答えに納得したわけじゃないけれど



だからといって類に簡単に間違っていると言えるほどガキでもない



自分じゃない誰かを想う気持ちに正解も不正解も無いのだから


それぞれの形があっていいと思う




正直、俺はどっちも御免だけどな!








バカ男はサイドテーブルに置かれていた携帯を手に取ると


誰かに”今すぐキャッシュで10億用意しろ!”と怒鳴っている




俺・・・こんな朝っぱらから10億の商談に立ち会ったんだよな?



まぁ・・・これが商談と呼べるもんかは疑問だけど・・・




その後すっかり目の覚めてしまったバカ男に朝食に付き合わされている時に



秘書の西田が銀色のジェラルミンケースを持った男を引き連れ姿を現した







10億のキャッシュって一体ジェラルミンが幾つ必要なんだ?




無造作に台車に乗せられて運ばれてきた現金






西田がその内の一つを手に取りこちらへと運んでくると


司は乱暴な手つきでテーブルの上に並べられていた食器を横へと押し退け


そこへジェラルミンのケースを置くように指示した





西田の手によってジェラルミンの蓋が開けられ


中から顔を現したのはビッシリと隙間無しに列べられた一万円札の束




綺麗に並んでいる諭吉に食事をしている手が止まる





「中を全てご確認されますか?」





「いや、信用してるからいいよ。
 これ後で花沢の屋敷に運んどいて」






「承知いたしました」






西田は類の言葉にそう答えるとジェラルミンの蓋を閉め後ろに控えていた男に手渡すと


男達はそのままジェラルミンケースを乗せた台車を押しダイニングから出て行った







西田も先程、司が類から受け取ったファイルを手にダイニングから出て行った



ハァ〜これで商談成立か・・・





俺の役目・・・




って元々、俺の役目が何だったのかはよく分かっていないけれど・・・





とにかくこれで俺の役目も終わりだな





「じゃあ俺はそろそろ仕事に行くわ」






そう言って水を一口だけ飲み席を立った





後は知らねぇ!





牧野がこの後どうなろうと!





知ったこっちゃねぇ!






この先は絶対にあいつらには関わらないぞ!




と決意を胸に司の屋敷を後にした










あれから二週間




俺の決意の硬さのおかげなのか


奴らから問題を持ち込まれる事も無く


腰の痛みがぶり返す事も無く本来の穏やかなシングルライフを謳歌していた






今夜は道明寺家のパーティーが予定されていて

そこで久々にF4が揃う事になっている




それには一抹の不安を感じていたが


今夜のパーティーには司のお袋さんも出席する事になっているから


あの人が居る場で流石の司もバカな事はしないだろうと思っている・・・





いや!思っているし!


例え何があろうとも俺はもう関わらないって決めてるんだ!





仕事を終えオフィスで着替えをして


そのままパーティーが行われている司の屋敷へと向かった





屋敷に到着すると招待客が続々と到着していて


屋敷の車寄せは招待客の車でちょっとした渋滞が起こっていたので


少し手前で先に車を降りるとちょうど3台ほど前の車から総二郎が降りて来た





声を掛け並んでエントランスを目指す




エントランスにも沢山の招待客が居て混雑している





招待状のチェックやらセキュリティのチェックやら


面倒臭いものは全てパスの俺達はそのまま


セキュリティチェックの順番を待つ人々の横を摺り抜け中へと入ろうとした所で妖怪・・・



いや・・・使用人頭のタマさんと出くわした





「これは坊ちゃま方お揃いでよくお越しくださいました」





「司は?」





「司坊ちゃまでしたらすでにお客様にご挨拶をしておられますよ」





それじゃ俺達も・・・と言いかけた瞬間





後ろから有り得ない声が響いてきた





「タマ先輩!バカはどこですか?!」






「おやま!つくし!どうしたんだい?坊ちゃまなら大広間にいらっしゃるよ」





バカ=司で成立してんだな・・・





あっさりと司の居所を牧野に教えたタマさんは俺達の存在に気付く事無く



目の前を素通りして行く牧野の背中に

  ”用が済んだらお茶でも飲みにおいで”



と声を掛けている・・・






セキュリティの順番を待つ招待客で混雑しているエントランスで


ある意味で俺達以上に顔パスだけど


今夜のパーティーには不釣り合いな女の出現に何事かとざわめきが起こっている






「あいつも招待されて・・・」






横に立つ総二郎が楽しそうにそう言いかけたのを


視線だけで切り返すと奴はさらに楽しそうに笑みを浮かべ






「んなわけねぇか・・・」





と続けた





牧野の恰好は普段仕事をしている時と同じスーツ姿





いくら牧野でもパーティーに招待されたならもう少しドレスアップしてくるだろうし




パーティー嫌いの女がよほどの事が無い限り大人しく招待されないだろうし




何より招待客ならあんな登場の仕方は絶対にしない・・・




と思うから・・・






後考えられるのは後先考えず


頭に目一杯血が昇った状態で怒鳴り込んで来ただけ・・・




とすれば・・・




また司が何かやらかしたんだな・・・





って!





今夜のパーティーにはお袋さんも出席するんだぞ!?




いくら牧野でもそんな所で騒ぎを起こせばタダじゃ済まないだろう!?






あいつ一人が自滅するのは勝手だけど


あいつらの近くにいると必ず俺も巻き込まれる!




冗談じゃねぇーぞ!!







「総二郎!俺、朝から腹の調子が悪かったの思い出したから帰る!」






「腹なんてすぐに気にならなくなる!
 もしもの時はお前だけが頼りなんだから逃げんな!」






がっちり総二郎に肩を掴まれ引きずられて行く俺・・・




目の前のパーティー会場への扉が地獄への門に見えてきた







「坊ちゃま方くれぐれもつくしをよろしくお願いしますよ」





牧野を素通りさせあっさりと司の居場所を教えたタマさんは


これから起こるであろう諸々全てを俺達に押し付けるとさっさと



  ”あたしは歳だからそろそろ失礼させていただきますよ”



と自室へと引き上げてしまった






いよいよ地獄の門が開いた・・・?







地獄の門の向こう側には


当たり前だけど地獄とは思えない華やかな世界が広がっていた




総二郎が扉を開けた瞬間・・・





ちょうど牧野が手にしていたバッグやらを床にバサリと放り投げ


狙いを定め勢いよく司へと跳び蹴りを繰り出すところだった





周囲からは音が消え牧野だけがゆっくりとスローモーションで跳んで行く・・・






空中をゆっくりゆっくりと移動しながら


牧野の発した司を呼ぶ声だけが妙にリアルに響いていた






司が牧野の声に気付き振り向いた時には時既に遅しで・・・







見事に顔面に牧野の跳び蹴りがヒットし



勢いでそのまま仰向けに倒れ込んだ所を素早く体制を立て直した牧野に馬乗りになられ


両手で胸元を掴まれ前後に激しく揺さぶられ


いい感じに脳みそをシェイクされまくっている






「あいつ相変わらずいいジャンブしてんな!」





隣で俺の肩を掴んだままの総二郎の脳天気な発言・・・




他の招待客もあまりに突然の事に呆然としていて誰も止めに入ろうとはしないし






当然この事態に気付いているはずのSPも


相手が牧野だと分かると足を止めて成り行きを見守っている





SPまでも無力化してしまう牧野・・・





「何があったのか知らねぇけどそろそろ止めてやった方がいいんじゃねぇか?」





なんでも俺にさせようとすんなよな!





「俺は腹の調子が悪いんだからお前が止めて来いよ!」





「俺はフェミニストの平和主義者だから。あきら、お前が行け!」





F4の中で司の次に喧嘩っ早くて武闘派のお前がいつから平和主義者になったんだよ!?






「それなら俺も平和主義者で暴力反対なんだよ!」





「やっぱここはお前がビシッと決めるとこだろ?」





「何をビシッと決めんだよ?!」





「こういう時はお前だって決まってんだから深く考えんな!
 とりあえず行って来い!」






総二郎はそう言うが早いか肩を掴んでいた手で俺を騒動の真っ只中へと押し出しやがった





背中を押され否応なしに火中の栗を拾う役目を担う事になってしまった俺





覚えてろよ!と若干の殺意を込め総二郎の方へ振り向くと


総二郎は早く止めろとばかりに笑顔で手で合図してやがる





無理やりだけど一歩踏み出してしまった事で周囲の視線は俺にも向けられていて


このまま後ろには引けない状況になっている






目の前では相変わらず牧野が何やら叫びながら


今度は司に往復ビンタを繰り出している






髪を振り乱し馬乗りになり鬼の形相で叫びながら



自分より遥かに身体のデカイ男に往復ビンタを食らわせている女って・・・





マジで怖ぇーぞ!





これが牧野じゃなかったら絶対に止めに入ったりしねぇーぞ!!






「牧野!何があったのか知らねぇーけどもう十分だろ?!
 それぐらいにしといてやれ!」







牧野の横に膝を付き今まさに司へと振り下ろされようとしていた手を掴んで止めた




牧野は手を掴まれた事で一瞬だけ動きを止め俺の方を見たけれど






すぐに”邪魔しないで!今度こそは絶対にこのバカを許さないんだから!”



と掴んでいる手を振り払おうとした






「分かったから!ちょっと落ち着け!
 何があったんだ?」







「このバカがいつの間にか私の勤めてる会社を買収して
 私を社長にするって訳分かんない辞令を出してきたのよ!」






あ〜やっぱりそれか・・・







計らずも一枚噛んでしまっている俺の中に多少の後ろめたさみたいなもんは感じるけれど



ここでそれを正直に話し矛先がこちらに向けられるのはごめんだから




とりあえずは初耳って顔で話しを進める







「お前が怒ってる理由は分かったけどこの状態じゃ落ち着いて話しが出来ないだろう?
 とりあえず司の上から降りて詳しく聞かせてくれ!」







掴んでいる手を離す意志は無い事を伝える為に力を込めると


牧野は諦めたように馬乗りになっていた司から身体をずらし立ち上がった





牧野がどいた事で事態を見守っていたSPが


司に駆け寄り半分意識が飛んでしまっている司を助け起こしている




なんとか牧野を司から引き離したけれど彼女の怒りはまだまだ継続中で



隙あらばまた掴み掛かりそうな雰囲気なので手を離せない





「ここじゃなんだから場所変えた方がいいんじゃねぇか?」






ずっと高みの見物を決め込んでいた総二郎が


二人を引き離した途端そう声を掛けてきた





お前に言われなくても分かってんだよ!





そう怒鳴りたい気持ちをぐっと押さえ


無言のまま牧野の手を引っ張りパーティー会場から出ようとした瞬間


後ろから一番聞きたくなかった声が響いてきた














「一体なんの騒ぎです!?」






鋭いその声に牧野と同時に振り向くと


司のお袋さんが厳しい表情で立っていた






出来る事なら穏便に・・・






これだけ大騒ぎしていずれはお袋さんの耳に入るとしても


今ここでお袋さんの鋭い眼光に曝されるのだけは避けたかった・・・





何の騒ぎです!?なんて問われても何て答えればいいのか・・・?






咄嗟には何も言葉が出てこなくて






  ”あっ・・・いや・・・その・・・ちょっと・・・”





中途半端な言葉のカケラが口の端から零れ落ちるだけで万事休す





「関係ねぇ奴は口出しすんな!」





なんとなくまだぼんやりとしたままだけど




とりあえずお袋さんには悪態をつく司をお前には聞いていないと言わんばかりに



視線は俺にロックオンしたままのお袋さんは






「誰かきちんと説明の出来る方はいないのですか?」




と続けた





完全に無視された司はガキみたいに剥きになって声を上げるけれど


お袋さんは不愉快そうに右の眉を少し動かしただけ






「パーティーの主催者は私です。
 招待もされていないそちらのお嬢さんがここにいる理由を知る権利があります」






確かにそうだ・・・





そうだけど・・・





この状況でこの人を納得させられる言葉なんてこの世には存在しないように思える





だけどこの女は違った・・・






「全部このバカが悪いんです!」





真っ正面からお袋さんを見据え司を指さしながらそう叫んだ牧野







昔っからお袋さんの前でも司の事を道明寺と呼び捨て


侮蔑の言葉を投げ付けられれば熱い紅茶をぶっかけ


間違っていると思えばビンタだってしてしまう




元々、牧野はお袋さんに気にいられようとか


取り入ろうとか思っていない




だからいつだって真っ正面から立ち向かっていける





いつもどんな時も誰が相手でも間違っているといると思えば


真っ向から挑んでいく肝の座った女だ






牧野の言葉にはお袋さんの眼光が少し鋭くなっただけで微動だにしない






「あなたは相変わらずですのね」





こちらも肝の座り方は半端じゃない



たっぷりの嫌味と皮肉を込めた突き刺さるような言葉にも牧野は






「あなたもお変わりなさそうですね」





と切り返した





二人の間をビシバシと飛び交う火花で火傷しそうだ・・・





「今すぐここから出て行きなさい!」




「言われなくても用が済めば出て行きます!」






「関係ねぇ奴は引っ込んでろ!俺はその辞令を引っ込めねぇからな!
 お前は黙って俺様に従ってればいいんだよ!」






お袋さんと牧野の間に突然割って入った司




火花がビシバシ飛び交う中に割って入れるのも司ぐらいだろうけど




最後の余計な一言は牧野の怒りにダイナマイトぶち込んだようなもので




案の定・・・




怒りをさらに燃やした牧野が俺の手を振りほどき司に掴み掛かろうとした





「待て!落ち着け!」





振りほどかれるすんでの所で牧野を掴んでいる手に力を込め引き戻したけど





もう完全に収拾不可能な状態に思えた・・・




そんな中でも一人眉一つ動かさず冷静だったのはお袋さんだけで





「一体、何の辞令ですか?」




「ババァには関係ねぇ!」




司はなんとしてもお袋さんの介入を阻止しようとしているけれど無駄な抵抗で




牧野が床に投げ置いたままだったバッグの中から辞令を取り出しお袋さんの鼻先に突き付けた






「これです!」





少し欝陶しそうに鼻先に突き付けられた辞令を手にしたお袋さんは司の方へと向き直ると





「司さん、これはどういう事ですか?」






「書いてある通りだよ!
 俺がその会社買収したからちょっと人事移動しただけだ!」






「ちょっと人事移動って!
 社長をクビにして平社員を社長にするって目茶苦茶でしょ!」





「目茶苦茶でもなんでもオーナーは俺様だ!」





お互い掴み掛かりそうな勢いで言い合いをする司と牧野




それを制したのはもちろんお袋さんだった






「二人共いい加減になさい!ここを何処だと思ってるんですか!?
 西田、今の話しは事実ですか?」





鋭い声で後ろに控えていた西田を呼ぶお袋さん





「はい、事実でございます。先日、司様が元のオーナーであられました花沢類氏より
 美作様ご同席の元、現金10億にて譲り受けられました。
 楓様にご報告が遅れました事をお詫びいたします。報告書はこちらでございます」






深々と頭を下げながらサラリと簡潔に俺も一枚噛んでる事を報告してくれた西田・・・






「金は俺のポケットマネーだから関係ねぇだろ!
 余計な口出ししてくんな!」






元のオーナーが類で・・・


10億の現金がポケットマネーで・・・


俺もその場に同席していて・・・





次々と明るみに出た真実に牧野はこれ以上ねぇってぐらい目を見開き


今にも泡噴いて倒れそうになっている





「分かりました」




何が分かったのか・・・?





すっげえ怖えけど・・・





とにかくお袋さんはそう言うと一呼吸置き


成り行きを見守っていた招待客にパーティーの開始を少し遅らせると告げると


司と牧野、それに何故か俺と総二郎まで書斎へと来るように指示した





お袋さんが何を考えているのかは分からないけれど


完全にとばっちりじゃねぇーかよ!




とは言ってもついて行かないわけにはいかず



放心状態のままの覚束ない足どりで歩く牧野の後ろからついてお袋さんの書斎へと入る




書斎に入るとお袋さんはデスクの向こう側から





「司さんあなたには失望しました。
 あなたには今日を限りに道明寺の取締役から退いていただきます。
 それから牧野さん、あなたにもこの責任はきっちりと取っていただきます」





前置き無しに告げられた言葉






「なっ!?・・・ふ、ふざけんな!金はポケットマネーで会社の金を動かしたわけじゃねぇし
 そもそもババァには関係ねぇ事だろーが!」





これには流石の司も驚き抗議の声を上げたけれどお袋さんはどこまでも冷静で




その冷静さが不気味だった





「関係は大いにあります。いくらポケットマネーであろうとも財閥の後継者ともあろう者が
 私情だけで企業を動かし経験も才能もないど素人を社長に据えようなんて言語道断です!
 例え息子であろうともそのような人物を財閥の後継者だと認めるわけにはいきません!」






ごもっともです・・・



お袋さんの言葉を聞いてそう思った



今回の買収は完全に私情だ




司が10億もの大金を何の躊躇いもなく叩いたのは


牧野が勤めている会社だから



それ以上でも以下でもない




牧野が勤めていなかったらこんな会社には見向きもしなかっただろう



お袋さんの言う通り完全に私情で




人の上に立つ者として例え取るに足らない規模の企業であったとしても


そこに働く者とその家族のがある事を忘れてはいけない




これには司も反論出来ず黙ったまま







書斎を沈黙が支配している中


司の代わりに反論したのは牧野だった





「ちょっと待って下さい!確かに道明寺はバカでどうしようもない奴ですけど
 仕事とプライベートの区別ぐらいは付けられます!財閥の後継者として真面目に頑張ってるんです!
 それに買収だってちゃんと財務状況だとかいろいろと調べてる・・・はずです!
 それなのに後継者失格だなんて酷すぎます!」






余計な一言は置いといて


一応、司を庇ってるんだよな・・・?





「だからあなたは素人だと言うんです!
 この件に関してはあなたは部外者です!余計な口を挟まないでちょうだい!」






「いいえ、部外者じゃありません!確かに私は経営に関しては素人かもしれませんが
 道明寺の事はあなたなんかよりよっぽど分かっています!」





聞きようによってはすっげえ愛の告白に聞こえるけれど・・・




この鈍感女は全く自覚無し



ただ心のままを言葉にしただけなのだろう




「今の言葉に嘘はありませんね?」




「ありません!」




「分かりました。ですが前言の撤回はしません」




「そんな!?何も分かって・・・」




「話しは最後まで聞きなさい!」




お袋さんの鋭い声に牧野の声が止まった





「前言の撤回はしませんが一度だけチャンスを与えます。
 司さんが買収した会社を道明寺の名を使わずに二年で倍の規模に出来たらその時は財閥への復帰を認めます。
 それから牧野さんには今回の騒ぎの責任を取っていただく意味で
 明日から二年間私の元でただ働きをしていただきます」





「なっ!?」




「勝手な事ばっか言ってんじゃねぇーぞ!」





牧野をお袋さんの元で?!




あまりの予想外の展開に成り行きを見守っていた俺と総二郎も言葉を失い


牧野に至っては完全に思考停止状態になっている





「どうしてこいつがババァのところでただ働きなんてしなきゃなんねぇんだよ!?
 そんな事、俺は認めねぇからな!」





「何度も同じ事を言わせないでちょうだい!
 牧野さんは先程、責任は取りますとはっきりと宣言されたのですよ!
 これは決定事項です!あなたは財閥を離れ二年間実力だけで勝負なさい!
 そして二年後、あなたが条件をクリアし財閥に復帰した際には正式に牧野さんとの結婚を認めます」





最後なんて言ったんだ・・・?




結婚を認めるって言ったんだよな・・・?





言葉の意味を確かめるため横の総二郎を見たけれど


総二郎もあまりの展開に口開けたままポカンとしてやがる






牧野なんてもう問題外でお袋さんの言った言葉の意味を上手く理解出来ていない様子






「・・・・・・マジ・・・か・・・?」





「今の言葉マジなんだな?」





「これ以上、あなた方を野放しにして道明寺の名前に泥を塗られるのは我慢出来ません!
 ですから牧野さんには私の元で道明寺の嫁として
 どこに出しても恥ずかしくないようにきっちり修行していただきます」





「やっと捕まえたんだから二年なんて待てるか!
 結婚させんなら今すぐさせやがれ!」






「言葉の使い方には気をつけなさい!
 この条件が飲めないのであれば結婚の話しは無しです!
 司さんには私が選んだ方と結婚していただきます!」






「だったら正式に結納は交わして婚約発表ぐらいさせろ!」





「結納は構いませんが発表は条件がクリア出来てからです!
 それまでは勝手な行動は慎んでいただきます」






「クソッ!分かったよ!そのかわり二年後は口出しすんじゃねぇーぞ!」





「結果が出せたのであれば口出しはしません」





「ちょ!ちょっと待って下さい!」





「何を待つんだよ!?」





「何をって・・・!全部よ!」





「二年も先延ばしになってお前も辛いだろうけど俺様だって気持ちは同じなんだ。
 ババァの言いなりってのが釈に触るけどこうなっちまった以上は俺達の将来の為に頑張ろうぜ!」





司は牧野の肩を抱き寄せながら言い聞かせるように優しく語りかけているけれど・・・




牧野の方はあまりの展開にパニクってますって表情だぞ・・・






「あああ・・・あんた何言ってんのよ?!
 私がいつあんたと結婚するのOKした?
 冗談じゃないわよ!結婚とか修行とか勝手に決めないでよ!」





「テメェ!俺様との結婚が不服だってのか?!
 お前は俺様と結婚しなきゃ誰とするって言うんだよ?!」






「誰とかじゃなくて結婚そのものをOKした覚えはないって言ってんのよ!
 私はこの辞令を撤回してもらいに来ただけなのに
 どうして結婚だとかって話しになってんのよ!?」






「お前っ!…二年も待つのが不服なんだろ?
 その気持ちは俺様も同じだって言ったじゃねぇか!
 けどこうなった以上はしょうがねぇだろ?」







「しょうがなくないわよ!!
 勘違いして勝手に話しを進めるな!」





「勘違いなんてしてねぇーぞ!
 お前は俺様と結婚する以外生きてく道は残ってねぇんだからな!」





「何よ?!また権力使うつもり?卑怯者!」





「ああ、使えるもんはなんでも使ってやる!
 だから逃げても無駄だからな!
 どこまでだって追いかけて行って必ず捕まえてやるからな!」






「卑怯者!変態!」







「なんとでも言ってろ!
 俺様はお前以外の女となんて結婚するつもりはねぇんだ!
 いい加減大人しく言う事聞きやがれ!」






「偉そうに上から目線で命令しないで!」





「二人ともいい加減になさい!」






果てしなく続きそうな司と牧野の争いを止めたのはお袋さんの鋭い一言だった




一喝されてお互い言い合うのは止めたけど睨み合いは続いたまま





「これは決定事項であなた方の意見は聞いていません!」





「そんな!勝手すぎます!」





「何が勝手なのです?!」





「結婚なんて一生の問題を本人を無視して決めるなんて横暴すぎます!」






「無視などしていませんしあなたは先程責任は取ると言ったじゃないですか?
 あれは嘘だったのですか?」






「嘘じゃありません!だけど責任を取って結婚なんて変です!
 納得出来ません!」





「テメェ!俺様との結婚が納得出来ないってどういう事だよ?!」







「五月蝿いわね!出来ないから出来ないって言ってんのよ!
 ややこしくなるから入ってこないで!」





「とにかく責任は結婚以外の方法で取ります!」






「家柄も才能も財産も無いあなたにどんな責任が取れるのです?
 今夜お集まりの方々の中には日本に駐在している各国の大使を始め
 世界中で事業を展開している道明寺にとって大切な取引先の重役の方々が沢山出席されているのですよ!
 あなたは場違いにもそのような場所で司に暴力を振るい暴言を浴びせたのですよ!」






「・・・その事に関しては社会人として軽率だったと思います。
 申し訳ありませんでした。ですけどその事と結婚は・・・」






「同じです!
 私は以前よりあなたを司から遠ざけ排除する事が道明寺家の為だと考え実際そのようにしてきました。
 ですが最近その考えを改めたのです」






「そんな勝手な事!」






「勝手なのはあなた方の方です!もうあなたを排除するのは止めました。
 悪い噂というのは広がるのが早いのです!今夜の騒動は明日には世界中に広がり道明寺家はいい笑い者です!
 それに司さんは先日、私が苦労してセッティングしたお見合いを
 あなたが風邪をひいたからとすっぽかし財閥に大変な損害を与えたのですよ!
 これ以上あなた方を野放しにして私の顔に泥を塗られるのは我慢なりません!
 したがって牧野さんには今後2年間は私の監督の元で
 道明寺家に相応しい女性になっていただくため修業していただきます!
 以上です!今後は反論も弁解も一切受け付けませんからそのおつもりで」





牧野に口を挟む余地を与えず一気にそうまくし立てたお袋さん





「そ、そんな・・・」





牧野はその迫力に圧倒され返す言葉が繋がらず


池の鯉みたく空気を求め口をパクパクさせている





「出来ないとおしゃるのかしら?
 それなら今後一切・・・」






「・・・で、出来ないなんて言ってません!!」





出来ないのかと問われると



元来の負けず嫌いがムクムクと頭をもたげてくる牧野







「出来ないなんて言ってません!あなたの元で2年間働けと言われるのならばそれに従います!
 だけど結婚は2年後自分達の意志で決めさせて下さい!」







「テメェ!こだわるとこそこじゃねぇーだろ!?」





「ごちゃごちゃ五月蝿いわね!私の人生が掛かってんだから口出ししないで!」





「俺達の人生だろーが!
 2年もなんて俺様は認めねぇからな!」





「五月蝿いからちょっと黙ってて!」





食い下がる司を強引にはねつけた牧野は


お袋さんに対しても一歩も引かない構えを見せている





「牧野さん?覚悟は出来ているのですね?」







「・・・は、はい!覚悟なんていつだって出来ています!
 貧乏人を舐めないで下さい!」







「分かりました。それでは結婚に関しては私は今後一切口出しはしません。
 2年後あなた方の意志で将来をどうするか決めていただいて結構です」






「ありがとうございます」





「話しは最後まで聞きなさい!ですが今言った事はきっちりと熟していただきます。
 私は甘くはありませんよ覚悟して挑むように」






「望むところです!」






「ちょっと待て!勝手に纏めんな!
 俺様は認めねぇーからな!」






司が割って入るけどお袋さんも牧野もすでに司の言葉なんて聞く耳を持っていなくて






話しが終わるとお袋さんは西田を伴いさっさと書斎から出て行ってしまい



牧野は入れ代わるように書斎に入ってきたタマさんに強引に引っ張っていかれてしまった




残されたのは俺達だけ





「なんかすっげぇ予想外な展開だな・・・」






総二郎が司の肩に手を掛けながら話しかけているけれど


司はそれどころじゃないようで



まだお袋さんと牧野の決めた事に納得していない





「うるせぇんだよ!俺様は絶対に認めないからな!」





「そんな事言ったってもう話しはついちまってんだから
 ここは大人しく2年頑張るしかねぇーだろ?」





「仕事の事言ってんじゃねぇーんだよ!」





「結婚にしたって2年も経てば牧野だって考えが変わるかもしれないだろ?
 ・・・まぁ可能性は低いけどな・・・」





総二郎の最後の余計な一言が司に火を注ぐ






「クソッ!俺様を無視して勝手に纏めやがって!
 やっぱ納得できねぇ!」








肩に置かれていた総二郎の手を払いのけると



お袋さんの後を追うように一人書斎を飛び出して行ってしまった司





「お前・・・煽りすぎなんだよ!」





司が飛び出して行ったドアの方を見ながら総二郎に言うけれど






昔っから司と牧野を煽り引っ掻き回して暇つぶししていた総二郎には馬の耳に念仏で





「そろそろ俺達もパーティーに出席しようぜ!」






とニヤリとしただけだった







パーティー会場に戻るとお袋さんは既に挨拶しようとする大勢の招待客に取り囲まれていて






司も同じような状況でお袋さんの元には近付けていない





俺達もそれぞれに挨拶に忙しくしばらくは別行動をしていた





挨拶をしている間は正直


タマさんに連れて行かれた牧野の事はすっかり忘れていた





やがて挨拶も一通りが済み総二郎の元へと歩み寄ると


司はまだ大勢の招待客に囲まれていた





司はまだ諦めていないようでお袋さんへ詰め寄るタイミングを見計らっているようだったけれど






大勢の招待客に阻まれて上手く近付けていない





パーティーはさっきの騒動なんてなかったかのように順調に進行していて





司にしてもこの状況だとお袋さんに詰め寄るのは難しいから





パーティーはこのまま終わると思っていた





挨拶が一通りすむとお袋さんが檀上に上がった





型通りの挨拶に続いて司が檀上に呼ばれると


同じくしてドレスに着替えた牧野がタマさんに連れられ檀上に登ってきた






先程の髪を振り乱したスーツ姿から



即席ではあるが髪もメイクも綺麗に整えられドレスアップした牧野は


遠目からは一応どこかのお嬢様には見える





とてもさっきまで司に飛び蹴りを食らわせ鉄の女と異名を取るお袋さんに


噛み付いていた女とは思えなかった






「あいつやっぱ化けるな!
 こうして見てるとそれなりに見えちまう俺の目が怖い」





「牧野は元々磨けば光るからね」






総二郎の目なんてどうでもいいし



類なんて静の次が牧野で女を見る目がおかしいんだから




俺に言わせればどいつもこいつも牧野を中心に問題ばっかで


お前ら全員おかしいとこだらけなんだよ!




なんて・・・心の叫びが声になる事はなく





檀上ではマイクを握っているお袋さんが牧野を側に呼びよせている





これから何が始まるのか・・・?





ってか・・・まだなんかあんのか?







呼ばれた牧野も事態が上手く飲み込めていない様子で


怖ず怖ずとお袋さんの隣に移動している





「本日は皆様にご紹介させていただきたい女性がいます。」





お袋さんはそう言うと一歩後ろに控えていた牧野を前へと押し出した







「牧野つくしさんです。
 つくしさんは英徳大学を卒業され私の息子であります司とは
 高等部の頃より公私に渡り親しくお付き合いさせていただいておりましたが
 この度、ご縁ありましてその関係を一段と深めたいと考え
 この場をお借りして皆様にご報告したいと思います」






事実上の婚約発表だった





婚約だとか結婚だとか一言も言ってはいないけれど





お袋さんが主催の道明寺家のパーティーでお袋さん自らが招待客に紹介するって事は



牧野は司の結婚相手だと言っているのと同じだ・・・






「牧野さんには今後私の元でビジネスの勉強をしていただく予定になっておりますので
 先々で皆様方とお顔を合わせる機会も出てくるやに思いますが
 その際にはご指導のほどをよろしくお願い申しあげます」






お袋さんはそう締め括ると最後に招待客に向かって深々と頭を下げ


隣の牧野もワンテンポ遅れて慌てて頭を下げているけれど・・・





あいつ・・・分かっててやってんのか?






お袋さんは結婚に関しては口は出さないと言っていた






確かにその通り・・・



さっきの挨拶の中に婚約、結婚という単語は出てきてはいない






だけど・・・





今の挨拶を聞いた招待客は100%




牧野が司の婚約者で将来お袋さんの跡を継いで財閥内で力を得る存在だと確信しただろう・・・






もう二年後自分達の意志でなんて悠長な事は言っていられない






今夜この瞬間から牧野は道明寺家の人間として扱われ


周囲からはそれ相応の振る舞いが求められる






明日になれば今夜の乱入の事なんてすっかりなかった事にされて


代わりに世界中に司の婚約者としてマスコミが騒ぎ立てるだろう





完全に外堀りが埋められてしまった




牧野はまだ気付いていないようだけど・・・





まぁ・・・いくら鈍感でも明日になれば事の重大さに気付くだろうけど




気付いた時には後の祭り・・・





後で牧野がどんなに騒いでも無駄なあがきになるだろう






呆気なくそれでいて一番予想していない展開であっという間に未来が決まってしまった牧野





俺としては二人が納まる所に納まったって感じだけど・・・





気掛かりが一つ残っている






それはずっと黙ったままの類だ






類な常日頃から牧野が幸せならそれでいいなんて言ってはいるけれど




いざとなるとその行動は俺達でさえ全く予想がつかない






「類?お前大丈夫なのか?」





確かめる意味合いも込めて話しかけてみると類は視線だけを俺の方へと流し





「何が?」





ととぼけた返事を返してきた






「だから牧野だよ!?」




「牧野がどうしたの?」






「とぼけてんじゃねぇよ!
 お袋さんが牧野を紹介しちまったから
 もう司とな結婚は決まったようなもんだろ?
 だからお前は大丈夫なのかって聞いてんだよ!」






「あきらの心配性は相変わらずだね。
 けど俺は大丈夫だよ牧野が幸せで笑っていられるんなら俺も幸せだし
 それにまだ時間は2年もあるんだし」






最後には俺の方を見て牧野が言う天使の笑顔で軽くそう言った類





「おまぇ・・・」






「大丈夫だって牧野を悲しませるような事はしないから。
 ほら司達の所へ行こう」





壇上から降りてきた司と牧野を取り囲んでいた祝福の輪が小さくなり


すっかり上機嫌の司とただただ戸惑うばかりの対照的な二人が俺達の方へと視線を向けている





一歩前を歩く類の背中に


さっきの言葉の意味を探してみるけれど




答えなんて見つかるわけない




あ〜〜!もう考えるのは止めだ!




まだまだ一波乱も二波乱な微妙な三角関係だけど




今度こそ決めた!




君子危うきには近づかずだ!



俺はもう関わらない!




後はお前らで好きにしてくれ!




「なぁあきら?賭けるか?」




「何にだよ?」




「二年後牧野が大人しく司と結婚するかそれとも・・・」




「それとも?」





「分かってんだろ?類が一発逆転で牧野をさらっていくかだよ!」





暇だな総二郎・・・





俺はお前ほどに楽しめねぇ・・・





「どっちにも賭けねぇよ!」





「チッ!ノリが悪いな!」




大きなお世話だ!!











           〜Fin〜

















              『お知らせ』
              このお話しはクリスマス→バレンタインデー→ホワイトデーと続いております。
              
              クリスマスのお話しはこちらからどうぞ♪
              バレンタインデーのお話しはこちらからどうぞ♪















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