ゲッ!?




日中の蒸し暑さが幾らか緩和されたとはいえ


オフィスビルから吐き出されるエアコンの熱で

オフィスが入るビルから一歩足を踏み出した途端に


まだまだねっとりとした空気が体に


纏わり付いてくる真夏の午後7時過ぎ






仕事を終え家路に着こうとビルを出た途端の第一声は


纏わり付いてくる湿気を含んだ空気に対しての物ではなく




ビルの目の前に堂々と・・・



って言うか・・・





わざとらしく目に付くように横付けされている高級車に向けられた物





車の主は分かっている





天使みたいな顔して私を混乱させる悪魔だ





悪魔に見つからないようにソッーと方向転換





再びビルの中に舞い戻り裏口へと向かう







吹き抜けの豪華な正面入口に比べ






警備員さんかメンテナンス業者さんしか使わない



殺風景な裏口の無駄に重い扉をソッーと開け



顔だけを出して左右を見回してみる





やっぱり・・・







ビルの角に立つ電柱の影に隠れるように止まる高級車





こっちは私を簡単に閻魔大王のいけにえに差し出す血も涙も無い鬼




こっちもダメなわけね・・・




表の悪魔と裏の鬼・・・




ハァ〜






ため息と共に再び裏口の扉もソッーと閉めるとしばし考え込む





残る逃げ道は一つ・・・





あそこしか無いわけね・・・





なんでこんな鬼ごっこみたいな事してるかって不思議に思うでしょ






実際、私も不思議だもの





自分の事なんだけど




こそこそ逃げ回るような事


性に合ってないのは十分自覚してるんだけど




解決方法が見つからなくて


今は逃げ回る事しか出来ていない





結局の所、あいつらから逃げ切るなんて事


不可能だって分かってるけど





自分の中で何一つ答えが導き出せていない今はとにかく逃げるのみ




逃げて逃げて逃げまくってやる!!





って・・・




言葉は勇ましいんだけど・・・






とりあえず私の今の状況をかい摘まんで説明するわね




表に居たのは花沢類で裏に居たのは西門さん





共にターゲットは私だけど




目的は全く正反対









私・・・牧野つくしは現在29歳




流行りの言葉で言うとアラサー





正真正銘の独身





別に胸張って言う事でも無いと思うんだけど



一応ね・・・



バリバリのキャリアウーマン街道を一人驀進中





周囲からは驀進しすぎるあまり婚期だとか・・・



いろんな物を逃したって噂はあるけど




そんな雑音いちいち気にしてられない




あの日、テレビの記者会見で道明寺が言った言葉





    ”四年後迎えに来ます”






簡単な事では無いと分かってはいたけれど



私はあの言葉を信じていた





そして互いに歩む未来を信じて夢見ていた







その為に努力だってしたし


覚悟だって決めていた





今から考えれば儚く幼い夢だったのかもしれないけれど





例え幼くとも




どんなに儚くとも






あの時はあの時なりに精一杯真剣だった





だけどそんな幼い夢は私が大学部の三回生の時に露と消えてしまった






折りからの経済危機で道明寺だけでなく


世界中の一流企業が軒並み経営危機に陥り


世界中で失業率が跳ね上がっていたあの時期





すでに大学の卒業が決まっていた道明寺は



経済危機から財閥を守る為にあれほど嫌悪していた政略結婚を選び




私が夢見た未来は夏空の下に儚く露と消えた






就職活動真っ只中だった私は世界的規模の経済危機と共に人生の目標も見失い


新たな目標を見つける事も出来ず就職活動は全戦全敗で



紅葉が過ぎ落葉樹が葉を全て落とし


街行く人々が寒さに肩を竦める季節になっても


将来が見えないままドツボに嵌まっていた


そんな私を見兼ねた美作さんが


美作商事への入社を薦めてくれた






ドツボに嵌まりまくりのくせに



コネ入社なんて嫌だと意地を張る私を


美作さんが根気強く諭してくれたお陰で今、私はここに居る






その事は感謝しているし


コネ入社だって言われないように


女だからって性別で区別されない為に


がむしゃらに頑張ってきた






頑張ってきたから100%じゃないけれど満足してるし


それなりに充実した毎日を送っている






そんな毎日に突然降って湧いてきたのが離婚した道明寺



離婚後も一年程NYに留まっていた彼が帰国したと聞いたのは半年程前



道明寺は私が美作さんに帰って来たと聞いた翌日には私のマンションの前に居た




話しがしたいと言われ


促されるままにリムジンに乗り込んだけれど





私の中には再会の感動も気持ちの高揚感も緊張も無く



やり直したいと告げる彼の言葉をただ他人事のような感覚で聞いていただけ





私の中には今さら彼という選択肢は残っていなかった




ただそれだけなのだけれど





彼は私の答えに納得してはいない





彼との未来を夢見ていたのは事実だけれど





それは世間知らずな女の子が見ていた夢物語りだ





世間知らずの夢見る女の子が悪いとは思っていないけれど





十分すぎる程に世間の荒波に揉まれてしまった30前の女にとっては



夜部屋で一人お酒でも飲みながら



あんな時もあったのだと思い出し少し感傷に浸るだけの過去の思い出でしかない



夜が明け新しい一日が始まる頃には忘れている




道明寺の事は嫌いでは無い




好きかと聞かれればそうだと答えられる





けどそこまで





好きだけれど今の私は彼を愛してはいない





どれだけ愛されていたとしても


今の私は愛だけではどうしようもない事が存在する事を知っているから




現実・・・




嫌な言葉だ・・・





人によっては都合の良い言い訳にしか聞こえないかもしれないけれど




私は現実を知っている






どれほど彼に愛され大切にされようとも私はもう道明寺の奥さんは出来ない



彼の住む世界では生きてはいけない




これが現実だ





培ってきた物を全て捨て



どれほど努力しても前の奥さんと比べられる生活を決心するのは


無駄に築き上げてきたプライドが許さない






道明寺は私に全てさらけ出せと言う





今の私の全てを受け止めるからと言うけれど



今の私には彼に全てをさらけ出す事なんて出来ない




なら花沢類には?



と聞かれると・・・




これもまたダメ




道明寺よりは冷静に話しを聞いてくれるだろうけど




自分でも説明のつかない矛盾だらけのこの感情をさらけ出す事なんて出来ない




簡単だよ・・・




説明のつかない感情を矛盾ごと全部そのまま素直にさらけ出せばいいだけなんだから・・・





花沢類のそんな声が聞こえてきそうだけれど




ダメ・・・




素直になんて余計出来ない・・・




だから花沢類とも結婚なんて出来ない






”大丈夫、俺も結婚願望ないけど牧野となら楽しそうだし
 とりあえず付き合ってみない?”




なんてプロポーズの後に笑顔で言われても


私はここから動けない





桜子はこんな私を贅沢だって言うけど



やっぱり私は動けない




ハァ〜







口をついて出るのはため息ばかり・・・






今夜もまた鬼ごっこの果ての一人寝






理想と現実の間でため息ばっかりついてたって仕方ないから


とりあえずここから脱出するために地下の駐車場へと向かう






地下へと降りるとちょうど美作さんが車に乗り込むところ



グッドタイミングでヒールを響かせ車に駆け寄ると



ドアを閉めかかっていた運転手さんの横から車の中へ滑り込んだ





「お前、またかよ?!」






滑り込んで来た私にたいして驚きもせず


呆れた口調でそう言った美作さんは無視して


座席には座らず彼の足元に体を隠した






「いいから早く出して!
 見つからないでよ!」






足元に体を隠す頭上から美作さんの盛大なため息が降り注ぎ


車はゆっくりと動き始めた






地下駐車場から出た車はビルの前に停まっているであろう


花沢類の車の横を通り過ぎ夜の街を走り抜けて行く




ビルから出てしばらく伏せたままだった体から顔だけを上げる






「もう大丈夫?」





「ああ・・・」






足元から見上げる私の視線と


見下ろす美作さんの視線がぶつかる






「な、何よ?」




「いや・・・お前・・・」





「お説教なら聞かないからね!」





「説教なんてする気ねぇーよ!
 それよりお前のその体勢・・・なんかエロいぞ・・・」






「ん?!」






「俺の足の間にしゃがみ込んでるその格好だよ!」







慌てて車に乗り込んで足元に隠れてたから気付いてなかったけど・・・



今の私の体制って・・・






ちょうど顔が美作さんのこか・・・あたりに!?





「ギャ!!スケベ!変態!」







「俺がやらせたわけじゃねぇーだろ!?
 ったくお前は・・・」







走る車の中から慌てて体を起こし


美作さんから離れて座る





「ったくお前は・・・」






「あっ!ストップ!
 近くの駅で下ろしてくれればいいから!」







美作さんの口から再びため息交じりのお説教が飛び出す前にいつものように告げた






「分かってるよ!」





「そっ、ありがと」







勝手に乗り込んどいて我が儘だって思われるけだろうけど



今は誰の言葉も聞きたくない






美作さん達には道明寺から逃げ回るなんて悪あがきにしか見えないだろうけど



私にはこうする事しか出来ない






道明寺にはやり直したいと言われた時に



混乱してたけれどちゃんと気持ちは伝えたつもり






彼には納得出来ない理由だったとしても


それは私の責任じゃないと思っている






幸い彼は忙しいから直接電話が掛かってくる事は滅多に無いけれど




その代わり月に一、ニ度今日みたいに前には花沢類で裏には西門さんが待ち伏せしている






花沢類はいつもプロポーズの返事について



特に何も言わないでただ食事するだけだけど


何も聞かれないのが逆に居心地が悪かったりもする





西門さんは道明寺に言われて私を捕獲しに来ただけ


そのまま笑顔で私を道明寺に差し出して帰って行く





道明寺とは会う度



話しをする度に互いの温度差に息苦しくなるだけ





どこまでも果てしなく平行線






「おい!聞いてんのか?」




「ん?」




「しっかりしろよ!
 着いたぞ!降りないのか?」





「あっ・・・うん・・・ありがと」





「ハァ〜大丈夫かよ?」





「ん?大丈夫!大丈夫!」





呆れ顔の美作さんを見ないように自分でドアを開け車から降りる






大勢の人々が行き交う駅前を


地下鉄の入口目指して歩き始めると


背後から美作さんの声が追い掛けてきた





「オイ!牧野!」




「ん?」





振り向くとそこには窓を下げ少し顔を出した美作さん






「後の事は俺がなんとかしてやるから
 お前はお前らしくどこまでも突っ走って猛獣から逃げ切ってやれ!」





そう言い終えると私の返事は待たず車は走り始めてしまった



走り去る車の窓から突き出ていたのは美作さんの腕



夜空に向かって伸びるように突き出されていたVサイン




あれ・・・?




なんかギュンときた・・・




今時のダッサイVサインになんかギュンときた・・・




何なんだろう・・・この気持ち・・・?











あ〜ぁ・・・あたしってほんとバカだ・・・







ため息混じりについポロリと口から零れ落ちた本心




それを無理やり隣に座っているバカ男は聞き逃さなかった







「今頃気付いたのかよ?!
 イテッ!」






「五月蝿い!独り言に入ってこないで!変態!」






もっともな突っ込みに思わず手が出る







「お前なぁ〜殴るなよな!それに変態なのはこんなとこでため息ついて
 独り言言ってるお前の方だろうが!」






「五月蝿いわよ!話しかけないで!」






「勝手だな!まぁ、そんなとこも俺様には可愛いんだけどな!」






もう答える気がしなくてそれ以上は黙って無視してたけど



隣のバカ男はずっと何やらほざいている





道明寺がさっき言った


こんな場所・・・




確かにこんな場所でため息ついて独り言言っちゃってるあたしはバカだ





それも大馬鹿者だ・・・





あの夜のギュンから3ヶ月






華やかな披露宴の会場




ひな壇に座るのは美作さんと桜子






今日は二人の結婚式





この3ヶ月間ずっとギュンの正体を分からないフリしてきた






分かっているのにそれを認めない





認めてしまえばそこで私の失恋が決定してしまうから





認めなくても失恋は決定的なんだけどね・・・





なんとなく自己防衛本能で


気付いていないフリを続けていれば


このまま何もなかった事に・・・




失恋しなくて済むんじゃないかなぁ〜って





浅はかな考えにがんじがらめ






けど気付かないフリを続ける事が出来なくて



結局、中途半端なまままたドツボにはまって抜け出せない






豪華な披露宴での独り言をしっかりと


横のバカ男に聞かれてますますドツボの自己嫌悪





もちろん桜子の事は祝福してるし



心から美作さんと幸せになって欲しいと思っている






あがく事もせず気付いた時には




時すでに遅しの独りよがりの失恋なんて


誰にも知られず墓場まで持っていくのが一番だ




私は桜子の事を本当に好きだ



美作さんの事も好きだった





二人の親友として自分のポジションは分かっている





美作さんの事は本当は今でも進行型で好きだけど


今日・・・この瞬間からは過去型に





大丈夫!



これぐらいのドツボ



今までだって何度も経験してきたんだから



今回だって絶対に抜け出せる!





抜け出してやる!





そしてまた素敵な人を見つけてやる!!






「いい男なら目の前にいんだろ?!」





ヌッ〜と私の目の前に顔を出してきた道明寺




「ん?どこ?」





「ここにいんだろーが!」




「あ〜・・・却下!」





「テメェ!いい加減にしとけよ!!」





「・・・って・・・どこ行くのよ?!
 こっちって家とは反対方向じゃない!」






「うるせぇ!ボッーとしてるお前が悪い!
 着いたら分かるから大人しく座ってろ!」







「何よそれ!?送ってやるからって無理やり車に押し込んだのはあんたでしょ?!
 停めてよ!今日の私はあんたとくだらない口喧嘩する気分じゃないのよ!」





「うるせぇ!もうすぐだから大人しく座ってろ!」






それっきり隣のバカ男は黙ってしまい


何を言っても返事は無し




やがて窓の外には懐かしい建物が・・・






「ねぇ?もしかして英徳に向かってる?」





「あぁ」





「なんで?」





「あそこは俺達の原点だろ」





「原点?」





「そうだ、さぁ着いたぞ!
 降りろ!」





「偉そうに命令しないでよね!」





何が原点なのよ?!




ブツブツと独り言を言いながらも道明寺に促されるままに車から降りる




久しぶりに足を踏み入れた英徳は懐かしい匂いがした




夜中の高等部の校舎を道明寺の後に着いて行く




道明寺は迷う事なく歩を進めたのは非常階段だった





「本当は屋上の方がよかったけど
 やっぱお前はこっちだろ?」






「ん?何がこっち?」





「こっちの方が落ち着くだろ?」





「落ち着かせる為にわざわざ連れて来たの?」






「あぁ」




私はずっと冷静よ!


と反論しようとした瞬間



道明寺は非常階段の手摺りに手を掛け少し身を乗り出すと






”牧野〜!愛してるぞ〜!
 ずっとずっと今までもこれからも永遠にお前だけを愛してるぞ〜〜!!”




と大声で叫んだ





夜空に吸い込まれていく道明寺の声





叫び終わった道明寺は驚いている私の方を振り返ると





「お前もやってみろよ!すっきりするぞ!」






「なっ!・・・い、嫌よ!叫びたい事なんてないもの!」





「なんだっていいんだよ!
 今の気持ちを叫べ!」






「いちいち命令しないでよ!」





「いいから早くしろよ!」






「分かったわよ!叫べばいいんでしょ!?
 だったらあんたは後ろ向いて目閉じて耳塞いでて!」





「注目の多い女だな!?」






呆れたような目で私を見てそう言った道明寺をキッと睨みつけると


道明寺は諦めたように軽く両手を上げると私に背を向けた





「ちゃんと目は閉じた?」




「あぁ、閉じてる」





「耳は?」




「ハァ〜分かってるよ!
 ほら閉じたぞ!」





道明寺は私が言った通り背を向け目を閉じ耳を塞いでくれた





自分でさせといてなんなんだけど


そのちょっと間抜けな姿に軽く笑ってしまいながらも




前に向き直り両手を広げ胸一杯に大きく息を吸い込んでから


夜空に向かって思いの丈をぶつけた






「道〜明〜寺〜の大〜バカ野郎〜〜!!」





「王様の耳はロバの耳〜〜!」





「はぁ〜すっきりした!」





「すっきりしてんじゃねぇよ!」






そう背後から聞こえてきた声には怒気が含まれていた






「何がよ?好きな事叫べって言ったのはあんたでしょ?」





「俺は今の気持ちを叫べっつたんだよ!」






「だから今の素直な気持ちを叫んだじゃない!
 こんなに素直に思ってる事を声に出したのってほんと久しぶり!
 すっきりした!ありがとね道明寺!」







「自己完結してんじゃねぇーよ!」





「さぁ!すっきりしたし帰ろ!送ってくれるんでしょ?」




「まだ終わってねぇ!
 たまには俺様の話しを真剣に聞きやがれ!」





「聞いてるわよ!
 あっ!そうだ!まだお礼言ってなかったね。
 ここに連れて来てくれてありがとね道明寺!
 お陰ですっきりした!あんたってやっぱいい奴なんだね」





「どこまでもムカつく女だよな・・・お前って・・・
 惚れてる女にいい奴だなんて言われて嬉しいと思うか?」






「・・・・・・そんな事言われても・・・
 いい奴だと思うからそう言っただけで
 深い意味は無いんだけど・・・?」






「疑問型でしゃべんな!それに今のセリフ更にムカつくぞ!
 お前はもうしゃべんな!!」





「何よ?!勝手な事ばっかり!」





「うるせぇ!とりあえずお前はこれ持っとけ!」





そう言って道明寺がポケットから取り出したのは指輪が入っているケース





「何よこれ?」





「俺様の気持ちだ!」





「気持ち?・・・が、なんで二つあるわけ?」





「一つは結婚が決まってお前と別れた後に作らせたもんだ
 もう一つは離婚してこっちに戻ってから新たに作らせたんだよ!」





「・・・へっ・・・へ・・・へぇ〜〜〜・・・・・・」





道明寺の言葉に思わずのけ反りながら脳内がフリーズ




言葉に詰まって目が泳ぎまくり






「で?それだけかよ?」






「えっ・・・あ・・・いや・・・なんて言ったらいいのか分かんないんだけど・・・」





「ハァ〜もういいよ!
 お前はなんも考えなくていいから
 とりあえず俺様の気持ち有り難く受け取っとけ!」






「いや・・・あのさ・・・気持ちは嬉しいんだけど・・・
 って!ちょっと私の話し聞いてんの?!」





私の手には道明寺が強引に握らせた二つの指輪ケース




「牧野!お前はそのまんまでいろ!」





「・・・ん?」





「どんなお前でも俺様の気持ちは変わんねぇから
 お前はお前らしく真っ直ぐに突っ走ってろ!」






「何よそれ?」


「いいから!けど忘れんなよ!
 俺は地獄の果てまでだって追っ掛けてやるからな!気合い入れて逃げろよ!」





ストーカー宣言か?




「・・・・・・ギュンとこない・・・ぞ・・・?」






「あん?なんか言ったか?」






「ううん・・・別に・・・
 あっ!ちょっとごめん」








目を細め見下ろしてくる道明寺にたじろぎ思わず後退りしかけた時


ちょうどタイミングよく携帯が鳴った










「もしもし?」





”お前今どこにいる?”





「オィ!男か?!誰だ?!」





「ちょっと!静かにしてよ!」






携帯から漏れ聞こえてくる声に道明寺が割り込んでくる






「もしもし?美作さん?どうしたの?」






”まだ司と一緒なのか?!”





「オィ!誰なんだよ?!答えろ!」






「ううん、一緒だけど・・・
 って!美作さんからなんだからちょっと黙っててよ!」







「あきらがお前に何の用なんだよ?!」






「それを今聞いてるんでしょ!ちょっと静かにして!」







「もしもし?道明寺なら一緒にいるけどどうしたの?道明寺に代わる?」






”いや!絶対に代わるな!
 いいかよく聞けよ!今すぐ司を撒いて一人でこっちに来い!”






「そ、そんな無茶な・・・」





”無茶でもなんでも今すぐ来てくれ!”






「それは不可能に近いと思うんだけど・・・?」






横で獣のようにガルガルと唸っている道明寺を見ながら言葉を返すものの






美作さんから返ってきた言葉は・・・






”お前は不可能を可能にする女だろ!?
 今までだって奇跡を起こしてきたんだから気合いでなんとかして俺を助けてくれ!
じゃないと桜子に離婚される!そんな事になったらお前の責任だからな!”






不可能を可能にって・・・



いつから私はそんな奇跡の女に昇格したのよ?!








「ちょ、ちょっと落ち着いてよ!離婚されるだとか一体何があったの?」







”類だよ!お前が司と消えたから臍曲げて俺の部屋に居座ってんだよ!
 お前が来ないと帰らないの一点張りでお陰で桜子まで機嫌が悪くなって
 こっちは大変なんだよ!俺は新婚なんだぞ!今夜は初夜なんだぞ!
 分かったらそのバカ撒いて早く来い!じゃないとボーナスカットだからな!!”






「そ、そんな!ボーナスカットなんて困る!
 って!美作さん!ちょっと!切らない・・・でよ〜!!」






あ〜あ〜切れちゃってるじゃない・・・!





ボーナスカットだなんて冗談じゃないわよ!!



花沢類は何やってんのよ〜〜!







「オィ!今、類がとか言ってなかったか?!
 あきらは何の用だったんだよ?!」





「えっ?!あっ!なんでもない!大丈夫!
 それより疲れちゃったから帰りたいんだけど。
 送ってくれるんでしょ?」






道明寺を撒くなんて不可能だから



とりあえず一度自宅に戻ってからタクシーで


美作さんと桜子が泊まってるメープルに急ごうと思ったんだけど・・・







「お前なんか俺様に隠してるだろ?!
 あきらは何の用だったんだよ?!言わねぇーとここで押し倒すぞ!!」






なんつー脅しだ・・・・・・






「だから!たいした用じゃないの!今日はありがとうってお礼よ!
 そう!お礼の電話だったの!だからバカな事言ってないで早く帰ろ!」







「いいや!帰んねぇ!お前はなんか隠してる!
 それを突き止めるまで帰さねぇからな!」






「そ、そんな・・・何も無いから!」





「どうしてもお前が口割らないてんなら俺様にも考えがあるからな!」





そう言った道明寺は自分の携帯を取り出すとどこかに掛け始めた





「西田か?今すぐあきらんとこぶっつぶせ!」






「ちょ〜〜!!何言ってんのよ!
 もしもし西田さん?牧野です!今のは無しで!」






たった今、披露宴に出席したばかりの親友の会社を潰せと



ありえない指示を出す道明寺から携帯を引ったくり慌てて西田さんにそう告げると





”畏まりました。ご安心下さい牧野様”






冷静な声でそう返してくれた西田さんにすみませんと謝り電話を切り


道明寺を下から睨み付けるように見上げる





「ちょっと!どういうつもりなのよ!?」







「お前が正直に話さねぇのが悪いんだろ!
 さっさと話せ!じゃねぇーとマジでぶっつぶすぞ!!」






いくら道明寺でもそんな事は出来っこないって頭では分かってるんだけど


一日の疲れと迫りくる道明寺の勢い負け



とうとう本当の事を話してしまった







「んだよ!そんなの簡単じゃねぇかよ!
 わざわざお前が行く必要ねぇだろ!」






「簡単じゃないわよ!花沢類が頑固なのは知ってるでしょ!?
 とにかく美作さんが困ってるんだから私が行って
 花沢類を説得しなきゃダメなのよ!」









「行く必要ねぇ!誰が類のとこなんて行かせるか!
 とにかく類の事は俺様に任せろ!」






「何するつもりなのよ?!」






「類を引っ張り出しゃいいんだろーが!」






「乱暴な事しないでよ!」







「うるせぇ!とにかく俺様に任せとけ!」






道明寺はそう言いが早いか私が持ったままだった携帯を取り上げると


再び誰かに電話を掛け始めた








「斉藤か?今すぐあきらんとこから類を引きずり出せ!
 抵抗したらぶっ殺してもかまわねぇ!」







「ちょ!ちょっと待った!!
 乱暴な事はしないでって言ったでしょ!」






また慌てて道明寺から電話を奪うとSPの斉藤さんに



”今のは忘れて下さい!”とだけ伝え電話を切った




やっぱ話すんじゃなかった・・・




ほんとにロクな事思い付かないんだから!!






「やっぱ私が行くから!」





「お前を一人で行かせられるか!」







「・・・なら・・・あんたも一緒に来ればいいじゃない!
 ただしあんたはロビーで待ってて!それならいいでしょ?!」







「分かったよ!最大限譲歩して部屋には入らねぇよ!」






最大限譲歩してって・・・





ハァ〜〜







けどなんとかこれでボーナスカットなんて最悪の事態は避けられるかもしれない






「分かったわ!じゃあ早く行こ!」






道明寺がまた何か言い出す前に行ってしまおう!





再び道明寺のリムジンに乗り込み




さっきまで披露宴が行われていたメープルへと逆戻り





車内での道明寺は私のピッタリ横に座り何やら機嫌が良い





一緒に行ってもいいと言ったのがそんなに嬉しかったのかしら?






「なぁ?ついでだからこのままメープルに泊まってくか?」





なんのついでなのよ?!





意味が分かんないわよ!!





「なんでメープルに泊まらなきゃいけないのよ?!
 私は自分の部屋に帰るわよ!」






「帰さねぇっつただろ!」






「私は帰りたいの!
 泊まりたければあんた一人で泊まればいいでしょ?!」







「俺達の新たな始まりの第一歩なんだぞ!
 やっぱ泊まるだろ?!」






俺達って複数形で言わないでよね!





「勝手に始めないで!
 とにかく私は泊まらないからね!!」







きっぱりくっきりとそう宣言すると



これ以上は話す気は無いという意志表示に



道明寺とは反対方向に顔を向け窓の外を流れる東京の夜の街並みを眺めていた



だから道明寺がまた電話を掛け始めていた事に気付くのが遅れてしまった・・・






「俺だ!今すぐメープルのインペリアルスィートを押さえろ!」





ん・・・?!





「無理だと!?なんでだ!?」






今、インペリアルスィートって言ったわよね?





メープルのインペリアルスィートは一室しかないはず・・・?




そこには今夜、美作さんと桜子が宿泊してるはずじゃ・・・?






「ハァ!?宿泊者がいるだと!?」





やっぱり美作さんと桜子が宿泊してるんだ・・・





「追い出せ!今すぐその客追い出して部屋を空けろ!」





ちょ、ちょっと!何言ってんのよ?!








「ハァ?!あきらだろうと誰だろうと構わねぇんだよ!
 とにかく追い出せ!!分かったな!」






分かるか〜〜!!!





なんだかもういろんな意味で限界で



考えるよりも先に手が出ていた







リムジンの車内にバキッと骨が鳴る嫌な音が響いた後、


道明寺が携帯を握り締めたまま座席に倒れ込んだ




一発KO!




やるじゃない私!






気を失ったまま携帯を握り締めていた道明寺から



電話を奪い取ると電話の向こうでバカ男に突き付けられた



無理難題に慌てているであろう誰かに




”今のは忘れて下さい!”




とだけ早口で告げて電話を切った





ハァ〜〜・・・・・・





ため息と共に道明寺が目を覚まさないかドキドキしながらも



リムジンは順調にメープルへと走っている





座席で眠ったままの道明寺が目を覚ます前に早く早くと一人焦りまくりの私・・・






なんとか目を覚ます前にメープルのエントランスにリムジンが滑り込んだ




まだ完全に停まりきっていないリムジンのドアを自ら開け降り立つ





私が降りた事に気付いた運転手さんが慌てて運転席側から駆け寄って来たけど


それには構わずさっさとドアを閉めた






「道明寺はこのままお屋敷に帰るそうなのでよろしくお願いします」





「で、ですが牧野様・・・司様は・・・」






窓には中の様子が見えにくいようにとスモークが貼られているとはいえ





完全に中の様子が見えないわけじゃない・・・





少し身を屈め中を覗き込んだ運転手さん






「道明寺は疲れてるみたいで少し横になってるだけなので大丈夫ですから!
 このままとっととお屋敷に連れ帰っと下さい!お願いします!」






「ま、牧野様・・・それでは私が司様に殺されてしまいます!
 お屋敷に戻るのであれば牧野様もお車にお戻り下さい!」








「だ、大丈夫ですから!後でお屋敷のタマさんに連絡しておきますから!
 お願いします!今夜は見逃して下さい!」






そう言いながら渋る運転手さんの背中を押し


無理やり運転席へと押し込みドアを閉めた




運転手さんの泣きそうな顔に心が痛む




心の中で運転手さんに謝りながらも



そこは見ないフリで・・・



私は振り返らずにメープルの中へと足を向けた







夜中のロビーは流石に人が少なく


大理石の床にヒールの足音が響く





静かなロビーを横切り


インペリアルスィートへ直行出来るエレベーターの方へと歩いていると


背後から私を呼ぶ声が聞こえてきた





「牧野」





振り向くと披露宴の時に着ていたタキシードのタイを外し


前を開けた格好の花沢類が立っていた






「花沢類!もう何やってるのよ!」







「牧野が司と消えちゃったから。
 俺を置いて行くなんて酷いよ牧野」







「え・・・ごめん・・・って!
 だからって美作さんの部屋に立て篭もる事ないじゃない!
 電話くれれば済む話しじゃない!」






「だって司と一緒だったから・・・」






「あ〜分かったからそんな顔しないでよ!
 なんか私が悪い事してるみたいじゃない!」








両方のポケットに手を入れたままで俯き加減の


少し潤んだような上目使いで見つめられると弱い




なんだか自分が酷い事してるような気になってくるからダメ・・・






「とにかく迎えに来たんだからいいでしょ?もう遅いし帰ろ!」





「ねぇ牧野?牧野も明日から休みだから旅行行かない?」





「ん・・・休み?旅行?」





「そう、だから二人だけで別荘へ行こ」





「ちょ、ちょっと待った!話しが見えないんだけど・・・?」





「どうして?」






どうしてって・・・



それは私が聞きたいわよ!





「私は休みじゃないわよ?明日も明後日もずっと仕事だけど?」





「違うよ。牧野は明日から2週間休みだよ」





「いや・・・だから・・・どうして?」





「だってあきらも休みでしょ
 だから牧野も休み!」






ハァ?


どうして美作さんが休みだからって私まで休みになるのよ?!






「どうして美作さんが休みだからって・・・美作さんは新婚旅行に行くから・・・」





「牧野も新婚旅行行きたかったの?」





「いや・・・そうじゃなくて!」





疲れる〜






「また司に邪魔される前に早く行こ」






「いや!ちょっと待って!」






私の腕を掴み強引に引っ張って行こうとする花沢類の手を押さえ抵抗するけど




花沢類は私の力なんてまるで感じていないかのようないつもの表情で






「あっ、あきらからの伝言
 休みとらないとボーナスカットだって」




「えぇ〜〜〜!!」






一難去ってまた一難・・・





もうすでに腐れ縁ともいえる男達に振り回され続ける私の人生





いや!人生なんて大きなカテゴリーで考えて感傷に浸ってる場合じゃない!






とにかく今は目の前の超〜難関を突破しないと!






「牧野、逃げても無駄だよ」





ひぇ〜・・・・・・




綺麗な笑顔で言わないで!!





「ハハハハ・・・」






顔は引き攣りながらなんとなく口から零れた乾いた笑い・・・





笑顔で言われると逆に怖い・・・







どうしよう?



このままだと本当に連れて行かれちゃうじゃない!






あ〜あれこれ考えている間にも花沢類に腕を引かれ私の体は少しづつ前へ・・・





ホテルのエントランスに出ると計ったようにスッーと目の前に滑り込んできたリムジン





ん?リムジン?




花沢類ってリムジンなんて乗ってたかしら?





私が知ってるリムジン乗ってる奴ってあいつだけだけど・・・?





ひぇ〜〜!!






目の前に停まったリムジンのドアが開いて降りてきたのは・・・






やっぱり道明寺!?






も、戻ってきちゃったのね・・・






「類!牧野から手離せ!」






言うが早いか花沢類に殴り掛かった道明寺






ゲッ!






もう言葉なんて出てこなくて





私から出てくるのはゲッとかギャとか擬音ばっかり





真夜中のホテルのエントランスで殴り掛かってる道明寺と


その並外れたパンチを笑顔で交わしている花沢類と


なんだか全てが阿保らしくなってきちゃった私





今日は一日疲れたな〜





あ〜ビール飲みたい!








どうせ明日から休みなんだし帰ってシャワー浴びて



すっきりして今夜はアラサー女一人で深酒して眠りにつこう





そしたら明日の朝には全部綺麗さっぱり忘れてるから





よし!帰ろ!




帰っちゃえ!





まだ喧嘩してる二人をそのままに駅の方へと歩き出す





真夜中の街は歩いている人は疎ら





綺麗に舗装された歩道のど真ん中をズンズンと駅へと向かって歩いて行く





駅へと向かう途中、有名なブランド店のショウウィンドウに


綺麗にディスプレイされている靴を見つけて思わず立ち止まる




そうだ!明日いつもより少し寝坊して新しい靴を買いに行こう!




とびっきり素敵な靴を買いに行こう!





そしたらその靴が素敵な未来を連れて来てくれる気がする







「お前靴欲しいのか?」






「ん?」





横を見るといつの間にか追い掛けてきていた道明寺と花沢類






「昔ね・・・憧れてた素敵な人に教えて貰ったの・・・
 いい靴を履くとその靴が素敵な未来に連れてってくれるって」




「ふ〜ん」





「ふ〜んって!着いて来ないでよ!」





「俺達も電車で帰るんだよ!」





「切符の買い方も知らないくせに!」





再び歩き始めた私の後ろを着いてくる二人






「それは類がなんとかする!」





無責任にそう言い切った道明寺






「そっ!じゃあ好きにすれば!」






そう言うと道明寺と花沢類は私を間に挟むように並んで歩き始めた






「夜道は危ねぇから手繋いでやるよ!」





「要らないわよ!」





私の右側を歩く道明寺が強引に私の指を絡め取るように手を繋いでくる





「じゃあ俺も」





そう言うが早いか今度は左側を並んで歩いていた花沢類も


道明寺と同じように指を絡めてくる・・・





「類!テメェは離せ!」





「ヤダ!司こそ離れろよ」






二人の身長は軽く180を超えていて


私の頭越しに飛び交う言葉



頭に唾掛けないでよ!




二人に挟まれ手を繋がれて歩いてる私はまるで昔テレビで見た


人間に捕まった灰色の宇宙人みたいじゃない・・・




あ〜あ〜早く帰ってビール飲みたい!!








〜Fin〜









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