小さな漁港の横にある


定期連絡船の船着き場に着いたのは


午後を少し過ぎた頃


南国特有の陽射しが頭上から降り注ぐ中を一歩踏み出す
















東京を出たのは早朝

チャーター便を乗り継ぎ空港の無いこの島へ秘書もSPも伴わず一人で足を踏み入れたのは


止まったままの時間…


いや…自ら止めてしまった時間を確かめるため






島の外周をぐるりと一周するように舗装されている道路を一人ではやる気持ちを抑えながら歩く


左手には海


右手にはサトウキビ畑を見ながら東京では見かけなくなった木製の電柱を何本も通り過ぎる



港から10分程歩いたところでサトウキビ畑の向こうに見えてきた一軒の家





その家へと続くまだ舗装されていない横道に入る






三軒並んで建つ平屋家屋にはそれぞれブロック塀で取り囲まれていて

門扉は付けられていないがその代わりに

この地方特有の護り神が不意な侵入者を拒むようにこちらを睨んでいる




舗装されていない足元の砂利を踏み締めるように門の前に立った



この期に及んであと一歩が踏み出せない





あの日もこんな夏の日だった





今更何を言ったところで言い訳にもならない事は分かっている





俺はここへ言い訳をしに来たわけじゃない






俺はあの夏の日


この世でたった一人


愛していたはずの彼女を裏切り


自らの浅はかな行動で自身の未来もぶち壊してしまった






NYから戻って3年


仕事に追われ時間に追い立てられる毎日の中で


少しづつ少しづつ現実の世界で生じ始めた理想とのギャップ





牧野に不満があったわけじゃない


むしろその逆でなかなか会えなくても忙しい毎日の唯一の心の寄りどころだったのに





当時、提携話しが進んでいた取引先の社長令嬢で女優と活躍していた女を

仕事の為にパーティーなどでエスコートする機会が多くなっていた




全てが仕事のため


牧野との将来のためだと思っていたし


エスコートする回数が増える事に増えてゆく女との交際報道にも

牧野も仕事の為だと理解してくれていた




いや…都合よくそう思いたかっただけなのかもしれない





今更、どんな理由付けをしたところで全てが言い訳でしかないけれど


たった一度だけ


一夜の過ちに未来が夢が崩壊した





珍しく牧野の方から会いたいと連絡があり


急いで仕事を片付け彼女の住むアパートへと車を走らせていた時、

秘書から緊急の連絡を受け詳しい用件も聞かず

彼女との約束をドタキャンしてオフィスへと戻ると

会食に出ていたはずのお袋が険しい表情で俺を待っていた




お袋の表情に不安を感じながら用件を問いただした俺にお袋から突き付けられた現実





秘書によってテレビのスイッチが入れられ録画されていたテレビ番組が再生される



その中に映し出されていたのは一度だけ関係を持った女





有名一流企業の社長令嬢で留学経験もあり語学も堪能


俺とのパーティー出席でマスコミからも注目を浴び人気が出始めていた女が

産婦人科から出てきた所をマスコミに直撃され


その場で俺の子供を妊娠していると話している場面が全国ネットで生放送されてしまっていた





その後の事は自分でもよく覚えていない





避妊には気をつけていたけど全く身に覚えはないのかと問われれば答えはノーだった




後は流されるままに


流動的に進んでゆく結婚話しを他人事のように感じながら時間だけが過ぎて行き




いつの間にか牧野の行方も分からなくなっていた
 
 
 
 
 
牧野の事は気になっていたけど


婚約者の居る身で会いに行くなど軽率な行動は出来ないし


なにより約束をドタキャンして以来、

話しをしていない彼女と今更何を話せばいいのか分からなかった





何もかもが中途半端なまま時間だけが過ぎて行き


会う相手全てに告げられるおめでとうございますの祝辞を聞く度に


溺れているような息苦しさを感じていた






婚約会見も終わり式の日取りも決まり


女が嬉しそうにドレスを選んでいるのを横目に牧野への想いばかりが募っていた





そんな時、俺の様子を見兼ねたあきらがオフィスを訪ねてきた




婚約してから初めて会う親友の口から


牧野が引越して連絡が取れなくなっていると伝えられた






その時、あきらに言われた事は


「お前は何も心配するな。類がフランスから帰ってきてるし
  今、みんなで探してるから後の事は類に任せろ。」
  
  
  
  

俺に釘を刺すという損な役割を担ってしまったあきらは

俺へのやり切れない気遣いを残し帰っていった






その後、式の二週間前になって


女には同時期に関係のあった男が他にも居た事が発覚し出産前のDNA判定の結果


子供の父親は俺じゃないと事が判明しあっさりと婚約は解消され


世間体を気にした女の父親は


すぐに女と子供の父親を結婚させると海外へと追いやってしまった




突然の婚約解消と別の男との結婚にマスコミは大騒ぎしていたが


道明寺に遠慮してか俺を騙し

玉の輿に乗ろうして失敗した浅はかな女としてバッシングされていた




バハァはコケにされたと烈火の如く怒っていたが


牧野を失った俺にとっては全てがもうどうでもよかった…





流されるままにこの10年を生きて来た





ただ道明寺財閥の跡取りとして一人の男に戻る事などなく


誰に愛される事も


誰かを愛する事もなく生きて来た俺がこの島に降り立ったのは


もう一度、前を向いて生きる為に…
 







 
「おじさん、うちに何か用?」









 
相変わらず照り付けていり日差しの元


家の前で立ち尽くしていた俺に声を掛けてきたのは




自転車に乗った大きな瞳の女の子だった
 
 
 
 
 
 

〜Fin〜

















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