人生は短い

人はその短い一生を謳歌すべきだと思っている




だけど実際は言葉で云うほど簡単ではない
現実には人はその短い一生の中で悩み、苦しみ、哀しみながらも
その失敗を糧として成長していくものだと思う


時には自分の下した決断を後悔しながら
壁にぶち当たりながらそれでも前へと進んで行く


そんな時によく耳にする言葉が


"大丈夫。人は何度でもやり直せる。"


気休めでしかないその使い古された言葉でも救われ助けられる時もある


だけど・・


それも時と場合によるんだって事を身をもって俺達に教えてくれる事だってある










        恋は盲目・・?











青山にあるビルの地下の小洒落たBarに久々に集まる事になったF4



大学を卒業して3年


それぞれが家業を継ぐべき修行中の身で今さらF4もねぇーけど



まぁ友情ってやつは相変わらず進行中で


そしてあの宇宙一の大バカ野郎も益々バカが進行中




「チッ!ここ圏外じゃねぇーかよ!」




短く舌打ちしたのは携帯電話を手に長い足を組みかえながら落ち着かない様子のバカ・・




「誰かから掛かってくる予定でもあんのか?」



「牧野から掛かってくるかもしんねぇーだろ!?」




ハァ〜・・


この3年、一度だってお前に牧野から電話はおろかメール一通届いた事ねぇーだろ?


目の前で携帯電話に舌打ちしているバカに心の中で至極全うな突込みを入れるけど




「電波の入るとこへ移動するぞ!」




「類がまだ来てねぇーだろ?
 せめて類が来るまで大人しく座ってろよ!」






「遅れてる奴が悪ぃんだろ!?
 こんなとこで類待ってる間に牧野から連絡が来たらどうすんだよ!?
 メープルのラウンジに移動するぞ!!」





安心しろ・・



掛かってこねぇーから・・・




さっさと席を立ち店を出て行ってしまったバカの背中にタメ息を零す






「しょーがねぇーな・・行くぞ!総二郎!!」






司の我が儘に慣れきってしまっているのか・・?


それとも長い付き合いで身体に叩きこまれている条件反射なのか・・?


とにかく総二郎もタメ息を隠す事なく席を立ち店を出た





店を出るとすでに司はすでにリムジンに乗り込んでいて


俺達が乗り込むとすぐにリムジンはメープルへ向けて走り始めた



リムジンの中でも長い足を優雅に組み


左手には携帯電話を弄んだまま


二つ折の携帯を閉じたり開いたり・・



落ち着かねぇー男だ・・



総二郎はリムジンに乗り込んですぐに掛かってきた女からの電話に出ている


俺は遅れている類に場所が変更になった事を伝えるために類の番号をプッシュするが・・・


"・・留守番電話サービスに・・"




出ろよ・・類・・





夜の東京の街中をリムジンが走り抜けていく







NYの大学をサクサクっと4年で卒業し、卒業式を終えたその足でジェットに飛び乗り
日本に帰ってきた司はその後日本支社の副社長という肩書きで仕事をしている


で、肝心の牧野との関係はというと・・



これが・・


なんというか・・・



牧野にとっても俺達にとっても青天の霹靂というか・・・



突然の司の理解不可能な行動と言動に驚き


呆れ果てたのが牧野が大学3回生の時だった・・





現在、俺達は25歳、牧野は24歳


牧野は英徳を卒業後、大手商社花沢物産・・って早い話が類んとこなんだけど・・


に就職し企画営業部で頑張っている






牧野と司は牧野が3回生の時に別れている・・


それも司が牧野を振るという一番有り得ない形での別れだった・・
















NYへ来て4年目


日本にいる牧野とは会えないもどかしさを抱えながらも大学と仕事に忙しい時間を過ごしていた



こっちへ来て俺は自分でも変わったと思う

これは牧野に出会い恋をしたお陰なのか・・?

それとも多民族国家であるアメリカの自由な空気のお陰なのか・・?





とにかく英徳のような閉鎖的な空気は無く

多少は他の生徒とは立場が違っていてもそれが大きな障害だと感じる事もなく

充実した大学生活を送っていた




そんな中で俺は一人の女と出会った

最初はなんとも思っていなかったけど

毎日のように大学で顔を合わせ話しをするうちに牧野とは全く違う俺への接し方に

知らず知らずのうちに惹き付けられ恋に落ちていた・・・




彼女と過ごす時間が楽しくて一秒でも彼女と一緒にいたくて

牧野とは違い打てば響くように想いを伝えればストレートに返ってくる言葉に

俺はすっかり舞い上がっていた






日本に居る牧野の事を忘れ

俺には彼女しか居ないんだ

俺の運命の女は彼女なんだと思い込み

あっさりと牧野に別れを告げていた




今、思い返してみても

なんとも愚かな男だったんだと思う




日本に帰り他に好きな女が出来たから別れてくれてと告げた時

牧野は信じられないという表情で俺を見ていた・・




牧野がどれ程、俺を想ってくれていたのか・・

どれ程、NYで頑張っている俺を信じてくれていたのか・・

全く考えていなかった





ただ彼女とのことに一生懸命で

周りの状況も全く見えていなかったと思う




愛を囁けば囁き返してくれる

俺の想いを全て受け止めてくれる

俺はそんな彼女に完全に溺れていた





どこに行くのも一緒で噂はすぐに広まった

パーティーにも彼女をパートナーとして出席していたので

週刊誌にも俺と彼女のツーショットが毎週のように載っていた





心も身体もかつてないほど満たされていて


幸せだった・・






ハァ〜・・思い出しただけで鳥肌が立つ・・




どうしてあの時の俺はあんな事を思ったのだろうか・・?




実際、彼女との交際は上手く行っていたのは最初の三ヶ月ほどだけで

その後の数ヶ月間は何かが違うと自問自答を繰り返す日々だった





一瞬でも彼女が運命の女性だと思った事は確かで

あれ程、愛していた牧野の事は俺の中からすっかり消えていたはずだったのに

段々と牧野が恋しくなってくる・・





思い返してみれば彼女との始まりも牧野との比較だった・・


牧野と比較して彼女はストレートに俺の想いに応えてくれる・・


それだけだったのに・・


それが全てになってしまって・・






一番大切な人の手を離してしまっていた


だけどそれに気付いた時にはもう全てが遅くて


日本に戻って3年が経つけど


牧野は今でも俺の元には戻ってこない・・・


















「クソッ!なんで出ねぇーんだよ!」




目の前のバカ男が携帯に八つ当たりしている




「今度はどうしたんだよ?」





「牧野に電話してんのに出ねぇーんだよ!」





それもいつもの事だろ・・







「まだ仕事してんじゃねぇーのか?」




「さっき会社にかけたらもう退社したって言われたんだよ!」




お前・・会社にまでかけてんのかよ・・





「いい加減にしとかねぇーとマジで切れられるぞ!」





「うるせぇー!俺様に指図すんな!」





そんなつもりねぇーけどよ・・



結局、なんかあったらこっちにとトバッチリが来るんじゃねぇーかよ!




何度も何度もしつこいほどリダイヤルを繰り返しているバカ男を乗せたリムジンがメープルの玄関に滑り込んだ







今年に入りリニューアルされたメープルのラウンジは


ゆったりとくつろげるようにソファーが配置され



全面ガラス張りの窓の向こうには圧倒されるような東京の夜景が広がっている




緩やかにジャズが流れるそのラウンジに到着するまで



正確にはエレベーターでここまで上げってくる間中もずーっとリダイヤルボタンを押し続けている司・・




何がなんでも牧野をもう一度振り向かせようと頑張っているのは分かるけど・・


元々、限度ってものを知らないこの男はこの3年間で何十万回と牧野に電話を掛け続けている


正真正銘のストーカーだ・・・



大学の卒業式に出席したその足で日本に戻ってきた司は


空港まで出迎えに来た俺達が止めるのを聞かず


牧野に会うために英徳大学のカフェへと出向いた


その当時、牧野には付き合い始めた男がいた


英徳大学の大学院生で俺達と同い年


外部から英徳大学へと入学してきた奴だったが


気のいい奴で俺や類と同じ学部だったため仲良くしていた


牧野は俺達と一緒に居る事が多かったから


そいつともいつの間にか親しくなっていて



気付いた時には付き合いが始まっていた



まぁ・・牧野は一人なんだし・・


誰と付き合おうと問題は無いのだが・・・



怒り狂ったのがこのバカ男で



いくらお前には怒る資格は無いと諌められても聞く耳を持たず


挙句の果てに牧野を激怒させ



"あんたの顔なんか二度と見たくない!!
 一生、私に話しかけないで!"

と宣言され


土下座してやっと許してもらっていた



この3年間で土下座・泣き落とし・脅迫・・


思いつく限りの手段を使って牧野を振り向かせようとしていたが


そのどれもが失敗に終わっている



延々と説得を繰り返す司を"無理!"の一言で玉砕してきた牧野・・



はたから見ていると流石に可哀相に思えてくる事もあるけど

自業自得だとも思う


恋愛経験の乏しい司が初めて経験した気持ち


誰もが経験する事だとは思うけど


その失敗を糧とする事が出来ていない・・・




これは牧野にしたって同じ事で


初めて付き合った男が司で


気が遠くなるような遠距離恋愛の果てにあっさりと捨てられたんだ・・


自分を捨てた男が戻ってきたところで


素直にその想いに耳を傾けるような奴じゃない・・




俺が思うに司は牧野に惚れている・・


これは誰の目にも明らかだけど


牧野もまた司に今でも惚れているような気がしている


あいつは鈍感だし何より頑固だから


自分の気持ちを素直に認めるような事は無いけれど


それでもなんやかんやとバカ男のストーカーを許しているのは


何を言っても無駄だと司の性格を理解して諦めているわけじゃなくて


逃げれば何処までも追いかけてくる司との追いかけっこを楽しんでいるようにも感じていた



まぁ・・だからって状況が好転する事なんて




余程の事が無い限り無理だろうけどな・・













目の前を歩いていた司がいきなり立ちどまった





「イテッ!・・んだよ!急に止まんな!!」
「・・って・・オイ!無視すんな!!」






ぶつかった拍子に打った鼻を押さえながらの抗議も軽〜く無視して

司はどんどん先に歩いて行ってしまう・・




なんなんだよ?!


・・ったく!






自分勝手に進んで行く司の背中を視線だけで追いかけていると




ん?




ラウンジの一番奥のソファー席に寄り添うように座り

顔を寄せ合い見詰め合っている類と牧野・・




類君・・



お前、俺らとの約束スルーして何やってんだよ!




類と牧野が座るテーブルの前に立った司の怒鳴り声が静かなラウンジに木霊する・・



「お前ら二人でこんな所で何やってんだ!?」



「オイ!牧野!なんで電話に出ねぇーんだよ!?」




「なんか用なの?」





怒鳴る司と対照的に冷静な類と牧野・・






「キャッ!ちょっとなんなのよ!?」




「うるせぇー!とにかくお前は類から離れろ!!」





ハァ〜・・・



そして俺の横から響いてきたのは総二郎の大げさなタメ息




総二郎は大きくタメ息を零した後、軽く俺の肩に手を置き




「俺、予定思い出したから行くわ!後は宜しく!」




それだけ言い残すと俺の返事を待たずにさっさと行ってしまった・・




「オイ!総二郎!」




逃げやがった・・


クソ!どうすんだよ・・これ?




俺もこのまま帰ってやろうか?



「あっ!美作さん!」



牧野に気付かれちまったじゃねぇーかよ・・!



頼むからガキみたいに嬉しそうに大きな声で呼ぶな!



「よっ・・よお!」



近付きたくねぇーけど・・



すでに俺の存在はバレちまってるから近付かざるをえない・・



「類!俺らとの約束すっぽかしてこんな所で何やってんだよ?!」




「えっ!?そうだったの?類?
 ごめんなさい、美作さん!類は私が誘ったの!」




「いいんだよ、牧野が悪いんじゃないから。」





確かにそうだ!


だけどそれをお前が言うな!類!




「お前、俺様の電話には出ねぇーくせに類は自分から誘ってんのか?!」





面倒くせぇー奴だ・・





でもそう思ってたのは俺だけじゃないみたいで




「今日ね私が出した企画が初めて採用されたの!
 だから嬉しくって類を誘ってお祝いしてたの!」




本当にうれしそうに話す牧野を優しく見つめる類・・



そして完全に存在を無視されている司・・





「そうか、良かったな。
 おめでとう。」





「ありがとう、美作さん。」




「オイ!無視すんな!」





「だからさ、今日は牧野のお祝いなの。
 あきらと司はあっち行ってよ。」





もう何言われても驚かねぇーけど・・



もうちょっと何か別の言い方ねぇーのかよ?




それにあっち行ってよ!って言われて素直に行くと思ってんのか?




「そんな事言っちゃダメだよ!美作さんとの約束の方が先だったんでしょ?
 割り込んじゃったのは私の方だから今日はこれで帰るね!
 類、付き合ってくれてありがとう!ごめんね、美作さん。」





牧野はそう言うとソファーから立ち上がった





「もう帰んのか?今夜はお祝いなんだろ?
 だったらみんなで飲もうぜ!」





そう言って引き止めたんだけど・・





「ありがとう、でもこれからは男だけで楽しんで。」




あっさりと言葉を返した牧野




「お前、どうやって帰るんだ?」





「まだ早いし電車で帰る。」




「そっか、じゃあ気をつけて帰れよ。」




「オイ!無視すんなって言ってんだろーが!!」





無視され続けてとうとうキレた司が再び怒鳴り声を上げるけど





「司、うるさい。」



あっさりと類に返されただけ・・




「んだとー!?類!おめぇーだけ牧野と飲みやがってぶっ殺すぞ!!」




「ちょっと!類は私が誘ったから付き合ってくれただけでしょ!」




「うるせぇー!!お前もなんなんだよ!?
 なんで俺様には連絡してこねぇーんだよ!?」




「意味分かんない。」



びっくりするほど冷たい牧野の声に一気にテンションダウンするバカ・・




「な、なんで・・意味が分かんねぇんだよ!」




「帰る!」



「あっ!オイ!待てよ!!
 送ってく!!」










ハァ〜



行っちまいやがった!




最初の約束はどこ行ったんだ?




今日は4人で青山のBarに集まって飲もうって約束だっただろ・・?



なのに・・なんで俺は今、メープルのラウンジで類と向き合ってんだ?




「俺じゃ不満?」




「別に、不満じゃねぇーよ!」




目の前で微笑をたたえている類を軽く睨みつける




「それよりお前はいいのかよ!?」




「何が?」



「牧野だよ!司に送らせてよかったのよ?」





「いいよ。司が送って行ったんなら夜道も安心だし。」




「そうじゃねぇーよ!お前だって・・」





「牧野の事は好きだよ。」





俺の言葉を遮って発せられた類の言葉・・




類が牧野に惚れてるのは分かっていたけどこうも真っ直ぐに告白されると俺が照れる・・





「なんであきらが照れるのさ?」





「なっ!照れてなんてねぇーよ!!」






なんか調子狂うぜ・・






















「ちょっとなんであんたが付いてくんのよ!?」





「あぁん?!送ってくって言ってんだろ!」





「いらないわよ!一人で帰れるから付いてこないでよ!!」





「うるせぇー!俺様が送っててやるって言ってんだから素直に喜べ!!」





「嬉しくなんてないわよ!!」





牧野が帰るからと一人で出て行ってしまったのを慌てて追いかけエレベーターの前で捕まえた





送って行くという



普通の女なら泣いて喜ぶような言葉をあっさりと拒否




ホテルを出て駅の方へと歩く後を追う





「待ってて言ってんだろ!!」






「うるさいわね!いい加減にしてよ!!
 付いてこないでって言ってんでしょ!」





付いてこないでって言われてはいそうですかって俺様が諦めると思ってんのかよ?





何処までも何時までも俺を拒否し続ける牧野・・・





日本に戻って3年





一度として牧野がちゃんと俺を見てくれたことは無い





総二郎達が言うようにマジでもうダメなのかもしんねぇーけど





諦めらんねぇーんだよ!!




だから今夜も虚しい言い争いの末に俺は牧野と共に電車に乗る




「なんであんたまで電車に乗ってんのよ?」




「俺も屋敷に帰るんだよ!」





「あんたんちって逆方向じゃん。
 それに普段は電車なんて乗らないでしょ?」





「うるせぇー!お前を送ってから帰んだよ!」





平日の午後9時過ぎ


中途半端な時間帯の電車は座席は全て埋まっていて


つり革を持って立っている乗客がチラホラ





牧野はドア近くに立って車窓に流れる景色を眺めている





黒いストレートの髪を綺麗に結い上げ


化粧している綺麗な横顔に見入ってしまう・・



俺がこいつを捨てた時はまだ化粧なんてしてなくて


Tシャツにジーンズといういつもラフないでたちで


忙しそうに走り回っていたのに






いつの間にか幼さはすっかり抜けて


大人の女に変身している・・・





ポールを握り締めている手



指先は綺麗に整えられ桜色のネイルが施されている



触れたい・・



彼女に触れたい・・・



無意識のうちにその手に自分の手を重ねていた



俺の手が触れた瞬間、ギョッとしたように動いた身体・・



そんな大げさに反応する事ねぇーだろーが・・!




だけどそんな彼女の反応に負けずに彼女の手を掴んだ手に力をこめる



彼女に許されていない事も



認められていない事も分かっている




八方塞りだけど



もしかしたら一生このままかもしんねぇーけど




だけど・・




それでも彼女の側にいられるならそれでいいと思っている



いや・・絶対に彼女の側から離れない




だからいい加減、諦めろよ!!





「何を諦めるのよ?」




やべ・・俺、今声に出てたか・・?





「さっきからブツブツ独り言言って・・気持ち悪いわね!手離してよ!変態!!」






変態って何だよ・・・





考えていた事をうっかり口に出しそれをしっかり牧野に聞かれていた恥ずかしさと

変態と言われたことのショックで思わず牧野の手を掴んでいた手の力が抜けてしまった




すかさず引き抜かれる手



遠ざかる牧野のぬくもりと背中






「お、おい!どこ行く・・あっ!駅か・・」




いつの間にか電車はホームに滑り込んでいて開いたドアから先に降りてしまった牧野を追いかける




改札を通り抜け再び強引に牧野の手を掴み歩き始める



諦めたのか抵抗しない牧野



しばらく互いになにも話さないまま歩き続ける



駅から牧野の住むアパートまでは徒歩約15分



彼女はいつも途中のコンビニに立ちより



ビールとアイスクリームを買って帰る



部屋に帰りつくと着替えまずビールを飲む



アイスクリームは風呂上りのお楽しみらしい・・



これがこいつの日課



こんな些細な事まで・・



牧野の事ならなんでも知っているのに・・




虚しい独り相撲が続いている・・




秋の夜道を手を繋ぎ二人並んで歩く









住宅街のど真ん中、人通りも少ない裏道


アスファルトに響く足音



会話は無いけれど牧野と二人っきりでいられる俺にとっては貴重な時間




俺の右手には牧野の左手


そして左手にはコンビニの袋




「あっ!またサイレン・・」




ふいに牧野が呟いた・・




「ん?サイレン?」




「うん・・パトカーのサイレンが聞こえるでしょ?」




「ああ・・」





確かに牧野が言うように遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる・・





「サイレンがどうかしたのか?」





「この前も駅の反対側で引ったくりがあったみたいでその時は凄い数のパトカーが走ってたの・・
 最近はこの辺りも治安が悪くなってきたみたい・・痴漢も出たみたいだし・・嫌だなぁ・・」





最後は独り言のように呟いた彼女だけど・・



引ったくりに痴漢だと!





「引っ越すか?」




「そんなお金ないわよ!」





「けど、物騒じゃねぇーかよ!」






「都内に住んでたら何処だって同じようなもんだろうし、
 それに気をつけてるから大丈夫よ!」




今、嫌だなって言ったばっかじゃねぇーかよ!


それに気をつけるから大丈夫っつったって相手は痴漢に引ったくりだぞ!


っつっても・・こいつが俺の言葉に素直に耳を傾けるわけねぇーし・・


何より牧野と二人っきりで過ごせる貴重な時間を喧嘩で終わらせたくない



心配だからこっそりSPつけとくか・・


そんな結論に達した俺は牧野には


"お前だって一応は女なんだから気をつけろよ!"


だけで終わらせた



牧野は



"一応って何よ!失礼ね!"



とブツブツ言っていたがちょうどアパートの前まで帰りついてしまったので


それ以上は何も言わずさっさと俺の手を振りほどくと



"送ってくれてありがと。"




だけを言い残し振り返りもせずにアパートの階段を昇って行ってしまった・・


軽やかにアパートの階段を駆け上がって行く彼女の後ろ姿を見送り


部屋に明かりがついたのを確認してからその場を離れた・・



胸ポケットから煙草を取り出し火をつける


ジッポ特有の音と匂いと共に一瞬だけ照らし出される自分の手元



ほんの少し前まで右手に感じていた彼女の温もりが逃げないように手をポケットに突っ込み大通りへと歩き始める



この3年間、幾度となくあきら達に言われてきた言葉が胸を過ぎる・・



いくら言葉を尽くしてもこの想いが彼女に届かないのは俺自身が彼女に信頼されていないから



高等部の頃のように強引に彼女を振り向かせる事はもう出来ない



だけど俺は類のように牧野の幸せを祈ってやる事も出来ないんだ・・



そんな自分に嫌気が差すときだってあるけど



彼女を諦めることがどうしても出来ない


















F4飲み会がいつの間にか俺と類の二人だけになってしまった夜から1ヶ月後



再び今度は最初っからメープルのラウンジに集まった




ラウンジの個室で男が4人集まって話す事なんて特にねぇーけど




気心の知れた仲間との久しぶりの楽しい時間だった





まぁ俺にとって楽しい時間というのは司が何もトラブルを起こさなければの話しなのだが・・



取りあえずは楽しい時間を過ごしている




時折、司の携帯が鳴る以外は邪魔する者もなく時計は午後11時を指そうとしていた



この1時間の間に司の携帯は4回程鳴っていたがそのどれも司は一言



"分かった"



だけで終えている




最後の電話から約30分





左手で携帯を弄んだままの司がイライラし始めている






「どうしたんだよ?なんかあったのか?」





「電話が掛かってこねぇんだよ!」





「んだよ?また牧野からの電話でも待ってんのかよ?」





「だったら掛かってくるわけねぇだろ!」




総二郎・・



余計なこと言うなよ・・



ややこしくなるだろーが!





「牧野じゃねぇよ!あいつに付けてるSPからの連絡待ってんだよ!」







司・・


お前、牧野にSPまで付けてんかよ・・






「なんで今さら牧野にSPなんて付けてんだよ?バレたらまたキレられんぞ!」







「うるせぇ!バレなきゃ問題ねぇだろ!それにあいつの為にSP付けてやってんだよ!」






司は話している間中もイライラしたように左手で携帯を弄んだまま





「なんでもいいけどとにかく携帯を弄ぶの止めてくれよ!
 こっちまでイライラしてくんだよ!」






「うるせぇ!指図すんな!」




このイライラ馬鹿男には何を言っても無駄なのか?





「ねぇ、司?どうして牧野にSP付けてるわけ?」





今まで意識の半分以上が夢の世界を漂っていた類だが


牧野の名前が出た途端、会話に参加してやがる・・







「あいつが自分で言ったんだよ!」







「牧野が自分から司にSP付けてなんて言うわけないじゃん!
 俺に言うんなら分かるけどね。」






前半部分だけ類の意見に賛成!






「類の言う通りだぞ!なんで牧野が自分からSP付けてくれって言うんだよ!?」






「SP付けてくれとは言ってねぇけど、
 最近駅から自宅までの夜道が物騒で怖いって言ってたんだよ!」







はぁ〜そんでSPなんて牧野にバレたら確実にキレられるようなもん付けてんのかよ・・






「牧野は物騒だって言っただけなんでしょ?」






「そ、そうだけどSPが付いてればあいつだって安心だろーが!」






安心って・・




あいつには内緒なんだろ・・?





まぁ・・この馬鹿に何を言っても無駄だろうから牧野にバレない事を祈ってるよ!





イライラがピークに達している司は咥えていたタバコを



灰皿に押し潰すようにして火を消すと





"クソ!なんか嫌な予感がすんだよ"と





独り言を吐き出すと携帯を操作しだした





司のこんな予感はよく当たる





それは長い付き合いの中で分かっているが




牧野に関しての司は普通の精神状態じゃない・・






特に今は来るべき連絡が来ないという状況で俺達は司の予感も杞憂に終わると思っていた






しばらくの呼び出し音の後、やっと相手が出たのだろう



繋がった途端、電話の相手に怒鳴ってやがる




司んちのSPに少し同情してしまう・・




「オイ!何してやがる!さっさと出ろ!牧野はちゃんと部屋に着いたんだろうな!?」






『・・が・・・・・・ち・・ん・・・・した』






司の携帯から微かに漏れ聞こえてくるSPの声・・






何を言ってるかはっきりとはわからないが司の顔色が変わったのははっきりと分かった・・







「んだと!?あいつは無事なのか?!
 牧野になんかあったらお前ら全員ぶっ殺してやるからな!覚悟しとけよ!」







牧野になにかあった・・




俺達の間にも緊張が走る・・




電話を掛けている司に視線が集まる中でみんなが司の電話を固唾を呑んで見守っていた・・






クソッ!





吐き捨てるように言うと電話を切った司は



牧野が痴漢にあって怪我をしたと伝えると席を立った





俺達も慌てて司の後を追う




SPからの連絡では牧野は駅から自宅へ向かって歩いている途中の



駐車場になっている所で通りすがりの男にすれ違いざま腕を掴まれ



車の影へ引きずり込まれそうになったところを



少し離れてガードしていたSPに助けられていた



もちろん犯人は別のSPに取り押さえられ通報を受け駆け付けた警察に引き渡されている



だけど現場から病院に運ばれた牧野の怪我の具合がまだ分からない



司はさっきからずっとSPと連絡を取ろうとしているが上手く繋がらないらしく



携帯をリムジンの床に叩きつけると今度はもっとスピードを上げろと



運転席のシートを後ろから蹴っている



類も先ほどからどこかへ電話をしている




牧野の怪我の状態も分からないまま俺達を乗せたリムジンが夜の街を疾走して行く













赤色灯が点る夜間救急入口と書かれたドアから中へ入るとすぐに


司んちのSPの姿が目に入った




俺達の前を行っていた司はすでにSPの胸倉を掴んで怒鳴ってやがる





「おめぇらが付いててなんでこんな事になんだよ!?」





「申し訳ございません」






胸倉を掴まれているSPも手に包帯を巻いている






「牧野に怪我させやがっておめぇら全員クビにしてやるからな覚えてろよ!」





「司!そんな事より牧野の怪我の具合を確かめるのが先だろ!」





とりあえずSPから司を引き離し話しを聞く





「牧野の怪我は酷いの?」




「いえ、軽傷です。引っ張られた時にバランスを崩し
 倒れ込まれたので足首を捻挫されてしまいましたが大きな怪我はそれぐらいで
 後は犯人と少し揉み合いになった時に出来た掠り傷程度で済みました」





「そう、牧野はまだ治療中?」





激情のままにSPを怒鳴りつけている司とは対照的に冷静な類



とりあえず牧野の怪我が大したことなくて良かった・・






落ち着かない男が若干一名腹を空かせた熊のようにウロウロと歩き回ってはいるが


俺達は診察室の前に置かれているベンチへと腰を下ろした




ベンチに座る俺達の目の前をウロウロとうっとおしい事このうえないが


診察室に押し入り治療の邪魔をしていないだけマシなのだろう






病院に到着して20分程で類から連絡を受けた桜子と滋が到着した



現在、牧野は念の為に検査を受けていると診察室に出入りしていた看護婦が教えてくれていた




病院に到着して1時間程で検査も終わり


異常無しと診断された牧野が車椅子に乗ったまま診察室から出てきた




牧野の姿を見るなり駆け寄り抱き寄せている司



抱き寄せられている方は俺達がここに居る事にびっくりしている





「牧野!大丈夫か?」






駆け寄るメンバーに牧野は





「ど、どうしてみんなここに居るの?」






今の牧野は自分に絡み付くように抱きついている司に神経が回っていないのだろう


普段の彼女からは考えられないほど大人しく司に抱かれている





「お前が怪我したって連絡受けて駆け付けたんだよ」





「そうですよ先輩!」





「つくしが痴漢に襲われて怪我したって類君から連絡貰ってびっくりしたんだよ〜!」






「そっか・・心配かけてごめんね、滋さん、桜子。それにみんなも・・ありがと・・」




「お前が無事で良かったよ」






軽く牧野の頭を撫でると今まで気を張っていたのだろう・・





牧野の瞳からボロボロと涙が零れ落ちた






「オイ!大丈夫か?どっか痛ぇのか?」





牧野の頬を流れ落ちる涙を司は優しくキスするように拭っている



抵抗もせずされるがままの牧野





「・・大丈夫・・あ、あの・・道明寺?」





「ん?どうした?」




「・・私を助けてくれた人達って道明寺のSPさん達なんでしよ?」




「・・あ、あぁ・・ごめんなお前に内緒でSPなんか付けてて」




「ううん・・ありがと守ってくれて・・
 私が最近物騒だって言ったから気にしてくれてたんでしょ?」





ありがとうと言われた司は照れたように少し目線を下へ向けると





「いや・・お前襲った痴漢野郎にはぶっ殺してやりてぇぐらい腹が立ってるけど
 とりあえずお前が無事で良かった」







「・・うん」




棚からぼたもち?


瓢箪から独楽?


とにかく司にとっては願ってない千載一遇のチャンス到来か?






「俺は決めたからな!」





何を決めたのかは分からないがどうせロクな事じゃないのは分かる





「これ以上お前を一人にしておくことは出来ねぇから結婚するぞ!」




突っ込みどころが満載のバカ男の一大決心だが何から突っ込んだらいいのか分からない・・



とにかく何をどう決めれば結婚に結び付くのだろう・・?




いや・・それより先にちょうどここは病院だから一度診てもらえ!



理解不能な決断に仲間達が唖然としていたが牧野だけは違った





「なんで私があんたと結婚しなきゃいけないのよ!?」




「俺はお前が心配なんだよ!?それにどうせお前は俺と一緒になる運命なんだから
 ちょっと時期が早まるだけで問題無いだろう?!」





「冗談じゃないわよ!どうして私とあんたが結婚する事が運命なのよ!?
 今回の事は感謝してるけど私はあんたと4年も前に別れてるのよ!
 今さら変な事言わないでよね!」






千載一遇のチャンス・・あっさり終了・・




誰かあのバカ男に正しい女の口説き方ってやつを教えてやってくれ・・



普通このタイミングでプロポーズするか?





それも何年もフラれ続けてる女に・・




別れて4年・・




何万回と振られ続けている男のプロポーズはあっさりと玉砕したのに・・




玉砕した事に気付いていないバカ男がブレーキの壊れた車のようにどんどん暴走を始める







「とにかくお前は今夜から俺の屋敷に一緒に住むからな!」





結婚も同棲も相手がいてこそだと思うぞ・・司!





「どうして私があんたのお屋敷に住まなきゃいけないのよ!
 もう!いい加減にしてよ!」






「じゃあ、お前怪我してんのにどうすんだよ?!そんな足でアパートの階段昇れんのかよ?
 それにあんな物騒な場所にこれからも住み続けてられんのかよ?!
 お前は襲われたんだぞ!ちっとは考えろ!」






う〜ん・・司の言ってる事も一理あるな・・




珍しいけど司の意見には賛成だ



但し・・今の部分だけだけど・・



牧野もそう思ったのだろう司に返す言葉が少しだけ緩くなった







「・・だ、だからって・・ヤダよ!あんたんちに行ったって気を使うだけだし・・
 メイドさん達に迷惑になるからヤダ!」




「迷惑なんかじゃねぇーよ!俺はお前が心配なんだ」




牧野の口調が落ち着いたからだろう司の口調もさっきまでとは打って変わって

優しく諭すような言い方に変化した





だけどどんなに司の口調が変化しても牧野は司の屋敷に行くつもりはないらしく

俺達に目線だけで助けを求めている





助けてやりたいのは山々なんだけどよ・・



この場合ヘタに口出したりするととばっちりが何百倍にもなって返ってくるんだよな・・



牧野には悪いが助け舟を出すのを躊躇していると桜子が口を開いた






「道明寺さん?今夜のところは私が先輩を連れて帰ります」






流石!桜子!


男前だなぁお前・・




そう言った桜子にマジでホッとした表情に変わる牧野も分かりやすいけど・・



なにがなんでも牧野を屋敷へ連れ帰りたい司が抵抗を始める





「関係ねぇ奴が口出しすんな!」





慣れているとはいえ司の怒鳴り声にも顔色一つ変えない桜子も凄いと思う・・





「関係なくないですよ。先輩は男性に襲われて怪我したんです。
 身体的なダメージは軽傷で済みましたけど精神的なダメージは
 まだまだこれから出てくるんです。それなのに道明寺さんのお屋敷なんて行ったら
 安心して休めないじゃないですか?!」





「俺が怖がらせてるっていいてぇのか?!」





仲間相手に凄むなバカ・・





「ええ、そうです。だけどこの場合は道明寺さんだからって言うわけじゃありません。
 世の中の男性全てにです。相手がであろうと関係ないんです。
 だから今夜は同性である私と滋さんが先輩と一緒に過ごします」




いいぞ!桜子!


いつの間にか心の中で桜子を応援している俺がいる・・




俺は桜子の言う通りだと思う


牧野の精神的なダメージはこれから出てくるだろうし一人でトイレに行くのも


不自由な状態なのだから気心の知れている桜子達と一緒のほうがいいだろう






「司?今夜は滋ちゃんも桜子んちに泊めて貰うからさぁつくしの事は任せてよ!」







「・・あ、あの・・私も今夜はあの部屋に帰るのはやっぱり怖いし・・
 泊めて貰うんだったら桜子んちがいいんだけど・・」






桜子と滋にタッグを組まれ牧野にもこう言われてはさすがの司もそれ以上抵抗しようがない



だけど最後に





「分かったよ!だけど牧野は俺の車で送って行くからな!
 それと明日の夜には迎えに行くからな!」






「分かりました。それで結構ですよ」







明日には迎えに行くからなの司の言葉に牧野が反論しようとしたが


それを押さえ込むように桜子が返事を返してしまった・・




けどよ・・




最後に桜子が浮かべた笑みが気になる




何かを企んでいる時の顔だ・・



司は気付いてねぇみたいだけど



ハァ〜なんでもいいけどこっちにとばっちりだけはごめんだぞ!お前ら!









「行くぞ!」





そう言った司は車椅子に座る牧野を軽々と横抱きに抱き上げると


出口へと向かって歩き始めた




その後ろからついて行く俺達




赤色灯が点る夜間救急入口を出たのは午前二時過ぎ




牧野の怪我が大した事なくてホッとした類はすでに意識が半分以上ユメの中で


その足どりは夢遊病者のようにフラフラしていて危なっかしい・・




結局、こんな時間に大勢で桜子んちに押し掛けるのは迷惑だって事で



総二郎が迎えに来ていた車に類を押し込み先に帰ってしまった





残された俺の役割と言えば・・




きっと桜子んちでゴネるであろう司を強制退場させる事なんだろうな・・





やっぱりこんな損な役割りなんだな俺って・・





案の定、牧野から離れたくないとガキみてぇーにゴネ始めた司を



無理やり車に押し込み帰宅したのは朝の五時







徹夜じゃねぇかよ!



今さらベッドに入ったところですぐに起きなければならない



シャワーを浴び汚れと共に疲れも洗い流し出社した





欠伸を噛み殺しながら朝一の会議を終えオフィスへ戻ったタイミングで


デスクの上に置きっぱなしになっていた携帯が鳴った







ディスプレイに表示されている着信相手は桜子




いや〜な予感を抱きつつもボタンを押すと響いてきたのは滋の声







「もしも〜し!あきらく〜ん?」






滋のハイトーンボイスが寝不足の脳みそを直撃する






携帯電話・・・




何時どこに居ても相手と繋がれる文明の利器だけど



今の俺は携帯電話どころか電話なんて物を発明した奴の首絞めたい気分だ・・!






「・・あ、ああ・・滋か?どうしたんだ?」





「今、ちょっとだけ大丈夫〜?」






全ての語尾が伸びる滋特有の話し方





「ああ、ちょっとだけならな。
 で?牧野は元気か?」






「うん、つくしなら大丈夫だよ〜!
 桜子と滋ちゃんが付いてるから元気!元気!」





「そうか、良かった。
 で?どうしたんだよ?」






「うん、あのねつくしもしばらく仕事お休みだから三人で旅行に行く事にしたの。
 だからあきら君、後はよろしくね!」





一気に用件だけを告げるとそれじゃあねぇ〜と一方的に電話を終えようとする滋を



慌てて呼び止める






「オ、オイ!ちょっと待て!
 旅行ってどこ行くんだよ!?」







「それは内緒だよ〜!あきら君に話したら司に言っちゃうでしょ?!」






いや・・だから教えて欲しいんだよ!






「お前ら今夜、司が牧野を迎えに行くのOKしてたじゃねぇーかよ!?
 旅行に行くのはいいけど司の事ちゃんとしてから行けよ!」






「やだなぁ〜あきら君!司がつくしを奪いに来ちゃうからその前に逃げるんじゃな〜い!」





逃げないでくれよ・・・







「世界中どこに逃げたって司にはすぐにバレるだろ?!」






「大丈夫だよ〜!絶対に司にはバレない所に逃げるから!」





「そんな事、不可能なんだから止めろよ!」





旅行を阻止する事なんて俺には不可能だろうから


何とか行き先だけでも聞き出そうと必死に言葉を繋ぐが・・


電話口の向こうから桜子の声が聞こえてきた



"滋さん!いつまで話してるんですか?迎えが来ましたから行きますよ!"






「あっ!迎えが来たから切るね〜!
 じゃ後はヨロシク〜!」





「あっ!オイ!・・ちょ・・」






プッツッーツッーツッー・・・




切られた・・・



マジかよ・・・?



俺・・今夜も徹夜かもしんねぇ・・























なぁ・・やっぱこうなるだろ・・




目の前をウロウロと歩き回っている落ち着きのない男を溜め息と共に見つめている俺




牧野が桜子達と共に国外逃亡を図った事を知った司が俺の所へ怒鳴り込んで来たのが1時間程前



どうして俺の所へ来るんだよ・・?




なんて事考えたって意味ねぇな・・



総二郎は茶会で京都だし



類は携帯切ってやがるしやっぱ最悪の貧乏くじ引かされて



怒鳴りまくるバカを宥めようにも俺の声なんて全く耳に入ってねぇし・・





「あきら?おめぇ知っててなんで止めなかったんだ!?」





牧野の気持ちには全く気付かねぇくせになんでこんな事だけはピンとくるんだよ!?





「相手は滋と桜子だぞ!?止められるわけねぇだろ!俺に八つ当たりすんな!」






「知ってたくせに俺様に教えなかったんだからお前も同罪なんだよ!」





いい加減にしねぇとダチやめるぞ!





零れ落ちそうになる溜め息をワインで嚥下し窓の向こうに広がる空に


ぽっかりと浮かんでいる月を見上げていた










牧野達の居所が判明したのはどっぷりと夜も進み



空の主人公が月から太陽へと交代する頃






牧野達が居たのはロス




それも単にロスじゃなくてロスの椿姉ちゃんち・・




そういやぁ電話で話した時に滋が絶対大丈夫だって言ってたな・・




確かに姉ちゃんとこなら絶対大丈夫だな





牧野が姉ちゃんとこにいる限り司だってそう簡単には手は出せない





だけどそうなると俺は益々機嫌の悪くなるバカ男のとばっちりを受ける事になるんだな・・






ハァ〜






早く帰って来てくれ〜牧野〜!





目の前には珍しく酔い潰れてしまっているバカ男




きっと司は司なりに真剣なのだろうけどガンガン押しまくるだけが恋じゃない





幸か不幸か俺は来週ロスに出張の予定が入っている



しょうがねぇな俺の安眠の為にもこの恋愛初心者の為にも一肌脱いでやるか!?







仕事の合間を縫って渋い顔の秘書を見ないフリで何とか時間を作り


ロスの姉ちゃんの屋敷に出向いた



牧野達が司から逃亡を図って早2週間




俺の顔を見た瞬間、牧野が一瞬だけホッとした表情を浮かべたのは見間違いじゃねぇーぞ!



幾ら類から怪我が完治するまで仕事は休むように言われていても



根っからの貧乏人の牧野が2週間も仕事を休んで姉ちゃんや滋に振り回されてるなんて



そろそろ限界だったのだろう・・





まだまだ遊ぶ気満々の滋と牧野大好きでいつまでも引き止めておきたい姉ちゃんを



何とか説得して牧野を連れ帰った・・




もちろん滋と桜子も一緒に帰国





日本に帰国後は以前、漁村から戻った時に牧野一家が滋から借りていたマンションに



滋、桜子、牧野の三人で共同生活を始めてしまった




驚くほどの早業でまたしても牧野を奪われてしまった司






牧野を姉ちゃんから取り返してきただけでも凄いだろ?




俺の努力もたまには認めろよな!!






司の事は抜きにしてもあの三人の共同生活なんて



最初はどうなる事かと思っていたが




牧野も仕事に復帰して半年経った今では女三人で




大騒ぎしながらも楽しくやっている




そして司に対する牧野の態度に少しづつ変化が見られるようになってきた




あの事件の3日後にこの4年間で初めて




牧野の方から司の携帯に電話が掛かってきた



用件はなんてことなくて



事件の時に自分を庇って怪我をしたSPの心配と




心配してSPをつけてくれていた事に対するお礼だけだったが




司を勘違いさせるのには十分で




それ以来、電話を掛ければ10回に1回は




メールを送れば5通に1通の割合で返事が返ってくるようになった・・





らしい・・





そして司の誕生日を来週に控えた今も




俺達の目の前で携帯電話を弄びながら




先ほど牧野から届いたばかりのメールを何度も何度も読み返し




ニヤニヤしているバカ男・・





「牧野なんだって?」






相変わらず牧野の話題になると参加してくる類が




司が手元で遊ばせている携帯の画面を覗き込むように聞いている






「うるせぇーよ!
 なんだっていいだろ!」



「教えてくれてもいいじゃん!
 司のケチ」





「俺様をケチとか言うな!
 類、お前羨ましいんだろう?」




「なにが?」




「俺が牧野と上手く行ってるからヤキモチ焼いてんだな!」





司のポジティブさには頭が下がる・・・





「そうだ!類!お前、邪魔すんなよ!」





「なにを?」




「俺と牧野の事をだよ!」





「クスッ・・しないよ。
 だけどあんまり強引な事ばっかりやってると嫌われるよ」






類の言うとおりだと思うぞ!




「あいつが俺様の事を嫌いになるなんて事ねぇーんだよ!
 来週の俺のバースディーパーティであいつを紹介するんだから
 お前らぜってぇ出席しろよ!」







「あいつを紹介するって・・なんて紹介するんだよ?!」







「婚約者としてだよ!
 だから今回のパーティーは婚約発表も兼ねてんだよ!」






はぁ?



牧野はその事知ってんのかよ?



いや・・それよりも牧野は了承したのか?!






「お前・・牧野のOK貰ったのか?」





「当日まで内緒だ!
 あいつをビックリさせてやんだよ!」






確かにビックリするとは思うけどよ・・





バカだ・・・





「お前・・本人の了解も取らないで婚約なんて成立しねぇーだろ?!」





「あいつが俺様と結婚する事は運命で決まってんだよ!
 それにあいつは自分から今回のパーティには出席するって言ってきたんだぞ!
 OKに決まってんだよ?!」








行きたくねぇ〜そのパーティー・・・





すっかり婚約した事になっている司の頭の中では


牧野は既にウエディングドレスを着せられバージンロードを


歩いているらしい・・・




何を想像しているのか知りたくもねぇけど



ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべている司は




"おっ!ウエディングドレスの前に来週のドレスだな!"




とか・・




"やっぱ新婚旅行はあいつの行きたがってたハワイに決まりだな!"




とか・・・





とうとう俺達の手の届かない場所まで到達してしまったようだ・・・








「ドレスより指輪はどうするんだよ?
 婚約指輪はもう用意してんのか?」




面白がって話し振ってんじゃねぇーよ!総二郎!!





「当たりめぇーだろーが!
 俺様を誰だと思ってんだよ!」





そこまで用意してんのかよ・・・






「けどよ・・あいつ高価なもん嫌がるしパーティだって苦手だろ?
 俺様としては世界中の奴らに自慢して周りてぇーんだけどよ・・
 あ〜あ〜やっぱパーティの前にあいつの緊張解してやるために前の晩からメープルのスウィートでも泊まるか・・」





どんどん話しが進んでるけどよ・・


責任取れよ!総二郎!!





「けどよ〜あいつ初めてだろ?
 やっぱ初めての時は特別だからな・・想い出に残るもんにしてやりてぇーしな・・
 まぁ、俺様としてはいつだってOKなんだけどよ!」







ん・・?



今、すんげぇこと聞いたぞ!


牧野が初めて・・?



もしかして司は牧野が未だ処女だって思ってんのか・・?



マ、マジかよ・・・







牧野ももう25だぞ!



いや・・確かめたわけじゃねぇーけど



思い当たるフシはあるんだよなぁ〜・・




思わずチラリとそいつの方へと視線を送ると



いつもと同じように全く何を考えてんのか分かんねぇ無表情でワインを飲んでやがる!







「いつもは可愛くねぇー事ばっか言ってるけどよ・・
 あいつだってやっぱ女なんだし・・それなりになぁ」





それなりになぁ・・って・・





「牧野、初めてじゃないよ」




やっぱり・・俺らの予想は当たってたって事だな・・





「んなわけねぇーんだよ!俺様はちゃんと調べてあんだよ!
 あいつは以前付き合ってた男とキスはしてるけどそれ以上はやってねぇーんだよ!」





残念だったな司・・リサーチ不足だ!






「別に付き合ってなくてもいいんじゃないの?
 俺、牧野を抱いたよ」









司みたいに手当たり次第に爆弾投げまくるような事はしない代わりに


ここぞと言う時にピンポイントですんげぇのを投下していく類・・







普段、無表情で笑うといったら牧野の前ぐらいだから



分かりにくいけどF4の中で類も司に負けず劣らず・・



いや・・もしかしたら司以上かもしれないけど・・



とにかく負けず嫌いだ!







今の類の爆弾発言でバカがフリーズしてしまっている間に説明するけど


さっきも言ったが俺と総二郎はなんとなくそうなんじゃないかと思っていた



もちろんそう感じたのは牧野と司が別れた後の話しだけどな・・







あの頃は本当に大変だったんだ・・



もしかしたら今以上かもしれない



司は良くも悪くも俺達の迷惑なんて顧みず行動してくれる


だから今どういう状況なのかすぐに把握出来るんだ


だけど牧野は俺達に心配かけないようにと無理してでも俺達の前で元気に振る舞おうとする






カラ元気なのは分かっているが俺達が心配している事が牧野に伝わると余計、



彼女に負担を掛けると思い中途半端な気持ちで手を差し延べる事が出来なかった





彼女が必要としているのは気休めではなく心の底から安心出来る安らぎなのだから





そしてその安らぎを彼女に与える事が出来るのはずっと見守ってきた類だけだから





だからずっと気付かないフリを続けていた




類と牧野の間に流れる空気が変わった時も





ずっと泣きそうだった牧野の笑い顔が穏やかなものに変わった時も






俺達はただ気付いていないフリをし続けていた





だからずっとフリを続けさせててくれよ・・







「類、ふざけた事言ってんじゃねぇーぞ!」






どっから声出してんだよ!?




回路がショートしたままのバカ男が唸るような低〜い声を喉の奥から絞り出して凄んでいる





凄まれてる方は全く気にしていない様子でいつもの笑みをうっすらと浮かべていけるど




類君・・なんか楽しそうに感じるのは気のせいだよな・・?






「本当だよ。こんな事で司に嘘付いたって仕方がないし、
 それに牧野を抱いたのは司と別れた後の事だし、
 同意の上なんだから何も問題ないと思うけど?」






なにも問題ねぇと・・思わねぇ奴が約一名・・





「ふざけんな!そんなもんウソに決まってんだろ!?
 あいつが俺と別れたからってすぐにお前とやるわけねぇーだろ!
 俺と牧野が上手く行ってるからって妬いてんじゃねぇーよ!」






「妬いてなんてないよ。司は信じたくないかもしれないけど
 これは事実だから変えられないよ。もし本気で牧野と
 もう一度やり直したいと思ってるんだったら全部含めて今の牧野を愛してあげてよ」





「俺が本気であいつの事、愛してねぇーって言いてぇのか?」





今までだったら司はとっくに類に殴り掛かっているだろうけど


こんな所は少し大人になったって事だろう




類は司が牧野をマジで愛してないなんて思ってはいない


ただお互いにもうガキじゃねぇーんだって言いたいのだろうけど・・


司が類のそんな微妙なニュアンスに気付くわけねぇ・・






「そんな事言ってないよ。
 ただ又、牧野を傷つけるような事したら次は全力で阻止するから覚えておいてね」






類が自分の気持ちを言葉にするのって滅多にあることじゃない



だからこそその言葉の一つ一つに重みがあるのだろう・・・



人が出会い別れる・・



その過程において傷つく事もあれば



傷つける事だってある



幸せな事も悲しい事も笑顔も涙も



生きていく上で経験する様々な出来事が顕著に現れるのが恋愛だと思う



俺や総二郎のようにおもちゃ箱に手を突っ込み引っ掻き回しただけで遊んだつもりになっている奴も居れば


司のようにおもちゃ箱をひっくり返し中に入っている物全てを手に取らないと遊んだ気にならない奴や


類のようにおもちゃ箱の中を眺めているだけで十分だって奴も居る



方法なんて人それぞれだから面白いんだろうけど


振り回される牧野にとってはいい迷惑だろう







「俺は真剣にあいつの事を愛してんだよ!
 あいつだって今では俺様一筋なんだよ!
 俺とあいつの間にお前の入り込む余地なんてねぇーんだよ!」





何時から牧野が司一筋になったんだ?





「余地が無いかどうかは牧野が決めることだからね。
 それに俺だってまだまだ諦めたわけじゃないし、
 きっと牧野だって司よりは俺の方が良いって言うと思うよ」





言い終えた類が一瞬だけ勝ち誇ったような表情をしたのは見間違いだろうか?




「あいつが俺様以外の男を選ぶわけねぇんだよ!
 悔しいからっていい加減な事ばっか言ってんじゃねぇぞ!」





「いい加減かどうかは牧野に確かめてみればすぐに分かる事だけど
 とにかく来週の司の誕生日パーティは司じゃなくて
 俺のパートナーとして出席する約束してるしドレスは俺が選んだのを渡してあるよ」




マ、マジかよ!?





「あ、あいつさっき話した時は一言もそんな事言ってなかったぞ!」




「じゃあ牧野に確かめてみれば?」




「そんな事おめぇに指図されなくてもそうするよ!」





類の言っている事が本当だとは思えないけど





さすがの司も類の自信満々の言い方に不安になったらしく慌てて牧野に連絡しているが・・




どうやら渦中の人物の携帯は留守番電話になっているようで捕まらない







「クソッ!なんで出ねぇんだよ!?」




携帯に八つ当たりしたってどうしようもねぇだろ!




「牧野は今日取引先で会議のはずだからそれが終わったら社には戻らないで
 直帰してると思うからもう家帰ってるんじゃない?」





「クソッ!直接あいつに確かめてくる!」







あ〜あ〜行っちまいやがった・・





けしかけた奴は相変わらず無表情だけど俺と総二郎の口からは

なんとも言えない溜め息が同時に零れ落ちた





けどよ・・確かめるって・・


何をどう確かめるんだ?





どうせ司の事だからまた余計な事を口走って牧野を怒らせるだけだろうけど・・





ハタ迷惑な不器用モンスターの恋の行く末は何処に続いているのだろう?





たった今、司が出て行った出入口の方へと視線を向けながら

今はもう見えなくなってしまっている親友の後ろ姿を思い出しそっと心の中でエールを送る






“司に幸あれ!”




・・って



・・まぁ残ってればの話しだけどな












            〜Fin〜




















            2006.11.26 KiraKira


















inserted by FC2 system