高等部最後の年に俺は暴漢に刺され生死を彷徨った








詳しい事は分からないが20年来のダチによると






俺はその時に大切な女の記憶を失くしてしまったらしい










今でもその記憶は戻っていないし今では俺自身




そんな記憶なんてどうでもいいと思っているし







その女にしたってもう何年も経ってんだから






俺の事なんて忘れているだろうと思っている








記憶に無い一度目の恋






今までNYでは何人かの女と付き合った事はあったけど




そのどれもが恋と呼べるような物ではなかった







だからこれが俺にとっては正真正銘の





初めての恋ってやつだと思うんだけどな・・





やっぱ初対面でいきなりプロポーズってのはまずかったか?








プロポーズした瞬間、眉間に深〜い深〜い皺を刻み込んだ彼女は



俺の腕を振り払うと走り去ってしまった・・





「あっ!オ、オイ!ちょっと・・」







走り去る彼女の背中に跳ね返り俺に返ってきた自身の言葉




今度は身体が動かなかった・・





見送るしかなく立ち尽くしていた俺の背中から聞こえてきた声・・









「司様、女性をお誘いになられるのにいきなり結婚を申し込まれるのは
 懸命な方法だとは思えませんが。」








振り向かなくたって分かっている




この嫌味ったらしい物言いは現在、俺の秘書をしている西田だ






「そんな事分かってんだよ!」





振り向きざま西田に怒鳴りつけるとリムジンへと戻り始める




俺の怒鳴り声にも動じる奴じゃねぇーけど





それにしてもいつもは無表情なくせに今日はその能面みたいな顔に




薄っすらと笑みを貼り付けていやがるのが気に入らない!







「オイ!あの女の身元調べとけ!」





「司様、調べるまでもございませんが。」





「お前、あの女、知ってんのか?」






「はい、よく存じ上げております。」






「どこの誰だ?!」








「お名前は牧野つくし様と申されまして、
 現在、美作商事であきら様の秘書を勤められておられます。」







「あきらの秘書?
 あきらの秘書に女なんていたか?」








「牧野様は1ヶ月ほど前にイギリスから帰国されたばかりですので、
 司様はご存知ないかと思われますが、
 それ以前はイギリスであきら様のお父上の元で秘書を勤めておられました。」









「だったら俺様が知らなくて当然だな!」







「はい、ですが、司様は以前に牧野様とお会いになられておりますが。」







「何時だ?」






「司様が高等部の頃でございます。
 牧野様も英徳に通っておられましたので。」






「俺は知らねぇーぞ!
 居たか?あんな女?」








「はい、あの頃より美作様方と仲良くされておられましたので、
 司様もご存知だと思っておりましたが。」






「そうか・・」









何処か腑に落ちない物を感じつつも



あの女の名前と勤め先が判明した事に満足してしまい




それ以上、昔の事を考えるのを止めてしまった




あの女の事について後であきらに電話でもするか






「司様?」







「なんだ?」









「今度、女性を口説く時にはいきなりプロポーズするのではなく
 まずお食事にでも誘われた方が宜しいかと思います。」









「うるせぇーんだよ!
 そんなまどろっこしい事してられるかよ!」














       ←BACK/NEXT→














inserted by FC2 system