Myself / Himself-1

あのバレンタインデーの出来事はあっという間に 社内中に広まり一躍、私は時の人になってしまった 周りからの好奇な目をすべて無視して自分のデスクに 戻り喋り掛けないでのオーラーを出しまくりで パソコンの画面を睨みつけていた 就業後は京子と亜美に両脇をがっちりと抱え込まれ いつものバーに連行されてしまったけど・・ アレやコレや根掘り葉掘り聞かれて いい加減、うんざりしていた私はあのカブト虫男が 昔からいかにバカで横暴で我が儘で自意識過剰で 日本語が弱いかを力説してあげた 今夜、確実にあのバカ男のファンが二人 この世から消えたわよ!! 私が消してやったのよ!! ざまーみなさい!カブト虫男!! ・・って私、なに言ってんだろう? 話しを戻して まだまだ話し足りない様子の京子と亜美から 逃げるようにして家路についたのは午後10時を回っていた 会社から地下鉄一本で駅からは徒歩約10分の距離にある 2LDKの分譲マンションが現在の私の住まい ここを手に入れて1年になる 通勤時間が30分ほどで駅までの道は夜でも人通りが多く 近くに大型のスーパーもあり立地条件はいい新築のマンションを 30年ローンで購入した 社会人になってからコツコツと貯めたお金を頭金に 毎月ローンの返済をしている どうしてマンションなんて買ったかって? 今までずーっと家族の為に働いてきたけど 私が大学に入った頃からパパの収入も安定して ママもパートに出てるし進も大学を卒業して就職したから 自分で稼いだ分は自分で使えるようになった 仕事は順調で私自身の収入も昔とは比べ物にならないくらいある これから先の人生を考えて何か形に残したいと思い 思い切ってマンションを購入した そのマンションを私は結構気に入っている 誰にも邪魔されない私だけのお城 あと29年残っているローンを考えると ちょっとブルーになる事もあるけれど とにかく上々の人生で結構、充実しているハズだったんだけどなぁ〜 あ〜あ!!こんなウジウジしてるのなんて私らしくない! 駅からの帰り道、マフラーを顔の半分辺りまで引き上げて寒さをしのぎ 近くのコンビニでビールを買って家路を急ぐ マンションの前あたりまで帰ってきた時 自分の部屋を見上げて異変に気付いた リビングの明かりが点いている・・? 今朝、ちゃんと消して出たわよね? 慌ててマンションへと駆け込み オートロックのエントランスに鍵を挿しこみ 自動ドアを通り抜けちょうど止まっていた エレベーターに乗り込んで 私の部屋は15階立てマンションの6階 南向きの角部屋 エレベーターで6階へと上がる 6階に着くとゆっくりと開くドアがもどかしくて 手で押し開け自分の部屋へと急ぐと・・・ へっ・・!? な、なに・・?? 私の部屋の前に誰か立ってる? 恐る恐る・・ ゆっくりと・・ もしもの時の為に履いているヒールを脱いで握り締めながら 一歩一歩近づいて行く・・ やっぱり私の部屋の前に誰か居る・・ オールバックでスーツ姿の男の人がドアを背に立っていた・・・ ひやっ!! その男性が私の存在に気付いたのだろう 顔をこちらに向けた そして目が合うとゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる・・ な、なに・・?? な、なんなの・・?? やろうって言うわけ? 昔っから腕っぷしには自信があるんだからね! なんて思いながらもやっぱりちょっと怖くて 両手でヒールを握り締めていたら その男の人が私の名前を呼んだ 「牧野様ですね?」 なんで私の名前知ってんのよ?! 「・・あ、あの・・何かご用でしょうか・・?」 一歩一歩、私に向かって歩いてくる男の人とは 対照的に一歩一歩後ずさりして行く私・・ 「これを司様からお預かりしております。  お納めください。」 そう言って差し出されたのは鍵みたいだけど・・? お納めくださいなんて言葉は丁寧なんだけど なんか押し付けられたような感じで私の手に納まった鍵 でもどうして鍵に赤いリボンが着けてあるわけ? それにこれって何処の鍵よ? なんなの一体・・なにたくらんでんのよ!カブト虫男!! 「あの・・これって何処の鍵ですか?」 「牧野様のお部屋の鍵でございます。」 はぁ? 私の部屋?って言ったわよね・・ へっ!! 鍵を握り締めながら軽くパニくっている私にその男の人は 「司様のご命令で牧野様のお部屋の鍵を取り替えさせていただきました。  司様はすでにお部屋でお待ちですので。」 あ〜・・何言ってんだろう・・この人? 私は日本語が得意だったはずなんだけどなぁ〜 理解できない・・ ・・って・・そんな事言ってる場合じゃない!! 今、この人なんて言った? 司様はすでにお部屋でお待ちですので・・って言ったわよね? って事は私の部屋にあの男が居るって事? 冗談じゃないわよ!! 不法侵入で訴えてやる!! 頭に一気に血が昇る!! 勢いよくドアに鍵を挿しこみ乱暴に開けると 靴を脱ぐのももどかしいほどの勢いでリビングへと駆け込んだのに・・・ い、居ない・・? どこ行ったのよ?!あのバカ男! とりあえず2つある部屋を開けてみるけど居ない・・ 次はトイレ? ドアを開けてみたけど居ない・・ もう一度リビングへと戻ってみる たしかに誰かが居る形跡はある 電気とテレビがつけっぱなしだし 何よりソファーにスーツの上着が投げかけられてある・・・ 「オイ!なに一人でブツブツ言ってんだよ!!」 「キャー!」 後ろから急に声がして一瞬、腰が抜けるかと思った 「ブッ!お前、変な顔!!」 「なっ!あんたに言われたくないわ・・って  ギャーー!あんたなんて格好してんのよ!!」 声のした方へ振り向くと腰にバスタオルを巻いただけの姿のカブト虫男が立っていた・・ 「うるせぇーな!大きな声出すな!」 「・・ちょ、ちょっと!あんた人の部屋で一体なにやってんのよ!!」 「あぁっ・・?何って見て分かんねぇーのかよ?  風呂入ってたんだよ!」 あ〜あ〜頭を掻き毟りたい衝動に駆られる・・ 取りあえず一発ぶん殴っとこ! 幸いあいつは今、バスタオルで髪を拭いているからこっちを見ていない やるなら今だ!! 拳骨を固めてハァーって息を吹きかけてあいつの頭めがけて 思いっきり打ち込んだ! 「ふ〜ん、お風呂に入ってたんだ・・って言うとでも思ったか!バカ男!!」 見事にヒットした私の拳に目の前の男は頭を抱えてうめき声を上げている ざまーみろ!! 「イテーだろーが!すぐに手が出るそのクセなんとかしろ!!」 「大きなお世話よ!あんたこそ人の話し聞きなさいよね!!  勝手に私の部屋の鍵取り替えたりしてなにやってんのよ!  不法侵入よ!!訴えてやる!!」 「はぁー?!不法侵入って誰の事だよ!  それに何処へ訴えるって言ってんだ?!」 「あんたに決まってんでしょ!あんたを不法侵入で警察に通報すんのよ!」 「はん!無理だね!」 「なっ!?あんたまた権力使うつもりなの!?  まだそんなバカな事やってるの!?」 「バカはお前だって言ってんだろ。  それにな権力なんか使わなくてもお前は俺を訴えられねぇーんだよ!  ここはお前の部屋でもあるけど今日から俺の部屋でもあるんだよ!」 あれ?! また変な日本語聞いた・・ 私の部屋だけど・・こいつの部屋でもある・・? 「ちょっと!それってどういう事なのよ!?」 「ほら!これ見てみろ!」 そう言いながらカブト虫男がソファーに置いてあった自分のバッグから 数枚のA4の用紙を私に手渡した 「なによ?コレ?」 「自分で読んでみろ!」 その紙に書いてあったのは・・ 本日、何度目かの悪夢・・ 私、まだお昼寝の途中なのかなぁ〜・・ もしかしてまだお昼休み? だってこの紙には私の部屋のローンが完済されたって書いてあるんだもの・・ 後29年残ってるのよ・・ それが綺麗に終わってるのよね・・ 「これって・・この部屋のローンが全部払い終わってるって事・・?」 「そうだ、今日、俺様が払っておいてやった。感謝しろよ!」 唖然として反論出来ない私にバカ男が畳み掛けてくる・・ 「お前、たったこれっぽちの金を後29年もかけて払い終わるつもりだったんかよ?  ったく、お前は相変わらず俺様が居ねぇーとどうしょうもねぇんだな!?」 この恐ろしくポジティブな男をどうしたものかと考えるけど この状況を変えるだけのいいアイデアなんて浮かんでこない・・ 私の中に湧き上がってくるのはとにかく怒りだけで もう一秒たりともこの男の顔を見ていたくない・・ 「出て行って。」 「はぁ?!」 「今すぐにここから出て行って!」 「お前、なに怒ってんだ?」 「私の怒ってる理由すら分からないんだったら今すぐに出て行け!」 きっと私は今までの人生の中で一番怒っている・・ なのにどうしてこの男にはそれが通じないのだろう? 「そんな眉間に皺寄せてっとブスが余計ブスに見えるぞ!  まぁ、いつまでもこんなとこ突っ立ってねぇーで  座って落ち着いて話ししようぜ!」 「もういい!!あんたが出て行かないんだったら!  私が出てく!!」 思わず叫んでしまったその言葉 よくよく考えれば私の部屋なんだから 出て行く必要なんてないんだけど・・ もう我慢出来なかった それだけ叫ぶとまだ後ろで何か言っている彼を無視して そのまま部屋を飛び出した マンションを飛び出し何も考えずに取りあえず駅の方向へと 歩き出す 大通りまで出てちょうど通りかかったタクシーを止め乗り込んだ タクシーに乗り込んだのはいいんだけど・・・ "お客さん、どちらまで?" って言われて考えてしまう・・ どうしよう? 何処に行こう? 京子のところにする?それとも亜美? あ〜あ〜ダメダメ!! あの二人の所になんて行ったらまた根掘り葉掘り聞かれるだけだ しょうがない会社の近くのビジネスホテルにでも泊まろう・・ そう思って運転手さんに会社近くのビジネスホテルの名前を告げた 車が走り出してしばらくぼんやりと窓の外を流れる景色を眺めていた・・・ ハァ〜・・今日、何十回目かの溜息・・ 溜息ばっかりついてたら幸せが逃げていっちゃいそうで嫌なんだけど・・ やっぱり私の口から零れ落ちるのは大きな溜息だけ・・ タクシーに乗って5分程した時、バッグの中の携帯が鳴った 電話を掛けてきたのは美作さんだった・・ 「もしもし?」 『牧野か?』 「うん・・」 『お前、今どこに居るんだ?』 「今、タクシーに乗ってる。」 『そうか・・お前、今からこっち来れるか?』 「う〜ん・・疲れてるんだけど・・なにか急用なの?」 『ああ、司の事で話しがある。』 「・・・・・」 『聞こえてるのか?』 「うん・・今日、道明寺に会ったから・・」 電話の向こうから美作さんの溜息が聞こえてきたような気がした・・・ 『・・そうか、だったら話しが早いな。  今から屋敷に来てくれ。』 「・・分かった。」 小さな溜息と共に美作さんからの電話を切り タクシーの運転手さんに行き先の変更を告げた
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