「おおおおお前、な、なんだソレは?!」

初夏の昼下がりに響いた俺の叫び声!!


















Baby Talk1...











日本に戻って仕事を始めて2年、
あいつも大学を卒業し小さな貿易会社に就職しお互い忙しいけれど毎日、
充実した日々を送っていた

もっか俺の悩みはあいつとの時間が思うように取れないということ・・

今日は久々午後からオフで明日の日曜日も丸々オフという奇跡のような週末

いや!奇跡なんかじゃなぃ!
俺はこの日のために寝る間を惜しんで仕事を片付けたんだよ!


だから努力の賜物なんだよ!!


午前中の会議を終えてオフィスに戻ると携帯にはあいつからのメール

内容を確認するとたった1行・・・

”ごめん、今日ダメになった。”

簡潔すぎる1行にフリーズ・・・

「ふ、ふざけんなぁー!!」

ちょうどオフィスへ入ってきた秘書の肩がビクンと震えた

「つ、司様、本日のスケジュールは以上でございます。」

「そんな事いちいち言われなくても分かってる!
 とっとと出て行け!!」


ドタキャンされたイライラを秘書にぶつける
慌ててオフィスから出て行く秘書の背中を睨み付けながら
メモリーからあいつの番号を探し出す


RRRRRR RRRRRR・・・

しばらくの呼び出し音の後、留守電が応答・・

”はい、牧野です。お電話ありがとうございます。
 ただいま電話に出る・・・”

ブツッ・・

最後まで聞くことなく携帯を切ると上着を掴みオフィスを出た

ふざけんなよ!
あんなメールだけで俺が納得すると思ってんのか?
いい度胸してんじゃねぇーかよ!!

3週間ぶりなんだぞ!

3週間ぶりの牧野
俺が今日という日をどんなに待ち望んでいたか分かってねぇーのか?

上等じゃねぇーか!
俺とのデートよりも大切な用件なんだろうな!?

そもそも俺より大事な事ってなんだよ!!


俺には牧野以上に大切なことなんてねぇーのに・・・
あいつは違う・・

掴んでも掴みきれなくて
NYに居た4年間も不安で不安で堪らなくて
やっと日本に戻ってこれて大人っぽくなったあいつを
見たときまた置いていかれるような感覚に襲われて焦ったのに・・

俺だけが追いかけて焦がれてあいつの気持ちが今イチ掴みきれなくて

だけどあいつの手を離すなんてこと考えられなくて

際限無く湧き上がってくる愛おしさに溺れる・・・

なのに、たった1行のメールでドタキャンって・・
どんな理由があろうーともぜってぇー許さねぇーからな!

リムジンであいつの部屋に向かう道中もずーっとイライラしたまま

最悪の機嫌のまま勢いよくアパートの階段を駆け上がり力まかせにドアをノックする

中からはなんの返事も返ってこない
いねぇーのか?と思い携帯を取り出しダイヤルすると
呼び出し音の2重奏と共に牧野の声

「道明寺?」

ん・・・?
下から声が聞こえた気がして階段の下を覗き込むと牧野が立っていた


「おおおおお前、な、なんだソレは?!」


階段の下に立っていた牧野の腕の中には赤ん坊・・?!

突然の大声に驚いたのか牧野に抱かれている赤ん坊が泣き出してしまった・・


「ちょっと大きな声出さないでよ!
 びっくりしちゃったでしょ!!」


赤ん坊をあやしながらあいつの怒鳴り声・・・

「もう大丈夫だからね〜こうちゃん。
 びっくりしたねぇ〜。
 大きな声出してダメなおじちゃんだね〜♪」

大丈夫?・・何が大丈夫なんだ?

こうちゃん?・・そのガキの名前か?
ムカつく!俺だって未だ道明寺だぞ!!

びっくりした?・・それはこっちのセリフだ!

大きな声?・・てめぇーの方がよっぽどでっけぇー声じゃねぇーかよ!!

ダメなおじちゃん?・・お、俺のことか?




オイ!言葉の端々に悪意を感じるぞ!!



あいつは赤ん坊を抱いたままおじちゃんと言われ二の句が告げず呆然としている俺の横を
すり抜けドアの前に立つとバッグの中に腕を突っ込んで何か探していたが、いきなり俺に振り向くと

「ねぇ、この中に鍵が入ってる思うんだけど見つからないの。
 取ってくれない?」


カギ?
カギを取れってか?

俺の頭ん中は今の状況が今イチ理解できずあいつの言葉を反芻しているだけ・・

「ちょっと!取ってくれないの?」

「あ、ああ・・」

納得は出来ないけどこんなとこで立ち話ししてるわけにもと思い
あいつのバッグの中からカギを取り出しドアを開けあいつに続いて部屋に入った

牧野は部屋に入るとすぐに赤ん坊を床に座らせ窓を開け脱ぎ散らかしていたパジャマを片付けている

あいつは靴を脱ぎ部屋に上がりこんだ俺に気付いていない・・

「オイ!」

振り向いたあいつは俺に・・・
俺になんて言ったと思う?

「ちょっと!なんであがり込んでんのよ!?」

だぞ!?

ここまで邪険に扱われる覚えはねぇーぞ!!

絶句している俺に向かってあいつは・・

「今日はダメだってメールしたでしょ?
 忙しいんだから帰ってよ。」


帰ってよ・・?
帰れってか・・?
お、お前・・俺に帰れって言ったのか・・今??

「ふ、ふざけんなーーーーー!!!」

再びの俺の怒鳴り声に赤ん坊は一瞬肩をビクンとさせ大きく目を見開いたかと思うと
次の瞬間大声で泣き出してしまった

「大きな声出さないでって言ったでしょ!
 もう、こうちゃんが怖がってるじゃない!
 バカ!」


そう言うと再び赤ん坊を抱き上げた

「うるせぇー!
 さっきからこうちゃん、こうちゃんって何なんだよ!?
 お前は俺よりもそのガキの方が大事なのかよ!」

邪険に扱われて思わず口走ってしまった・・・
こんなセリフ・・まるで俺がガキに嫉妬してるみたいじゃねぇーかよ!!

自分の言った言葉にバツの悪さを感じている俺をあいつは唖然と見ていたが、
すぐに目を細めてじとーっとした視線を送ってきやがる・・

つい言ってしまった言葉・・今さら引っ込みがつかない・・・

「どーなんだよ!?」

「なにそれ?
 あんた、赤ちゃんに焼もち妬いてんの?」


「んなわけねぇーだろ!
 なんだっていいからさっさとそのガキ返してこい!」


「ふ〜ん、あんたこうちゃんに焼もち妬いてんだ。」

妙に勝ち誇った顔でニヤついてやがる・・

ムカつく・・!
マジムカつく・・!
すっげぇームカつく・・!

ムカつきすぎて自分が何言ってんだか分かんなくなってきて・・

「そんなにガキが欲しけりゃ俺が作ってやるよ!!」

俺の言葉を聞いたあいつはガキをあやしていた手を一瞬だけ
本当に一瞬だけ止めた・・だけど・・

すぐにガキに話しかけてやがる・・

「こうちゃん、お昼ごはんまだだからお腹すいたねぇ、
 何食べたい?」


オイ!今度はシカトかよ!!


ガキを再び座らせてあいつは台所に立った

なべをコンロにかけて冷蔵庫を覗き込みながら

”う〜ん、買い物行けなかったから何にもないねぇ〜
 こうちゃん、おうどんでいい?”

なんて返事するはずもねぇーガキに向かって独り言を話してやがる

上等じゃねぇーか!
どこまでも俺を無視するつもりなんだな?!



台所に立つあいつの背中を睨み付けるけど全く効果なし・・


なぁ〜3週間ぶりなんだぞ!

分かってんのか?

俺はお前と喧嘩したくないんだよ・・

そもそもこのガキなんなんだよー!?



「オイ!このガキ、誰の子供なんだよ!?」

やっと振り返ったあいつの顔には

”何を今頃・・”

と書いてあった


確かに遅いかもしんねぇーけど

俺には知る権利がお前には説明する義務があると思うぞ!

どうだ!?
筋は通ってるだろう?

俺だってたまには・・いや、俺はいつだって常識的な人間だからな!

・・って俺、誰に言ってんだ?

ふと視線を感じて横を見るとガキと目が合った

あっ!?
お前、今笑っただろ?!
俺のこと見て笑ったな?

思わずガキと見つめ合っていると・・・

おっ!?
また、笑ったのか・・?

お前、笑うとなかなかかわいいじゃねぇーかよ!
まぁ、あいつほどじゃねぇーけどな!

なんて一人で考えていると俺の心を見透かしたようにあいつの声が・・・

「こうちゃん〜あんまり見ちゃダメよ、バカが移っちゃうから〜♪」

料理している手を休めることなく言い放った・・・

ハァ〜俺、お前になんかしたか?
ここまでくるとさすがに不安になってくる・・・


そんな俺の不安なんて全く気にする様子もなく、あいつは・・

”よし!出来たよ〜こうちゃん!
 食べよっか〜”


小さなお椀に細かく切ったうどんを入れてガキを膝の上に乗せて食べさせながら

「この子ね、お隣さん家の子なの。
 名前は関口康太君って言って1歳8ヶ月。」


「で?」

睨み付ける俺をもろともせずににこやかに話しを続けやがる・・

「今日、一晩この子を預かることになっちゃったんだよねぇ〜
 こうちゃん♪」


ここで再びフリーズ・・
一晩預かる・・?
一晩って言ったら・・明日の朝までってことか?

冗談じゃねぇーぞ!!

「なんでお前が預かんなきゃいけねぇーんだよ!
 さっさと返してこいって言ってんだろうーが!」

「ムリ!」

即答された・・


「なんでだよ!?」

「今朝から大変だったんだよねぇ〜こうちゃん♪」

言葉の最後にいちいちガキの名前を呼ぶな!
さっきからこうちゃんこうちゃんってたまには司って言ってみろ!
バカ女!

だけど・・・さっきからずっと牧野の様子を観察してるけど
今日はおかしい・・

変だ!
まぁ〜いつも変なんだけど・・今日はとくに変だぞ!

妙に機嫌がいいというか・・
いつもならとっくに喧嘩になってるはずなのに、
今日は上手くかわされていると言うか・・・

イヤ!こいつはそんなに器用じゃないから
マジで俺のことが頭に入っていない・・みたいだ・・

ニコニコしながらガキにメシを喰わせている牧野はなんだか妙に幸せそうで・・・

俺だって怒ってるはずなんだけど・・牧野の楽しそうな顔を見ていると
怒りなんてどっか飛んで行っちまう!

バカだって思ってんだろ!?

思いたきゃ思ってもいいぞ!
笑顔の原因が俺じゃないことがムカつくけど俺はあいつが笑顔ならそれでいいんだよ!!


ガキに飯を喰わせながら牧野が話したことを整理すると・・

どうやらこのガキに弟か妹が産まれるらしい

牧野は今朝早くに壁をドンドンと叩く音で眼が覚めたらしい・・

あいつは”壁が薄いのってこんな時は役にたつんだね?!”
なんて呑気に笑ってやがる・・


”こうちゃんのママ、明け方に陣痛が始まっちゃって動けなくなっちゃったらしくて
壁を叩いて私に助けを求めてたの”


こいつの話しにはいくつか疑問がある・・

疑問その1

「父親はどーしたんだよ?
 いねぇーのか?」

「いるよ。でも出産予定日はまだ2週間、先だったらしくてご主人
 中国へ出張中なのよ。なんとか連絡は取れたんだけど内陸部にいるから
 日本に着くのはどうしても明日になっちゃうって。」

「じゃぁー親は?
 実家に連絡して来てもらえばいいじゃねぇーかよ!」


「それもダメだったの。今、言ったでしょ?予定日までまだ日があったって、
 だから奥さんのご両親は今、ご夫婦でハワイに旅行中なの、こっちはまだ連絡が
 取れてないのよねぇ〜・・ダンナさんの方はお母様が入院中で無理だし・・」


「だったら病院に預けてくりゃーいいだろうが!
 なんでお前が連れて帰ってくるんだよ!」

「・・だって・・懐いてくれてるし・・それに病院だと看護婦さん達は
 みんな忙しいからずっとついててもらえないでしょ?この子、病院で
 一人ぼっちになっちゃったらかわいそうだから・・・」

ハァ〜


疑問その2

「お前、隣の部屋にどうやって入ったんだ?
 動けなかったんだろ?」


「そーだよ、だから大変だったんだ〜!
 朝から大家さん家まで走って行って鍵開けてもらったの!
 大家さん家が近所でよかった!!」

「そんなもん電話してカギ持ってきてもらえばよかったんじゃねぇーのか?」

「・・・あっ!?そーだね・・そういう手もあったんだ!!
 あんたたまにはいい事言うじゃない!?」


「うるせぇー!たまにはって余計なんだよ!
 お前は今ごろ気付いたのかよ?
 相変わらず抜けてんなぁ?」

邪険にされている恨みを込めて嫌味たっぷりに言ってやる!!


「う、うるさいわね!あんたに言われたくないわよ!
 びっくりして頭が回わんなかったのよ!」
「もう!大変だったんだからね!
 鍵開けてもらって中に入ったら破水しちゃってて動かせなくて
 救急車呼んで病院まで運んでもらって・・・」


分かってるよ、そんな事!
脱ぎ散らかされてたパジャマとセンスの欠片も見あたらないちぐはぐな
今の格好を見ればお前がパニクってた事ぐらい簡単に想像がつくよ!


とりあえずこのガキが此処にいる理由は分かった、
だけど納得したわけじゃねぇーぞ!

貴重な牧野との時間をこれ以上こんなガキに邪魔されてたまるかってんだ!

オイ!牧野!
お前、分かってんのか?
多分、お前が一番分かってねぇーんだろうな・・


こんな時にお人よしのお節介パワー最大限に発揮しやがって!

でも、こいつのことだから病院で一人ぼっちのこのガキほっとけなかたんだろうな・・・

まぁ〜、そこがお前のいいところなんだけどよぉ〜

けどよ〜
どうして今日なんだよ!!

俺との約束がない時にしてくれよー!


俺は何があってもお前が一番なのに・・

お前はあっさりと俺を横に押しのけてそのガキを優先させる・・・



あ〜あ、認めてやるよ!!
俺は今、猛烈にこのガキに嫉妬してるよ!
なんだよ!
なんか文句あんのかよ!?

決めたかんな!
お前がどんだけ文句言っても邪魔にしても邪険に扱っても
俺は帰えんねぇーからな!
お前にピッタリ張り付いててやるからな!


覚悟しとけよ!!













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