メープルホテルのラウンジで俺はあきらと類を待っていた
カンクンから戻って1ヶ月、すっかり日常の生活に戻っている



つくしと共にNYへ行った滋と桜子も1週間程NYへ滞在して
今は日本に帰国していた
NYと東京でそれぞれが忙しい時間を過ごしている



しばらく一人で飲んでいると類が到着した
二人でカウンターに並んでグラスを傾ける



「なぁ、あきら何時ごろ来るって言ってた?」



「10時過ぎるって連絡あったけど。」



「そうか・・」




時計を見ると現在9時50分

時間には律儀なあきらだからそう遅くはならないだろう



その後はあきらが到着するまで類と二人
特に言葉を交わすことなく飲んでいると
10時を10分ほど過ぎたところであきらが到着した



固い表情でラウンジへと入ってきたあきらに促され個室へと入り
ソファーに座るとすぐにあきらが前置き無しに口を開いた・・



「司の記憶が戻った。」





その一言で俺も類も一瞬、動きが止まった・・




「はぁ?」
「記憶が戻ったって・・」




「司が牧野の事を思い出した・・らしい・・」




「いつ?」




「メキシコから戻ってすぐらしいけど・・
 椿姉ちゃんから電話が掛かってきた。」




「そうか・・・」




「あきら、詳しく話して。」





「ああ・・」











姉ちゃんから電話が掛かってきたのは2日前


夜、屋敷で持ち帰った仕事を片付けていたところへ
少し戸惑ったような声の姉ちゃんからの電話・・




「もしもし?」




「もしもし、あきら?椿よ。」




「あ〜姉ちゃんか。久しぶりだな!
 元気だった?」




「ええ、ありがとう。私は元気よ・・」




「どうしたんだ?何かあったのか?」




「・・司が倒れたのよ・・」




「えっ!?倒れたって・・いつ?
 司は大丈夫なのか?」





「ええ、それ自体はお医者様から単なる過労だから
 少し休めば回復するって言われたんだけど・・」





「そうか、良かった。それで、司は今どうしてるんだ?
 入院してんのか?」




「いいえ、屋敷に戻ってるんだけど・・
 ねぇ、あきら?あなた達、一緒にメキシコに行ったのよね?」




「ああ、滋と桜子と俺と司の四人で行ったけど?」





「そこで総二郎と類と一緒だったつくしちゃんにも会ったのよね?」





「そうだけど・・姉ちゃんなんでその事知ってんだ?
 まさか・・司に聞いたのか?」





「ええ・・」






何故かずーっと奥歯に物の挟まったような口調の姉ちゃんを不審に思っていたが
次に続いた言葉はあまりにも予想外で思わず間抜けな声が出てしまった・・





「・・あの子・・つくしちゃんの事を思い出したみたいなの・・」





「はぁ?」
「そ、それって・・記憶が戻ったって事か?」





「そうみたいなの・・・本人は思い出したって言ってるのよ・・」





あまりに突然の事でしばらく電話を握り締めたまま呆然としていた


その夜はとりあえず司は落ち着いているとい事だけを確認して電話を終えた








司はカンクンから戻り休暇を切り上げて本当に仕事をしていた




秘書の話しによるとカンクンから戻った司は多少疲れているように見えたが
普段と大して変わりはなく、クリスマスイブに開かれていたパーティーに出席し
そのままパーティーで知り合った女とメープルで一夜を過ごし
クリスマス早朝、屋敷に戻ったところでタマさんに頭が痛いと訴え
その場に崩れ落ちたらしい




すぐさま病院に運ばれ検査を受けたが特に異常は見つからず
過労と診断された司が目を覚ましたのは



12月28日・・牧野の26回目の誕生日だった





当初、司は記憶が戻った事を誰にも打ち明けておらず
タマさんも椿姉ちゃんも気がついていなかった



椿姉ちゃんは司が倒れたと連絡を受けロスから駆けつけ
そのまま自宅療養している司に付き添っていた



屋敷に戻った司は自室に篭り食事も満足に摂っていなかったが
退院直後はまだ体調も不完全だということでその事自体はあまり問題になっていなかった
だが一週間を過ぎてもいっこうに変わらない司の状態に流石に心配になった姉ちゃんが問い詰めたところ
白状したらしいのだが・・




白状したって・・姉ちゃんらしいけど・・




それにしても俺自身が突然の事でどうしていいか分からずに
とりあえず総二郎と類を呼び出した




それにもう一つ姉ちゃんが気になる事を言っていた





"あの子、カンクンでつくしちゃんと話したみたいなんだけど・・
 その時、つくしちゃんね・・司に付き合ってた覚えは無いって言ったみたいなの・・"





牧野はどうしてそんな嘘をついたのだろうか?




自分の過去に嘘をついてまで牧野は何を守ろうとしたのだろう・・・?




嘘をついたのは牧野・・


だけど・・その悲しい嘘をつかせたの司だ・・



二人の会話がどういう状況で交わされたものなのかは分からないが
とにかく司の記憶が戻ったって事は確かだ・・・





「司は今、どうしてるんだ?」





「どうもしてないって言うか・・姉ちゃんに記憶が戻ったって事は話したけど
 それだけで後はなにも言わねぇーらしい・・」




「会いたがってないのか?」





「それも分からない・・だけどずっと考え込んでるみたいで、
 昔みたいに感情的に行動する事はしてねぇーけど何にも言わねぇーぶん
 気味が悪いからって一応、姉ちゃんが張り付いてくれてる。」





「そうか・・・」




「なぁ、総二郎?お前、牧野に話すか?」




「分かんねぇーよ・・話してどうなるもんでもねぇーし・・
 司の記憶が戻ったって知ったらあいつに余計な心配かけるだけだしな・・」




「そうだな・・ハァ〜それにしてもなんだって俺達はこんな事で悩んでんだろう・・?」





「それは友達だからでしょ。」





ずっと黙って話しを聞いていた類がサラリと返してきた・・




「そーだな・・あいつらは二人共、俺達の大切なダチだからな・・
 とにかく牧野に話すかどうかはお前らに任せるよ、
 どっちにしろ俺はしばらくNYへ行けそうにないし。」





「分かった。」







司の記憶が戻って少しホッとしている気持ちがあるのも事実だが
それと同時にやっと見つけた光の中にあったものは絶望だという事に
司が耐えられるのだろうか・・




そんな重苦しい気持ちも感じている





昔ほどの激しさは無いものの牧野に対する司の行動だけは予想が難しい・・




思い出した以上、会いたいと思うのは当然だろう
ましてや牧野は今、自分と同じNYに居るのだから




住所を調べる事だって司ならさほど苦もなく出来るだろうし・・



何処まで我慢を続けられるのだろうか・・・?












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