カンクンから逃げるようにNYへ戻り仕事をしていた
忙しくしていないと何故かあの女の事ばかり考えてしまう・・


あの女の事を考えていて浮かんでくるのは苛立ちだけいくら追い出そうとしても
俺の中から出て行こうとしない・・
だからワザと忙しくして考える時間を無くしていた・・



どうしてもっとちゃんと向き合ってみなかったのだろう?
どうして端っから追い出す事ばかり考えていたのだろう?



こんな感情は始めてじゃなかったのに・・



8年前にも経験している頭の奥の深い場所にずっと感じている
痺れるような痛みがどんどん強くなり始めていたのに・・



痛み止めを飲んでも効果がない




クリスマス・イブの夜、気乗りしないまま招待されていたパーティーに出席し
そのまま媚びた目つきで近寄ってきた女の手を取った



別に相手が誰であろうと関係なかった・・



そんな事、どうでもよかった・・
いつもそうなのだから・・・



ベッドの中で段々と高くなる女の嬌声と激しくなる動きの一方で
感情だけは醒めていて何も感じない




いつもなら女と朝まで一緒に過ごす事など無かったのに
その日はパーティーの前に飲んだ痛み止めと少し飲みすぎた酒の影響で
そのまま寝入ってしまっていた



目が覚めたときは真冬の空がゆっくりと白み始めていた
隣で俺に絡みつくように名前も知らない女が眠っている



絡みつく腕を外しシャワーを浴びベッドに女を残したまま部屋を出た




頭が痛い・・・



屋敷に辿りついた頃には目も霞みまともに立っている事も出来ないほどだった



タマの声が聞こえた気がした・・



咽の奥に張り付いてしまった声を絞り出すように頭が痛いと訴えた後
俺はその場に倒れこんでしまった




目を覚ましたのは病室だった・・・



自分が何処にいるのか何をしているのか分からず
しばらく見覚えのない白い壁を見つめていた・・




ゆっくりとだがはっきりとしてくる意識




全てを思い出していた・・・


自分が忘れていた誰よりも愛おしい女と自分が取った行動・・



闇から抜け出した先に待ち受けていたのは絶望だけだった・・



いくら後悔してももう遅い・・




そう思う気持ちと18歳の頃のまま色褪せる事なく蘇ってきた
行き場のない愛情に心が支配される



カンクンで見た大人になったあいつ・・
だけど総二郎達に見せていた笑顔はあの頃のままで
俺が何より守りたいと思っていたそのままの笑顔だった・・



カンクンでもまた傷つけてしまった
あいつの言葉が頭の中で延々と回り続けている・・




    "あなたと付き合ってた覚えはない・・"





俺はまた、お前に嘘をつかせたんだな・・





過去を否定するかのような悲しい嘘をつかせてしまった



その事に今さら気付いても遅いのに・・




犯した罪を償う術はもう何処に無い・・




過労と診断された俺は屋敷に戻った
心配してロスから駆けつけてくれた姉ちゃんが付き添ってくれている




退院して一週間、一度も部屋から出ず食事も満足に摂らないでいる俺を心配している




だけど何もする気力も湧かない
食べることも眠ることも生活の全てがどうでもいい・・



何を口にしても味がせず
目に映る物全てがモノクロで
時折、幻聴のように誰も居ない静かな部屋で牧野の俺を呼ぶ声が聞こえる・・




日に日に会いたさが募る




一度だけ会いに行こうとした・・


牧野が俺を呼んでいるような気がして・・


牧野の声が聞こえたような気がして・・


都合のいい夢なのに・・


あいつが俺に助けを求めているような気がして・・
ベッドから飛び起きると慌ててその辺にある洋服に着替え
部屋を飛び出そうとして我に返った・・




あいつが俺を呼ぶわけがない



あいつが俺に助けなど求めるわけない



もう俺は必要ないんだ・・


それが現実



再びベッドへと逆戻りしてしまった俺・・





退院してからもう何日、こんな日々を過ごしているのだろうか?
一体、今日が何日で何曜日なのかも分からなくなっていた




そんな俺の心配して姉ちゃんが一日に何度も様子を見に部屋へとやってくるようになった



ベッドから引き摺りだされ無理やり飯を喰わせられる




今もそうだ・・ノックも無しに乱暴にドアが開いたかと思ったら
姉ちゃんが入ってきていきなりベッドに寝ている俺に馬乗りになったかと思うと
抗議の声を上げる俺を無視して




「一体いつまでそうしてるつもり!?」




「関係ねぇーだろ!」




乱暴に扱われている怒りと幼い頃から叩き込まれた条件反射でつい憎まれ口をきいてしまう・・



『バコッ!!』




馬乗りになったままグーで思いっきり殴られた・・



「なんで殴るんだよ!?」




「いいから聞かれた事に答えなさい!!」




「うるせぇー!出て行け!!」



『バコッ!!』



口を開くたびに殴られる・・
今度は拳が綺麗に顎に入り一瞬意識が飛んだ・・




抵抗できずぐったりしている俺の胸倉を掴むと引っ張り上げられる



「さっさと答えなさい!」



「分かんねぇーよ!」




どう答えると姉ちゃんは掴んでいた俺の胸倉を離した
急に離されて身体が後ろへと倒れる
バフッと音を立てて頭が枕に沈み込んだ





「分からないってどういう事?!
 このまま仕事にも行かないつもりなの?!」



「行くよ・・」




「だったらシャワー浴びてスッキリとしてらっしゃい!
 お医者様はもう何時でも仕事に戻っていいっておっしゃってるんだから
 明日っから出社するのよ!これは命令だからね!!」




「分かったよ・・だからさっさと俺の上から降りろ!」




「まだ話しは終わってないわよ。」



「なんだよ?」



「何があったの?」



「なんもねぇーよ!」




「嘘!何にもないんだったらどうしてそんなに情けない顔で考えこんでるのよ。」




「考えこんでなんてねぇーよ!」





『バコッ!!』
「嘘つくんじゃないって言ってるでしょ!
 どうしたの?メキシコで何かあったの?」




「何もねぇーって言ってんだろ!!」





姉ちゃんの追及に思わず大声を出してしまった・・





「やっぱり何かあったのね・・
 何があったの?メキシコへはあきら達と一緒に行ったんでしょ?
 喧嘩でもしたの?」




「小学生のガキじゃあるまいし喧嘩なんかするかよ!!」




「じゃあどうして休暇を切り上げてメキシコから帰って来たの?」




「忙しいからだよ!」




「急ぎの仕事は無かったって秘書が言ってたわよ。
 それなのにどうして?ちゃんと答えるまでずーっとこうしてるわよ!!」





記憶が戻った事は誰にも話すつもりはなかった・・
だけど今、姉貴を誤魔化す適当な言い訳も思いつかない・・


それに嘘をついていてもすぐにバレてしまうだろうとも思った・・


本当は誰かに聞いてほしかったのかもしれない・・




「・・メキシコで牧野と会った・・総二郎達と一緒だった・・」




「・・牧野って・・司?あなた記憶が戻ってるの?」




「ああ・・」



「何時・・?」




「倒れた後・・目覚ました時・・全部思い出してた・・」





「メキシコから帰った後って事?」




「そうだ・・」





姉ちゃんには全て話した・・




姉ちゃんは黙ったままで俺の話しを聞き終えると
やっと馬乗りになっていた俺の上から降りて
溜息を一つつきながらソファーへと移った・・



俺もベッドから起き上がり姉ちゃんの向かいのソファーに腰を下ろした




「司?つくしちゃんの名前が変わってるのは知ってるわよね?」




「姉ちゃん・・なんでその事知ってんだ?
 あいつに会ったのか?」





「いいえ、会ってないわ。
 偶然、知ったのよ。」





「偶然・・?」





「そうよ。」





姉ちゃんはそのまま黙ってしまった・・
どうやらその先を俺に話してくれるつもりはないようだったが
俺は知りたかった・・




どうしてあいつの名前が変わっているのか?

何時からNYに居るのか?

何時から総二郎と一緒なのか?




そしてあいつがどんな人生を歩んできたのか・・・?




どんな小さなことでも知りたかった・・・







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