「姉ちゃん・・教えてくれ。
 あいつの事で姉ちゃんが知ってる事全部教えてくれ。」





「知ってどうするの?」





「分からない・・会いたいけど・・もう会えないって事は分かってる・・
 だけど知りたいんだ・・」





俺の言葉に姉ちゃんはゆっくりと息を吐き出すと
話しを始めた





「分かったわ。だけど最初に約束してちょうだい。」





「何をだ?」






「もう、つくしちゃんの人生に関わらないって事・・
 自分の人生を自分の足でちゃんと歩いている彼女の邪魔はしないって。」





「・・分かってる・・邪魔はしない・・」






邪魔はしない・・




もう関わらない・・




分かってる・・






現実と向き合うために真実が知りたいんだ・・・





姉ちゃんが牧野の事を知ったのは去年の夏頃の事
道明寺でもメープルでも・・いや大企業となれば
常に世界中で優秀な人材を探している





姉ちゃんのカメリアでもそれは例外ではなく

企業側から以来を受け条件に見合う人材をリストアップする
ヘッドハンティングを専門に行うプロが存在する





企業側はリストアップされた人材の中から引抜を交渉をする
人物を選出するが実際に相手側と交渉をするのは
ヘッドハンティングのエージェントで双方の条件を聞き調整をする



牧野の現在の名前・・

ケイト・ライズはカメリアホテルのリストのトップにあった




「圭介さんね・・つくしちゃんの事で悩んでたのよ。」




「悩んでた?」




「そうよ、リストの中に彼女を見つけて是非カメリアに
 来て欲しいって思ったけどつくしちゃんの素性が
 よく分からなかったのよ。実績は申し分ないんだけど
 公になってる彼女のパーソナルデーターってほとんど無いの。
 分かってるのは名前と出身大学ぐらいで大学の成績は
 トップクラスで経営者としての実績も申し分は無かったけど
 家族構成や出身地も何処の高校を卒業したのかも分からなかったの。」



「エージェントもかなり調べたらしいんだけど・・
 全く分からなかったらしくてかろうじて手に入ったのが
 遠くから撮った写真が一枚だけだったのよ。」





実際問題として素性の分からない人を採用するなんて難しい事だし
エージェントがそんな人物をリストに載せるのは稀な事だが
それでも彼女の名前をリストに載せたのは彼女が本当に優秀で
それまでも数多くの大企業が彼女を引き抜こうとしていたかららしい・・




「私は圭介さんからどう思うかって相談を受けた時に
 リストを見せてもらって、すぐに写真に写っているのが
 つくしちゃんだって分かったから圭介さんにも話したわ。」





「それで・・?交渉したのか?」




「残念だったけど諦めたわ。交渉しても彼女がカメリアに
 来てくれる可能性は無いもの。
 でもどうしてつくしちゃんの名前が変わってるのか
 気になって調べてみたのよ。」




「何が分かったんだ?」





「何も分からなかったわ。エージェントが調べた程度の事
 ぐらいしか出てこなかったの。
 だからケイト・ライズで調べても何も分からなかったから
 牧野つくしとして日本から遡って調べてみたの。」





「分かったのか?」





「ええ・・大変だったけどね。
 まず英徳から転校した公立の高校、そこから留学先のロンドンの高校と
 大学、そしてNYの大学と調べたのよ。
 つくしちゃんがNYへ来た当初はまだ牧野つくしだったはずなの。
 ロンドンの大学には彼女の名前が残っていたから・・
 それから彼女の家族の事も調べてみたの・・」




姉ちゃんの口から語られる真実・・・






「司?総二郎の事だけど・・
 つくしちゃんのご両親が事故で亡くなったときに
 葬儀だとか弁護士の手配をしたのが総二郎らしの・・
 どういう経緯で総二郎がそうなったのかは分からないけど・・
 ずっとつくしちゃんの側に居て支えになっていたことは確かよ。」





「そうか・・」





カンクンで会った総二郎の顔が浮かんでくる・・




真っ直ぐに俺の目を見ながら惚れていると言った総二郎・・・




ふいに三年ほど前に総二郎と交わした言葉を思い出した・・




大学を卒業後、そのままNYで本格的に仕事を始めた俺は
日本に居る三人とも会うことはほとんど無く時折、
仕事でNYに立ち寄った際に会うぐらいだった




家元修行中で海外での茶会などを任されるようになっていた
総二郎とは比較的他の二人より会う機会が多かった





そんな中、メープル主催の茶会の為にNYに来ていた総二郎と
メープルのラウンジで飲んだ後に交わした会話




「お前、ここ泊まってねぇーのか?」





「ああ。」





「どこ泊まってんだ?部屋でも借りてんのか?」





「まぁ、そんなとこだ。」





深く追求されたくないのか総二郎は素っ気無く答えただけだった
帰り際もリムジンで送ると言ったのに方向が逆だからと断り
タクシーに乗って行ってしまった
今から思えばその頃からホテルは使わずに牧野の部屋に
泊まっていたのだろう・・





「・・・かさ・・つ・かさ・・」




「ん?」




「お姉さまの言ってる事、聞いてるの?」





自分の世界を漂い始めていたところを姉ちゃんに引き戻される・・




「ああ・・聞いてる・・」





「だったら、さっさとシャワー浴びてダイニングに出てらっしゃい!
 タマさんも心配してるによ!しっかりしなさい!」





それだけ言い残し姉ちゃんは部屋を出て行ってしまった・・





心の熱さを誤魔化すように熱めのシャワーを浴び
走り出しそうになる気持ちを無理やり押しとどめる・・



鉛を飲み込んだように重い体と熱くなる一方の心・・



アンバランスなまま自分が進むべき方向が定まらない


いや・・分かっているはずだ・・


認めたくないだけで・・分かっている・・



この先の人生にあいつが居ないことを今はまだ認められないだけだ・・





翌日から仕事に戻った俺は考える時間を与えないために
今まで以上のスケジュールをこなし
姉ちゃんはそんな俺になにも言わずに二週間ほどで
ロスへと帰って行った・・




上手く誤魔化す事も出来ずに仕事の合間のふとした瞬間に
蘇ってくるあいつの笑顔・・




自分がなんの為に生きているのかさえも分からなくなり始めていた・・



いや・・元々、自分の人生の意味なんてどうでもよかったのかもしれない・・


ただ生まれた家の引かれたレールに乗り走り続けてきただけなのだから


それでも少しは仕事に遣り甲斐を感じていたし楽しいと感じた事もあった



だけど今はただ生きていく事が・・


生活の全てが苦痛以外の何者でもない・・





どっぷりと暗闇に沈みこんでしまった俺はあいつの居ない人生が
一日でも早く終わることを祈っている




もうこの世になんの未練もない・・




もう自分の人生になんの執着もない・・





そんな日々が一ヶ月ほど続いていたある日、
事前に連絡も無く突然、オフィスに類が訪ねて来た




目を通していた書類から視線を上げると相変わらず
マイペースな類がオフィスへと入ってきた




仕事を始めてからは昔のような三年寝太郎は返上しているが
マイペースで人をイラつかせる間延びしたような
のんびりとした印象は変わらない




俺の目の前に立った親友は無言のまま小さな紙袋を差し出した




目だけで"これ何だ?"と問いかけてみるが・・



類の表情に変化は無い・・






デスクの書類の上に無造作に紙袋を置くと何も言わずに
オフィスを出て行こうとしている・・
慌ててその後ろ姿に言葉を投げる・・





「オイ!何だよコレ?」





「牧野から預かってた・・司の記憶が戻ったら渡してくれって。」





それだけを言うと類はオフィスを出て行ってしまった・・



手元に残されたのは小さな紙袋・・



中を見るのが怖い・・




でも知りたかった・・





8年前のあいつの気持ちを・・




知りたかった・・




少し震える指先を紙袋にかけた・・




中に入っていたのは・・




可哀相なくらい汚れてヨレヨレになったうさぎのぬいぐるみとホームランボール




そして・・土星のネックレスと手紙





手紙を開けると微かに見覚えのある筆跡で






       "思い出してくれてありがとう。
             幸せになる事を諦めないでね。"






なぁ、牧野・・





生きる意味さえ分からなくなってしまった俺は
どうすれば幸せになれるんだろう・・




どこに行けば幸せが手に入るのだろう・・?




俺の幸せは自ら手放してしまったお前なんだ・・





お前以外考えられないんだ・・





なぁ、牧野・・






戻りたいよあの頃に・・




戻りたいよお前の元に・・





掌から零れ落ちたキラキラ光る欠片は二度と
俺の手の中に戻る事はないのだろうか・・・







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