朝の慌しいひと時なのにほんの一瞬、


キッチンには穏やかな空気が仲間達の間に漂っていた



それぞれが思い思いに談笑しながらも


久しぶりに感じる独特の一体感の中に身を置いていた




だけどすぐ現実の世界を思い知らされる・・・






あきらと類の秘書が到着しつくしの携帯が鳴った




話しを終え携帯を切ったつくしが大きくタメ息を吐き出している





カップに残っていたコーヒーを飲み干すと


シンクにカップを置きながらつくしは何かを考えているようだったが



やがて振り向くと





「滋さん?」




「なに?つくし。」




「マットの秘書じゃなくて私の秘書してくれないかしら?」




「えっ・・?」




「オイ!ケイト、なに言ってんだよ!?」




「考えてみたんだけどね。マットって対外的な交渉が多くて
 実際の実務は私なのよね。言ってみればマットはエンジンで操縦してるのが私。」





「お前なぁ〜・・俺をエンジンって・・」





「エンジンもドライバーも単体じゃ意味が無いでしょ?
 だけど会社の事を把握するのにはマットじゃなくて
 私と一緒の方が早いと思うの。どうかしら?滋さんは私じゃ嫌?」






「ううん・・いい!私もつくしと一緒に仕事したい!!」






「じゃあ決まりね!」





「勝手に決めんな!!
 お前ら!俺に一人でシカゴとシアトルやれってか?」




「まぁ・・そういう事になるのかな?」





「大丈夫でしょ?秘書さんなら他にもいるんだし。
 夏までに愛の力で何とかしてみなさい。」






マットは納得していない様子だったが


つくしと滋にタッグを組まれてしまっては



反論の余地は与えてもらえない





「それじゃあ、早速なんだけど、今日の私の予定が変更になったの。
 これからボストンに行かなくちゃいけないの。
 10時の便を予約したから一緒に来て。」





「了解!!」






つくしの予定変更を聞いていたあきらが




「ラガーディアか?」





「うん。」






「じゃあ、俺の車に乗って行くか?」






「いいの?」





「ああ、今日はラガーディアの近くで視察なんだ。」





「そう、じゃあ、お願いします。」





「OK!そろそろ出られるか?」





「うん、いつでもOK!」





「それじゃあ、そろそろ行きますか。」






つくしと滋があきらと共に行ってしまって


後に残ったのは男四人・・





「マット、いいのか?」




「いいも悪いもねぇーだろ!
 あいつに逆らえる奴がいるんだったら連れて来てくれよ!」




「ちげぇーよ!時間だよ!
 いいのか?のんびりしてて?」




俺の問いかけにマットは時計をチラリと見ただけで





「いいんだよ。月曜からあくせくしてたら一週間もたねぇーよ!」




「お前、そんなんでマジ大丈夫か?
 休み取れんのかよ?」





「大丈夫だよ!俺を誰だと思ってんだ?
 俺が本気出せばあんな仕事1ヶ月で終わんだよ!」





本気なのか冗談なのか・・





どっちとも付かない表情で話しているマットは


何故か先ほどから司の方へと視線を向けている





そんなマットの視線に気付いた司が




"なんだ?"という視線を返している






「お前、メキシコで会った時とずいぶん雰囲気が違うな?」




その問いかけを聞いた司の表情が一瞬だけ動いたのを見逃すような奴じゃない・・





「もしかして記憶戻ってんのか?」




全く・・




この男も・・




こんな勘だけは妙に働くんだよな・・・





司はマットの言葉に黙ったまま




沈黙は肯定の証




「ケイトはまだ知らねぇんだよな?」





「マット!つくしには話すなよ!」





「総二郎には聞いてねぇーよ!
 どうなんだ?」





「知らねぇーよ。」




「話さねぇーのか?」





「話すつもりはねぇーよ!」





「どうして?」





「今さらあいつに話してなんになる?
 あいつを混乱させるだけだろ?
 俺はこれ以上、あいつを傷付けたくねぇーんだよ!」




「ハハハハ・・・」





司の言葉にいきなりマットが大笑いを始めた





「なにがおかしいんだよ!?」





「お前はおかしくねぇーのか?なに自惚れてんだ?
 話したらケイトが混乱する?これ以上、傷つけたくない?
 混乱してんのはお前の方だろ?傷つきたくねぇーのはお前の方だろが?
 何でそう思うんだよ?何年経ってると思ってんだ?
 普通に考えたらもうなんとも思ってねぇーって考えるほうが大きいだろ?
 お前がケイトの事を忘れてる限り、ケイトはお前の事を忘れられない
 それが分かってるから話したくねぇーだけだろ?
 優しいフリして残酷だよな。」





「んだと?!お前には関係ねぇーだろーが!!」






マットの挑発に乗って司が声を荒げた







「司!止めろ!マット、お前もだ!
 つくしの部屋で喧嘩すんな!!」





ボルテージの上がり始めた二人を総二郎が諌める




一瞬、キッチンに沈黙が降りてきたその時・・





「つくしだったら知ってるよ。」





声のした方へ全員の視線が集まる




そこには緊迫した雰囲気の三人とは全く真逆の


のんびりとした空気を身に纏った類がいた





「る、類・・お前、いつ話したんだ?」






「ん〜・・2ヶ月ぐらい前、司のオフィスへ行った時かな?
 話しちゃダメだったの?」






「あっ・・い、いや・・だけど、あいつ何か言ってたか?」






「別に。特に何も言ってなかったけど。」







「なぁ、類?つくしは司の記憶が戻ったって聞いた時どんな様子だったんだ?」






「ん〜・・ちょっと驚いてたみたいだったけど・・
 それ以外は特に・・普通だったよ。」






「そうか・・あいつ知ってたのか・・」





そう言ったっきり司は黙り込んでしまった




朝っぱらから爆弾を投下した類はそのまま何事も無かったように

"そろそろ行く"とだけ言い残し仕事に出かけてしまった



話しをふったマットもさすがにバツが悪かったのか



黙ったまま出て行ってしまった





残ったのは俺と司だけ




司はカップに残っていたコーヒーを飲み干すと決心したように口を開いた





「総二郎?」




「ん?」





「俺、あいつに会って分かったんだ。
 やっぱりあいつに惚れてる・・」





「ハァ〜・・んな事、今さら言われなくてもみんな分かってんだよ!」





「そーだな・・すまねぇ・・」





「気持ちわりぃーから謝んな!」




「んだと?!俺のどこが気持ち悪いんだよ!?」




今、素直に謝ったばっかなのに・・・



額に青筋を立てた司が怒鳴り返してくる・・





「なぁ、司?記憶を失くしたのはお前のせいじゃないし
 つくしを想う気持ちだって誰にも止められない、
 だからつくしを諦めろとは言わねぇーけど
 決めるのはつくしだって事を忘れるなよ!
 それから覚悟しといたほうがいいぜ。」





「何をだ?」






「ライバルは多いって事だよ。
 あいつに惚れてるのは俺や類だけじゃねぇーからな。」





「分かってるよ!
 俺は今さらあいつが俺の事を見てくれるなんて思ってねぇーんだよ、
 ただあいつが幸せだったらそれでいいと思ってる。」





「そうか・・だったらそれを忘れんなよ。」





牧野は俺の記憶が戻っている事を知っている



知ったうえで態度を変えなかった





以前のような関係に戻るのは無理でも




今は少しでも近くにいたい




総二郎や類のように・・・











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