時計を見るとまだ午後1時を少し回ったばかり





コートを買いに行くという本日の予定は変更してまず美容室に行って


その後はエステでお肌のお手入れそして最後はプラダで新作のビジネス用スーツを新調した





たかがあの人に会うだけでここまで念入りに準備をする必要は無いと思うけど


この9年間でいつの間にか築き上げてしまったなけなしのプライドがそうさせたのかも・・




時間はあっという間に過ぎて気が付けばもう約束の時間




着替えを済ませメークもして戦闘モードに入る




7時ぴったりにインターホンが鳴り




迎えの車に乗り込む





到着したのはメープルホテル




車から降りるとそこには先ほどの彼が相変わらずの無表情で私を出迎た




彼に案内されて向かった先は社長室



ある程度予想はしてたけど・・



ダメ・・脚が震えてきちゃった・・




私を溝鼠と呼んだあの人の戦場



決して相容れることなど無いと思っていた




彼女とは全く住む世界が違うと思っていた




今でもそれは変わってはいないけど・・




あの頃の自分がどれほどガキで幼稚だったのかは


社会に出た今では嫌というほど自覚している



ノックの音に中から聞こえてきた懐かしい声





ドアが開けられ中へと一歩足を踏み入れる




そこで私を待ち受けていたのは・・



彼女一人じゃなかった・・




真っ直ぐ中央に座っていたのは彼女



そして左側のソファーには微かに見覚えのある男性・・



ううん・・違う・・



見覚えがあるんじゃない・・



面影だ・・



その男性の中に私のよく知る人の面影を見ることが出来た





そしてもう一人・・



右側のソファーには・・




懐かしい女性が涙を浮かべて微笑んでいた






「つくしちゃん!!」





あの頃と変わらない響きと力強さで私を包み込んでくれる椿お姉さん




「お姉さん・・お久しぶりです。
 ご無沙汰していて申し訳ありません。」




「いいのよ、つくしちゃん。
 私こそごめんなさいね・・」




「いいえ。」




「お久しぶりね、牧野さん。」





聞こえてきた声に思わず背筋が伸びる




「はい、ご無沙汰しております。」




「どうぞ、そちらにおかけになって。」




返ってきたのは思いがけず穏やかな声



言われた通りソファーに腰を下ろす




「紹介しておくわ、
 こちらは道明寺財閥総裁の道明寺誠よ。」




「初めまして、牧野さん。」




「初めまして。」




笑顔で声を掛けられて




余裕のある振りをして返事をするのが精一杯の今の状況・・


なけなしのプライドを使って飛び跳ねる心臓を何とか押さえ込んでいる・・





彼女に呼ばれたからそれなりに覚悟はしてきたけど



まさかここでこの人物に会うなんて予想していなかった







「まあ、そう硬くならないで。」







「はい。」








「牧野さん、今日あなたをこちらにお呼びしたのは
 折り入って話したい事があったからなのよ。」






「回りくどい説明は結構ですので本題に入ってください。」





「西田の言っていた通りね。
 あなたは相変わらずせっかちだって。」






なんでもいいから早く用件を済ませてここから出て行きたいだけ






「それじゃあ、まず確認しておきます。
 あなたはお仕事を辞められたのよね?」







「はい。」






「そう。
 そしてまだ次の仕事は決まっていない?」






「はい、決まっていませんが・・それが何か?」





「そう、それじゃあ本題に入りましょ。
 牧野さん?」






「はい。」





「あなたメープルで働く気はないかしら?」







「それはヘッドハンティングしたいと言う事でしょうか?」








「そう思っていただいて結構よ。
 条件面はこちらに詳しく書いてあるわ」







そう言って一冊のファイルを手渡された






「ちょっと待ってくれないか。」







話しに割って入ったのは道明寺のお父さん





こちらも突然だった・・







「牧野さん、道明寺で働く気はないかね?」






「・・・・・・あ、あの・・」





「どうかね?
 条件面はメープルよりもいいと思うんだがね。」






「ちょっと待ってくださらない。」






そして次は椿お姉さん・・






「つくしちゃん、是非カメリアに来て欲しいの。
 条件はつくしちゃんの希望通りにするわ。」






「・・あ、あの・・ちょっと待ってください!」






手元に差し出されたのは3冊のファイル・・






「今すぐじゃなくていいからゆっくりと考えて返事してくれて構わないよ。」







ダメ・・


完全に思考停止・・




落ち着いて・・落ち着くのよ・・



ゆっくりと深呼吸して考えるのよ・・







「これは純粋に私の能力が評価されたと考えてよろしいのですか?」






「そう思ってもらって結構だよ。」






「ありがとうございます、お話しは大変光栄ですが・・」







私の言葉が最後まで言わせてもらえなかった・・






「ゆっくり考えてくれて構わないと言ったはずだよ。
 返事は3日後、この時間にここで聞かせてくれたまえ。」





穏やかな表情だが有無を言わせぬ口調に




私の言葉は喉の奥で行き場を失いそのまま胸の奥に消えてしまった








「分かりました。
 それでは3日後お伺い致します。」





「いい返事を待っているよ。」





にこやかに微笑みを返されて固まってしまう





結局、自分の部屋に帰り着くまで夢の中にいるようで記憶がはっきりとしない・・





自宅のソファーに腰を下ろしてしばらくしてから自分が震えていることに気が付いた





自分の両手で身体を抱きしめてみるがダメ・・



何をやっても震えが止まらない





とりあえずお風呂に入って落ち着こう





いつもより時間をかけてゆっくりとお風呂に入り


乾いた喉を潤すためのミネラルウォーターを片手にファイルを開ける



条件面はどれも厳しくて・・そして給与は破格


違うのは勤務地だけ




道明寺はNY


カメリアホテルはLA


そしてメープルは東京




3日間でこれに答えを出せっていうわけ・・



どうしたらいいんだろう?



私の求めている未来はなに?





それが分かればおのずと答えは見えてくるような気がしている




だけど3日なんてあっという間に過ぎる




この3日間、一歩も部屋から出ることなくファイルとにらめっこ




私の望む未来



私が欲しい未来




それを手に入れるためには何処に行けばいいのか




目を閉じ深呼吸して一冊のファイルを手に取る






ヨシ!答えは決まった!









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