あの日から10日




休日の今日、キース会長にランチに招待され





俺は妻と共にキース会長宅に向かっていた





隣に座る妻は犬に会えると大喜びしている





久々にご機嫌の妻に俺は内心ホッとしていた






犬を返してからの妻は表面上はいつもと同じ様に振舞っていたが





少し元気が無く気が付くとボーっと




いつも犬が寝ていた場所を見ながら溜息を付いていた





いつものように鴨とヤギを連れて日課の散歩には出かけていたが




毎日何処かしこに出かけていた妻が




散歩以外は外出もせず部屋に篭っていた






妻がNYに来てこんな事は初めてで





妻に付けているSPが心配して俺に報告してきていた









妻が変なのはいつもの事だが・・





風呂で襲っても文句言わねぇー妻には調子が狂う







妻の様子が気になりつつも仕事が忙しく




思うように時間が取れない日々を過ごしていた中






キース会長から食事に招待したいと連絡を受け



スケジュールの都合でランチになってしまったが





会長の屋敷に招待され妻は手土産にとケーキを焼き






犬にもプレゼントだとペットショップで



犬用のおもちゃを大量に買い込んでいた





妻の元気の要因が犬っつのーが気にいらねぇーけど



取りあえずは隣で楽しそうに話している妻にホッとしていた






和やかに昼食会は進み、食事の後、



妻はキース夫人と共に庭に出て犬と遊んでいる





会長と俺はリビングからコーヒーを飲みながらその光景を眺めていた





普段、ビジネスで見せる顔とは正反対に



穏やかで柔らかい笑みを浮かべ夫人達を眺めている会長




この10日ほどでキース会長の印象はかなり変化していた




頑固で気難しい・・





これが俺が抱いていた印象だ







提携話が暗礁に乗り上げているから



余計にそう感じてしまっていたのかもしれないが






たまたま妻が保護していた犬を通じ昼食を共にし感じた事は決して頑固でも



気難しいタイプでもなく口数は多くないが




ウィットに飛んだ会話で人を楽しませ





そしてすげぇ愛妻家だったという事が今日、分かった






「司君、私の書斎で少し話しをしないかね?」






「はい。」






夫人達に向けられていた穏やかな笑みを浮かべたままで





そう言った会長の後について行く











シンプルな作りだが壁一面に備え付けられた本棚には




びっしりと本が並べられている





会長の書斎でデスクの前に置かれていた椅子を勧められ腰を下ろした








俺が座ったのを確認した後、会長がおもむろに切り出したのは






俺にとっては願ってもない申し出だった







「道明寺グループとの提携を前向きに検討させてもらおうと思ってるんだがね。」







いきなりの展開に驚いたが思わぬ所からチャンスが転がり込んできた







「ありがとうございます。」







「まだ正式にOKしたわけじゃないから礼は必要ないよ。」







そう言った会長は





ビジネスにプライベートは持ち込まない





と前置きした後で







「私は今まで君の事を誤解していたようだ。」






「誤解ですか?」







「ああ、私は大きな間違いを犯していたよ。
 今まで私が道明寺グループとの提携話を検討する価値も無いと判断してきたのは
 条件に不満があったからじゃなく・・もちろん条件はまだまだ検討する余地あるけどね
 君の人柄に対する事で道明寺グループの先行きに不安を感じていたからなのだよ。」








検討する価値も無い・・




その理由が俺の人柄・・・





まさかそんな理由だと夢にも思っていなかった










「人柄ですか・・・?」







「ああ、気を悪くしないでくれたまえ。
 これは過去の印象だからね。」







「は、はい・・」







「実際、私は君の代で道明寺は終わると考えていたんだよ。」






「俺・・いえ・・私はそんなにビジネスの才能がありませんか・・?」







俺が道明寺を潰す・・?





はっきりそう言われて少なからずショックだった・・








「ハハハ、そんなに深刻に受け止めないでくれたまえ。
 今はそんな風には思っていないから。」







会長の表情は穏やかなままで嘘を言っているようには見えない









「私はNYでビジネスの世界に入った頃からの君しか知らないけれど
 良い噂は聞こえてこなかったからね、もちろん人の噂話しだけでその人物を判断し
 それをビジネスに反映されるようなバカな真似はしないけれど時折、
 パーティーなどで見かける君はいつも傲慢で自分勝手で
 世界は自分の為に回っていると思っていてそれを隠そうとしていない。
 人の上に立つ者として多少の傲慢さも必要だけれども
 君には人間として大切な物が欠けていると感じていたんだよ。」









そこで一度言葉を切った会長は一口コーヒーに口を付けると





今の言葉を俺が理解出来ているか



確かめるように真っ直ぐに視線を向けてくる





俺が目を逸らさずにいると再び柔らかい表情で








「司君、愛というものは一人では育たないんだよ。
 愛し愛されて愛は育まれていくんだ。
 そして愛というものは人間にいろいろな物を与えてくれるものなんだ。」







優しく諭すようにそう告げた会長











会長の言うとおりだと思った・・




妻の事を思い出すまでの10年間の俺は





誰の意見にも耳を貸さずやりたいようにやってきた






自らの意に沿わない人間は容赦なく切り捨て





いつしか俺の周りには他人を出し抜き裏切り傷つける事を




なんとも思わない人間ばかりになっていた





人の噂など気にしていなかったが




いい噂などされていないのは分かっていたし




そんなもの必要ないと思っていた








「君から提携の話しを持ち込まれた時、私は今までの君への評価から提携を断ったのだが
 今回の事でそれは間違いだと気が付いたよ。今回、ジャッキーを通じて
 君と奥さんに出会えて本当に良かったと思っている。」








言い終えた会長は俺に向かって軽くウインクをすると





デスクから立ち上がり右手を差し出した






庭に面している窓からは午後の穏やかな日差しが差し込み





会長が差し出した右手に反射している






俺はその右手をしっかりと握り返した










会長宅からの帰りの車の中




本当にいいお天気で





夕方近くになってもまだ太陽は燦燦と輝いている






エアコンの効いている車内は快適だが





車外の気温は軽く30℃を超えている






食事の後、ずーっと中庭でガキみたいに犬と遊んでいた妻は






今頃になって腕にもちゃんと日焼け止めを塗っておけばよかったと






日に焼け赤く火照った腕をさすりながら後悔している








「ねぇ?なにかいい事あった?」








赤くなってしまった腕を





冷えたペットボトルで冷ましながら妻が問いかけてきた









「ん?どうしてだ?」








「なんか嬉しそうだから。
 いい事あったのかなぁ〜って思って。」








「ああ、いい事あったぞ。」





妻の問いかけに答えながら隣に座る妻を抱き寄せた





抱き寄せた妻は腕の中でクスリと小さく笑うと





俺の背中に腕を回し







「私にも分けて・・司のいい事・・」






「ちょっとだけな。」






「ケチ。」






腕の中から顔を上げそう言って笑った妻の額に軽くキスを落とすと






先ほどキース会長に言われた言葉を伝えると









少し驚いた顔をしていた妻だったがやがて笑顔に変わると









「良かったね。」







「ああ、そうだな。」







「うん、本当に良かった、私以外にも司の良さを分かってくれる人が居て。」








どういう意味だよ?!








「俺ってそんなに分かりにくいか?」








「クスッ・・いいの、分かりにくくても・・
 私がちゃんと分かってるから・・それでいいの。」








な〜んかまた自己完結しかかっててよく分かんねぇーけど




妻が分かってくれているならそれで十分だと思える









「ねぇ、仕事が上手く行ったからお祝いしないとね。」






「まだ早いだろ?」






「善は急げって言うでしょ?」







使い方あってんのか?





よく分かんねぇーけど





まぁ・・妻が楽しそうだから俺様も楽しい!











「ねぇ、ねぇ、私、いいところ知ってるの。
 今日はそこでディナー食べてお祝いしない?」








「いいけど・・いいとこって何処だよ?
 ちゃんとしたメシが喰えるところだろーな?」









「大丈夫!大丈夫!
 今夜は私が美味しい物をご馳走してあげる!」









そういい終えると俺の返事を待たずに妻は



車内電話で行き先の変更を告げているが・・






妻の大丈夫だと言う言葉ほどあてにならないものはない・・






突っ込もうにも自信満々の妻の興味はすでに移動していて




窓の外を流れる雲を見て





"ねぇ、あの雲って花沢類に似てない?"





一見すると妻お得意の独り言のようだけど





独り言なのかどうかの判断は難しい




外すと後々やっかいなので返事は返しておく







「そーだな・・」







気の無い返事を返す俺





けどよ・・・






あの雲が類みたいじゃない?といわれて返す言葉なんてこんなもんだろ?





"どこがだよ?"






って聞き返して説明されたって分かんねぇーから





とりあえず同調しておくと






「ねぇ、本当にそう思ってる?」







めんどくせぇ〜な・・







「あっ!司!今、面倒臭いとか思ったでしょ?」






何が楽しいのか分かんねぇーけど




俺を指差してケラケラ笑ってんじゃねぇーよ!














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