妻の話しに相槌を打ったり突っ込みを入れたり


他愛も無い会話をしているとやがて車窓に流れる景色が


見慣れたものに変わっていた





「おい!屋敷に寄んのか?」




「違うよ。寄るんじゃなくて行くの!」







「メシ喰いに行くんじゃねぇーのかよ?」




「だからお屋敷に行くんじゃない!」




「お前のおススメって屋敷の事かよ?!」





「うん。」





「なんでわざわざ自分ちでメシ喰うんだよ?」





「なんでって・・今週はお父様がヨーロッパでしょお母様は日本に出張中だから
 誰も居ないし静かでお庭は綺麗だし下手なレストランより美味しいし
 何よりタダなんだよ?!こんないいとこないじゃない!」






多分、今、妻が言った言葉の中で一番のポイントはタダだってところだ!





まぁ・・言われてみれば確かに妻の言うとおりだと思う





親父もババァも出張が多く、


東京もそうだったがNYでも屋敷でメシ食うって事が



ほとんど無いのに専属のシェフは腐るほど居て


その全てが一流レストランで経験を積んだ


腕は確かなシェフばかりだ





食材にしてもシェフにしても24時間常に


どんな要望にでも応えられるように



準備が整えられている




妻が言うようにこんないいとこねぇーわな・・



自分ちだけど・・











久々に訪れた屋敷は全く変化無し




美術館のようなエントランスを抜け





ダイニングへ入って行くと




そこには妻のリクエストで寿司が準備されていた





洋風のダイニングに和食のシェフが目の前で注文通りのネタを握っている




俺にとっては目の前で寿司を握るなんて当たり前の事だけど




妻は"回ってないお寿司って凄いね〜!"



なんて喜んでいる





「お前、毎回同じ事言ってんぞ!
 いい加減、慣れろよ!」






「だって・・子供の頃ってお寿司なんて言ったら
 何か特別な事でもない限り食べられなかったし、
 その時だって家族で回転寿司屋さんに行くぐらいだったんだもん!」






俺に話しながらも視線は寿司を握る手元に向けられたままの妻










ガキの頃、親と会うのは年に数回だけだった俺にとって




家族でメシも回転寿司も経験した事ねぇーけど




貧乏だったからといって卑屈になるわけでもなく




ガキの頃の思い出を楽しそうに俺に話してくれる妻




こうやって俺達は思い出を共有していくんだな・・






次はトロ・・次はアナゴ・・次はイクラ!と




次々と妻の胃袋に消えていく寿司達



散々、喰って満足した妻とリビングへ移動し




妻は別腹のデザートを俺はコーヒーを飲んでいた





陽はすっかり落ちきっていて庭先に置かれている



照明が闇の中に広がる庭の木々を照らし出している





確かに妻の言った通り呼ばない限り使用人も近付いてこねぇーし



静かでのんびりと過ごせる










自分ちがこんなにいい所だと妻に教えられて初めて知った




妻と二人で庭で風に揺れる木々を眺めながら




他愛も無い会話から妻がNYへ来てすぐの時の話しを始めた






「NYに来て空港からそのままこのお屋敷に連れて来られたでしょ?」






あの日の事を思い出しているのか・・




妻は少し目を細め部屋を見渡している





「ここに来たのってあんたを追い掛けて来た時以来だったでしょ・・?
 本当言うとねあんたにここに連れて来られた時はドキドキしちゃって
 口から心臓が飛び出してきちゃいそうなのを必死で堪えてたのに、
 な〜んかさ・・あっという間にいろんな事が決まっちゃって・・
 あんたの事を司って呼ぶのも初めてだし
 ミセス道明寺なんて呼ばれても自分の事だって気付かないし、
 全部が初めての事ばっかりでびっくりする事が多かったんだけどね・・」









「お前は何が言いてぇーんだ?」





「ん?・・う゛〜ん・・なんだっけ?
 なんだと思う?」





知らねぇーよ!?




う゛〜んと眉間に皺を寄せている妻を見ていると



俺まで眉間に皺が寄ってくる・・







「知らねぇーよ!言いたい事はちゃんと纏めてから話せよ!
 お前、すんげぇ眉間に皺寄ってんぞ!」






「あんたも同じじゃん!
 う゛〜ん・・あっ!そうだ!だからね・・要するに
 慣れたって言いたいんだと思う・・?」





最後、なんで疑問形なんだよ?






「あんたを司って呼ぶ事にも若奥様って呼ばれる事にも
 NYでのあんたとの生活にも慣れてきて楽しむ余裕が出てきて・・」






楽しむ余裕って・・



ずいぶん前から十分楽しそうだけどな・・










「やっぱあんたって凄いなぁ〜って思ったの。」





「やっと俺様の偉大さに気が付いたか?!」





「気付いた!気付いた!」





2回言うな!




「お前はかなり俺様に惚れてるっつーことだな!」




「クスッ・・嬉しそうだね?」




「当たりめぇーだろ!嬉しいよ!」






「ねぇ?」




「ん?」





「今さらなんだけどさ・・」




「どうした?」





「私の事を思い出すまでここに住んでたんだよね?」





「いいや、こっちに来て1年程は屋敷に住んでたけど
 後はずっと独り暮らししてた。」





「一人で住んでたの?」





「ああ、オフィス近くの部屋を使ってた。」





「その部屋って賃貸?」





そんな事知ってどうすんだよ?





「いいや、俺名義部屋だけど・・なんでそんな事聞くんだ?」




「だって・・こっちに来てすぐにあの部屋に決めて住み始めたでしょ?
 NYへ来てお屋敷でお父様とお母様にご挨拶して
 その夜はメープルに泊まったじゃない?」





「ああ、そうだったな・・」










香港経由でNYに着いてすぐ屋敷に直行し




少々腰が引け気味だった妻に逃げられないように



速攻で親父とババァに結婚の了承を取り付け



考える暇を与えずそのまま部屋探しに連れ回し




窓から見えるセントラルパークと疲れてて



もうこれ以上動きたくなかった妻が



今の部屋に決めたのが3軒目で



その夜はメープルに泊まり翌日も朝から家具など




とりあえず必要な物を揃えその日から住み始めていた





俺が以前住んでいた部屋はそのままにしてあるが




使っていた物は全て処分させ妻を思い出し



日本に行ったあの日以来足を踏み入れていない





「ねぇ?その部屋は今、どうなってるの?」




「さぁな・・そのままになってんじゃねぇーか?」





「なぁ〜んだ・・だったらその部屋使えばよかったのに・・
 もったいない!」






「いいんだよ!俺は全部新しくしてお前との生活を始めたかったんだよ!」







「何いきなり大きな声出してんのよ?
 あっ!今、嘘付いたでしょ?!」






思わず大きな声が出てしまった俺に妻がすかさず反応する・・





「嘘なんて付いてねぇーよ!」




「嘘!だって司って嘘付くと右の眉だけ上がるんだもん!」




「あっ!もしかして!その部屋に女の人連れ込んでたりとかした?」





図星すぎて何も答えられない俺を


意地の悪いニヤニヤした表情で下から覗き込んでくる妻





「ブス!」





「ハハハ・・照れるな!照れるな!
 私も連れ込んでたから大丈夫だよ!」





照れてねぇーし!



大丈夫でもねぇーんだよ!



どさくさに紛れてまたサラッと爆弾発言しやがって!






「お前・・もしかしてあの部屋にも男連れ込んでたのかよ?!」





「ん?あの部屋って・・司がローン払っちゃった部屋?」




「そうだよ!」





「うん、あるよ〜!鍵付け替えて乗り込んできたのは司が初めてだけどね!」





「笑ってんじゃねぇーよ!ブス!」






ムカつくなぁ〜この女!



許るさねぇーからな!



覚悟しとけよ!!













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