Myself / Himself-4

翌朝、私は悲鳴と共に目が覚めた 夕べ、しっかりと鍵をかけたはずの寝室なのに 寝返りを打った拍子に軽く目を開けると あの男が横で眠っているのが目に入ってきた・・ 大声を出して飛び起きた私に五月蝿いと怒鳴る男・・ あっ!そうだ!目の前には誰も居ないんだった! 額に手を置いて軽く頭を振ると まだ起きぬけていない身体をベッドから引き摺り出した 歯を磨き顔を洗い 朝食の準備をしながらお弁当を作る 一人で朝食を食べクローゼットの中から 見覚えの無いスーツを取り出し着替え お弁当箱をバッグに入れて これまた見覚えの無い靴を履き部屋を出た 完璧!! やれば出来るじゃない!! 完全に無視してやったわよ! この調子で後3週間の辛抱よ! そうすればまた平穏な人生が戻ってくるんだから! その後は何事もなく順調に行っていた 奴は毎晩、この部屋に帰ってくるけど いつも遅い時間だし あまり顔を合わせる事は無かった そんな日々が2週間ほど続いた頃 いつもより早く帰ってきた奴は ずーっと何かを言いたそうに 私の行動を視線で追っている だけど"何よ?"なんて聞いてやんない! お風呂からあがって冷蔵庫からビールを取り出し ソファーに座り髪の毛をゴシゴシしながら ニュース番組を見ていると彼が私の隣に腰を下ろしてきた 「おい!」 「・・・・」 「なぁ・・返事しろよ!つくし!」 返事なんてしてやるもんか! そう思ってたんだけど・・ "つくし!"と名前で呼ばれた事に反応してしまった・・ 私が反応した事に気を良くしたのか彼が畳み掛けてくる 「この男誰だよ?」 彼が手にしているのは昔、同棲していた人と一緒に撮った写真 懐かしさに思わずその写真を見入ってしまう・・ 彼はカメラマン志望だったから一緒に住んでいた頃は 何気ない日常の中に常にカメラがあり彼はよく写真を撮っていた 一緒に暮らしていたのたった一年ほどだったけど 別れる頃には思いでの数だけ写真が残っていた ただ完全燃焼した恋だったのでいい思い出として 私の中に残っていた 写真も別にとっておいたわけじゃなくて ただ捨てずにクローゼットの置くに残っていただけだ その写真を道明寺は見つけ出したのだろう・・ 「なぁ答えろよ!なんでこの男の写真だけ別に締まってあったんだよ!?」 「お前、・・まさかまだこの男に未練があるとか言うんじゃねぇーよな?!」 未練・・? 未練など無い・・ ただ思い出があるだけ・・ 「どうなんだよ!答えろよ!!」 五月蝿いわね!! そう言おうとして横を向いた瞬間、 私の目に映った彼の瞳に思わず言葉を飲み込んだ そこに居た道明寺の瞳は昔、私が何度も見ていた瞳・・ 自信家で横暴なくせにその瞳の奥には寂しさと不安が揺れていた この瞳を見てしまうと何も言えなくなる・・ 「別に未練なんて無いわよ。」 「本当だな!?」 「・・本当よ。」 それ以上の言葉を交わしたくなかった私はそれだけ言うと 寝室へと入り髪がまだ生乾きだったけどベッドに入り シーツに包まった・・ 胸の奥にある重たい物はなに・・? どうして同棲してた人だって言わなかったの? どうしてそれを伝えると彼が傷つくなんて思ったの? どうして彼を傷つけたくないなんて思ったの? 後ろめたさなの・・? 罪悪感・・? 冗談じゃないわよ! どうして私がそんなもの抱かなくちゃいけないのよ! 私は何も悪い事してないわよ! 冗談じゃない・・ 冗談じゃない・・・ 冗談じゃないわよ・・ どうしてさっきから私は心の中でこの言葉を繰り返してるの? 冗談じゃない・・そう繰り返しながら私は何を自分に言い聞かせているの? 納得できる答えが見つからない・・ 翌日は土曜日・・・ 仕事が休みだって言ってもいつもと同じ時間に目が覚めてしまう私・・ 夕べはいつの間にか眠ってしまっていたらしい 隣を見るとバカ男はまだ眠っている 私はそーっとベッドから抜け出した テーブルの上には夕べ、道明寺がクローゼットの奥から引っ張り出してきた私の思い出・・ 誰かのお土産に貰ったお団子の空き箱に仕舞われていたのは 一緒に見た映画の半券だったり 水族館の入場券だったり・・ その時、その場所には確かに私と彼が居た・・ 彼と知り合ったのは大学2回生の時 その当時、私は夜、居酒屋でバイトをしていた そのバイト先で私の指導係りだった 彼の第一印象は綺麗に笑う人 何処か捕らえどころが無いんだけど 一緒に居て無理しなくていいって言うか・・ とにかく安心できた・・ 私にとっては初めての穏やかな恋の始まりだった きっかけはほんの些細な事 当時、住んでいた場所がお互いに近かったって言うだけ バイトが終わり方角が同じだから自然と一緒に帰るようになり 最初は駅までだったのがアパートの前までになり やがてバイト先以外でも会うようになって行った 彼と付き合う事が自然だと思えた 彼とそうなる事が当たり前だと思った 彼と一緒に居る事が私の日常だった 彼と同棲を始めたのだってアパートの家賃が払えなくなった彼が 私の部屋へと転がり込んで来ちゃっただけだけど 不思議と嫌だとも思わなかった 彼は別に貧乏でも浪費家だったわけでもない 芸大でカメラを専攻していた彼は実家からの仕送りもバイト代も そのほとんどをカメラにつぎ込んでしまう・・ だからいつもお金が無くて私より貧乏だったぐらい お金は無かったけど楽しかった・・ 本当に楽しかった・・・ 高等部の頃、手に入れたく仕方がなかった穏やかな生活だった だけど・・そんな穏やかな同棲生活も私が4回生になった頃に終わりを告げた 私より一つ年上だった彼は大学を卒業後、夢を叶える為に日本を飛び出して行った 彼の夢は山岳カメラマンになる事 長野出身の彼は生まれた時からすぐ近くに山があった やがてカメラを始め、いつしか世界中の山々の写真を取りたいと思い始めていた・・ その彼が念願叶って有名な山岳カメラマンのアシスタントとして採用され そのカメラマンと共にインドからネパールにかけての撮影旅行に帯同する事になった 別れる必要などなかったのかもしれない だけど4回生になり自分の進路の事で目一杯になりかけていた私と 自分の夢を追いかけ叶えることに一生懸命になっていた彼は そうなる事が自然の成り行きだと思った 嫌いになって別れるんじゃない だからもし互いの人生がこの先も一本の道に通じているのなら 必ずまた何処かで出会えると信じていた だけどもう二度と彼と会うことは無い・・ 手にしていたマグカップをテーブルの上に置く ゴトリと小さく音を立ててテーブルに置いたマグカップには 青空にポッカリと浮かぶ雲がプリントされている 雨が嫌いな私の為に彼が誕生日にプレゼントしてくれたもの カーテンを開けると窓の向こうに広がっているのは青空 窓の前に立ち大きく伸びをする いいお天気だし出かけてみよう チラリと寝室のほうを見るけど幸いあのバカ男はまだよく眠っている 奴が目を覚ます前に出かけよう 厚手のコートを着込み歩きやすいスニーカーで一歩踏み出す 3月に入ったとは云えまだまだ寒い日が続いている 地下鉄とJRを乗り継いで30分ほどで あの頃、住んでいたアパートの近くまでやってきた ゆっくりと想い出と記憶を辿るように歩く 駅前の商店街 このスーパーもレンタルビデオ店も二人でよく来たお店 二人、手を繋いで歩いた道 あの角を曲がるとコンビニが見えてくるはず そのコンビニの前を通り過ぎ二つ目の信号を渡り そのまま右に折れると一本の古い桜の木が見えてくる 桜の木があるのは住宅街の真ん中にある小さな公園 小さな公園にあるのはジャングルジムと錆びたブランコとすべり台だけ ジャングルジムの上に登るとあの当時、住んでいた部屋の窓が見える 部屋の窓には洗濯物が干されている 今もこの部屋に住んでいる人が居るのだろう・・ ぼんやりと部屋を眺めていた 北風の吹く公園には私以外の人影は見えない 時折吹く強い風でコートの裾が揺れ遊んでいる 肩に掛けていたバッグからカメラを取り出し 空へとレンズを向けシャッターを切った ファインダー越しに切り取った空は あの日の空のように澄み渡っていた・・・
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