霞む道の向こうに見えるもの・・

霞む道の向こうに見えるもの・・ 一週間後、あきらから結果が出たとの知らせを受け 優紀と共にあきらの屋敷へと向かった あきらの屋敷のリビングに久々に顔を揃えたメンバー あきら、滋、俺、優紀、桜子に類 このメンバーが全員、揃うのは数年ぶりだった 全員が揃ったのを確認するとあきらがゆっくりと口を開いた 「総二郎・・お前の予想通りだった・・」 そう言ったあきらから手渡されたファイル 「ねぇ、予想通りってなんの話し?」 今日、みんなで集まった本当の理由は俺とあきら以外知らない 優紀は薄々気付いているようで今のあきらの言葉に 薄っすらと涙を浮かべていた 滋の問いかけに全員の視線がファイルを手にしている俺に集中する 「・・司と牧野の間に子供がいたんだ・・」 自分でも驚くほど小さな声だったのに・・ なのにそのほんの呟き程度の言葉を誰も聞き逃さなかった 隣に座る優紀が俺の腕を掴んでいる・・ 滋は大きく瞳を見開き小さくウソと呟くと口元を手で覆った 桜子は信じられないと言った表情で俺を見つめている・・ あきらから受け取ったファイルをゆっくりとなぞる様に声に出して読み進める 牧野拓哉・・17歳 NY市立のハイスクールに通っている バスケットプレイヤーとしてプロからも注目される選手の一人 ここまでは分かっていた事だったが この先は俺達が知りたくて・・ でも怖くて・・ ただ幸せであることを祈り続けていたその人の事が書かれていた 牧野拓哉の家族は三人 母親は牧野つくし そして双子の妹の牧野李音 子供の父親は不明 二人が産まれたのはサンフランシスコの病院 司が結婚した2ヵ月後の事だった 当時、牧野はサンフランシスコに住んでいたのか・・ また一つ知る彼女の真実 そして子供達が5歳の時にサンフランシスコ市内の病院に勤務していた 小児科の医師ジョシュ・ライマンと結婚し、その2年後NYの病院に 勤務する事になった彼と共にNYへ移り住んでいた 牧野とジョシュは3年前に離婚している 現在は子供と共にブルックリンのアパートに住んでいて NY市内の法律事務所でアシスタントして働いている 拓哉と李音は共に17歳 現在、同じハイスクールに通い拓哉はバスケット 李音はバイオリニストとして将来を嘱望されている 二人の学校での成績はトップクラス そしてファイルの中には写真が入っていた 一枚は赤いユニホーム姿でバスケットボールを脇に 抱えて笑っている拓哉の姿と もう一枚はバイオリンを持った少女の隣に牧野の姿 18年ぶりに見るあいつの姿だった 当然だが俺達の知っているのは10代の彼女で 歳を取った彼女を見るのは初めてだ だが、あの強い瞳は変わっていない・・ 「・・つくし・・」 横から写真を覗きこんできた妻が涙声で呼んだ親友の名前・・ 「西門さん!私達にも見せてください!!」 桜子が俺の手からファイルを引っ手繰るように奪うと 滋、優紀の三人で角を突き合わせるようにして ファイルを覗き込んでいる やっぱり牧野の子供だった それも双子・・ 17歳・・俺達が牧野に出会った歳と同じだ 一緒に過ごしたのはたった2年 司が牧野と別れ別の女と婚約する事を知った俺達は牧野の元へと駆けつけた・・ 泣いていると思った 彼女はきっと哀しみにくれ 涙を流していると思っていた だけど彼女は泣いていなかった ただカーテンの隙間・・窓の向こうに覗く月を見上げていただけだった あの夜の事は今でも鮮明に覚えている ただ側に居ることしかできなかった俺 まるで牧野の代わりにというように声を上げ泣いていた滋 滋は牧野に抱きつきただ"ごめんなさい"と繰り返していた 滋のせいじゃないのに・・ 誰のせいでもないのに・・ あの時、滋は何に対して謝っていたのだろうか? 牧野はあの時、滋の言葉をどんな思いで聞いていたのだろうか? ただ泣き続ける滋と月を見上げていた牧野 人は本当に悲しい時は涙なんて流れないものだと初めて知った それはようやく桜がほころび始めた三月の事だった 9月、NYで司の結婚式が執り行われ その2ヵ月後の11月、牧野はサンフランシスコで双子を出産した 人の幸せを計る術など誰にもないけれど 突きつけられた現実に込み上げてくるのはやり場の無い怒りだけ どうしてこんな事になってしまったのだろう? そもそも司も含め俺達が牧野と出会ったこと自体間違いだったのだろうか? 親の跡を継ぎあの頃感じていた自らの親への不信感や嫌悪感は 自らの未熟さを認めると共に薄らぎつつあるが 人の親となり日々、子供の成長を見守る立場に立つ今、 一人で子供を産み育てるという事の大変さも身にしみて分かっている 19歳の牧野は異国の地で子供を産み育て 結婚し人生を築き上げてきた 別の女と結婚した男の子供を産み育てるという事は 女なら誰にでも出来ることなのだろうか? 何一つ答えなど出ない きっとここにいる誰もが 答えなど持ち合わせていない・・ だからこそ滋達はファイルに書かれている真実から それ以上の物を読み取ろうとするかのように文字を追っているのかもしれない そんな彼女達からあきらへと視線を戻すと あきらの視線は類へと向けられていた 「類、お前あんまり驚いてねぇーな?」 ゆったりとソファーに座っていた類の視線があきらへと向かう 返ってきたのは全く感情の篭っていない声と視線 「驚いてるよ。」 「嘘つけ!お前、牧野が見つかったって聞いても  全く表情変えなかったじゃねぇーかよ!」 「驚いてるよ、凄く。  まさかこんな形であきら達に見つけられるなんて思ってなかったからね。」 「類・・お前、知ってたのか・・?」 「知ってたよ。」 「・・いつから?」 「子供が産まれる前から・・かな。」 「なんで言わなかったんだよ!」 「どうしてあきら達に話す必要があるわけ?」 「俺達にじゃなくて司にだよ!!」 「司なら知ってるよ。」 司は知ってる・・ 衝撃的な一言だった・・ 司は子供が居る事を知っていて他の女と結婚したって事か? 「違うよ、総二郎。」 「えっ?!」 「司が子供の事を知ったのは離婚した後だよ。」 「どういう事だよ!?」 全員の視線が類に集中するなか思わず声を荒げた 「俺が言ったんだよ。」 激しい口調の俺とは対照的な落ち着いた類の言葉だった・・ 「なぁ、類?なんで司が離婚した後になって教えたりしたんだよ・・?  なんで結婚する前に言ってやらなかったんだよ・・?」 「牧野に頼まれたから・・って言うのは単なる口実かな・・」 「・・どういう事だよ?」 「妊娠してる事を誰にも言わないでって頼まれたのは本当だよ。  牧野はあの時、司の事を本当に愛してたのは分かってたし、  産みたいって思ってる事も分かってた。」 「だったらどうしてだよ!?」 「司も知ってたからだよ。  司だけじゃない・・俺達はみんな分かってたからだよ。」 「何を・・?」 「司に政略結婚の話しが出てる事をだよ。  司自身も俺達も知ってた。そして多分、司はこの結婚話しから  逃れられないって事も分かってたのに、司はクリスマスだからって  牧野の元へと戻ってきた。戻ってきただけじゃないよ、必ず帰ってくるから  待ってて欲しいって言ったんだ。出来もしない約束をして牧野を繋ぎとめた。」 「それは司も本気で牧野を愛してたからだろ?」 「そうだね。」 「そうだよ!類君の言ってる事って矛盾してるよ!」 滋だった・・ 涙でボロボロの瞳で類を睨みつけている 「矛盾なんてしてないよ。  むしろ矛盾してるのはお前らの方だと思うけど?」 「俺らのどこが矛盾してんだよ!?」 「総二郎?」 「・・なんだよ?」 「総二郎はあの時、言ったよね?」 「なにをだよ?!」 「大学のカフェで司の政略結婚の話しになった時、  これは司と牧野の問題だから二人が決めればいいって。」 確かに言った事があるような気がする あの時、どんな未来を選ぶのかは二人の問題だと思ったから・・ でも本当は違う・・ 分かってたんだ俺も他のみんなも どちらかを選ぶ事なんて不可能だって・・ 司と牧野に選択肢なんて残っていない事を 二人が別れる事は仕方のない事だと心のどこかで分かっていた だけどせめて別れぐらいは自分達で決めて・・ いや・・決めさせて欲しいと思っていた 未来を選ぶ権利は無い・・ 幼い頃から分かっていた だからすぐに諦めるクセがついていた・・ なのに完全に諦めきれていなかった 諦めているフリをしていただけだったんだ 確かに矛盾してるな・・ 「だからってそれが司に言わなかった理由になんのかよ!?  お前の言ってる事だって十分、矛盾してんだろーが!」 「俺は矛盾なんてしてないつもりだけど。」 「してるよ!だったらなんで離婚した後になってわざわざ司に  教えたりしたんだよ!?牧野に黙っててくれって頼まれてたんだろ!?」 俺の言葉に類はクスリと笑いを零した・・ 「なにが面白いんだよ!?」 「総二郎?あの時、司と別れた牧野が俺と一緒になればいいと思ってたでしょ?  総二郎だけじゃないよ、ここに居る全員がそう思ってたよね?」 類の言うとおりだ・・ あの頃、類は遠距離恋愛中の牧野の側でずっと彼女を支えていた だからもし司と別れる事になったとしても牧野には類が居るから 大丈夫だと思う気持ちがあった そして仲間達は皆、司と別れた牧野は類と付き合い始めるだろうと思っていた それが自然の流れのように感じていたから・・ だけど現実はそうはならなかった 国立の大学に通っていた牧野の姿は新学期が始まったキャンパスに無かった・・ 牧野は俺達に何も言わず住んでいた部屋を引きはらっていた 当然、俺達は牧野を探して当時、地方都市に住んでいた牧野の両親に 連絡を取っていた だけど牧野は俺達の前から姿は消したが行方不明になっているわけじゃない 牧野の両親から娘は元気にしているから今はそっとしておいて欲しいと 言われるとそれ以上、何も出来る事は無かった・・ 「俺は責めてるわけじゃないよ。  俺だってそう思ってたんだから。」 「・・類・・お前・・」 「おの頃の俺は本気で牧野の事を愛してたからね。  だけど牧野が愛してるのは司で二人の間に付け入る隙なんて  ないと思ってたし、牧野が幸せならそれでいいと思ってた。  だけど司の結婚話しを知った時、俺思ったんだよね・・」 「・・なにを?」 「このまま司が他の女と結婚すれば牧野が手に入るんじゃないかって・・  すぐには無理だろうけど牧野を振り向かせる自信はあったしね。  でも、実際は司と別れた牧野は俺の前からも居なくなった。  だから司が離婚した後に教えてあげたんだよ、牧野と子供の事を。」 「類・・お前、自分の言ってる事分かってんのか?」 「分かってるよ。  俺は司に復讐したんだよ。」 「なんで司に復讐なんてする必要があるんだよ!?  俺達、みんなガキの頃からのダチだろーが!!」 「ねぇ、総二郎?友達だから許せないって事もあるんだよ。  牧野の心と身体を中途半端な言葉で縛り付けて捨てたんだ。  愛してる男の子供を産もうとしている女がその男の親友の  手を取るわけないでしょ。」 「だからって・・」 「司はいつもそうだ・・一時の感情で俺の大切な物を傷つけていく。  牧野と俺を絶望の淵に叩き落したくせに自分はまだ諦めてないんだ、  離婚さえすれば牧野はまた自分の所へ戻ってきてくれるって信じてたんだ。  だから俺は教えてあげたんだよ。そんな希望はもう残っていないんだってね。」 「希望が無いなんて事、お前が決めることじゃないだろう?  なんでそんな事分かるんだよ!?」 「分かるよ・・みんなはどうして分からないの?」 「分からねぇーよ!司と牧野の絆はそんな軽いもんじゃないって  事はお前だって分かってるだろう?」 「それは分かってるよ。司もそう信じてたみたいだしね。  だから俺から牧野と子供の事を聞いてすぐ迎えに行ったんだろし。」 「司は牧野を迎えに行ったのか・・?」 「サンフランシスコに行ったよ。でも一人で帰ってきた。」 司は牧野を迎えに行っていた・・ きっと嬉しかったんだろうな・・ 司の嬉しそうな顔が浮かんでくる だけど牧野は司の元へは戻らず他の男と結婚した どうして? 牧野はもう司を愛していなかったのか? 「どうして?類君!どうしてつくしは司の所へ帰ってあげなかったの?!」 牧野が司の元へと戻らなかった理由・・ 何となく分かる気がする 「牧野は信じてたんだよ・・何があっても司は自分を捨てたりしないって。  だから子供を盾に結婚を迫ったりしなかったんだ・・  だけど現実は違ってた、司は他の女と結婚して自分と子供だけが  取り残された。一人で子供を産んで育てるって決心した時から  牧野が司の元へと戻る可能性は無くなってたのに  司はそれに気付いてなかった。だから教えてやったんだよ。」 そう言い切った類に返す言葉はもう見つからなかった 牧野が司の元へ戻らなかった理由 類の言った通りなのかもしれないし違うかもしれない それを確かめる術は無いけれど 今、二人は同じ街で別々に暮している 人は矛盾を抱えて生きている 時に人はその矛盾を正そうとする そうしてまた一つ新たな矛盾を抱え込む だから人は後悔するのだろう・・ 霞む道の向こうに見えたものは親友の後姿 やり切れない思いを抱えたままの俺達の元へ 3ヵ月後に届いたのは親友の訃報だった・・・             〜 Fin 〜
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